'98年11月


「インドの樹、ベンガルの大地」
西岡直樹 講談社文庫

 「深い河」「身体にやさしいインド」と、最近、特に理由もなくインドものが続いている気がする。
 著者は、カルカッタ、ジャドブプル大学ベンガル語学科に留学。留学中に民話収集や植物の調査を行う。この本は、そんな当時の一般庶民との交流をさらりとエッセイにしている。

 インドの旅行記と言えば、騙されたり盗まれたり、そんなギスギスした体験記が多いけど、これは田舎のノホホンとした人たちばかりでいい感じ。


「深い河<ディープ・リバー>」
遠藤周作 講談社文庫

 熊井啓監督で映画化されている。観た覚えはあるんだけど内容はほとんど覚えてない。主演は秋吉久美子、奥田瑛二。原作は1993年刊行、1994年には毎日芸術賞を受賞。遠藤周作なんて読むのはまったく久しぶり。

 インドのものというよりは、クリスチャンの遠藤周作らしい宗教的哲学的な要素が強い小説。読めばいかにも遠藤周作らしい読みやすいエンターテイメント。
 小説としては、構成が非常にちゃんとしている、ちゃんとしているから逆に古臭さを感じるけど、非常に面白い。読ませる力が十分にある。

 妻の生まれ変わりを探し求める磯辺、ビルマのジャングルで苦しい戦争体験を持つ木口、神学生大津を誘惑した過去を持つ美津子、インドへ旅するそれぞれは自分たちの人生の荷物を背負っている。インドへ旅する事によって、なんらかの答えを求めている。遠藤周作の実体験と、宗教観が微妙に入り混ざっている。スタイルは古臭くはあるけれど、面白い小説だと思う。


「種まく人-ヴィラディスト物語」
玉村豊男 新潮文庫

 7年間、軽井沢で田舎暮らしをしていたと思ったら、こんどは長野の農園開園顛末記。

 40過ぎの大病の後、「死に場所を探す」という思いを持つ。長野県東部町に死ぬまでの家を作るという経緯の記録。大変さも判るけど素晴らしさも判る、生と死と、慧眼と軽妙と、バランスのとれた文書がいつも玉村豊男らしくて面白く読める。


「贅沢貧乏のマリア」
群ようこ 角川文庫

 森茉莉に関するノンフィクション(?)。群ようこでは異色作だと思う。群ようこのエッセイって、最近ではあんまり好きになれなかったけどこれは結構面白い。エッセイの味も半分あるけど、ノンフィクションというのが正しいのか?

 父森鴎外に溺愛された少女時代、結婚と破綻、54歳で耽美小説を書き初め、1987年安アパートでゴミの山に生まれて孤高の死を遂げる森茉莉。特に、家族との関係を探る面が興味深い。
 掘り下げ方に深さは感じないけど、面白く読めた。

「森茉莉著作リスト」- Cyber Angel 姫崎えりかさんのwebsite


「量子宇宙干渉機」
- Paths to Otherwhere - James P.Horgan
ジェイムス・P・ホーガン 創元SF文庫

 ホントに久しぶりのホーガンのSF。ポリティカル・スリラーばかり書いていて、もうSF には戻ってこないと思っていたのに。
 原書ハードカバー出版は1996年。全体には「創世記機械」に似たイメージがある。
21世紀、新たな世界大戦の危機が迫る中、量子コンピュータの完成により並行宇宙の探索が始まる…。面白いけど、あんまり奇抜で、ついていけない部分もある。まあ、そこはホーガンらしいかな。

 賛辞が捧げられているオックスフォード大学のディヴィッド・ドイチュは「多世界解釈」の強力な推進者。


「江戸の科学者たち」
吉田光邦 現代教養文庫

 江戸時代、一般に思われているよりはずっと科学が進んでいた事は色々聞くけど、まとめてある本が少ない。広く浅くまとめてあるこの本は面白かった。
 算学の関孝和、本草学の稲生若水/小野蘭山、歴学/天文学の渋川春海、測量の伊能忠孝、蘭学/医学の杉田玄白、平賀原内などなど。

