1998年03月

千尋の闇(ロバート・ゴダード) クムラン(エリエット・アベカシス)
真・天狼星2(栗本薫) 眠り姫(ダニエル・キイス)
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?(フィリップ・K・ディック) さよならは言わないで(ロバート・ゴダード)
ベルリン飛行指令(佐々木譲) 囁く谺(ミネット・ウォルターズ)
エトロフ発緊急電(佐々木譲) ストックホルムの密使(佐々木譲)
緋色の記憶(トマス・H・クック) 静寂の叫び(ジェフリー・ディーヴァー)
真・天狼星3(栗本薫) 歪んだ創世記(積木鏡介)
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千尋の闇

著者ロバート・ゴダード
出版(判型)創元推理文庫
出版年月1996.10
ISBN(価格)(上)4-488-29801-X(\720)【amazon】【bk1
(下)4-488-29802-8(\720)【amazon】【bk1
評価★★★★

ゴダードのデビュー作。「ちいろのやみ」と読みます。マーチンという元歴史教師が、友達に誘われてポルトガル領マデイラに遊びに行くところから物語は始まります。友人の新聞のスポンサーのレオ・セリックの屋敷へ招待されますが、そこで、その屋敷の前の持ち主で、政治家だったストラフォードの謎を解いてくれと言われ、調査に乗り出すのですが。
ストラフォードの謎に満ちた半生の魅力もさることながら、これだけの複雑な話を、飽きさせずに読ませるゴダードの筆力は、いつもながら驚かされます。ゴダードの特徴に、「真実を知ることが本当に良いことなのか」という疑問があるように思います。今回も、その「真実」を知りたいのだけれど、実際知ってしまったら、本当に当事者に話してもよいのかと葛藤する主人公に、そういう特徴が現れています。そういうところが読者を惹きつけて離さないのでしょうか。

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クムラン

著者エリエット・アベカシス
出版(判型)角川書店
出版年月1997.9
ISBN(価格)4-04-791274-3(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★★

1947年、死海近くのクムランで、古代の文書が発見された。ところが、「死海文書」と名づけられたこの文書の、禁断の1巻が半世紀後どこかへと消え失せた。考古学者のダビット・コーヘンは、イスラエル諜報部の命を受け、息子とともに消えた死海文書を求めて旅立つが、行く先々で、消えた1巻の謎を知っていると思われる人間が、次々と殺される。一体その1巻には何が書かれていたのか。
エーコの「
薔薇の名前」を彷彿とさせる作品。ものすごく宗教的なのに、それを「面白い」と思わせる著者に脱帽。すっかりはまってしまいました。本当は、もっとキリスト教やユダヤ教を知っているといいのでしょうが、解説にもあるように、全然知らない私でも、十分楽しめました。こういう「絶対見てはいけない書物」の話というのが私は大好きですね。単なる覗き趣味という噂もあるのですが。

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真・天狼星2

著者栗本薫
出版(判型)講談社
出版年月1998.2
ISBN(価格)4-06-209038-4(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★

真・天狼星1」に続く第2巻。最初は、こうした多巻物でひとつの著作になっている本を分けるか迷ったのですが、同時出版ではないので、1冊づつのシリーズものと捉え、前後の巻とリンクを張ることにしました。ご了承ください。
さて、若い人が血を抜かれ、さらに様々な趣向がされた惨殺死体として発見される「東京ヴァンパイア事件」が、47歳の会社員が殺されることで、また別の様相を帯びてきます。一体この連続殺人の関連性はどこにあるのでしょうか。
その一つの可能性として現れるのが、「ゾディアック・カード」と呼ばれる奇妙なカード。様々な位があり、集めて魔法陣を作って願い事をすると、それが叶うというもの。
このカード、本当にあったら流行ると思うのです。一時期はやったRPG(今でも流行っている?)のような趣向ですし、しかもどんな願い事でも叶うという怖さというか、オカルトチックな感じとか、きっと今の若い人とか好きなのではないでしょうか。しかもTVとかが流行らせるのではなく、六本木や、渋谷といった若者が集まるところで配り、口コミで広がるというその形態も、現代らしい感じがします。そういう現代的なものを書かせると、栗本さんというのは、よく取材されているというか、感心しますね。(→「天狼星3」に続く)

