2001年以降に発表した短編小説


『9月のラムネの刺激』(だいわ文庫『だがしょ屋ペーパーバッグ物語』所収)

 ヤマトさんシリーズ第三弾。留守模様というか、既にいなくなってる世原何太郎という作家について書いてみた。序盤はヤマトさんもいないって状況から書いてったんだけど、彼女が旅先で見た『スター・ウォーズ』展とか茨城県北芸術祭とか音楽劇『夜のピクニック』とかは、実際に僕が旅先で見て元気を分けてもらった作品群。
 あと、駄菓子屋って飲食物以外に玩具もよくあるよねってことで小道具にしてたんだけど、僕は学生時代にずっと玩具のアイデアデザインみたいなバイトをしてたので、その時の経験が役立った。中学時代に科学部で、重曹とクエン酸とブドウ糖でもって炭酸飲料を作った経験も役立ったんだけど――安っぽい光線銃で遊んだ経験とか、怪しいソーダ水をビーカーで飲んだ経験が将来の仕事に役立つなんて、当時は思いもしなかったよなあ。
 作中に出てくるラムネハイボールは、頭で考えた後で実際に試してみたんだけど、それぞれちゃんと種類を選ぶと結構いける。高級シングルモルトとかじゃなくて、手頃なバーボンと泡のよく出るラムネ菓子とかでやってみるとなかなか楽しいので、興味おありの方は是非どーぞ。

『8月のビー玉の輝き』(だいわ文庫『だがしょ屋ペーパーバッグ物語』所収)

 ヤマトさんシリーズ第二弾。駄菓子屋さんの話を書くにあたって、いろいろ調べたり食べたりしてるうち、駄菓子を組み合わせた料理とか、駄菓子を使ったカクテルとかに意識が向いた。実在する(えびせん+梅ジャム+ベビースター)の「セット」とか、僕自身で開発した(ラムネ+あんずボー+スピリッツ)のカクテルとかを小説に登場させて、事件の謎と絡めながら書いていった。
 執筆中、精神的に沈む時期があり、他の連載仕事も重なってたりして大変だったんだけど、舞台のシーンを書きながらだんだんと執筆ペースを取り戻していった。『ひと夏の三人姉妹』って劇中劇は、語呂だけでえーかげんに考えたタイトルだったんだけど、登場人物にとっても僕にとっても、落胆と回復の物語になってた気がする。

『7月のフエガムの音色』(だいわ文庫『だがしょ屋ペーパーバッグ物語』所収)

 ヤマトさんシリーズ第一弾。「喧嘩の強い老婦人」みたいなイメージを膨らませた冒頭シーンを書き始めたら止まらなくなった。『じーさん武勇伝』や『オアシス』で無意識的に目指していたエスカレーションコメディーに、『ホラベンチャー!』を経てよーやく辿り着けた気がして、個人的に手応えを感じたのを覚えている。
 とはいえ、ミステリーって依頼で書いたので、何かしら謎を設定して謎解きをして……って展開も書かなきゃならない。あらかじめ考えた設定で書き進めていったんだけど、そのうちに「その解決じゃつまんねーよなー」と思い始め、書きながら自然と方針転換。例によって「安楽椅子探偵スタイルを模しながらその万能性を否定する」みたいな展開となった。
 その一方で、ヤマトさんの万能性というか、彼女の無敵さが物語の核になる確信だけはあったので、謎そのものより謎の前後に重きを置いて書き上げた。ラストのオチとかも僕が考えたというよりも物語の自律性から生まれた気がして、これもずっと追求してきた「物語の物語」からの恩恵のような気がしている。
『ピーナッツの書架整理』(「カラフル」2016年10〜11月号掲載)

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「カラフル」の、2016年10月下旬号に前編が、11月上旬号に中編が、下旬旬号に後編が掲載。
 連載中、この話の前編まで書いた時点で、その先どうするかは決めてなかった。行き当たりばったり、ってほどでもないけれど、ストーリーの大枠だけ決めて細かい要素は流れに応じて膨らませるって書き方をしてたのだ。さてどうすっかなあと考えながら入稿して小旅行に出て、ふと見かけたギャラリーに立ち寄った。芳名帳に記帳してたら個展開催中のアーティストに話しかけられ、展示作品の説明から製本や補修の話題になった。そこで「実は僕、ちょうど小説で本の補修の場面を書いたとこで――」なんて話をしてたら、そこにたまたま居合わせた人が僕の名前を見て声を上げた。
「失礼ですけど、竹内真さんって……『図書室のキリギリス』の?」
 驚き混じりの声で尋ねられ、僕も驚いた。まさかそういう場所で読者と遭遇するなんて思ってなかったのだ。おまけに彼女は元学校司書で、今も図書館関係のお仕事やボランティア活動をやってる人だったのだ。――その場で、是非お話聞かせてくださいと頼み、次は書架整理について書く予定なんですと打ち明けて学校図書館事情について教えてもらった。その後も関連資料を貸してもらったり、他の図書館員さんたちを紹介してもらったりする中で中編と後編を書いていけた。
 小説としての展開はある程度ストーリーの自律性みたいなもので決まっていくもんだけど、ちょっとした描写とか司書としての考え方を書く際には現場の人の声が何よりの力になる。連載の終盤に来てそういう出会いに恵まれたっていうのも――作中に出てくる、プチ超能力みたいなものかなーなどと考えている。

