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22.続 横道世之介(文庫改題:おかえり横道世之介) 23.アンジュと頭獅王 24.逃亡小説集 25.湖の女たち 26.オリンピックにふれる(文庫改題:昨日、若者たちは) 27.ミス・サンシャイン 28.永遠と横道世之介 29.罪名、一万年愛す |
【作家歴】、パレード、パーク・ライフ、7月24日通り、ひなた、悪人、静かな爆弾、さよなら渓谷、あの空の下で、元職員、キャンセルされた街の案内 |
横道世之介、平成猿蟹合戦図、太陽は動かない、路(ルウ)、愛に乱暴、怒り、森は知っている、橋を渡る、犯罪小説集、ウォーターゲーム |
21. | |
「国 宝 上巻:青春篇、下巻:花道篇 」 ★★☆ |
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2021年09月
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歌舞伎世界に10代から足を踏み入れ、後日共に名女形として人気を博した2人の歌舞伎役者の半生を「青春篇」「花道篇」と区切って描き出した、渾身の長篇作。 一途に芸の道を歩むストーリィといっても、いわゆる成長あるいは何かを成し遂げた、という物語ではありません。 むしろ逆に、修羅の道、業に囚われた人間を描いた物語、というべきでしょう。 立花喜久雄、長崎の立花組長の息子。暴力団同士の抗争で父親が殺され、ある出来事を経て関西歌舞伎の人気役者=二代目花井半二郎の元に引き取られます。 大垣俊介、喜久雄と同い年にして、半二郎の跡取り息子。 その出会いから、共に半二郎に厳しく扱かれ、2人は共に歌舞伎役者、立女形の道を駆け上っていきます。片や花井東一郎、片や花井半弥として。 暴力団組長の息子という出自からして既に、喜久雄の歩む道は尋常なものではありません。やがて俊介と共に若手歌舞伎役者として人気を博しますが、その後は後ろ盾を失って挫折、雌伏の時代を長くします。 一方、俊介もまた正念場で逃げ出し、長く行方知れずのままとなります。 最初から最後まで怒涛の如きストーリィ、圧倒されるままに頁をめくり続け、上下巻を一気読み。 歌舞伎界の様子、その舞台裏も判る・・・というよりはやはり、役者、舞台という業を抱え、周囲にいる家族の幸不幸まで脅かしかねない人間を生々しく、そして美しく描いた圧巻の長編作。 圧巻の読み応えを味わいたい方には、是非お薦め。 (上巻:青春篇) 1.料亭花丸の場/2.喜久雄の錆刀/3.大阪初段/4.大阪二段目/5.スタア誕生/6.曽根崎の森の道行/7.出世魚/8.風狂無頼/9.伽羅枕/10.怪猫 (下巻:花道篇) 11.悪の華/12.反魂香/13.Sagi Musume/14.泡の場/15.韃靼の夢/16.巨星墜つ/17.五代目花井白虎/18.孤城落日/19.錦鯉/20.国宝 |
22. | |
「続 横道世之介」 ★★☆ |
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2022年05月
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柴田錬三郎賞を受賞した「横道世之介」の続編。 舞台設定は、大学卒業後。どこからも内定が取れずフリーター暮らしとなった世之介の1年間が色濃く描かれます。 就職ができず、フリーターという敗北者のような状況にもかかわらず、世之介は相変わらず、どこかのほほんとしています。 そんなところから、知り合いが広がっていくのか。 女性の身ながら鮨職人を目指す浜本(浜ちゃん)、水商売で働くシングルマザーの日吉桜子(サク)と亮太母子、桜子の父親と兄=隼人、そして同じ大学留年組の友人=小諸大輔(コモロン)。 どうということもない人間だし頼りないところもあるが、何故か一緒にいるとホッとする、これから頑張ればいいんだ、という気持ちになることができると皆が一様に評するのが、この横道世之介という人物。 一言で語ってしまえば、誰に対しても悪意がなく、いつも単純に善良である人物、というところでしょうか。 ストーリィは、当時の世之介と、当時彼と関わった人たちが27年後の今、世之介のことを懐かしく思い出すという重層的な構成で綴られます。 世之介を通して思うことは、善良であることを恥ずかしがったり、格好悪いと思ったりしてはいけない、ということ。 善良であること、平凡にフツーであることの素晴らしさを、本作品は伝えてくれているのではないでしょうか。 能力レベルによって人間の価値が決まるとでも言うかの如きが昨今の風潮。他人のことは構わずとにかく自分が良ければそれで良い、とでもいうように。 そんな現代だからこそ、横道世之介が再登場する意味がある、と感じます。 是非、お薦め。 四月 桜散る/五月 五月病/六月 梅雨の晴れ間/七月 区民プール/八月 冷夏/九月 アメリカ/十月 二十五歳/十一月 ゴール/十二月 プロポーズ/一月 こっちの正月/二月 雪景色/三月 旅立ち |
