2000年6月


「リミット」
野沢尚 講談社

 「破線のマリス」を読んだ勢いで、野沢尚の別の小説に挑戦。TVドラマになる事もあるし…まあ、観ないと思うけど。主人公は調書書きだけが得意な特殊犯捜査係、有働公子。一人息子の貴之との母子家庭。犯人は元中学校教師の澤松智永、その教え子の日色泉水と塩屋篤志。
 臓器移植、小児性愛者(ペドフィリア)の人身売買に絡む子供の誘拐事件。追う刑事は母子家庭の母親、対する犯人澤松智永は母になれない女。母性の対決という図式が面白い。展開とか結構面白いのだけど、深みというかリアリティが余り出てない。やはり、自分がいた現場を舞台にした「破線のマリス」は現実味のある面白さを感じられた。

 「破線のマリス」でも、離婚によって引き離された息子を思う母親という設定が使われていたけど、母性を軸にする事に、余程のこだわりがあるのだろうか。

#TVドラマ版「リミット」第一回目だけ観たけど詰まらなかった…


「千里眼 ミドリの猿」
松岡圭祐 小学館

 「催眠」からの流れではあるが、「千里眼」に続いてこれが「千里眼」三部作の第二部らしい。内容的には小説「催眠」は無視され、映画「催眠」の設定は絡んでくる。
 これを読んで判ったのだけど、著者がやろうとしているのは、まさに「リング」ワールドのような「千里眼」ワールドという世界を構築したいとのだと思う。…しかし、それがあまりにセコい世界なのが残念(^^;)。大ぼらであっても「リング」の方がずっと大きいので夢がある。
  いきなりODAのカウンセラーが軍用ヘリを飛ばす所から唖然とするが、中国との戦争危機、世界的な洗脳集団と、広げた風呂敷が大きい割には、主人公はちょこまか動いているだけ。

 読後感は「スター・ウオーズ帝国の逆襲」を見た直後の脱力感にそっくり(^^;)。しかし「ジェダイの復讐」は楽しみだったけど、「千里眼」第三部はどうでもいい。

小説「千里眼」感想
映画「千里眼」感想
senrigan.net 松岡圭祐倶楽部 #このサイト、超わかりにくく、知りたい情報が判らないので腹立たしい


「破線のマリス」
野沢尚 講談社

 第43回江戸川乱歩賞受賞作。映画「破線のマリス」の原作。
 印象としては映画とまったく同じで追体験にしかならなかったが、面白かった。後味悪いけど。

→ 映画「破線のマリス」感想
「破線のマリス」講談社の紹介


「亡国のイージス」
福井晴敏 講談社

「河の深さは」が江戸川乱歩賞の選考会で話題になり、翌'98年「Twelve Y.O.」で第44回江戸川乱歩賞受賞、その後の第1作がこれ。しかし、何しろ厚い…ニ段組みでぎっしり654ページ。三日で読めたが、ちょっと辛かった。

 イージス護衛艦<いそかぜ>が、改修後、訓練航海のため呉から出航する。一人息子を亡くしたばかりの艦長の宮津、妻に離婚を切り出された仙石(先任伍長)、新しく配転された海士の如月行。やがて、北朝鮮の精鋭工作員にハイジャックされ、さらに驚異的な威力を持つ化学兵器を武器に日本を脅かす。

 本格的海洋冒険小説、という評判だったがそうとは思えなかった。海上という設定も、護衛艦という閉鎖空間も活かされてない。船という閉塞感、海の開放感と危険性が出てこその海洋冒険小説だと思うのだけど、この小説には無い。閉ざされた空間は別に都会のビルでもいい様な設定だし、船も大して移動せずにこじんまりした空間に治まってしまっているし。
 
 そもそも、みんなどこかで見たような設定ばかりで情けない、「沈黙の艦隊」、「沈黙の戦艦」、「ダイハード」などなど。目指した所は、トム・クランシーなんだろうけど、こんなスケールじゃとてもじゃないけど、足元にも及ばないだろう。
 平和ボケ、ぬるま湯につかったような日本人に喝を入れる小説を目指していいても、余計にぬるま湯を印象づける様なボケた小説だった。海上自衛隊の「海の男」的な気質は丹念に描かれていて、よかったんだけど。

