サイキンのタケウチ


〔身辺雑記〕

8月2日(水)
 ついにテレビが完全にイカれた。ぶっ叩きながら使えてたのは風前の灯火ってやつだったらしく、今日はいくら叩いても画面は一本線のまま。せっかく8月に入って涼しいってのに一汗かいてしまった。
 さてどーすっかなーと思いつつ、昼前に食料の買い出しに行ったついでに電器屋へ。とりあえず地上デジタル対応のアンテナ設置費用を聞いとこうと思ったのだが、地デジ対応テレビも10万以下で結構あって、そんじゃあ買っちゃおうかと心が傾く。
 しかし店員さんにアンテナ費用を聞いたら4〜5万はかかるらしい。もしかしたら引っ越しするかもしれないので2回もそれを払うのは馬鹿馬鹿しいなーと思い、じゃあアナログの液晶テレビにしようかと思ったら5万程度で買えるらしい。ならそれでもいいかと思ったら、今は従来のブラウン管テレビの値段が下がりまくってるのでそっちの方がお得だとのこと。
 確かにそこそこ大きな画面でも一昔前なら考えられないくらい安くなってる。いろいろ喋ってるうちに壊れたテレビも処分費用や配送&回収費用もゼロでいいなんてことになり、安売り価格からさらに値引きしてくれることになって、ならそれでいいやってことにする。なにしろ家のスペースは余ってるので無理に薄型テレビにこだわることもないのだ。
 で、その場で購入を決めて帰宅。特に買い急ぐ必要もないしセールストークにのせられちゃったかなと思うが、大した費用じゃないのでまあいいや。
 午後には配送係のお兄ちゃんがやってきて、古いテレビを引き取って新しいのを設置。配線やチャンネル設定までやってくれた。そういう作業って自分でやるもんだって先入観があったので一通りやってもらうと嬉しいもんだ。
 PS−Xの番組表を眺めつつ、今日のうちに新しくなった効用としては亀田タイトルマッチが見られるってことかなーと思う。なにしろチケット代よりテレビ代の方が安いんだから不思議なもんだよな。
 でも新テレビで最初に見たのは『青春デンデケデケデケ』のDVD。さすがに新品の画面だと画像がいいしステレオ音声で見るのは気持ちいいもんだね。

8月4日(金)
 8月3日の朝、メールチェックしたら原稿依頼がきていた。
 某誌の特集記事の中の短編小説ってことで、テーマと枚数がきっちり決められてる企画である。まだ構想はまとまらんけど、こういうお題頂戴型の仕事って僕は結構好きだ。ヘタに小説誌の新人賞なんかとっちゃうと「何でもいいから一定枚数のものを書かせて何でもいいから担当編集者の思いつき通りに直させる」なんて状態に陥るもんなのだが、そういうのより一般誌の方が健全で気持ちいい。
 で、締め切りが近いこともあって翻訳家は休業(しかしよく休むね)、3日は終日アイデアを練ったりネットで資料調査を行ったり。

 ところが4日になって事件発生。停電である。
 停電って言い方は正しくないのかな。夜中のうちに我が家の古い分電盤がぶっ壊れたらしく、漏電遮断機が上がりっぱなしになって電気が全く使えなくなってたのである。
 早朝に起きたものの照明はつかんし電話もかけられんし(回線は繋がってるが電話機が死んでるのでプッシュホンが反応しない)冷蔵庫の中身はいつまで持つか知れたもんじゃないし。こりゃあヤバいと周辺の住宅地図を引っ張り出し、自転車にまたがって電気工事の広告を出してた家を目指す。
 こういう時には電話で頼むべきかもしれないが、うちから公衆電話のあるとこまで行くくらいなら直接行っても手間は一緒。俺はいつの時代の人なんだと思いつつそのお宅のチャイムを鳴らしたが、でてきたご婦人いわく工事を行うご主人はちょうどさっき出かけちゃったとのこと。
 仕方ないので駅前をさまよい、記憶をたよりに電器屋にたどり着く。シャッターが下りた店内は無人のようだったので公衆電話から連絡してアポをとり、始業時間がすぎてから家まで係の人に見に来てもらう。

