単行本の作品紹介
『図書室のピーナッツ』(双葉社刊)
2017年3月刊行。『図書室のキリギリス』の続編として連載した『図書室のキリギリス とびはね編』を加筆改題して単行本にまとめたもの。タイトルの「ピーナッツ」には、シュルツの作品とか図書館仲間とかこれから芽吹く種とかの意味合いを重ねてみた。
収録作品は以下の四作。
第1話『サンタクロースの証明』
第2話『ハイブリッドの小原庄助』
第3話『ロゼッタストーンの伝言板』
第4話『ピーナッツの書架整理』
もともと本についての物語を書きたくて始めたシリーズだけど、一冊出したことで主人公や作者に足らない要素とか間違ってることとかが見えてきて、それが二冊目を導く形になった。現場の学校司書さんや経験者の方、関連業者の方にいろいろ教えてもらったことも作品に反映できたし、司書資格のための通信教育についてはこれからも勉強していかなくては。
肝心の本については、サンタクロース・小原庄助・オザケンの『うさぎ!』・シュルツの『ピーナッツ』などなど、いろいろ言及できて楽しかった。“図書館を通して書物の世界を冒険して謎を解く”、みたいな形で物語を展開していくことにもさらなる可能性を感じるし、このままさらなる続編を書きたいところだが……担当編集者に確認してみたら、その企画が通るかどうかはこの『図書室のピーナッツ』の売れ行き次第だそうな。
『ホラベンチャー!』(双葉社刊)
2016年3月刊行。成り行きでベンチャー企業を立ち上げることになった洞山真作と、彼の家に代々伝わるホラ話が絡み合って進んでいく物語。基本的な時代設定は2015年頃の現代でありながら、戦国時代から江戸時代・明治大正・昭和の終戦期と様々な時代に飛んで書いていくのは楽しい執筆作業だった。
僕は個人的に「オアシス・じーさん文体」と呼んでいるんだけど、ある種の昔話・ホラ話ような書き方を理想としているところがある。だけどそれは一般的に近代小説の美点・特質であるとされてる方法論の真逆をいくことでもあって、僕が好きなように書くと「単に下手な小説」になりかねないって弊害があった。じゃあ本当は上手いのかと問われれば返答に苦しむわけで、そのあたりのギャップをいかに解消・昇華していくか、様々な作品で試行錯誤してきた。
それがある時、小澤俊夫さんの昔話理論に触れて、ようやく自分の中のいろんな要素をうまく位置づけられた気がした。そこで、昔話を題材にとりつつ、その力を取り入れて活かしていくような物語を書くことにしたのがこの作品。昔話の持っている物語力を「ホラ」という言葉で象徴するなら、近代小説の要素をどう盛り込むかってことで辿りついた素材が「ベンチャー」だった。かつて妙なご縁でベンチャー社長の物語を書く機会があったので、その時に得た知識を作中で活用させてもらった。
だから僕としては、結構な意気込みで挑んだ総力戦のつもりの作品。――そうでありながら、物語的にはあくまで軽く、楽しんで読めるコメディーであってほしい願って書いたんだけどね。
『向嶋言問姐さんの ねこものがたり』(アポロ印刷刊)
2015年4月刊行。「絵・しのづかゆみこ 文・竹内真」ってことで、僕は絵本の文章の書き手として参加している。ひょんなことから向嶋言問姐さんというのは東京都墨田区のご当地キャラの活動を取り仕切ってる事務局と知り合い、「このキャラの絵本を作りたい」という声を受けて絵本作家さんを紹介した。その縁で絵本の文章を書かせてもらうことになったのだ。(文章作品としては短編だけど、本の形になってるのでこの欄で紹介しときます)
「言ちゃん」という愛称で親しまれているこのキャラクターは、猫の芸者さんという設定になっている。墨田区向嶋が古くから芸者さんの街だったってことから生まれた猫キャラなのだが、「どうして猫が芸者になったのか」ってことについては特に詳しい設定があるわけじゃなかった。そこで僕は、様々な伝承や墨田区の名所案内を絡めて芸者猫誕生ストーリーをこしらえることにした。
