2000年05月

DIVE! 1-前宙返り3回半抱え型(森絵都) ギャングスタードライブ(戸梶圭太)
火天風神(若竹七海) プルトニウムと半月(沙藤一樹)
死者の微笑み(尾崎諒馬) カルチェ・ラタン(佐藤賢一)
フィレンツェ幻書行(ロバート・ヘレンガ) 禿鷹の夜(逢坂剛)
最後の奇跡(青山圭秀) カカシの夏休み(重松清)
夜の記憶(トマス・H・クック) 夢・出逢い・魔性(森博嗣)
C.H.E.(井上尚登) 凶笑面(北森鴻)
DZ(小笠原慧) タイムライン(マイケル・クライトン)
桜さがし(柴田よしき)
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DIVE! 1-前宙返り3回半抱え型

著者森絵都
出版(判型)講談社
出版年月2000.4
ISBN(価格)4-06-210192-0(\950)【amazon】【bk1
評価

存亡の危機にあるミズキダイビングクラブ。そのクラブ生である知季は、信頼していたコーチまでもが別のクラブへ移ってしまったことにショックを受けていた。そこへ新しいコーチが現れる。麻木夏陽子と名乗った彼女は、中学生選手権でさえもビリに近い彼らに突然言い出す。「目標はオリンピック」。

典型的なスポ根小説。なんだか懐かしくなってしまいました(笑)。小泉今日子が主演してた「少女に何が起こったか」とか、宮沢りえが出てた「スワンの涙」とか、何かに打ちこむ話って、それだけでも人を引きつけるちからがありますよね。ラストはなんとなくわかってはいても、気になってしまうというか。私は読み始めたときは全然気づいていなかったのですが、なんと第1巻でした。中途半端なところで終わってしまって、ものすごく宙ぶらりん。あと半年も待てないよう。。。
DIVE!2へ続く

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ギャングスタードライブ

著者戸梶圭太
出版(判型)幻冬舎
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-87728-960-7(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

母の友人でもある「オバサン」三木田麗子に呼ばれた敏子。破天荒なそのおばさんにいつも振り回されている彼女だったが、そのおばさん、とんでもないことを言い出す。前夫に取られてしまった娘の理沙を取り戻すために、敏子に理沙を誘拐してこいというのだ。金につられた敏子だったが、いろいろと誤算が起きて・・・。

この人の話のすごいところは、むちゃくちゃな話運びながら、ちゃんと最後は教訓を残しているところかなと思います。目の見えない少女を「誘拐」するはめになった二人は、やくざに追いかけられるし、少女は我がまま言い放題、しかも・・・と散々な目に遭うわけですが、結局少女の一言で目がさめるわけです。決して良い本とは言えないのですが、笑わせ方が私好みなんですよね。

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火天風神

著者若竹七海
出版(判型)新潮文庫
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-10-149022-8(\705)【amazon】【bk1
評価★★★☆

三浦半島の突端にあるリゾートマンションに滞在する様々な面々。そこへ未だかつて日本が経験したことが無いような大型台風が襲った。孤立したリゾートマンションで一体何が。

台風が運んでくるのは、嵐と雨だけじゃなくて、ちょっとした非日常でもあると思うのです。脆弱な都市機能が麻痺し、「いつも」の状態が一気に映画の中のような世界になるところが、不謹慎ながら「わくわくする」という印象があるのは確か。台風中継とかされるのも、その「わくわく感」があるからではないのでしょうか。でも、実際の台風っていうのは、もっと大変なもの。それによって大勢の人間が亡くなったり、家を失ったりするわけで、自然の怖さというのはテレビの中の狂騒とはまた別ものであるというのも、この本にはよくでています。

この人、文章うまいなあと思うんです。ただ、ちょっと古い本であることもあって、面白いとは言えるのですが、全体的なストーリーはいまいちだったかな。嵐のど真中で起こる大騒動。死体発見、火事、そして人が飛ばされるほどの台風の中で、それぞれが本性剥き出しにして右往左往する様は、まさに「怖い」と言える話なのですが、ストーリーに一貫性が無いのが私としては不満。誰かを主人公に据えて、その人の視点で語ってくれたほうが面白かったような気がします。