 そういえば『1973年のピンボール』にこんなシーンがあった気がする。電気屋さんはカバーを外して分電器をチェックしたいたが、「漏電ブレーカーの型が古いんで、とりあえず大至急取り寄せてみます」と言い残して帰っていってしまった。
 で、現在にいたる。きれいな夏晴れの今日、気温はぐんぐん上がってるけど我が家ではエアコンどころか扇風機も使えない。涼しいとこに避難しようにも電気屋さんからの連絡待ちなので出かけられない。困ったもんだ。
 つまり僕は、いつになったら回復するかも分からない状態で文明の利器から切り離された生活を送らにゃならんのだ。まあ早寝早起きだから夜は寝ればいいけど、電気がないと給湯器も動かんから今日は水シャワーかもしれないなあ。
 パソコンは内臓バッテリーで動いてるけど、いつまで持つか知れたもんではない。だから仕事もセーブせにゃならんし、メールでの連絡もいつまでとれるか分からない。電話はかかってくる分にはとれるはずだが、プッシュホンが使えないのでこっちからかけられない。いやあ孤立した原始生活だなあ。
 その修理が来たのは夕方で、担当者はえらくトロい爺さんだった。作業がやたらと遅い上に修理中に携帯電話がかかってきたら(漏れ聞こえたのは不機嫌な女の声)やりかけのままでぷいと出てったきり一時間半も帰ってこなかった。
 どーにか電気が使えるようになったのは、すっかり日も暮れて涼しくなってきた夜7時すぎ。爺さんは恐縮してしきりに謝ってたけど、こういう性格だから電話の呼び出しで仕事を放り出すんだろうなあ。
 今シーズン最高の猛暑の中、丸一日を電気なしで過ごすってのもいい経験であったが、依頼を受けた短編小説ではテーマとは無関係に停電について書いてやろうかと思う。何というか、このままやられっぱなしでたまるかって気分なのだ。


8月5日(土)
 朝の宅配便でホームスターが届く。短編小説の資料ってことで貸してもらえることになったのだ。
 早速梱包をとき、昨日の意趣晴らしのように冷房をきかせた仕事部屋で雨戸を閉めて試してみる。本体がやけに軽い&機能がシンプルってことで意外にチャチなのかなーと思ったが、投影してみてびっくり。めちゃめちゃ精巧で天の川の小さな星々までくっきりと再現されてるのだ。値段の大半は原板の制作費と思えば納得だな。
 ゆっくりと回転する星空や流れ星機能などを満喫した後、その勢いで執筆。夕方までに書き上がったが、10枚以内って枚数制限のところが15枚になっちまった。ついつい長く書きがちなのが僕の悪い癖だが、さてうまいこと短縮できるだろーか。

8月6日(日)
 朝から短縮作業。15枚から文章をブラッシュアップして13枚に、そこからシーン展開を変えて11枚に。
 さすがにこれ以上は無理なんじゃねーかなーってとこでワープロを離れ、車で駅前へ。講談社文庫から11日発売の『じーさん武勇伝』の見本刷りが上がってきたってことで、それの受け取りがてら担当氏と喫茶店で雑談。
 見本刷りっていうから一冊だけもらえるのかと思ったら、「KODANSHA」と書かれた紙袋にどどーんと10冊入りで手渡してもらった。こういうのって何冊くれるかって社によってばらばらだし、郵送か手渡しかも編集者によって部署によってまちまちで興味深い。
 そんなわけで、文庫版『じーさん武勇伝』はなかなか面白い本になりました。よろしければご覧くだされ。

 帰宅後、西日を浴びてサウナ状態となった仕事部屋で原稿手直し&プリントアウト、涼しい冷房リビングで推敲って作業を繰り返し、どーにか注文通りの10枚におさめる。そんなわけで、短編『手のひらの星空』は9月6日発売の「ダ・ヴィンチ」十月号の「恋するプラネタリウム」って巻頭特集の中で掲載予定です。よろしければご覧くだされ。

8月8日(火)
 昨夜のメールで、ホームスターが僕のものとなった。
 もともと短編小説執筆用の資料として借りたものなのだが、あっという間に書き上げた&編集部でも評判いいってことでご褒美にもらえることになったのだ。こういうのって嬉しいね。「しょーもねーもん書きやがって、返せ!」なんていわれたら最悪なわけだし。
 てなわけで、これからいつでも我が家をプラネタリウムにできる。軽い機械だからどこでも持参できるし、車にACソケットを組み込めば広い荷室を移動式プラネタリウムにもできる。寝転んで見上げるためのマットや寝袋も常備してあるしね。

