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葬儀サービス整備の時

◆◆◆>讀賣新聞1996年8月15日「論点」掲載◆◆◆

小谷 みどりライフデザイン研究所・副主任研究員



 公的介護システム創設の法制化をめぐって、さまざまな議論が行われている。
しかし介護などの高齢者福祉を考える時、避けて通れないもう一つの問題が「死の迎えかた」の環境整備である。

 平均寿命が伸び、日本人はまるで死ななくなったかのように見えるが、反面、介護や死の看取りなど人生完成期(人生終末期)には社会に頼らざるを得なくなっているのが現実だ。
これは家族機能の質の変化や家族概念そのものの変化により、家族が担う役割が社会化されてきたことである。

 確かに、死の社会環境は近年、大きく変化している。それは

(1)75歳以上の後期高齢者人口が著しく増加するのに伴い、死亡者数も今後15年間で、現在の1.5倍以上の年間140万人に増え、「多死社会」が到来すること

(2)医療機関で死を迎えることが当り前になり、死の瞬間が完全に医療にゆだねられ、家族の関わる余地が少なくなっていること

(3)65歳以上の高齢者がいる世帯のうち、夫婦のみ世帯や独り暮し世帯の割合が年々増加し、2010年には7割近くにも達すること---などである。

 このように急速なスピードで社会環境は変化しているが、その結果、介護費用や終末期医療にかかる費用、葬儀や墓の購入費用など、デス・ケア・サービスの経済的負担はかなり大きくなってきている。
医療にかかる費用は公的保険などである程度カバーできるが、葬儀や墓にかかる費用は自助努力で捻出しなければならないため、事態は深刻だ。
東京都が昨秋行った調査では、葬儀費用の平均は330万円だが、香典ではまったく足りなかったと回答した人が6割にも達している。

 かつて、葬儀は地域共同体のなかで形成される「葬式組」が葬儀を手伝い、祭壇などの葬具や棺も共同体の成員によって手作りされるなど、葬儀は地域の相互扶助において完結する儀式であった。

 しかし戦後、特に高度成長期になって都市近郊への人口集中が著しくなり、地域共同体が崩壊した都市部を中心に、共同体に代って葬儀を取り仕切る葬儀業者が出現した。
さらに、住宅事情や「近所に迷惑をかけたくない」という理由から、自宅外の葬儀が増えている。
自宅に他人が入ってくるのを嫌がって、会館を利用する人も多い。
前出の東京都の調査でも、寺院や葬儀会館で葬儀を行った人は6割近くに上っている。

 こうした背景から、葬儀業界では異業種からの参入も相次ぎ、ちょっとした葬儀会館の建設ラッシュが起こっている。
葬儀会館を利用すれば人手もいるし、それだけ葬儀費用も高くなる。

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 そこで葬儀や墓にかかる費用を少しでも軽減するため、対策を講じる自治体も出てきた。
東京の府中市では、今年6月に60億円を投じて、火葬場と隣接した葬儀会館をオープンさせた。
23区内でも、品川区など7区は区営斎場をもち、準備中あるいは開館待ちが3区ある。

 さらに市民葬や市営葬などの名前で、簡素で比較的廉価な葬儀を住民に提供している自治体もある。
大阪の枚方市や池田市などでは市の職員が葬儀を行っているし、千葉の佐倉市でも、最近できた市営斎場で葬儀を施行するのは、やはり市の職員である。

 東京23区にも区民葬があるが、これは委託されている葬儀業者が施行する。
池田市のように市の職員が葬儀を施行する場合、市民の利用率は8割以上にも上るのに、東京のように委託の場合は知名度があまり高くなく、利用率は低いという。

 しかし、簡素な葬儀を望む人が増えているなか、市が価格や内容を統制している市民葬のシステムを望む声は強い。
私たちの研究所が昨秋実施した調査でも、公営葬儀会館や市民葬を望む人は7割以上に達している。

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 ところが、葬儀会館や市民葬のある自治体は全国でも数少なく、特に葬儀会館は需要が多いので、市民以外の利用はほとんど不可能である。
従って、これらの整備状況の自治体間格差は、市民の葬儀事情に大きく反映しているのが現状である。

 今後、独居あるいは夫婦のみの高齢世帯が急増するため、人生完成期に要する費用負担の増大は、特に高齢者にとっては大きな問題になるのは確実である。
高齢社会は言い換えれば、多死社会であり、住民が真に心豊かな人生完成期を送り、安心して死を迎えられる環境が求められている。

 すなわち、介護や医療、生きがい作りの施策だけが高齢者福祉ではない。
人生完成期の援助から始まって、葬儀や墓までが一連のデス・ケア.サービスであり、これらには公共福祉サービスという視点が必要になってきている。

 そのためにも、葬儀会館の設置などを民間業者だけに頼るのではなく、自治体が積極的に支援していく必要があろう。
会館設置に際しては住民の根強い反対があるが、だれでも亡くなれば利用する施設であり、葬儀サービスの公的整備が強く望まれる。

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     小谷 みどり
      *奈良女子大学大学院修士課程修了(生活設計論)
		  *ライフデザイン研究所・副主任研究員
		   余暇生活開発士
		   
*著書・「お墓から覗いたニッポン人」     「世紀末くらしのアプローチ」     「お葬式のお値段」出版:PHP研究所     「変わるお葬式、消えるお墓」出版:岩波書店 等






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