『ロゼッタストーンの伝言板』(「カラフル」2016年9〜10月号掲載)

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「カラフル」の、2016年9月上旬号に前編が、下旬号に中編が、10月上旬号に後編が掲載。
 ストーリーの展開上、図書館学の勉強について触れることになって、さてどの科目のどんな話題を盛り込もうかな……と考えて目をつけたのがロゼッタストーン。図書・図書館史の最初の方で出てくる古代の記録なのだが、石板に文字を刻むっていうアナログな記録保存から図書館ノートに連想が広がって……ってな感じでプロットができていったと記憶している。
 利用者が自由に書き込みできるノートの存在を知ったのは、たしか大学生の頃だった。近所の公共図書館で目にして、小説で使えそうだなーなんて思いついたのだ。それから二十年以上たって、ようやくきっちり使えたかなって気がしている。作中では図書室でのノート企画と小沢健二の『うさぎ!』と連動するんだけど、僕が『うさぎ!』を読むようになったのも図書館で見かけたからだったってことが反映されてるのかも。
 この作品や次の『ピーナッツの書架整理』で書いたような、ノートを通して交わされる議論みたいなのって、あまり小説的ではないのかもしれない。だけど僕は結構好きで、かつて『文化祭オクロック』にそういう要素を入れた。一部の読者はそこに敏感に反応してくれて嬉しかったんだけど、小説というと情感の部分ばかりに重きが置かれる中、知情意の知の部分に目を向けるのも大事なことのような気がしている。

『ハイブリッドの小原庄助』(「カラフル」2016年8月号掲載)

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「カラフル」の、2016年8月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 2012年から13年にかけて、僕は何カ月か福島県の白河市で暮らした。そこでの経験を小説に活かしたくて書いた作品。
 白河には実際に、会津磐梯山の民謡で有名な「小原庄助の墓」があるのだが、これがどうも史跡としては怪しい。なにしろ、当時はお墓のそばに手書きの由来話の案内板があったのだが、それを一読しただけ胡散臭かったのだ(今はかなりまともな物に変わってるけど)。どういうことだろうと白河図書館で調べてみたら、やはり小原庄助が白河で没したとするのは無理があるようだった。ていうかそもそも、小原庄助って何者なんだ……ってところからストーリーが膨らんだ。
 とはいえ、作中では決して、白河のお墓を否定せず、むしろそれも本物って立場から考察を組み立てた。小原庄助の正体については立派な人名事典すらもきちんと言及できてない現状なんだけど、数々の資料を元にこの作中で行き着いた仮説が現時点で最も正確なんじゃないかと自負している。
 ついでにもう一つ、白河には「白河の関公園」って史跡もある。昔から和歌に詠まれてきた有名な「白河の関」があった場所とされてるのだが、実は「白河の関はそんなとこになかった」って説の方が有力らしい。この、「史跡とされてるけど実は……」って観光地が二つもあるところが、逆に白河って土地の懐の深さを語る魅力となりうると思うんだけど、そういう方向での街おこしはしないのかな?

『サンタクロースの証明』(「カラフル」2016年7月号掲載)

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「カラフル」の、2016年7月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 『ホラベンチャー!』を書いてる最中、登場人物の一人を掘り下げる要素として、サンタクロースって物語の持っている力にまつわるエピソードを考えた。自分でも気に入ってたんだけど、長編小説としての展開を優先させたせいでその枝エピソードは使わずじまい。創作メモだけが残ってたので、それを膨らませて短編に仕立てることにした。
 『図書室のキリギリス』続編の連載が決まった時、『ハイブリッドの小原庄助』だと第一話っぽくないなと思い、サンタの話をクリスマスの時期設定にして最初にもってきた。そしてサンタという物語の力と対置するものとして、いわゆる超能力ってものへの考察から始めてみた。
 このシリーズの方針として、“普通じゃない力を描きはするけどメインにはしない”ってなことを決めている。超能力なんてものよりも、物語の力や本の力、そして司書の力の方がずっと素晴らしいと思うのだ。――そもそも人の自然な感覚として、必死にスプーンなんか曲げてる人よりも、知りたいことが書いてある本を教えてくれる人の方がすごいと思うもんじゃないだろうか?

