後記 2010-07-19        


 

  あまりにも寝苦しい夜だったので
  重苦しいカーテンを開けた
  雨のような
  風のような
  憂愁をまとった薄闇のなかを
  救急車がつんざくような音をはこんでゆく
  いつかきっと
  川の向こうの
  僕の知らない
  遠くの
  遠くの
  しずかな町へ

  昨日
  ある人が死んだと聞いた
  数日前のことでなく
  昨年の暮れに「喪中につき」の葉書が届いたそうな
  最後に会ったのはいつのことだったか
  中学生の息子だという気弱げな少年を連れて
  私の職場を訪ねてくれた
  そんなに親しい間柄でもなかったのだが
  房総にいってきたんだよ
   今日は非番でと
  とりとめもないことを話した
  少年はずっと柱にもたれかかって
  物憂げにうつむいていたっけ
  そんなことは初めてだったのだけれど
  握手をして別れ
  海のにおいが移った手を
  じっと見つめていた

  沈黙が
  ようやく向かい合って
  どこかに
  黄昏がたちこめ
  白い柱に少年の影がとり残された

  夏の日の午後
  こともなげなひととき

  それっきり

 止みそうもない雨音、流れていく絆、とびとびの記憶を押し返して、同じ場所を巡り、
音沙汰も聞かず、音沙汰も伝えず、絶え間なしに私は彷徨い続けています。
 知り人の消息を得ても、紙一重、あれはきっと雲間に顔をのぞかせた月のかけら。
 みなさん、元気ですか。だいじょうぶですか。
 38歳、満州に朽ちた詩人逸見猶吉に「ある日無音をわびて」という詩あります。

  ぺこぺこな自転車にまたがつて
  大渡橋をわたつて
  秩父颪に吹きまくられて
  落日がきんきんして
  危険なウヰスキで舌がべろべろで
  寒いたんぼに淫売がよろけて
  暗くて暗くて
  低い屋根に鴉がわらつて
  びんびんと硝子が破れてしまふて
  上州の空はちひさく凍つて
  心平の顔がみえなくて
  ぺこぺこな自転車にまたがつて
  コンクリに乞食がねそべつて
  煙草が欲しくつて欲しくつて
  だんだん暗くて暗くて

 声を掛けてくださいね。百日紅の花はもう咲いていますか。
 もうすぐ梅雨はあけるそうですが。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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