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プルトニウムと半月

著者沙藤一樹
出版(判型)角川ホラー文庫
出版年月2000.3
ISBN(価格)4-04-346302-2(\686)【amazon】【bk1
評価★★★☆

原子炉の爆発によって、その原発から半径30km以内が立ち入り禁止区域となった。その地域に住んでいた人々は、住む場所を追われ、外へと移住していった。双子の沙織と華織も避難民の一人。ところが、ある出来事から一方は立ち入り禁止区域の中へと再び戻っていく。

チェルノブイリ原発事故のニュースは、今でも覚えています。いまだにあの周辺は人が入ることの出来ない地域だとか。でも日本だってその恐怖はひとごとではありません。資源の少ない割に消費電力のものすごく大きい日本では、原子力に頼らざるを得ないのが現状。でもその一方で、ちょっと前に東海村で臨界事故が起きたのも記憶に新しいところです。

この物語は、そんな原発事故が実際に起きてしまった後のお話。住んでいたところから国に追われ、しかも故郷が鉄索で覆われる。まるでその形が半月のようであるところからハーフムーンと呼ばれるその地域に、無断で入り込んだ男女のお話。「絶望」がそのまま伝わってくるようなストーリーは、怖いというより鬱になるという感じでした。なんとなく鉄索で囲ってしまって、あとは安全なんていう対処の後、見てみぬ振りをするという国、本当にそうなりそうで怖いなぁ。原発事故が起きないことを祈るばかりです。

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死者の微笑み

著者尾崎諒馬
出版(判型)角川書店
出版年月2000.1
ISBN(価格)4-04-788144-9(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★★

かつて一世を風靡した推理小説家目黒秀明。十年前に断筆した彼は今、末期癌に冒され、死を待つばかりの状態である。先が短いことがわかった彼は、再び筆をとり、ある小説を書く。ところが、彼が昏睡状態に陥ってからも、全国から原稿が送られ小説は完成する。一体誰がこの小説を書いたのか。

意外に(と言ったら失礼ですが)面白かった1冊。あるトリック自体は、そんなにびっくりするものではないのですが、それをうまく虚構と現実で覆ったところがうまいですね。死者からの手紙というのは、ある意味使い古された話ですが、こういう料理の仕方があるんだなと感心しました。読み方次第では、ファンタジーとも取れるこの作品、この本をファンタジーとするか、本格推理とするかは読者次第。結構面白かったので、この著者のデビュー作も読んでみたくなったかも。
・・・この本を読んで、このトリックを実際に使ってみたくなった人間は私だけではないはず(笑)

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カルチェ・ラタン

著者佐藤賢一
出版(判型)集英社
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-08-774458-2(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

16世紀パリ。セーヌ河左岸に広がるカルチェ・ラタンでは、怪事件が相次いでいた。初心なぼんぼんの夜警隊長ドニ・クルパンは、難事件にぶつかるたびに、師匠と仰ぐ秀才、ミシェルに頼っていた。そんな中、その怪事件をたどっていくと、ある人物が浮かび上がってきた。

ああ、こういう罠ってインテリが陥りやすいところかなと思うのです。もともと明確な信仰をもたない日本人なものですから、プロテスタントでもカトリックでもいいじゃないか、同じキリストが神なんだから、と思うのですが、そうはいかないのでしょうね。そんなこと(と言ってしまうのはまずいですが)で戦争が起きたり、何万人もの難民を出したりして、それが本当に神のすることなのでしょうか。そんでもってそんな宗教を司っているトップの人間がこれでは、おかしくなるのも当然。分裂と改革を繰り返してきたキリスト教談義を交えた、秀才達の溜まり場カルチェ・ラタンで起きる事件。天才修道士ミシェルと、可愛いドニ・クルパンの活躍は、最後まで目が話せない感じです。ジャン・カルヴァンや、イエズス会の創始者ロヨラ、日本にも宣教師としてくるザビエルなどなど、すごいキャスト(しかも脇役(笑))も、活きています。キリスト教って面白いですね、本当に。