23. | |
「アンジュと頭獅王 Ange et Zushio」 ★★ |
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2019/10/15 |
「安寿と厨子王」といえば、今更言うまでもなく原作は森鴎外の「山椒太夫」。 本当に幼い頃、たぶんアニメ映画で「安寿と厨子王」を観たのだろうと思います。ですから姉弟の悲劇の物語として印象が強い。 本作「アンジュと頭獅王」は、吉田修一版「安寿と厨子王」。 ストーリィは、母親と姉弟が騙され別々に人買いに売られ、姉弟は冷酷な山椒大夫の下で苦難の運命を歩むというところまでは、ほぼ原作と同一です。 原作と違うのは、山椒大夫の元を脱出した頭獅王が、彼を助け出そうとする僧侶によって籠の中に潜まされて背負われ、そのまま五百年も逃亡を重ねてついに現代の新宿に行き着く、というところから。 古典世界の昔から現代にいたるまで、酷い悪人もいれば、困っている人に手を差し伸べる善人もいるもの。 悪い人を断罪するだけでなく、善い人を称える仕組みも社会には必要である、というメッセージを感じる一冊です。 |
24. | |
「逃亡小説集 A Collection of Escape Stories」 ★★ |
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2022年09月
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「犯罪小説集」に続く、“傑作小説集”第2弾とのこと。 普通“逃亡”といえば、危機に瀕した、よんどころない窮地に追い込まれた故、というもの。 ところが本書に描かれる“逃亡”は、しなくても良かったのにとか、なんでまた・・・・とか、どれもそこにコミカルな味わいがあります。 「犯罪小説集」「逃亡小説集」とも、味わいのある短編集。 これからもこうした趣向の短編集を続けてもらえるのか、と思うとワクワクします。期待大です。 ・「逃げろ九州男児」:リストラされて生活保護申請というところで、ちょっとした交通違反。つい「もう・・・いいや」と思ってしまい、逃走したところ大騒ぎに。 ・「逃げろ純愛」:奈々さん、潤也くんと呼び合う2人、何か訳ありそうと感じていたのですが、沖縄への旅は逃亡? ・「逃げろお嬢さん」:温泉宿を営む宮藤康太の目の前に、なんとデビュー当時からファンだった元アイドルの鮎川舞子が登場。つい<どっきりカメラ>だと思い込んでしまった康太、警察が舞子の行方を捜しているというニュースも無視し・・・。 ・「逃げろミスター・ポストマン」:運送会社で働く元妻の弟である春也が、トラックごと行方知れずになったという知らせ。 事件とは思えず、一体何故、そして何処へ? 逃げろ九州男児/逃げろ純愛/逃げろお嬢さん/逃げろミスター・ポストマン |
25. | |
「湖の女たち The Women in the Lakes」 ★★ |
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2023年08月
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吉田さん、時に人間の業とも言うべき醜悪な面を描き出すことがあるとは承知しているのですが、それにしてもこれは・・・。 真っ当な道を踏み外した人間の暗部を抉り出すかのようなストーリィ、グロテスクという言葉さえ口から零れ落ちます。 舞台は琵琶湖沿岸の町。 老人介護施設で 100歳になる男性入居者が人工呼吸器の停止により死亡する、という事件が起きます。 機器の故障も疑われましたが、メーカー側の異常はないという断言に、警察の目は人為的ミスあるいは何者かによる故意の犯行に向けられます。 そこからの展開が、吉田さんらしいという他ないのですが、人間の暗部、人間の持つ凶暴さ・酷薄さを容赦なく暴き出されていくかのようです。 犯人が特定できないなら、犯人らしく思える人間を尋問で追い込み自供させてしまえばいい、という刑事の存念が酷い。そのうえ自分自身でそれを行うのではなく、後輩刑事を執拗に脅し立ててそれを行わせるのですから、警察ミステリとしては絶句せざるを得ません。 他人の心理的・肉体的痛みに鈍感になった人間の行動は、本当に恐ろしい。自分の好意を正当化する狡さだけは手放さないのですから。 また真相より、駆け引きで満足することに慣れてしまった人間たちの姿も救い難い。 それらの一方、男性刑事と女性介護士の常軌を逸したと言う他ないインモラルな性的関係も描かれます。これはもう目を背けたくなる異常さ。SとMの男女の宿命的な出会いと言うべきか。 そうした展開にあっても最後、独力で真犯人を明らかにしようと自分を貫く刑事、雑誌記者の姿に、光を見出す気がします。 1.百歳の被害者/2.湖畔の欲望/3.You Tube の短い動画/4.満州の丹頂鶴/5.美しい湖 |