『ディスリスペクトの迎撃』(創元推理文庫『ディスリスペクトの迎撃』書き下ろし)

 「珊瑚朗先生無頼控」セカンドシーズン第5話。刊行にあたってもう一本書き下ろしと言われ、短めのあっさりした話でしめくくることにした。
 日頃はなるべく、ネットにはびこる悪意みたいなものには目を向けないようにしてるんだけど、どうしたって耳に入ってくることはある。そういう時、この不毛なエネルギーを何かポジティブな方向に活かせないのかなーと考えたりもする。個人的にはおっかないので近寄りたくないけど、何かしら社会の仕組みとして。
 セカンドシーズンは『海無し県殺人事件』のドラマ化ストーリーに合わせてサンゴ先生vsネットの悪意みたいな感じになってたこともあり、最後に建設的で前向きな展開にもっていくことに。ネットの匿名性なんてあってないようなもんだってなことも踏まえ、本当にこうなりゃいいのになってな思いを込めてみた。

『ポー・トースターの誘拐』(創元推理文庫『シチュエーションパズルの攻防』書き下ろし)

 「珊瑚朗先生無頼控」セカンドシーズン第4話。いつものように「ミステリーズ!」に載るのかと思ってたら、文庫で出す際の書き下ろしってことにされてしまった。
 人からエドガー・アラン・ポーのお墓にお参りする謎の人物ポー・トースターの話を聞いて、そりゃ面白いなーと思ってネタにした。作中でちょっとした誘拐事件を起こす犯人像については、実際に僕に脅迫と嫌がらせをしてきた奴を元に造形。――かつていきなり、知らない相手から自作小説とやらをメールで送りつけられ、芥川賞がとりたいから編集者を紹介しろなどと言われたことがあったのだ。メールの文章からしてまともじゃなく、無知で無礼な子供のようだったのでろくに相手にしなかったところ、それを逆恨みしたのか、猿知恵を振り絞っていろいろ嫌がらせしてくるようになった。
 不快な思いをさせられたかわりに、こういう心理が高じると犯罪に繋がるんだなってことで小説に使ってやることにした。ついでに、その犯人に繋がる情報についても小説内に折り込んでおいたので、僕が謎の死を遂げるようなことがあった時には、容疑者に繋がる暗号としてこの作品を活用してもらえたら何より。

『トラブルメーカーの出題』

 「珊瑚朗先生無頼控」セカンドシーズンの第3話。2015年2月発行の「ミステリーズ!」vol69所収。サンゴ先生原作のドラマの撮影現場で、水死や焼死や刺殺らしき痕跡がある死体が見つかり、ドラマ関係者に疑いがかかって……みたいな話。
 担当編集者によると、僕の小説でちゃんと殺人事件が出てきたのってこれが初めてらしい。そう言われれば確かにそうかもなーと思う。ミステリーにおける殺人事件の美学にはあんまり興味が持てないのだ。日頃から、なるべく嫌なことには関わらないようにしてるのが作風にも反映しちゃうもんなのだろう。
 とはいえ、謎解きの要素は欠かせない。そこで殺人事件に琵琶湖やイワナを組み合わせて謎を仕立ててみた。サンゴ先生の物語能力に加え、語り手の了も推理に参加してだんだん真相が明らかになってくって構成にしたんだけど、こういうやり方なら嫌な話題でもいろいろ書きやすいかなと思う。

『司書室のキリギリス』

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「カラフル」の、2012年8月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
ひょんなことから高校の学校司書として働くことになった主人公が、勤め始めた図書館で出会ういくつかの謎……ってお話。
 以前、『イン・ザ・ルーツ』の担当編集者が、僕の好きそうな本を見つけたってことで『モーフィー時計の午前零時』をプレゼントしてくれたことがあった。ほしいなーと思いつつ買ってなかった本なので、こういうのは嬉しい。ひとつこの本を小道具にプロットを組み立ててみようってことで考えたストーリー。
 学校司書の仕事を紹介するような話にしてほしいってリクエストもあったので、その説明に絡めて『モーフィー時計』や『イソップ寓話』や『ハリー・ポッター』を登場させてみた。書いてるうちに本の繋がりがストーリーを牽引していくように感じられて、ほほーこう展開するのかと楽しかったのを覚えている。