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眠り姫

著者ダニエル・キイス
出版(判型)早川書房
出版年月1998.2
ISBN(価格)4-15-208142-2(\2300)【amazon】【bk1
評価★★★★

ダニエル・キイスの本は、中学生のときに、「アルジャーノンに花束を」と「五番目のサリー」を読んで以来、ご無沙汰だったのですが、この厚さに惹かれて買ってしまいました。
キャロルは、どこでも寝てしまうという睡眠障害を患っています。そのキャロルの娘と、そのボーイフレンドが殺害され、キャロルは眠りながら「犯人は夫のロジャーだ」と言うのです。その証言に疑問を抱いた精神科医のアイリーンは、真相を突き止めようとしますが。
催眠療法中の証言が、本当に証言として信用できるのか、という疑問が最後までつきまといます。催眠術があちこちで出てくるのですが、本当にこんなことが可能なのでしょうか。どうも催眠術というと「いかがわしい」というイメージが拭えないのですが、みなさんはこの本を読んでどう思いましたか?
お話としてはかなり面白い部類に入ると思います。現代らしい社会問題も取り上げられ、考えさせられました。でもやっぱり催眠術というのがなあ。

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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

著者フィリップ・K・ディック
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1977.3
ISBN(価格)4-15-010229-5(\544)【amazon】【bk1
評価★★★★

「ブレードランナー」のことです。「ブレードランナー」を見たときから、原作を読もうかなあと思っていたのですが、すっかり忘れてて、「記憶の果て」で出てきて思い出したので、こんなに古い本を買ってきました。原著1968年です。
舞台は第三次世界大戦後のアメリカ。死の灰の降り注ぐ地球では、生きている本物の動物を飼うことが、一種のステイタスになっています。電気羊しか持っていないリックは、本物の動物を買うお金を得るため、火星から逃走した、人間と見分けのつかないアンドロイドを「処理」し、懸賞金を得ようとします。
この人間と変わらないアンドロイドという設定が、「人間とは何なのか」という大きな問題の問いかけになっています。ものすごく考えさせられる作品。この「アンドロイド」が、面白半分に人を刺したりする、最近の子供たちとダブるのは、私だけでしょうか。最後の終わり方も、私の好きな終わり方で、かなり気に入りました。長くなくても面白い本もあるのですね(^_^)。
こういう古い「近未来小説」を読むのは、案外面白いものです。この本の中では、「ソ連」が存在したりするのです。「アンドロイド」という言葉自体も、かなり古いですよね。今ならクローンでしょう。そうした「未来を知っている」私たちから見る面白さも楽しめます。

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さよならは言わないで

著者ロバート・ゴダード
出版(判型)扶桑ミステリー文庫
出版年月1994.10
ISBN(価格)(上)4-594-01565-4(\583)【amazon】【bk1
(下)4-594-01566-2(\583)【amazon】【bk1
評価★★★★★

建築家ジェフリーは、ある朝自分の建てた家で、殺人が起こったことを知る。しかも容疑者として逮捕されたのは、かつて自分の恋人で、建築家としての野心のために棄てたコンスエラだったのだ。コンスエラが犯人だとは思えないジェフリーは、死刑を求める世論をものともせずに、彼女の無実を主張するが・・・。
ゴダードの本は、どの本もかなり高いレベルだと思うのですが、この本は一押し。ジェフリーが、コンスエラのために奔走する姿は、悲しいくらい格好良いです。最後の感動的な結末に涙してください。


