秋尾敏の俳句


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第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

世界俳句紀行「地球の季節」


秋尾敏の俳句 2009年


 冬落暉

小春日の陰増やしけり古紙の山
初時雨恋の五冊を抱え込む
            
横浜吟行二句
晩秋の沖が近づく外人墓地
秋深し乱歩の罠がある港
            
鎌倉吟行四句
仏心の波音高し冬落暉
冬の海冥途に耳をふくらます
銭殖やす水の泡立ち神無月
枯山に血痕見えてずぶ濡れる

                 軸12月号


 リトアニア

どれほどの寒さ眼下の針葉樹
文明は琥珀 時間が冷えている
自由への意志ある橋を秋の蜘蛛
物乞いが歌を信じて寒い雨
靴音が違う稲妻吠えている
教会に言葉が充ちて今日の月
草の実や人の間合をたっぷりと
晩秋が琥珀の虫を響かせる

                           軸11月号

石の兵隊自由への朝が寒い
文明は琥珀 時間が冷えている
鳥が近い口笛が冬めいて
物乞いが歌を信じて寒い雨
丘陵の荒地は希望底冷ゆる
これは時雨だ樅の木の謙虚な守り
建国の王を柱に冬日和
黒マント冬の歴史をたたみこむ
友情は琥珀の軽さ寒い雨
貧血の指を冷たい木が笑う
朝まだき落葉に優しくなる箒
ヴィリニュスの坂に迷って寒い雨
教会の長い絨毯底冷ゆる
教会に言葉が充ちて今日の月
自由の危機を白鳥が受け入れる

                            俳句四季

石の兵隊川は束縛のない寒さ
琥珀の影をゆっくりと手に入れた
これは時雨 樅の木の謙虚な守り
木枯の居場所を知っているFOMA
物乞いが歌を信じて寒い雨
誤解でもいい響かせておくことだ
荒地は希望暖房にバス喘ぐ
クロワッサンからの幸せ着膨れて
リトアニア傘に冬日をたためば雨

                           吟遊35号


  曼珠沙華

転生へ刈田の風を呑む大樹
曼珠沙華雲の普遍へ目を逸らす
蚯蚓鳴く自分は誰であってもよい
落葉はじまる絶対的な愛
雨は疲れて糸瓜の首捜す
海桐花の実沖に嵐をやりすごす
        
写楽幻の肉筆画展二句
秋扇男におどろかぬ女
真贋は霧に納めたまま写楽
                     軸10月号


 暗緑街道

消滅に意味があるはず太い虹
暗緑街道無音の翼など要らぬ
緑陰の隅に追い込まれた眠り
明晰に唄い日傘に尾行られる
都市の残像晩夏を海に眠らせて
遅い返信八月の海が泣く
雲秋意愛を連れ去るのは峠
鶏頭のどこまで雲を追いつめる
                    軸9月号


 官僚写楽

官僚写楽年輪を舐める
激論を離れて顔のない南瓜
冷房は遠い異国に影を売る
選択は薔薇の表紙の週刊誌
新米も唄うであろう新政府
官僚写楽自画像は苦手
森の亀裂に神聖な土を煉る
真贋は霧に納めたまま写楽
迷宮へ唄の初めを繰り返す
                  吟遊34号


 夏の山 ‐笠間市愛宕山にて‐

悪態を引き受けている夏の山
朝ぐもり十三天狗なまぐさし
甲虫うしろの山が遠すぎる
木洩れ日の蜥蜴に死後という未来
切り株の明日を信じている泉
晩夏光神の杉とて昂らず
蝸牛丸くなりたいから眠る
             軸8月号


呼び寄せる

民族に狙われている額の花
沖は見えず旅立ちの薫風に
英霊の夏閉ざされた音楽会
黒南風はホルン狩人を呼び寄せる
墳墓解体華族の指が薔薇を指す
半分は古いアンテナ麦の秋
看板が要る末席の金魚売り
レフェリーの危うき笛があり遠雷
崩落に気づかぬ雲もある晩夏
                 吟遊33号


  男梅雨

男梅雨峠を駆けてくる女
さめざめと泣く滝もあり山の裏
梅雨晴間男言葉で商える
麦秋のうしろすがたはピアニスト
行々子男がシャツを干している
狙われて水蜜桃は自転せず
看板が要る末席の金魚売り
雲の峰水平線に先がある
                           軸7月号


 何を手放す

半分は古いアンテナ麦の秋
何を手放す緑陰の濃さを呑み
万緑を傾けガラスごしの未来
レフェリーの危うき笛があり遠雷
蝸牛命の謎を解いている
踏み出して緑雨にひらくたなごころ
           
三鷹・山本有三文学館
千里同風緑雨に息を合わせたる
近代を路に重ねて涼しめる

                      軸6月号


 みんな桜に

弾頭の行方は知らず花の冷え
忘却がみんな桜になっている
対岸へ息を潜めている桜
人脈を断って聳える春の山
料峭や備中鍬のよく沈む
菜の花の影の密集昼の月
道場の気合に戦ぐ豆の花
春の月身近な人をたくましく

                   軸5月号



 鳥交る

梅東風に音太くなる管楽器
春風は十七歳の誕生日
列島は沈んでいるか揚雲雀
春光の異彩となりぬ兵の墓
マネキンに抱くものなし鳥交る
占いに理性が負けて春の雨
卒業に戦後を超える思想がない

                   軸4月号


 種を撒く

列島は沈んでいるか揚雲雀
卒業に戦後を超える思想がない
階級が作られている春の土手
権力の巨塔あるらしかぎろえる
百円の石原莞爾春の雨
霞む街臆病ものが偉くなる
国政は永久凍土鳥帰る
早春がうすっぺらなのではないか
傷つけてきた万象に種を撒く

                  吟遊32号


 魚菜の湿り

大皿に魚菜の湿り冴え返る
聞き入れる耳のかたちに蕗の薹
山国へ帰らざる人青き踏む
憂国の春まだ固し髭を剃る
傷つけてきた万象に種を撒く
春の月あらゆる魂の墓標
春北風遍歴を語りすぎている
       大澤夢秋さん追悼
おのれ語りて大いなる冬落暉

                  軸3月号


嗄れて

何が正しい冬満月に竦む川
寒雀人との距離は忘れない
末枯へ捨てたものから懐かしい
福寿草いくつ咲かせて雲に乗る
    津軽四句・三厩湾
嗄れて海鳥冬の靄を濃く
          竜飛岬
冬帽子朝の小舟を抱き上げる
冬凪の竜飛に口を引き締める
     田舎館村垂柳遺跡
縄文も弥生も雪のかげぼうし

                    軸2月号


風の初めを

牛の喉筑波に伸びて初景色
百代の風を過客として年酒
柏手に風の初めを羽搏かす
兜町脚から枯れていく男
坂道は冬の足取り街乾く
音階が昇って白い冬の空
人参のこれは年輪だろうか
  
  数え六十となる
老いの口とらえて脆き鰤大根

                 「軸」1月号


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