言ってみれば既存のキャラクターの由来話を後から創作したわけだけど、資料調査を進めるうちに「言問」という地名の由来から猫に繋がる背景が見つかったりして、なかなか楽しい作業となった。一般的な書店流通はしてないかもしれないけど、とてもきれいな絵本だし、言ちゃんの公式サイトで注文できると思うので、ご興味ある方はネットで検索してみてね。
『ぱらっぱフーガ』(双葉社刊)
2015年3月刊行。中学の吹奏楽部で一緒にアルトサックスを吹いていた有人と風香が、高校で別々になりながら吹奏楽は続けて……っていう物語。
「吹奏楽をテーマに青春物を」って依頼をもらった時、基礎的な知識を集める中で、どんな話にしようかなと構想していた。――中学や高校の吹奏楽部には、ものすごく高度な演奏で全国大会で金賞になったりCDを出したりって活動もあれば、イベントごとを陽気に盛り上げる演奏やダンスやマーチングと組み合わせる形の演奏もあって、いろんな描き方ができそうな気がしたのだ。
何か一点に絞ってみる手もあったけれど、せっかくだから欲張ることにした。吹奏楽でつながる恋人同士が、それぞれ全然違う活動形態の吹奏楽部に進んだらどうなるかって発想から進めてみたのだ。連載を始めた当初は、二人が音楽性の違いから別れることになるってストーリーを考えてたんだけど、書いていくうちにそうじゃない道もあるんじゃないかって気がしてきて、どういう結末を選ぶかってのは最後まで考え続けることになった。
単行本化にあたってそのあたりの流れを整える作業を行ったんだけど、その際には心理描写だけじゃなく音楽描写も鍵になった気がする。――よくバンドが解散するニュースで「音楽性の違い」なんて言葉を聞いたりするけれど、音楽性が人間関係に及ぼす影響っていうもを、初めて実感として意識したような気がする。
いやまあ、ストーリーとしてはそういう面倒な話は抜きにして明るくコミカルに進んでいくんだけどね。
『図書室のキリギリス』(双葉社刊)
2013年6月刊行。ひょんなことから高校の学校司書となった高良詩織が、人には秘密の特技を活かしながら本にまつわる謎を解き、本から広がる世界と向かい合っていく物語。
20012年8月から12月まで『司書室のキリギリス』というタイトルで連載していた連作短編を単行本化したもので、以下の5作で構成されている。
第1話『司書室のキリギリス』
第2話『本の町のティンカー・ベル』
第3話『小さな本のリタ・ヘイワース』
第4話『読書会のブックマーカー』
第5話『図書室のバトンリレー』
『図書館の水脈』を書いた後、本をモチーフにした物語をもっと書きたいなーって思いが膨らんで、それがようやく形になった。僕の読んだ本はもちろん、訪れた図書館とか古書店とか、住んだことのある町とかのイメージの繋がりが作品になっている。執筆にあたって登場する本を読み返しているうちに、そこに秘められた謎を見つけて謎解きを楽しめたりもして、執筆はとても楽しかった。
主人公の詩織には、触れたものから残留思念を読み取る特技があるって設定になっている。それで僕が超能力モノを書いたことに驚いたっていう読者もいるのだけれど、僕としてはことさら超能力って意識はなかった。ただ本について書こうとするために必要だった力って感じで、それが第5話の中ほどに出てくるシーンに繋がっていった。
小説の中で、そして連動コラムの中で、好きな本についての話をあれこれ書いていくのは本当に楽しいことだった。そういう感覚が読者に伝わり、ああこれ読んでみたいなあと思ってもらえたら幸せだなーと思う。