『本の町のティンカー・ベル』

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「カラフル」の、2012年9月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 第2話なんだけど、発想としてはいわゆる「エピソードゼロ」。たまたま学校司書になった主人公が、主体的に仕事に取り組んでいくきっかけみたいなものを描いてみた。ロードノベル仕立てでシーク&ファインドの形にしたので、僕の訪れた町や店もモチーフにした。
 あと、ストーリーの本筋とはあまり関係ないんだけど、山田風太郎の『八犬伝』と村上春樹の『夜のくもざる』は、ワタナベ・ノボルという名前で繋げることができるので、それを是非書きたかった。『図書館の水脈』での星野すみれみたいなもんで、こういう異質なものを繋げるキーワードを見つけると、この作品はいけるって気分になるんだから不思議なもんである。

『小さな本のリタ・ヘイワース』

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「カラフル」の、2012年10月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 実のところ、もともとはこの話を第一話にするつもりだった。『図書館の水脈』の担当編集者からすすめられた『小さな本の数奇な運命』という本が発想の核になり、これを小道具に使ったストーリーを書きたいと思っていたのである。構想が膨らむうちに第3話に位置付けられたし、星野道夫にまつわる要素ももう一本の柱となって、結果的にこういうストーリーができあがった。
 以前、ネットで見かけた星野道夫にまつわる嘘情報で嫌な気持ちになったことがあって、そういう悪意に立ち向かうような話を書こうとした。その結果、星野道夫の著作が第4話と第5話を牽引する大きな要素になっていったんだけど、こういう発展の仕方は嬉しいもんである。連載中に読んでくれてた読者から、この第3話が一番好きだと言ってもらえたことも、なんだかとても嬉しかった。

『読書会のブックマーカー』

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「カラフル」の、2012年11月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 高校生の読書会を描くことにした時、さて何を題材にしようかなーと、何冊かの本を眺めてみた。長さも手頃だし年齢的にもぴったりだってことで星野道夫の「十六歳のとき」に目をつけたんだけど、わりとイージーに決めたわりに大当たりだった気がする。
 連作全体として、本を通して広がっていく世界とか、成長していく生徒とかを描こうって狙いがあったんだけど、「十六歳のとき」はその契機となるのに最適の作品だった。そして内容を読みつつ年代的なことを確認してたら明らかな間違いが見つかって、それを謎として設定してささやかな謎解きを描くこともできた。
 「十六歳のとき」は文芸春秋から出ている『旅をする木』って本に収録されてるんだけど、この間違いは単行本でも文庫本でも訂正はされなかったようだ。――だけど、それは単なる校正ミスなんかじゃなく、出版にかかわった人たちがあえてそのまま残してる「作品の一部」なんじゃないか、ってのが僕個人の推理。その件についてどう思うか、ぜひ読者諸賢のご意見を聞いてみたいって気がしてます。

『図書室のバトンリレー』

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「カラフル」の、2012年12月上旬号に前編が、下旬号に後編が掲載。
 最終回ってことでいろんな要素に片をつけなきゃって問題があったのだが、そこで大いに役に立ってくれたのが第2話で書いたブックトークってイベントだった。それをストーリーに据え、喋り言葉で書くことで勢いをつけることができた気がする。物語の自律性というか、これまで書いてきたことによって最後の決着が見えてくるって感覚はありがたいもんだと思う。
 あと、個人的には『マガーク探偵団』とか『日本原論』とか、僕が個人的に好きな本を出してその話題にたっぷり触れることができたってのも楽しかった。いや『グインサーガ』はちょっとしか触れてないぞって話もあるが、触れるとなるとなにしろ長いもんなー……
 
『ファンサイトの挑戦状』

 「珊瑚朗先生無頼控」セカンドシーズンの第2話。2012年4月発行の「ミステリーズ!」vol52所収。サンゴ先生原作のドラマがシリーズ化されることになったが、ネット上でそれへのバッシングが盛り上がり、困ったプロデューサーのために原作者が一肌ぬいで……みたいな話。
 基本的に僕は、殺人事件を描こうって意識は薄くて、それよりもお話作りを描こうって思っている。この短編では作話というより演出とか脚色とか改変について考えてみたわけだけど、そういう二次創作ってものにも不思議な魅力がある気がする。
 僕自身の小説も時々ドラマ化や舞台化されたりするし、原作者自らその脚色に携わったこともある。衝突することも結構あるけど、いろんな人がいろんな形で関わることで作品が成長していけるんだったら、それはとても幸せなことだよね。

『フレンチトースト』

 「飛ぶ教室」vol23所収。児童文学雑誌から、「子どもと大人の洒落た関係」という特集に短編を執筆してほしいとの依頼を受けて書いた作品で、小学生の男の子がカフェのママさんの交流から影響をうけて……みたいな話。
 ちょうど依頼をいただいたのと同じ時期、主婦のチェス友から「チェスの試合で家をあけるので夫と子供にはパンと牛乳をたっぷり買い置きしておく」なんて話を聞いて面白いな―と思ってて、それがフレンチトーストという発想につながった。他にも、よくいくカフェの御主人から聞いた御家族への思いとか、職業訓練を受けてる人から聞いて羨ましいなーと思った給付金話とか、身の周りのあれこれを詰め込んでみた。