 今朝のメールでは、何気なく「鏡は左右を反対に映すでしょ? なのにどーして上下は反対にならないの?」って文章を書いてふと気づいた。
 これって、僕の知る限り世界最短のミステリー小説かもしれない。謎がありトリックがありどんでん返しがあり……あ、でも解決編がねえか。それじゃギネスに申請してものっけてくんないかなあ。
 でもまあ、そのうちどっかでエッセイのネタにはできるかもしれない。だから正解は教えてあげませんが、お暇な方はちょっと考えてみてね。

〔タケウチDJ〕
 そんなわけで、叙述トリックを得意とする本格ミステリ作家のタケウチです。解決編はないけど嘘つくのは得意です。(なにしろミステリ作家ってのが嘘だ)
 8月8日の日記に書いといた鏡の命題について、某書評家さんからこんなメールをいただきました。

> 過去にいろいろな本で論じられているのを読みましたが
> (実は前後も逆だとか上下左右前後の概念の問題だとか)
> 私が自力で辿り着いた最も納得出来る解は
> 「だって判子みたいに貼り付いた形が映るんだもん、
>  上下が反転するわけないじゃん」でした。
> いや、違ってるであろうことはわかるんですけども、
> これはこれで何だか納得しちゃいません? しちゃいませんか。

 納得しちゃいますね。たしかにハンコは上下が逆さにならない。
 会話だったらこれでなんとなく話が落ち着いたりするだろーなーと思うけど、そこでもう一歩踏み込んで考えちゃうのが物書きのサガてもんだよね。ふふふ。
 判子の例ってのは、「どーして上下は反対にならないの?」ってことの理由を答えたんじゃなくて類似例をもう一つあげただけですよね? 根本的な解決にはなってないかなって気がします。
 しかし類似例ってのも思考の参考にはなって、考えてみるとハンコ本体と印影ってのは表と裏の関係なんだよね。判子本体に透き通った紙を重ねて眺める分には何も反転してないわけで……ってとこにも、正解へと至る道がある気がする。

 関係ないけど、この鏡のテーゼについて、僕は人から聞いてふむむと考えたクチなんで、過去にいろんな本で論じられてたとは知りませんでした。さも新しい発見みたいにエッセイに書いたりしたら、無知をさらして恥かくとこでしたな。教えてもらってよかったよかった。
 で、どんな本だろうと思ったら、すかさず教えてくれるあたりが書評家さんのすごいところ↓。

> 『鏡の中のミステリー』高野陽太郎・岩波科学ライブラリー
> 『鏡の中の左利き』吉村浩一・ナカニシヤ出版
> 『なぜ私たちは過去へ行けないのか ほんとうの哲学入門』
> 加地 大介・哲学書房
>
> などがあります。
> 科学雑誌Newtonの2005年2月号にも記事があったとか。
> 小説やエッセイの中で語られてるのもたまに目にします。
> プラトンの時代からの「難問」らしいですね。

 ソ、ソ、ソ〜クラテスかプーラトンか〜♪ ってわけで、プラトンの時代からの難問だったのか!
 でも僕は自力で解答にいたったので、これを「難問」なんて言ってるようじゃプラトンも大したこたあねえなあとうそぶいちゃったりします。いや僕なんぞに言われてもプラトン先生は痛くもかゆくもないだろーけど。
 つうか、どういう言語で考えるかによって難易度も変わるだろうし、おそらく認識論なんかの枕話として使われるのに丁度いいんでしょうね。身近で深い話題というか何と言うか。
 参考文献については、科学とか哲学とか言われちゃうとおっかないんで、それぞれの本を読まれた方に「こういうことが書いてあったぞ」なんて教えてもらえると嬉しいなー。

 などとものぐさで虫のいいことを考えつつ、鏡の命題の第二問。「鏡は上下を反対に映さないというが、私は映せる。どうすると思う?」
 あ、この文章って正解最短のミステリー小説かと思った第一問よりさらに短いかも。──世界最短だけあって、短い天下だったなあ。

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