福井晴敏オフィシャルサイト


「MISSING」
本多孝好 双葉社

 ジャンルも判らずに読みはじめたけど…、一応、推理小説なのかな。5つの短編。
 
 「眠りの海」、第16回小説推理新人賞受賞作。自殺した男、それを助けた少年が会話の中から過去の事件を明らかにする。ファンタジックな感じだけど、読み終わってみると推理ものとして成立している不思議な感じ。
 「祈灯」、幽霊ちゃんと呼ばれる妹の友達の過去の事故を明らかにする…これも終わってみると推理モノにななっている。
 「蝉の証」、祖母の頼みである男の事を調べていくうちに、明らかになる過去の事件…構成としてはハードボイルドを意識しているのか?
 「瑠璃」、破天荒な性格の4つ年上のいとこ、ルコとの思い出。
 「彼の棲む場所」、図書館員の主人公が,今は有名な大学教授の同級生に18年振りに会う事になる。会話の中から明らかになる過去の事件…。

 文体は村上春樹風で透明感がある、過去の事件が明らかになるというパターンで一貫性がある。まあ、軽くて印象は薄いけど、面白くは読めた。


「最悪」
奥田英郎 講談社

 舞台は川崎。町工場を経営する川谷、ちんぴらの和也、信金に勤めるみどりの三人が主人公。
 マンションからの騒音苦情、貸し渋りの銀行、追うヤクザ、セクハラ上司と、それぞれの日常が最悪に展開していき、最後に一点で結びつく。このヘンの構成はなかなか上手くて、面白く読める。
 町工場、やくざの世界、銀行の内部など、それぞれにリアリティがあって、なかなか上手いと思う。


「監禁」☆
ジェフリー・ディーヴァー 大倉貴子訳 早川書房
- Speaking in Tongues - Jeffery Deaver

 アーロン・マシューズは復讐のために、ミーガンというナの17歳の娘を誘拐、監禁するミーガンの父、弁護士のテイトは友人の刑事コニーの力を借り捜索をはじめるが…。

 ジェフリー・ディーヴァーは、「ボーン・コレクター」「眠れぬイヴのために」しか読んでないが、この人の小説には常に、追跡の面白さがある。この「監禁」でも、弁護士テイト、刑事コニーらの追跡はわくわくさせるものがある。
 犯人アローンは教会の説教の名人であり、心理を操る名人。弱点を見つけ、誘導し、心のヒダに入り込み、人を操る描写は見事。一方の弁護士テイトも説得の名人であり、両者の心理的な対決は地味ではあるが見事に成功していると思う。最後の最後に隠された真実はかなり面白かった。やられた。
 ミーガンの恋人の英語教師ボビー、元恋人の黒人の画家ジョシュアもいい感じ。最初は、人物が多く、関係が判りにくかった。

 そういえば、この作家の「静寂の叫び」(未読)は「デッドサイレンス」という題で映画化されているのを思い出した。


「恋愛中毒」
山本文緒 角川書店

 一方的な離婚を言い渡された主人公の美雨は、たまに翻訳の仕事をしながらも、生活のために弁当屋でバイトをしていた。その弁当屋に客として現れた憧れの作家の事務所で働く事になる…。
 
 まあストーリ構成はいいんだけど、書き込みが下手であんまり好きになれなかった。たとえば、バリ島の描写があるけど、バリの日差しや風がまるで感じられないで、なんか薄っぺらい。美雨の実家も、行きつけのスナックにも、まるでリアリティが感じられない、そういう所がそこかしこに有る。
 薬師丸ひろ子主演でTVドラマになったけど、そっちは見てない。