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フィレンツェ幻書行

著者ロバート・ヘレンガ
出版(判型)扶桑社
出版年月2000.1
ISBN(価格)4-594-02847-0(\1714)【amazon】【bk1
評価★★★☆

1966年11月。フィレンツェは近年まれに見る大雨に見舞われ、貴重な芸術品が水の下へと没した。かつてフィレンツェに住み、今も蔵書修復の仕事をアメリカの図書館でしているマーゴットは、ボランティアへと参加するためにフィレンツェへ。そこで、幻の禁書と出会ったマーゴットだったが。

本を修理することは私の仕事ではありませんが、図書館にとって蔵書を維持していくのは重要な仕事のひとつ。前にコレクションは集めて分類して並べることに意味があるという話を書きましたが、コレクションを遺して後世に伝えることで、そのコレクションの意味はさらに増すものだと思うのです。

だから、この主人公がいてもたってもいられなくて、フィレンツェに向かうというのは、なんとなくわかるんですよね。アメリカではライブラリアンというのはもっと専門性の高い学者に近いような人たちのことを言うのですが、本にかける愛情というか、情熱はおなじようなものなのでしょうね。

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禿鷹の夜

著者逢坂剛
出版(判型)文藝春秋
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-16-319170-4(\1524)【amazon】【bk1
評価★★★

神宮署に異動になった禿富鷹秋。前にいた場所でもヤクザから毛嫌いされていた禿富は、名前からハゲタカと渾名されている。渋谷を縄張りとする渋六産業は、現在南米マフィアと抗争中。ハゲタカにボディーガードを依頼したが。

司書が出てくるので楽しみにしてたのですが・・・・がーん。読めばわかります。あーあ。そう言えば、逢坂剛ってこういう本書く人でしたよね。忘れてました(^^;。

扉の人物紹介に「禿鷹シリーズ」と書いてありましたが、シリーズ化する予定なのでしょうか。確かに強烈な主人公ではありますが、わたしとしてはそれほど好みの主人公ではないかなあ。ストーリーも多少無理があるように思うのですが、どうでしょう。

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最後の奇跡

著者青山圭秀
出版(判型)幻冬舎
出版年月2000.4
ISBN(価格)4-87728-956-9(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★★

世界各地で見られる「聖母の出現」という奇跡。その中のひとつ、ファティマに現れた聖母は、ある予言を行っていた。第1、第2の予言は既に成就、しかしその後にもうひとつ第3の予言というものがあるらしい。法王庁が絶対に明かそうとしないその第3の予言とは何なのか。

ノストラダムスの大予言も当たらず、Y2Kも無事に乗り越えた今年。阪神大震災の時はこぞって防災グッズを買ったのに、3年も経ったら皆そんなこと忘れてしまったような感じがあります。実際現在の世界はコンピュータネットワークという脆弱なシステムの上に立つガラスの塔のようなもの。ちょっとした流言で株価は左右され、すぐ隣の国からいつミサイルが飛んできてもおかしくないような状況にありながら、そういうことはなるべく考えないように生活しているように思います。確かに毎日そんなこと考えてたら生活できないですよねぇ。世界の終わりは本当に来るのでしょうか。この本を読んで、そんなことを考えました。

しかし、いろんな奇跡と言われているものって、本当に世界各地であるんですね。この話が全部本当だったら、なんとなく信じてもいいかなという気もします。もちろん今の科学では解明できないことは沢山あるでしょうし、すべてが科学で解明できなくてはいけない、ということもないわけで、「奇跡」と言っても単に「人智を超えた」というだけのもの。信じるものは救われるとか言いますけど、この本を読むと、本当にそういう気がしてしまいます。もしかして洗脳されてる?(笑)

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カカシの夏休み

著者重松清
出版(判型)文藝春秋
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-16-319200-X(\1619)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

ダムの底に沈んでしまった故郷に痛切に帰りたいと思う中年教師の苦悩を描いた標題作他、教育現場である学校を舞台とした2編を含む中編集。今ものすごく問題とされている「教育」ですけれども、人間相手である以上これが絶対という「教育」の方法などあるわけがないわけで、ある事象だけを切り取って、ああだ、こうだ言う、その方が問題なのかもしれないなと思いました。だったらどうすればいいの、と言われてしまうと、方針などわからない、としか答えようもなく、本当に難しい問題だと思います。