『イン・ザ・ルーツ』(双葉社刊)
2011年3月刊行。大ボラ吹きでトランペット吹きのサニー多田良こと多田良三四郎が孫の三兄弟に形見分けした根付をめぐる物語。
「小説推理」に連載した『ゲット・ルーツ』を改題、加筆したんだけど、どちらのタイトルも名曲からつけた。連載前の打ち合わせでタイトルを相談してた時、カフェのBGMで流れてきたのがビートルズの「ゲット・バック」で、書きすすめるうちに作中に登場したのがビッグバンドジャズの名曲「イン・ザ・ムード」だったのだ。根付とジャズを題材にしてるからロックナンバーよりはジャズナンバーにちなみたかったし、物語との意味的な呼応も考えるとタイトルは『イン・ザ・ルーツ』しかないと思ったのである。
根付ってのは江戸時代に発達した日本独特の細密彫刻だけど、名品の精緻さはもちろん、手のひらで包めるほどの小さな作品の中に物語が込められていることに驚かされる。僕もこれまでの多くの作品で物語そのものを題材にしてきたわけで、だからこそ根付にまつわる長く大きな物語を描いてみたかった。
日本が未曾有の災害に見舞われた直後の出版となったが、災害と戦う人たちの休息の合間にでも読んでもらえたら嬉しいと思っている。焼け野原の東京で心に穴があいたような心境でいたサニー多田良が、音楽と物語によって再生していく物語でもあるので。
『自転車冒険記 12歳の助走』(河出書房新社刊)
2011年2月刊行。『自転車少年記』と『自転車少年記―あの風の中へ―』に続くストーリー。昇平の息子の北斗が主人公に、彼の初めての冒険を描いている。
僕の作家生活十数年(正確なとこは自分でもよく分からない)の中で、読者のおかげで出せた本というのはこれが初めてだった。なにしろ最初に「北斗を主人公にした続編を」ってリクエストをくれたのも読者だったし、新潮社では続編構想に耳を貸してももらえないって話をしたら出版業界の読者が河出書房新社を紹介してくれた。
他にもいろんな読者の励ましや情報のおかげで書き上げることができたわけで、こういう仕事ができたのは本当にありがたいことだと思っている。作中では北斗がいろんな人から応援してもらってるんだけど、それは作品の外側でいろんな人に助けてもらってた作者の似姿なのかもしれない。
『文化祭オクロック』(東京創元社刊)
2009年7月刊行。高校の文化祭の一日を複数の視点から描いたストーリー。「学園ミステリー」とか「青春ミステリー」とか呼ばれるであろうことは自覚しながら書いたけど、例によってミステリーの枠から逸脱してるような気もする。
発想の核になったのは三谷幸喜監督の『THE有頂天ホテル』で、『グランド・ホテル』様式と言われる作劇術は学校の文化祭を描くのに向いてるんじゃないかと考えたのがきっかけ。ホテルを舞台にすると無関係の人々の人生が交錯していく様を描けるけど、文化祭を舞台にすれば別々に動いてる登場人物たちによって一つの流れが盛り上がっていく様を描けると思ったのだ。自転車・ビール・ワンダーと時間軸を長くとる作品が続いたので、ここらで短時間で構成する技も磨いておきたかったし。
前々から小説の文章に喋り言葉のリズムを持ち込みたいとも思ってたもんで、文化祭の中でもラジオ企画を大きな柱にしてみた。小説書くのが下手だからって言われりゃそれまでだけど、時として喋り言葉の方が自由にいろんなことを書ける気がするんだよね。ラジオのDJの語りを組み込んだ小説ってのはこれまでもいろいろあったけど、そういう場合はかかる音楽が何故か洋楽中心って傾向に疑問を抱いてたので、2008年時点でのJ−POPを中心に選曲してみた。曲名さえあげとけば読者みんなに伝わるってもんじゃなし、音楽性よりも字面とか話題のつながりで曲が選ばれ、それがストーリーと絡んでいくってのが理想だと思うのだ。