『チェスセットの暗号』

 「珊瑚朗先生無頼控」セカンドシーズンの第一話。2008年12月発行の「ミステリーズ!」vol32所収。サンゴ先生の昔の作品がドラマ化されることになったが、周囲の人間はその経緯を不審に思っていて、ライバル作家の藤沢敬五が持ってきたチェスセットにその謎へのヒントが……みたいな話。
 僕は木彫りが趣味で、チェス駒を彫ったことからチェス自体に興味を持ち、チェス友に連れられてチェスセンターってところにも足を運んだ。そこのスタッフの方と喋ってるうちにチェスの出てくる小説って話になり、いろいろ教えてもらってアイデアを固めたのがこの作品。
 作中に出てくるチェスセットは、僕自身の作ったチェスセットをモデルにしている。どんなもんか興味のある方は
チェスギャラリー・タケウチを見てみてね。

『アームチェアの極意』

 「ミステリーズ!」に連載していた「珊瑚朗先生無頼控」を単行本化する際、何か短い書き下ろし作品を加えてほしいって依頼を受けて書いたショートショート。
単行本『シチュエーションパズルの攻防』の五本目の作品として収録されている。
 どういう話を書こうかと考えた時、単行本の巻末に載るのなら解説っぽい要素をもった話を書こうかなと思いついた。さらにサンゴ先生シリーズはまた書かせてもらうってことにもなってたので、予告編みたいな意味合いも持たせたいなと思い、ちょっとメタ風なスパイスも加えてメイキングっぽく仕立てて……ってな感じで書き上げた。
 もちろんまったくのフィクションであり、僕が実際にサンゴ先生のモデルの大作家からアドバイスを受けたわけではないので念のため。

『クリスマスカードの舞台裏』

 「珊瑚朗先生無頼控」第四作。2007年12月発行の「ミステリーズ!」vol26所収。文壇バーのソファー探偵とマダムとの、若き日の物語。
 四回連載で書いてきた連作の最終回にあたる作品なので、「珊瑚朗先生無頼控」というシリーズ名の由来とか、どうしてミーコママは銀座のバーのマダムになったのかとか、これまで触れずにきた設定に言及しておくことにした。それが若き日の珊瑚朗とミーコとの出会いに関わってくるってことは前から決めてあったのだ。
 それだけだと回想シーンばっかりになりそうなので、複数の語り手によって一つの事件を説明し、若き珊瑚朗が解決した事件を語り手の了が推理するって構造をとった。こういうのも一種のメタフィクションなのかなーと思うし、すっとぼけた手法でメタフィクションをやってみるってのは僕の一つのテーマなのかなーと思ったりしている。

『ダブルヘッダーの伝説』

 「珊瑚朗先生無頼控」第三作。2007年10月発行の「ミステリーズ!」vol25所収。文壇バーのソファー探偵を手玉にとった女の物語。
 もともと珊瑚朗先生には明確なモデルを想定して書いてるのだが、この物語の場合はエピソードにまでモデルがあったりする。ダブルヘッダーと言われてるかどうかはともかく、知ってる人は知ってる話じゃなかろーか。
 出版界の人々はとかく作家の噂話が好きなので、僕みたいな者でもその噂を何度か耳にする機会に恵まれた。語り手によって微妙に話が違ったりするあたり、話に尾ひれがつく過程を目撃するようで面白いなーと思ったことがこの作品のアイデアの元になった。
 実際の噂の真相については何も知らんけれど、案外こんな経緯だったりしないかなーと空想したって意味では、一種の推理小説かもしれない。読み手に推理させんで書き手が推理してどーするという気もするけれど。

『シチュエーションパズルの攻防』

 「珊瑚朗先生無頼控」第二作。2007年8月発行の「ミステリーズ!」vol24所収。文壇バーの安楽椅子探偵が、今度は謎のシチュエーションパズルに挑む。
 僕には実際に謎の問題が記されたファックスを受け取った経験があり、何じゃこりゃあと考えた経験からこの短編が生まれた。その時のファックスに記されてたのはマッチ棒パズルだったけど、それをシチュエーションパズルって設定にして小説化したのである。
 シチュエーションパズルってのは会話の中で推理と物語を楽しむゲームみたいなもので、暇な時などに複数でああだこうだと語り合うと結構盛り上がる。出題したり解答したりだけじゃなく、問題を考えるのも楽しいしね。
 そうそう、この短編はいわゆる「読者への挑戦」ともなっていて、作家同士の推理合戦が始まる時(コースターに犯人名が書かれる場面)までには推理への手掛かりが出揃っている。興味ある方はそこまで読んで推理を楽しんでみてください。