学校って懐かしく思い出せますか? 私は比較的自分の高校とか好きなほうなのですが、そうじゃない人もたくさんいるんでしょうね。でも、「あの頃はよかった」というのって間違っているのかも。嫌なことはいつまでも覚えてるって言いますけど、あまり昔になってしまうと「嫌だったことも今では良い思い出」とかになってしまって、それが懐かしいという気分にさせているのかもしれないですね。懐かしく思い出すのはいいですけれども、やっぱり「あの頃に実際に帰りたい」とは思わないかな。皆さんはどうですか?

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夜の記憶

著者トマス・H・クック
出版(判型)文春文庫
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-16-721865-8(\619)【amazon】【bk1
評価★★★★★

幼い頃、両親を事故で亡くし、その直後に姉も亡くしたミステリー作家ポール・グレーヴス。故郷のフロリダを離れ、ニューヨークに暮らす彼のところに50年前の少女殺害事件の真相を調査して欲しいという依頼が舞い込む。グレーヴスは嫌々ながらも、ある興味からそれを引き受ける。

怖い。「記憶シリーズ」もこの本で 4冊目になりますけど、これほど怖いと思ったのは初めて。むちゃくちゃびっくりするようなシーンが出てくるわけでもないのですが、ものすごく怖かった。読み終わってから、何が怖かったか考えたのですが、誰もいない、誰も助けに来てくれない広い場所の恐怖というのが、わたし的に共感できたからかもしれません。人間が根源にもつ弱さを見事に描いた作品じゃないでしょうか。50年前の少女の死の真相を、トラウマを持つ作家が調査するという単純なストーリーながら、書き方が上手いなあと思います。徐々に明かされる少女の死の真相と、作家の過去の事件。ラストの落ちも一級。私は結構驚いたのですが、読んだ方はどうでしょう?そろそろマンネリ気味かなと思っていたクックの作品でしたが、この本は今までの中で一押しです、おすすめ。

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夢・出逢い・魔性

著者森博嗣
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-06-182127-X(\820)【amazon】【bk1
評価★★★

「夢の女に殺される」そう言って怯えていたN放送のプロデューサー。彼がテレビ局の中で本当に殺害された。犯人は「夢の中の女」なのか?

うーやってしまったという感想。森博嗣だから許されるのか、それとも逆なのか・・・(^^)。ある意味「どんどん橋、落ちた」に通じるものがあって、わたしは好きと言えなくも無いのですが・・・。ただ、謎解きとは全然違うところで、面白く読めました。特に面白かったのが、テレビ局に関する話。大学時代、何度かテレビ局に行くことがあったのですが、そのうち1回が、授業で「テレビ局見学とクイズ番組観覧」というものだったのです。クイズ番組って、テレビで見ていると解答者(芸能人でした)も真剣で、しかも機知に富んだ解答なんかをして会場を笑わせたりして、面白そうに見えますよね。ところがどっこい、ちょーーーーーつまらない。1時間の番組に3時間余裕でかかちゃうのです。というのも、ビデオ問題の早押しなんて、解答者は問題見てない。ひたすら押して発言するのです。後でかなりの部分が捨てられて、編集されて、音楽を入れたりすることによって全然ちがうものになることを見せつけられました。良く考えると、沢山発言すれば(しかもそれが面白かったりすれば)放送でも使われるわけで、その芸能人にとってもテレビに写る絶好の機会。逆に発言しなければ、1時間全く映らない可能性もあります。芸能人と言えど、やっぱり仕事でやってるんだなと思いました。私がテレビを見ないのは、大学時代のテレビ局体験が尾をひいているのも半分くらいあるかもしれません(^^;。この本も同じようなことが書かれていて、同じ事思ったのかなと(^^)。あんまり本とは関係無いですけど。

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C.H.E.