『シチュエーションパズルの攻防』(東京創元社刊)
2008年6月刊行。ミステリー専門誌「ミステリーズ!」にて、2007年6月から12月まで連載していた「珊瑚朗先生無頼控」を単行本化したもので、雑誌で発表した4本に書き下ろしショートショート1本を加えた形で構成されている。
文壇バーの安楽椅子探偵のシリーズを単行本にする際、書名はシリーズ名とは別のものにしようってことになった。そこで収録5作品の中からこのタイトルを選んだのだけれど、これはシチュエーションパズルって言葉に対して僕が期待してるから。この物語遊び、僕は本で読んだり友人たちとの会話で遊んだりしてるだけだが、ネット上でも結構はやってるようだし、今後もっと発展していく可能性があると思ってるのである。
プロアマ問わずにストーリーテリングの訓練にはもってこいのメソッドだと思うし、講演やトークショーや対談の形でやっても面白いと思うんだよね。いつかそういう場でも遊べたらいいなと、自分なりに問題を書きためてるくらいなのだ。
無論、装丁を大塚沙織さんにお願いしたのもポール・スローンの『ウミガメのスープ』シリーズを意識してのことだったりする。──それにしても、サンゴ先生の後ろ姿はモデルになったあの大先生に似てるなあ。
『ビールボーイズ』(東京創元社刊)
2008年2月刊行。『カレーライフ』の次の書き下ろしって依頼で書いたものなので、本当は2004年には書き上げてたんだけどね。
とはいえ、内容的な繋がりはなく、むしろ『カレーライフ』を横軸とすれば『ビールボーイズ』では縦軸を書こうと意識した。──小学生の時からビールという存在を意識した少年たちが、やがて自分たちの町で自分たちのビールを作り始めるまでの物語なのだ。その歴史とビールの歴史を絡め、少年から大人になっていく中での社会とのかかわりを描いて……なんてことを目指して書いてみた。
小説の本編とコラム、それからプロローグとエピローグって形で形式の違う文章が3種類組み合わさってるんだけど、それぞれの書き手は誰なのかってことを考えながら読んでもらえたらありがたいなと思っている。まあ面倒なこたあともかく、読んだ人がビールを飲みたいって思ってもらえればそれで充分なんだけど。
『ワンダー・ドッグ』(新潮社刊)
2008年1月刊行。高校のワンダーフォーゲル部と、そこで部員犬として飼われることになった捨て犬の物語。
一応、一九八九年から一九九九年にかけての「十年間にわたる物語」ってことになってるんだけど、当初の構想ではその倍くらいの長さになるはずだった。例によって長編小説としても長すぎるくらいの分量になりそうな勢いだったので、まずは前編にあたる部分だけで一冊の本に仕立てることにした。
ちょうど年表の真ん中あたりいったん大団円になるようなエピソードがあったのでそれを終章にもってきて、自分なりにしっかり納得いく作品になったのだけれど、やはり最後まで書ききりたいって願望はあったりする。まあ続編を出版してもらえるようになるにはこの本が売れないといかんのだけど……さてどーなることやら。
『チャーリーとの旅』(スタインベック著・ポプラ社刊)
2007年3月刊行。ノーベル賞作家のジョン・スタインベックが1962年に発表した紀行文学の翻訳に取り組んでみた。
愛犬チャーリーと共に特製キャンピングカーに乗り込み、アメリカを一周した旅行記の中で、スタインベックは旅や人や国や時の流れについて様々な考察を巡らせる。──僕はその格調高く滋味深い文章に心打たれた一読者にすぎなかったんだけど、邦訳版が長く絶版になっていると知った直後にポプラ社が翻訳権を獲得したという噂を耳にした。だったら自分で訳してみたいと名乗り出てみたところ、あれよあれよと翻訳家デビューが決まって一年ちょっとで刊行にこぎつけることができた。