『クロロホルムの厩火事』

 「珊瑚朗先生無頼控」第一作。2007年6月発行の「ミステリーズ!」vol23所収。安楽椅子探偵ならぬ、文壇バーのソファー探偵のシリーズの一作目なので、謎の要素よりは紹介の要素が強い短編。
 もともと文壇バー探偵という着想が涌いたこと自体、キャラクター紹介の要素が大きかった。某大作家の銀座での行状を観察する機会に恵まれ、あまりに面白くてネタにしたくなったってのが発端だったのだ。さすがに実名じゃ問題あるかと思い、作中ではその大作家の名前を
『真夏の島の夢』に出したものにしておいたけれど、その筋に詳しい人ならあの人かーと気づくんじゃなかろうか。
 とはいえ、僕自身は銀座にも文壇バーにも詳しくないので、小説としての力点は別のところに置いてみた。──なんというか、物語の操り手へのリスペクトみたいなものを書いていきたいと思っているのである。

  『世界最短の推理小説』

 日経BPデジタル・アリーナってサイトの依頼を受けて書いた作品。
 この依頼ってのが結構なくせもので、ネットの合間にさくっと読める短編小説を、ネット検索をテーマにして書いてほしいとのことだった。それだけでもちょっと考えるとこだが、その際の枚数制限が原稿用紙にして4〜8枚。これは短編小説というよりショートショートの範疇ですな。
 そんなに短いんじゃ何を書いていいのかなーと頭を捻ったが、何にせよ依頼内容が明確だと思考が刺激されてありがたい。そのうちに思いついたのが、かつてこのサイトの身辺雑記で触れた鏡についての話題。それを小学生の一人語りで小説に仕立ててみた。
 身辺雑記では深い考えもなく「世界最短のミステリー小説」って表現を使ってたので、そこからタイトルをとって『世界最短の推理小説』と名づけた。その一ヵ月後の記述を読むってえとたったの一時間で書き上げたようだから、タケウチ作品における完成までの所要時間においても最短なわけである。
 その後、講談社文庫の人にそのことを喋ったら「二階堂黎人さんの作品に『世界最長の推理小説』って呼ばれてるものがありますよ」と言われて驚いた。不勉強なおかげで、期せずしてパロディーっぽくなってしまってたのだ。いやもちろん内容には何の関連もないのだけれど。
 まあ何はともあれ、お読みの際は語り手と一緒にクイズを楽しむような気分を味わってもらえれば幸いであります。

『手のひらの星空』

 「ダ・ヴィンチ」2006年10月号所収。「恋するプラネタリウム」って巻頭特集の一環として掲載されたショートショートで、『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』が好評だったってことで依頼をいただいた。宇宙モノなら得意だろうと思ってもらったようだが、そういうのって腕を買われたって感じで嬉しいものだ。『スペースシップ』なんかと合わせて、いつか宇宙モノの短編集を出せたらいいなあ。
 「プラネタリウムで恋をして」ってことで「プラネタリウムをモチーフあるいは舞台にした、ちいさな“恋”のおはなしを」なんて依頼内容だったのだが、それを聞いた途端にスター・ウォーズのエピソード2に出てきたビー玉型の星図データを連想したり、直後に家が停電したりってことを踏まえて「プラネタリウム」「レーザー彫刻」「停電」っていう三題噺みたいにして書いてみた。
 ちなみに、作中に出てくる中古住宅のモデルは僕が2003年から4年ばかり暮らした家である。引っ越し後に仕事部屋の天井で星空を発見したのだが、それがこういう短編に活きるとは。

『解説』

 単行本の『じーさん武勇伝』は三話構成になっているのだけれど、文庫化される際にもう一話書き足すことにした。いってみりゃ文庫版のボーナストラックみたいなものである。
 第三話『じーさん無敵艦隊』では海賊シンジケート対じーさんの戦いになるのだが、その戦いにおいてアメリカの軍事力をあてにせざるをえなかったのはちょっと心残りだった。じーさんだったら 覇権主義の超大国にも喧嘩を売るだろうってことで、第四話ではアメリカ大統領をぶん殴る場面を書いておくことにした。
 タイトルは文庫にちなんで『解説』としたのだが、もちろん小説の内容ともシンクロさせてある。ただふざけてるだけってわけではないので念のため。