 例えば、算学を扱った「算学奇人伝」なんて小説や、子供の頃にみた平賀源内の「天下御免」などあるけど、もうちょっと注目されてもいいジャンルなんだけどなあ。


つきじ田村「料理の理」
田村平治・田村暉昭 小学館文庫

 四季折々の家庭でも出来る一汁三菜のもてなし料理、取り合わせの妙の即興料理、材料をとことん使いきる料理、おのおののレシピを紹介しながらも、日本料理の本質を織り込もうという努力が見られる所が面白いし、ためになる。

 1991年朝日出版社から刊行された「年中無休」を編集、改題したもの。


「大江戸えねるぎー事情」
石川英輔 講談社文庫

10年ぶりぐらいの再読。
 石川英輔で最初に読んだ本。その後、「大江戸神仙伝」などの小説や、この本と同じ傾向のノンフィクション「雑学 大江戸庶民事情」「2050年江戸時代」みたいなものも読んだけど、結局、これが一番面白い本かもしれない(^^)。

 照明、水道、住宅、洋服、暖房など身近な所から、紙や本、旅行や医者まで、さまざまな事について、江戸時代はいかにエネルギー的に効率よく社会が動いていたかが判る。だからと言って江戸時代に戻る事は出来ないだろうが、この効率は活かしていく努力は必要。


「図書館の美女」
- The Only Good Yankee - Jeff Abbott
ジェフ・アボット

 「図書館の死体」に続く、アボットのシリーズ二作目。
 図書館館長のジョーダンを主人公とするこのシリーズの本質的な面白さは、舞台が牧歌的な田舎ミラボーという所にある。静かな田舎が全然静かじゃないという面白さに尽きる(^^;)。

 今回の事件は前回「図書館の死体」よりはずっと派手。土地開発会社が乗り込み、ジョーダンの元恋人が現れ、爆破の悪戯が続き、そして殺人が起きる。田舎町が大騒ぎになりながら、人間関係が入り乱れ、その謎を解いていく様がリアリティ一杯に描けていて面白い。

 原題は、もちろん、"The only good yankee is a dead yankee"。yankee以外に何を入れても成り立つけど。


「バーバラ・ハリスの臨死体験」
- Full Circlr/The Near-Death Experience and Beyond-
バーバラ・ハリス著、立花隆訳

 立花隆の名前に引かれて買ってしまったが、これはつまらなかった。立花隆は「脳死」や「臨死体験」を書いているので、それなりに期待したんだけど。ちょうど「天使の囀り」を読んだ直後だったので、臨死体験の本を読みたいと思っていたし。

 著者のバーバラ・ハリスは病室で二度の臨死体験から、国際臨死体験研究協会(IANDS)の活動に参加している。内容的には、その経過を辿っているんだけど、シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」的なつまらなさ。自己の経験を一般化し、視野が狭い精神世界モノの典型。

 おまけにシャーリー・マクレーンもこの本もそうだけど、有閑マダムが精神世界に目覚めると新たなロマンスが必ず生まれるのは何故?もしかして、新手の恋愛小説??。

 この本の唯一の救いは、巻末の付録、コネティカット大学医学部精神科教授ブルース・グレイソン「臨死体験による科学的解説」。唯一、ここだけが科学の香が残っていてほっとする。

→ 国際臨死体験研究協会(IANDS)


「十三番目の人格<ペルソナ> -ISOLA-」
貴志祐介 角川ホラー文庫

 第三回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。

 多重人格もののホラー。主人公賀茂由香里は人の感情を読むとることが出来るエンパスであり、阪神大震災の被災者の精神的ケアを行っていた。そこで会った森谷千尋が多重人格障害。彼女の治療に携わるうちに、強力な悪に出会う。

 実際の精神医学の世界でも米国では、やたらに多重人格と診断する事に批判が出てきている。小説でも、多重人格モノも随分と使い古されて来ている。そこにホラーの味を入れて、ある程度成功はしている。でも、ラストになるほど話が小さくなってしまって残念。


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