著者井上尚登
出版(判型) 角川書店
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-04-873228-5(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

リベルタの旅行会社にある老女がやってきた。マリーナ・ペトリッチと名乗る老女は隣の国まで連れて行ってくれれば一人千ドル出すという。お金に目がくらんだオーナーのヨシヒコ・ヤザワと居候の大友彰は、老女と共に国境を目指すが、それはとんでもない旅行になることに・・・。

TRY」で中国の革命家の話をを見事に描いた井上直登。今度の舞台は中南米。チェ・ゲバラの骨とリベルタという国の革命をめぐる冒険です。難しいことは抜きにして、とりあえず面白い。多少人物関係が煩雑かなと思うのですが、それでも粋な老女マリーナを先頭に、謎の日系人ヤザワ、そしてODAでリベルタに来ながら逃げ出してヤザワの元で働く大友、撒きこまれてしまった日本人観光客の智恵、半分なんだかわけがわからず追いかけられる4人の逃避行が、実は大きな意味を持っていたというまとめ方はうまいなと思います。

リベルタという国が出てくるのですが、これって架空の国なのですか?どこにも出てこないんです。あの辺りは小国がごちゃごちゃとあるので、もしかしたら存在する国なのかもしれませんけど、地図帳でもインターネットでもヒットしませんでした。前作の中国もそうでしたけれども、ラテン系の国も、この本を信じるなら人間に活気がありますよね。今の日本には、こういう馬鹿げた(と言ってしまうところでもうだめかな)お祭り騒ぎって出来ない気がするんです。それはいろんな理由があるのかもしれませんが、いずれにせよ、ちょっとだけうらやましくなるのは気のせいでしょうか。

脇役も良かったこの本、私のお気に入りはエルネストです(笑)。

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凶笑面

著者北森鴻
出版(判型)新潮社
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-10-602648-1(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★☆

東敬大学助教授の蓮丈那智と、彼女に振り回されるお気の毒な助手、内藤三國が活躍する民俗学をテーマにしたミステリ短編集。持ち込まれる様々な命題を解こうとするうちに、別の事件に巻き込まれるというありがちな話ですけれども、それに民俗学という別の視点を持ち込んでいるのが面白いですね。短編の体裁をとっているため、多少無理がある印象を受けるものもありましたが、標題作「凶笑面」は、「狐罠」を思い出させるつくりで、いちおし。他の作品でも「狐罠」との関わりもちょこっと出てきたりして、先が楽しみです。「蓮丈那智フィールドファイルI」っていうことはシリーズ化するっていうことですよね。

内容とは関係ないところでひとつ。彼女のコスト感覚の無い調査活動って、大学図書館で先生のわがままに振り回わされている私としては痛いんですよね(笑)。学問と経済感覚って相容れないものなのかもしれませんが、実際のところお金がなければ何もできないんです。社会の仕組みがそうなっているのですから、こればかりはどうしようもありません。新年度が始まって2、3ヶ月で割り当てられた図書費を使い果たす先生がた、お願いですから、それだけ買うなら、大学以外のどこからか予算を取ってきてください・・・。

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DZ

著者小笠原慧
出版(判型)角川書店
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-04-873227-7(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★☆

ベトナム難民船が海上自衛隊によって救出された。その中に妊婦が一人。彼女から生まれた二卵性双生児の数奇な運命を描く。

人間を超えた存在、人間が進化した形態であるホモ・スーペレンス。人間が発生してからまだ数百年しか経っていませんが、(私たちにとっては)長い地球の歴史を考えると、そろそろ新たな変化があっても良い頃なんじゃないか、とは思います。人類の滅亡というのは、よく言われる一方で、実際のところどれくらいの人が信じているかというと、やっぱり少ないんじゃないかなと思うのです。恐らく恐竜も自分たちの世界が永遠に続くと思っていたことでしょうし、人間も人間を駆逐する生命が誕生するというのは、頭の隅では考えることはあっても、やっぱり実感としては薄いのではないでしょうか

この本は、そんな頭の隅の考えに光を当てたエンタテイメント。もしかしたら、もしかすると、超人(ホモ・スーペレンス)は、こんな形で生まれるのかもしれません。あり得ないことではないと思います。最近すっかり市民権を得た環境ホルモン。全体的に生命がメス化する現象も、もしかしたら進化の一形態なのかも?!進化は自然が起こすだけじゃなくて、人間が人為的に起こした何かに起因するかもしれない、うーーなんとなく宗教的になってきた。。。。