そんな展開自体が僕にとっては胸躍る物語だったし、出来上がった本もすっかり気に入って、これからずっと折に触れ読み返す愛読書になりそうな気がしている。
『自転車少年記』(新潮社刊)
2004年5月刊行。「新潮ケータイ文庫」っていう携帯電話配信のコンテンツで1年以上にわたって日刊配信した長編小説。(2006年10月に刊行された文庫本の『自転車少年記 あの風の中へ』とは別の作品ですので念のため)
長いスパンで進んでいく中でいくつかの物語が絡み合ってるのだが、メインになってるのは以下の二つの物語。
一人の少年が初めて自転車に乗れた日から、やがて息子に自転車の乗り方を教えるまで。
一人の少年の恋から、何百人もの人々が何百キロもの距離を走るイベントが生まれるまで。
この二つのアイデアがそもそもの発想の中心で、あとはしっかりじっくり書いていこうって姿勢で長期連載に臨んでいたのだが、予想以上に長くなる結果となり、単行本で売るにはもっと短縮しろって指令の元に新潮社の施設に泊り込んで作業する破目になってしまった。
初めての缶詰はなかなか貴重な経験だったけど、個人的にはもっともっと長い物語を発表できるようになりたいなーとも思っている。
『図書館の水脈』(メディアファクトリー刊)
2004年4月刊行。雑誌「ダ・ヴィンチ」10周年記念の、村上春樹トリビュート企画で書き下ろした長編。(つうか長さとしては中編くらいか)
一応、村上春樹さんの最新長編である『海辺のカフカ』にトリビュートを表した作品ってことになってるが、トリビュートしたのは『カフカ』だけじゃない。他にも好きな春樹作品は山ほどあるし、どうせなら他の作家の本にも敬意を表しちゃおうと思って様々な本の登場する作品に仕立ててみた。──作中に題名が出てくる本については巻末に登場文献のリストをのっけたので、併せて読んでみるとのも一興かも。リストにのってない本もいろいろ出てくるしね。
そんな風にたくさんの本が登場する物語なので、登場人物も作家や読者や司書といった本にかかわる人たちが多い。奇数章ではかつて図書館に寝泊りしていた作家の物語が、偶数章では『海辺のカフカ』を通じて仲良くなったカップルの物語が展開していく。舞台は東京の世田谷から四国の高松へと移っていき、やがて鳴門市に辿り着いて渦巻いていく。──どこもかつて僕が住んだり旅したりした場所なのだが、物語を進める中でそれらの土地が結びついていくのがとても楽しかったのを覚えている。
他の作家の本を出したついでに僕自身の本との繋がりもあるので、『図書館の水脈』を読んでくれた人が僕の他の作品も読んでくれるといいなーと思っている。「これはあの話の続編だ!」とか「こんな繋がりがあるのか!」などと面白がってもらえると嬉しい。
『真夏の島の夢』(角川春樹事務所刊)
2004年1月刊行。アートフェスティバルが開かれる瀬戸内海の島を舞台に、来島したコント劇団や作家やそのアシスタントが夏の日々を過ごし、島民たちの間では産廃処理場の反対運動が盛り上がり……って物語。
劇団の男達は演劇コンクールに向けて芝居作りに励み、女性作家は官能小説書き下ろしのために缶詰になってるって設定で、メタフィクション的に表現活動を描くって点では、『粗忽拳銃』の路線かもしれない。島の老人軍団が活躍するあたりは『じーさん武勇伝』、コント芝居のシーンなんかは『笑うカドには』の路線でもあるのかな。
書き下ろしでミステリータッチの長編をって注文を受けて書いた作品で、執筆中は『カンヅメ島』っていうタイトルをつけていた。しかし即物的かつふざけたムードはいかがなものかってことで別名を考えることになり、うむむと唸って『真夏の島の夢』ってのを捻り出した。