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ベルリン飛行指令

著者佐々木譲
出版(判型)新潮文庫
出版年月1993.1
ISBN(価格)4-10-122311-4(\680)【amazon】【bk1
評価★★★★

やっと読みました。かなり多くの方からお勧めいただいた佐々木さんの「三部作」第1作目です。こんなに長く放っておいたのを、かなり後悔。
1940年ベルリンへと飛んだ零戦の話。簡単に言ってしまえばそんな話なのですが、その零戦を運ぶ安藤大尉、乾空曹という海軍のはみだし者の、階級を超えた友情や、魅力的な脇役など、読み応え十分で、一気に読めてしまいました。どちらかというと、人間ドラマ的な話だと思います。スパイものだと思って敬遠していた私は、本当にもったいないことをしてました。
安藤大尉がトランペットで「海ゆかば」を吹くシーンとか、かなり感動的。こういうの弱いんですよね。一瞬映画の「
タイタニック」で、楽隊が「主よ御許に」演奏するシーンを思い出しました。
欲を言うならば、最後が少し尻すぼみになってしまった感じがしたのと、最初の第1部が浮いてしまっているかなあ、という気がしたのですが、それでも全体を考えると、お勧め!という本です。


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囁く谺

著者ミネット・ウォルターズ
出版(判型)東京創元社
出版年月2002.4
ISBN(価格)4-488-18705-6(\1100)【amazon】【bk1
評価★★★

注目のウォルターズの第5作目。
Billy Blakeという浮浪者が、富豪、Amanda Powellのガレージで、餓死しているのを発見されるところから、事件は始まります。なぜ、目の前に食料があるにもかかわらず、Billyは餓死したのか。また、なぜAmandaの家なのか。ジャーナリストのDeaconは、そうした事に興味を持ち、浮浪者の過去を探ろうとしますが・・・。
期待して読んだのですが、今までのウォルターズの本とは、ちょっと違った感じを受けました。今回のテーマは、「救い」についてでしょうか。最後のDeaconのAmandaへの手紙で、あーそうだったのね、と思いましたが、ちょっと動機がいまいちかなあ。

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エトロフ発緊急電

著者佐々木譲
出版(判型)新潮文庫
出版年月1994.1
ISBN(価格)4-10-122312-2(\705)【amazon】【bk1
評価★★★★

ベルリン飛行指令」に続く、第二次世界大戦3部作の第2作め。シリーズものとは言わないですが、1作目から引き続き出ている人もいるので、最初から読むことをお勧めします。
日米間の緊張が高まり、日本はアメリカと事を構えるなら、真珠湾を奇襲するという計画を立てていた。しかし、その成功は、秘密保持にかかっている。一方アメリカも、日本の動きに注目、計画を察知し、スパイを送り込んで詳細をつかもうとする。殺し屋の日系人、ケニーを雇い、日本へ送り込むが。
この人は、音楽の使い方がうまいです。前の「海ゆかば」もそうでしたが、今回は、「アメイジンググレイス」や、「アニーローリー」を使って、雰囲気を盛り上げています。
真珠湾攻撃に関しては、様々な説がありますが、その緊張感もさる事ながら、やはり佐々木氏の話は人間ですね。次作も楽しみです。

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ストックホルムの密使

著者佐々木譲
出版(判型)新潮社
出版年月1997.11
ISBN(価格)(上)4-10-122315-7(\590)【amazon】【bk1
(下)4-10-122316-5(\552)【amazon】【bk1
評価★★★★

第二次世界大戦3部作完結編。日独伊三国同盟、日米開戦ときて、今回は、戦争末期が舞台。ストックホルムの武官が東京へ届けるため、2人の密使にその伝言を託すというお話。ストックホルムから東京へ、その重大情報を届けるため、連合軍が占領している地域を、遊び人森四郎と、情報将校コワルスキの二人連れが行く様は、かなり緊迫感があり、楽しめました。
この3部作は、「祖国とは何か」がテーマだそうですが、戦争を知らない世代の私としては、「国のために死ぬ」という感覚が、もう理解できないですね。今は、「私たちの故郷は地球」ですから(^_^)。世界中が戦争のために飛行機を作り、新しい爆弾を作っていたこの時代の感覚というのは、ものすごいものがあります。後の時代から見れば狂っているとしか思えないことでも、当時は当たり前だったのでしょうか。話は変わりますが(ちょっと気持ち悪い話なので、苦手な人は飛ばしてください)、この前整理したドイツの本の中に、処刑写真の展覧会目録があったのですね。その中に、見せしめなのか、広場の棒に3人の人間がぶら下がっていて、その首吊り死体の隣で、制服を着た軍人が笑っている写真があったのです。首吊りの人間より、その軍人の笑顔にものすごい吐き気を覚えました。この時代の感覚は、分かりたくないですね。