全体的に、主人公がはっきりしない構成なのが、感情移入を妨げるようで結構不満。テーマも文章も悪くないと思うのに、これって大きなマイナスだと思うんですよね。次作に期待ですね。

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タイムライン

著者マイケル・クライトン
出版(判型)早川書房
出版年月2000.5
ISBN(価格)(上)4-15-208282-8(\1700)【amazon】【bk1
(下)4-15-208283-6(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

アリゾナの砂漠で旅行を楽しんでいた夫婦が、道端に老人が倒れているのを見つける。病院に運ばれたその老人から、ある奇妙な現象が発見された。彼の持ち物から、ハイテク企業のITCが関係していることが判明するが・・・。
一方、フランスの遺跡で調査をしていた学生たちが、とんでもないものを発掘する。明らかに14世紀のものと思われる紙の中から彼らの指導教授の筆跡が出てきたのだ。彼らのスポンサーでもあるITCに出かけてしまった教授を探しに、アメリカへと向かう学生たち。そこで彼らの見たものは。

時間SFと書いたのですが、微妙に異なっていました。「時間旅行」ではなく、「異世界旅行」とでも言うのでしょうか。多宇宙理論を用いたちょっと変わったSF。最先端学説をうまくエンタテイメントに当てはめるところはさすが。「ジュラシック・パーク」「ロスト・ワールド」のカオス理論、複雑系理論もですし、今回は量子力学を裏付け(?)としてすごい世界を見せてくれます。量子力学って、これを読むとまるで魔法のようなんですけれども、どのあたりまで本当なのでしょう。前に見た量子力学のムックみたいなものには、科学者がこうした考え方を一笑に付すフレーズがあったのですが、まだまだいろいろと検証すべき課題は沢山残っているのでしょう。ここまで来ると、量子力学の基本的な理論を知らない私のような人間からすると、もう哲学の範囲のように見えてしまうんですけれども、これも物理学の計算で証明できるのでしょうか(^^)。

すごいなと思うのは、まずそういう仮説を立てられる想像力ですね。4次元を超えるともう理解の範疇を超えてしまう私にとって、この考え方は直感的には理解(納得)できません。というのも、恐らく旧来の時間軸を当てはめた本を読み過ぎてしまったからでしょう(笑)。人間は言葉にしないと認識はできないという話は「リアルヘブンへようこそ」のところでも書きましたが、こうして新しい理論で「新世界」が発見されることによって、私が理解してきた世界は、私の認識する言語と一緒に粉々に崩れていくのかもしれません。今までとは全く違った時間軸(軸じゃない?)の考え方に、私は少々混乱気味。

ハイテク企業ITCの思惑によって、中世の宇宙へと飛ばされることになってしまった学生たち。彼らが見たものは、”リアルな”中世世界。刻々と迫るタイムリミットまでに、戦火をくぐりぬけ、なんとか教授を探して現代へと戻らなければならないのです。ゲーム感覚のこの本、確かに映画にすると面白いかもしれないですね。理屈抜きに楽しめる本です。ゲーム的な話が好きな方におすすめ。

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桜さがし

著者柴田よしき
出版(判型)集英社
出版年月2000.5
ISBN(価格)4-08-774460-4(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

京都の中学の同級生たちが、大人になってから再び出会う青春小説的な連作短編集。青春小説といっても、それぞれの短編はミステリ仕立てになっていて、それに柴田よしきらしい人物関係のもつれが加わって、ほろ苦い感じの連作になっているところが私は好きですね。こういう小説は、人によって好き嫌い(共感できるかどうか)が恐ろしく分かれるようですが、春なので、たまにこういう小説をゆっくり読むのもいいかなと思います。

装丁も含めてどの短編も秀作だと思いますが、特に好きなのが、「片思いの猫」。かわいいです、こういう話。猫の置物に寄せる思いが、ものすごく悲しい。連載されていたもので、全体的に要素が似ているのがちょっと残念なのですが、春に読む本としておすすめ(^^)。

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