山本文緒ファンページ


「慟哭」
貫井徳郎 東京創元社

 鮎川哲也賞を「凍える島」と争った作品(らしい)。
 一人の少女に引かれて新興宗教に入る男、連続少女殺害を追う丘本刑事、この二人の男の物語が平行して展開するが、その接点が見いだせぬままにかなり進む。その交点を求めて、引きつけられるのだけど、つながりが見えてくる所あたりで、あまりに平凡なつながりでちょっと残念に思う。…しかし、その後はまさに驚きの展開。ネタが判ってしまえば余りにあざとい構成という気もするが、やられたと素直に降参させる力がある。
 確かに面白い。上手いし、読みやすいし、出来れば人にも勧めたいのだけど、あくまでも技巧的に上手いのであって、ストーリ的や人物描写には未熟な部分も多いのが不満。この作家のをもう一作読んで見て判断したい所。

 北村薫が書いている、解説の「実録・鮎川哲也賞予選」も面白い。

→ 東京創元社 創元推理三賞


「帝都物語」1 神霊篇
荒俣宏 角川文庫

 某MLのオフで「帝都物語ツアー」をやったので、古本屋で買って読み返して見る。「帝都物語」を読むのは、これで三回目。博物学的、というか東京トリビア的な知識は何度読んでも面白い。まあ、文章は稚拙なトコは感じるけど。
 
 「帝都物語ツアー」は、帝都破壊(大震災、空襲、高度経済成長)を逃れた帝都物語ゆかりの地を訪ねる試み。初めての実施は、ASCII-NET SF-SIGだったから十数年前になる。今回行ったのは、神田明神→湯島天神→浅草寺→地下鉄浅草駅→水上バス→築地本願寺→将門公首塚。二次会は、映画「帝都物語」にも出てくる 銀座ライオン七丁目店にしようかと思ったのだけど、予約出来ずに残念。


「帝都物語」2 魔都篇
荒俣宏 角川文庫


「帝都物語」3 大震災篇
荒俣宏 角川文庫


「眠れぬイヴのために」
ジェフリー・ディーヴァー 飛田野裕子訳 早川書房
- Praying for Sleep - Jeffery Deaver

 「ボーン・コレクター」があまりに面白かったので、ジェフリー・ディーヴァーの他のも読んでみる。大きな嵐が近づく中、殺人犯の患者マイケル・ルーベックが精神病院から脱走。証言者のリズボーン・アチスンの元へ復讐に向かうと思われた。それを追う、リズボーンの夫、ルーベックの主治医コーラ、そして懸賞金目当ての元警官ヘック。

 読み終わって見ると面白いけど、中盤までは結構苦痛だった。なんとも話の見通しが悪くて、誰が主人公なんだか、誰が悪者なんだか、事件となっている「インディアン・リープ事件」とは何か、さーぱり判らずに、誰にも感情移入出来ない。最後の展開はさすがに上手いと思うけど。
 ジェフリー・ディーヴァーって人は、物語の背景の研究が深くて、特に犬を使った探索なんかはかなり面白くてさすがと思わせる。でも、「ボーン・コレクター」とは余りにレベルが違うと思う。


「スーツケース一杯の失敗」☆
アーマン・ボンベック 中野恵津子訳
- When you look like your passport photo,It's time to go home -
Erma Bombeck

 この作家はまるで知らなかったが、ABCネットワークの「グッドモーニング・アメリカ」の11年間レギュラー・キャスターという事で有名らしい。著書は10冊あるが、翻訳はこれ以外には一冊のみ。コラムニストでもある。
 旅行のエッセイではあるが、旅行の臨場感を持つさわやかなエッセイではなく毒舌の嵐。20分の観光名所と2時間の土産物売り場のパックツアー、キャンピング・カー旅行の苦労、クルージングの退屈さ、トイレの苦労などなど、誰しもが感じる旅行の暗黒面を鮮やかな毒舌とジョークでくるむ手腕は見事。
 唯一、「親と旅行する」の章で、グランド・キャニオンを盲目の学生と訪れる話は素晴らしい。彼は目は見えなくても、体全体で太陽を、空を舞う鷹を、渓谷の広さを、コロラド川の水の冷たさを感じる。そして、年を取ったからとか、体が不自由だとかいう理由で旅をするのは無理だとか考えたりすまいと著者は誓う。感動的場面。


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