だからシェイクスピアの『真夏の夜の夢』のことは書き終わるまで全く意識してなかったのだが、いざそういう名前をつけてみるってえと随分たくさんの要素が重なっていた。無意識的に影響うけてたってことだろうけど、執筆中にまったく気づかなかった自分にびっくりである。
『笑うカドには --お笑い巡礼・マルコポーロ--』(小学館刊)
2003年12月刊行。「文芸ポスト」2002年秋号より2003年秋号まで連載した、「お笑い巡礼マルコポーロ」の中の4編に加筆し、新たに1本書き下ろしたルポルタージュエッセイ。目次は以下のような感じになっている。
爆笑問題の「物語」
ルミネtheよしもとの「東京」
オンエアバトルに「なんでだろう?」
伊東四朗の「笑い」
三谷幸喜の「渦」
小説以外の本を出したいというのは数年来の念願だったし、子供の頃から大好きだったお笑いについて書けるというのは何にもまさる喜びだった。インタビューさせてもらった芸人さん達のお話は実に面白く刺激的で、僕一人では決して得られないような様々なことを勉強させてもらった気がする。
小説じゃないとはいえ、これまで小説を書く中でいささかなりとも学んできたことを活かして書いた本。そして一連の取材を通して学んだことは僕の小説の中にも活きているわけで、そんな両輪を自分の中で機能させてもらえたというのは本当にありがたかった。
『じーさん武勇伝』(講談社刊)
2002年8月刊行。じーさんと神楽坂家の家族達をめぐる、荒唐無稽なホラ話コメディ。無敵のじーさんが、警察やマスコミや鮫や海賊達を力ずくで倒しながら海底の沈没船を探し求めていく物語。
第1話『神楽坂ファミリー』・第2話『かえってきたじーさん』・第3話『じーさん無敵艦隊』という3つの中短編が、全体として1本の長編を構成している。──ホラ話がでかくなるように、エピソードをどんどんエスカレートさせながら書いていったのだ。近代小説の大きな要素である描写と内省ってのを極力すっ飛ばし、ひたすら話を進めていく形式で、自分ではエスカレーションコメディーと呼んでいる。
以下、各話についての簡単な説明。どれもじっくり重厚に描写すればそれだけで1冊分にはなりそうな気もするけれど、展開の密度の濃さがエスカレーションコメディーの命なのかもしれない。
『神楽坂ファミリー』
「小説現代」1998年5月号所収。第66回小説現代新人賞受賞作。
発端は1997年の秋、ほんの気晴しのつもりで書いた文章だった。すかっとくるような話を書きたくなって「うちのじーさんは強い」みたいな文章を書き始めたら止まらなくなり、最初の1章の原形ができていた。午後の3時頃からだーっと書いてって、ふと気付くと日が沈んでいたのを覚えている。
後日その続きを4章まで書き、手直しして四百字詰原稿用紙八十枚の短編に仕上げた。こんなのもアリかなあと思って投稿したら、新人賞をいただいてしまったのである。深いことも考えずに後を引く終わり方にしたのだが、そこから続編が生まれていくことになった。
『かえってきたじーさん』
「小説現代」2000年4月号所収。前作『神楽坂ファミリー』が新人賞をもらった時、選考委員の椎名誠さんから「連作でつぎに『かえってきたじーさん』というのをぜひ書いてもらいたい」という選評をいただいたので、そのタイトルも素材にさせてもらった。
『神楽坂ファミリー』で鯨と共に海に消えたじーさんが、サイパン近海で遭難した筈なのに何故か日本に現われて……みたいな物語。マスコミやら海賊やらタンカーやらを相手に、じーさんが派手な戦いを繰り広げていく。
『じーさん無敵艦隊』
単行本のための書き下ろし中編。3部作の完結編ってことで、前2作を合わせたよりも長い話になっている。
新たな家族が加わり、海底の沈没船も見つかったかと思いきや、アメリカやイギリスが介入してくるわ巨大犯罪組織に狙われるわ……ってな話で、相変わらずじーさんが派手に暴れまくる。