『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』

 雑誌「ダ・ヴィンチ」のサイト「WEBダ・ヴィンチ」で2006年1月に公開された短編。「やさしい嘘」っていうテーマの短編アンソロジーとして依頼されたんだけど、こういうお題頂戴型の競作企画っていうのはとても楽しくて刺激になる。
 僕としては、どうせつくなら大きな嘘をつきたいなーと思い、月の地主や月への旅行についての話を書いてみた。女性視点の一人称語りで、短い制限枚数の中で26年にわたる時間経過があり……と、執筆前からかなり無茶な構想をたてたのだけど、書き始めてみるとなかなか楽しくて2日で一気に書き上げてしまった。『スペースシップ』の時もそうだったけど、僕は宇宙がらみの話だと早書きになる傾向があるのだろうか。
 ちなみに、作中に出てくる月の土地や月旅行は実際に商品化されている。いよいよ絵空事じゃなくなる時代が来るんだなーと思うと楽しみだ。

『きまぐれタウン誌めぐり』

 「小説すばる」2004年6月号所収。日本各地のタウン誌を紹介するコラム4本でもって構成される短編小説。『からっぽの缶ビール』『ファインダーの怪盗』『週末の放浪者』と書いてきたシリーズの続編、と言えなくもない。
 30枚の短編小説をって依頼で書いたんだけど、小説よりもコラムを書きたいなーと思ってコラム仕立ての作品にしてみた。──冒頭に登場人物のフルネームがふりがな付きで出て、何かしら旬のネタに絡めて一応の起承転結で一件落着、みたいなそつのない短編小説ってのが、僕はどうも好きじゃないのだ。自分じゃあんまり読まないし、わざわざ書こうって気もあんまりしない。
 一方、ちょっとしたコラムの類は読むのも書くのも好きで、以前連載していた東急各駅散歩なんかはいまだに愛着がある。それにまつわる思い出なんかも込めたし、次の長編に向けた実験としての意味合いも持っている作品。

『週末の放浪者』

 「小説すばる」2002年12月号所収。『ファインダーの怪盗』の続編で、軽トラで放浪しているフリーターの物語。
 トラックの荷台ってのは意外に寝心地よくて心踊る場所で、その寝床と男女二人の旅行とを考えると……ってな発想が元になってた気がする。そこに漫画『ウッシーとの日々』に出てくるチャーリーのご主人、栗岩さんから聞いた物干し竿売りのエピソードを加えて仕立ててみた。
 仕事部屋での執筆中、実際に物干し売りのアナウンスが聞こえてきて、どんな感じだろうと見物に行った覚えがある。運転席に乗ってたのは若者2人組でちょっと嬉しかったけど、彼らは寄ってきた僕が客じゃないと知って拍子抜けしたよーな顔をしていた。

『ファインダーの怪盗』

 「小説すばる」2002年5月号所収。『からっぽの缶ビール』の続編で、カメラマンを目指して放浪しているフリーターの物語。
 「一つだけどんな犯罪を犯してもいいとしたらどうする?」とか「一つだけ魔法を覚えられるとしたら何を選ぶ?」とか、ちょっと考えてみると面白い質問がある。そういう質問を素材に短編小説に仕立てられんかなーと思って書いた作品。担当さんから、「メインの登場人物は2人で」とか「嫉妬めいた感情を描いて」なんてな注文も出てて、そーゆーのを全部ひっくるめて書いてみた。
 諸条件をクリアするとなるとカメラ撮影の話がいいなーなどと構想を練ってるうち、ふと『からっぽの缶ビール』のその後として書けるなーなんてことを思いついた。

『からっぽの缶ビール』

 「小説すばる」2001年12月号所収。自主映画用に書いたシナリオ『990001』を元にして書いた作品。それぞれ夢を追いかけながらボロアパートで共同生活を送っていた3人の男が引っ越しの荷物をまとめていたら、大事にしまわれたビール缶が出て来て……ってな話。
 一つのシナリオから自主映画と短編小説を作ったわけだけど、先に完成したのは小説の方。小説を書く作業ってのは頭の中で映像を流して役者に演出をつけるようなもんなので、映画を演出する際のイメージ作りに役だった。
 クランクイン前に読んでくれた役者や美術スタッフも参考にしてくれたようだけど、やはり小説と映画とは別物なので、両方見比べてみるのも面白いと思う。僕がどっちの表現にむいてるかってことではなく、いろんな形で表現ってものを遊ぶのはやはり楽しいもんなのだ。

『豆腐ハウスの田丸リョーチョー』

 「小説宝石」2001年10月号所収。『不動産屋の山野くん』の続編で、部屋シリーズの連作の第2弾。世に作家は多かれど、こんな妙なタイトルはそうはあるまい。
 『山野くん』も短期間で書いたけど、『田丸リョーチョー』もほとんど手間がかからなかった気がする。執筆前の取材がなかったぶん(したかったけどうまい相手が見つからなかったのだ)、こっちの方が手っ取り早かったかもしれん。
 内容はというと、古い一軒家を使った外国人ハウスの管理人をしている男の語るよもやま話。書いていったら、何故か豆腐と寄せ鍋とバナナが重要モチーフになってしまった。