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緋色の記憶

著者トマス・H・クック
出版(判型)文春文庫
出版年月1998.3
ISBN(価格)4-16-721840-2(\543)【amazon】【bk1
評価★★★

チャタムという田舎の平和な町に起きた、「チャタム校事件」。老弁護士の回想で語られるこの事件は、実際の決着とは全然別の真相が隠されていた。
少し
ゴダードを思わせる過去の事件のお話。話がそれほど複雑ではないので、途中で先が見えてしまったのが残念。全体としては哀しい雰囲気の漂う秀作だと思いますが、もう少しひねりがあってもいいんじゃないでしょうか。個人的には、前作の「闇をつかむ男」の方が好みでした。
この中で、渦中の人となってしまうリード先生。自業自得と言われてしまえば、それまでですが、私は彼に一番同情しました。皆さんはどうですか?

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静寂の叫び

著者ジェフリー・ディーヴァー
出版(判型)早川書房
出版年月1997.6
ISBN(価格)4-15-208085-X(\2600)【amazon】【bk1
評価★★★★

凶悪犯ルー・ハンディが仲間二人とともに刑務所を脱走し、途中で聾者のスクールバスをのっとり、食肉加工場に立てこもった。FBI捜査官ポターはあらゆる手をつくして、ハンディらの逮捕を画策する。一方、人質のひとりメラニーは、恐怖の中で生徒たちを逃がそうとするが・・・。
聾者が主な役割を果すという設定が斬新で、しかも障害者というのではなく、耳が聞こえないことを特徴として取り上げているところに、面白さを感じました。ちょっと暴力シーンが多いかなあとも思えるのですが、逆にそれがハンディら犯人が、絶対的な悪と見なせるから良いとも言えるのでしょうか。そういうのが苦手な人にはお勧めできません。ただ、最後のどんでん返しには感動。単なる人質立てこもり事件にしなかったところに、拍手。
妹が一時期手話に凝っていて、いろいろ教えてくれたのですが、唯一覚えられたのが、「私は印刷工場で働いています」でした(^_^;。せめて「私は図書館で働いています」くらい覚えればよかった。耳が聞こえて、口で言う言葉というものを知ってしまっている私には、手話という手段は難しいものでした。

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真・天狼星3

著者栗本薫
出版(判型)講談社
出版年月1998.3
ISBN(価格)4-06-209075-9(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★

真・天狼星2」の続編。ここまで来ると、もう惰性で読んでいます。「天狼星」も、もう長いですね。当時とは栗本さんの文体も変わったかなあとか思うのですが、気のせいでしょうか。
今回の中心は、アキラ君の初日の舞台です。ここまでページを舞台に割く必要があるのか、はなはだ疑問ですね。私は「ヴァンパイア」を読んでしまっているので、退屈でした。とぼろくそに言っておきながら、また続きを買ってしまうような気がします。(→「真・天狼星4」に続く)

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歪んだ創世記

著者積木鏡介
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月1998.2
ISBN(価格)4-06-182007-9(\780)【amazon】【bk1
評価★★★

この本、反則すれすれです。これは、「記憶の果て」以上に、意見の分かれる本ではないでしょうか。
アイディア自体は面白いです。途中、かなり笑える部分とかもあって、文章的には、すごい人なのかなあとも思います。ただ、それを使って何かすごいトリックが隠されているのか、と思っていた私には、最後がちょっと拍子抜けしました。想像していた「当然の結末」に落ち着いてしまって、残念でしたね。
最初は西澤さんのような人なのか、と思いましたけど、全然違います。所謂アンチミステリです。そういうのが好きな方にはお勧めですが、そうでない方は、やめておいたほうが無難かも。私の評価は、上の星のとおり。

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