どこまで話をエスカレートさせるかを追及してった結果、沈没船探しから発展して鮫の大群やら多国籍艦隊やらが出てくることになった。その際の叙述方法というか、リアリズムとホラ話の葛藤(ってほど大層なもんでもないかな)についてはいろいろと考えることになった。
「リアルだ」とか「リアリティーがある」とかいった評価が無条件で作品への褒め言葉になる風潮が、僕にはどーも不思議なのだ。大事なのはリアルか否かじゃなくて面白いかどうかで、面白さはリアルさとは無関係に存在するもんだろう。──そんな思考が行き着いた一つの答えがこの物語なんだけど、このことについては今後も考えていきたい。
『風に桜の舞う道で』(中央公論新社刊)
2001年6月刊行。1990年の主人公と2000年の主人公の一人称が、交差しながら並行して進んでいく物語。
1990年、僕は予備校の寮に入るために実家を出て上京した。予備校時代の1年間は本当にいろんなことがあって楽しかったので、その頃の経験を元に小説を書いてみたいって気持ちは以前から強かった。学生時代には実際に書き始めもしたのだが、力及ばず途中まで書いて放り出してしまっていた。
小すば新人賞受賞後、中公の担当さんから長編の依頼を受けた時、予備校の寮ものをって話になった。その時に書きかけバージョンを活かすことを思いつき、さらに10年前の1990年と現在の2000年をパラレルで書いたら面白いっていうアイデアも涌いたという次第。
1990年代のことを、「ロスト・ディケード」とか呼ぶ言い回しがあるそうだ。初めてそれを耳にした時、失われた10年とは何事じゃいと思った覚えがある。おいらは失った覚えはないし、実家を離れてからの10年ってのは二十数年の人生の中でもかなり重要なんだがのうと反発を感じたわけだ。で、この時代を舞台に何か書けないかなっていう着想が生まれた。
つまり、「面白かったぞ予備校の寮」プラス「なめんなロスト・ディケード」イコール、『風に桜の舞う道で』なのである。
『カレーライフ』(集英社刊)
2001年3月刊行。──「小説すばる新人賞受賞第一作・史上初、大盛カレー小説」(宣伝用コピーより)
カレー屋を作るため、そして祖父のカレーライスの謎を解くために、富士・アメリカ・インド・沖縄と旅していく物語。実に原稿用紙1300枚もの長さになっていて、分厚い単行本が二段組で印刷されてたりする。……その割にお値段はおさえめになってますので、どーぞよろしく。
僕も実際、執筆の前に沖縄とインドを回って取材してみたりした(アメリカは高校時代、富士五湖は大学時代に行った経験が参考になった)。取材で本当にたくさんの方にお世話になったし、沖縄で足を怪我して手術したりインドで腹を下したり、いろいろ作品にまつわる思い出も多いなあ。
おまけに、第一稿1200枚がボツになり、頭から書き直して1500枚にし、それを縮めて1300枚……と、なんだかんだで2000年いっぱいこの作品に関わってた気がする。発売が大幅に遅れるうちに21世紀に突入しちゃったけど、どうにかこうにか刊行の運びとなって良かった良かった。
『粗忽拳銃』(集英社刊)
第12回小説すばる新人賞受賞作。「小説すばる」1999年12月号に部分収録(5話中1話だけ)され、単行本は2000年1月に刊行。文庫版は2003年10月17日発売。
前座噺家・自主映画作家・貧乏役者・見習ライターの若者達がひょんなことから拳銃を手に入れ、様々な事件が起きる中で自らの表現と向き合って……ってなわけで、随分といろんなものを込めて完成させた作品。
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