『ホームステイ』

 「小説すばる」2001年9月号所収。人事異動にともなって新しく僕の担当になった編集さんから、何か青春物の短編をとの依頼を受けて書いた作品。『粗忽拳銃』では広介の挫折が描かれるとこが良かったと言ってもらったので、そんじゃあ登場人物がどいつもこいつも挫折しまくってるってことにしよーかってことにした。
 その設定に、以前アイデアノートに書きとめといたホームステイというネタをプラスした。──僕が友達に向かって何の気なしに使った言葉から生まれたアイデアなのだが、こーゆー関係も悪くないなと思ったりする。

『不動産屋の山野くん』

 「小説宝石」2001年7月号所収。取材から締切まで10日間というタイトスケジュールの中、結構余裕で書き上げた。こーゆーのもスリルがあっていいもんである。
 僕は以前から、不動産屋で物件を見てを回ったり住宅のチラシを眺めたりってのが好きだった。部屋の間取り図を眺めてるだけでも想像って広がるよなーと思ってて、部屋小説ってのを書きたいなってなことを考えてたのだ。たまたま原稿依頼に来た編集さんに話したら急な話がまとまったというわけで、部屋小説のシリーズはまたそのうちに書いてみたいと思っている。

『フォークボーラー』

 「文芸ポスト」2001年夏号所収。同誌の企画で「野球小説特集」ってのがあり、それに短編をとの依頼で書いた作品。野球特集でそのまま野球のことを書くのも抵抗あるなあと思い、漫才師を登場させることにした。
 この丼ボーイズという漫才コンビ、実は
『暴力芸人』という短編にも出てくる。脇役で出した2人組が気に入って、今度は主役にしたのだ。コンビ名の命名の由来とか結成当時の話とか、いろいろ設定を考えてるのでまた彼らの話を書いてみたいなあ。

『ラーメンハウス与一郎』

 「小説すばる」2001年3月号所収。カレー長編の発売を前にラーメン短編を発表してみた。
 すっとぼけたラーメン屋のオヤジによる一人語りの短編小説という着想は学生時代の頃からあったんだけど、実際に書き始めたのは1995年から96年の頃だったと思う。そのまま完成させずに長らく放っぽっといたのだが、1998年になって続きを書いて80枚くらいの短編に仕上げた。……それは某誌でボツになり、そのうちにいろんな要素を足して長くしようと思ってたのだが、2000年の暮れに「小説すばる」から何か短編をとの声がかかり、そんじゃあこれだとと手を入れて短縮、結局40枚くらいの長さで発表することになった。
 ちなみに、リライト時に切った要素ってのが『カレーライフ』に活きてたりもする。↓下の『トゥールー・バンブー』の長編化計画なんてのもあって、その長編で使おうとしてたアイデアも『カレーライフ』の中で活かされたのだった。

『トゥールー・バンブー』

 「小説すばる」2001年1月号所収。だけど初稿を書き上げたのは1994年夏。……実に6年半もの歳月を経て発表にこぎつけた。
 この話を書いた頃は就職活動も投げだしかけた学生だった僕も、なんだかんだと物書きになっている。一人称の語り手がライターの青年で自分の小説を書こうとしてるとこだったのを思うとちょっと感慨深い。
 ストーリーはというと、お札の肖像画になった偽札作りの男の話が、ニューヨークのアイリッシュパブの親父や日本人ギタリストに語り継がれて……ってな感じ。イギリスとオーストラリアとニューヨークと東京を舞台に、話者の異なる三つの一人称で物語が進んでいく。
 そのうち筆力がついたら長編に仕立てようと思ってどこにも出さずにあっためといたのだが、集英社の2人の担当さんに見せたところ、「短編のまんまでいいんじゃないの?」ってなことになって「小説すばる」に掲載された。初稿にちょこちょこっと手を入れたんだけど、アボリジニ関連のオーストラリアの歴史を補足して、中国人ウエイトレスの設定をギタリストの恋人から少女に変えた程度。大筋は昔のまんまである。
 1994年の僕は、大学出た後で物書きになるにはどーしたらいーのかなーとぼんやり考えていたアホ学生だった。この『トゥールー・バンブー』を書き上げた翌日に『スペースシップ』を書き、その夏に『ブラック・ボックス』を書いて秋から冬に『9レターズ』や『3年5組・ザ・ムービー』を書いていた。──あの頃の僕が「小説すばる」に載ると知ったら大喜びしただろうなと思うと、タイムマシンで掲載誌を見せにいってやりたいと思ったりする。

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