26. | |
「オリンピックにふれる」 ★☆ |
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2025年01月
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東京オリンピックと同時進行で読売新聞に連載された短篇集。 オリンピックに直接関係する人物は登場しません。でも関係ないとは言えない。 華やかなオリンピックに出場する選手とは掛け離れた処に、全く関係ないとはいえない人々もいるのだ、と感じさせられる短篇集です。 ・「香港林檎」:ボート選手枠で入社した偉良。しかし、オリンピック出場はならず成績も低迷。そろそろ決断すべき時期が到来している。その時コーチから告げられたことは・・・。 ・「上海蜜柑」:怪我で体操選手を諦め臨時体育教師となった阿青。一方、結婚直前の恋人に思わぬチャンスが訪れる。引き留めるべきか応援すべきか・・・。 ・「ストロベリーソウル」:ソウルのスケート場で働くクァンドン、スケート教室でフィギュアの練習に励む赤い練習着の少女に心惹かれるのですが・・・。 ・「東京花火」:開会式前に突如欠勤し始めた部下、その理由を聞いて白瀬は、冷徹に接すべきかそれとも応援してやるべきか戸惑う・・・。 香港林檎/上海蜜柑/ストロベリーソウル/東京花火 |
27. | |
「ミス・サンシャイン」 ★★☆ |
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大学院生の岡田一心がゼミ担当教授である五十嵐先生から紹介されたバイトは、10年前に引退した伝説の大女優「和楽京子」こと石田鈴の、荷物置き場となったマンションの荷物整理。 バイトのため鈴さんの自宅マンションに足繁く通うことになった一心は、次第に鈴さんに親しみ、その人生・女優人生に触れていくこととなり、鈴さんに惹かれていく。その気持ちは、恋?なのか。 最初の1頁から、ワクワクする楽しさを感じていました。 何か新しい世界が目の前に現れる気がしたからでしょうか。 ストーリィは、現在の鈴さん、和楽京子の半生、そして一心自身の恋愛と挫折という3つの局面が絡み合って進みます。 80代女性という設定ですが、一心ならずとも、鈴さんには人を魅了し、心を惹きつけるところがあります。それはやはり、大女優として一人の女優として、見事な人生を歩んできたからでしょうか。 そしてそれは、鈴さん一人ではなく、親友と2人で歩んできた人生だったからなのかもしれません。 また、祖母のような年代の女性だろうと、魅力ある女性に恋するのはなんら不思議なことではない、という艶々しい楽しさを感じる処も本作の尽きない魅力です。 ※なお、これは私だけのことかもしれませんが、和楽京子という女優の姿を読みながら、脳裏に高峰秀子さん、野川由美子さんという女優の姿が思い浮かんでいました。 梅とおんな/肉体派女優 その1/肉体派女優 その2/凱旋帰国/ハリウッドスター/夕立三味線/日曜日の要望/舞台女優/あの夏の日/光と影/幸せ者/軽井沢の一夜/ミス・サンシャイン |
28. | |
「永遠と横道世之介」 ★★★ |
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「横道世之介」「続・横道世之介」に続く第3弾、完結巻。 いやー、いいなぁ、本当にいい。 日常的な出来事があれこれ綴られていき、とくにドラマチックな展開はない、むしろ描かず避けている、といった方が良いでしょう。そこが本作の良さ、です。 最初の章で吉田さん自身、「ほとんどストーリーらしきストーリーがなく、起承転結はもちろん、伏線があって最後に回収などという手の込んだ仕掛けもないのである」と言い切ってしまっているところが、何とも可笑しい。 でもそのお蔭で、読む方にしても、どんなストーリィだろう、どんな展開が待っているのだろうと、余計なことを考えずに済むということであり、読んでいて何とも気楽であり、ただ楽しいばかりなのです。 大学生時代を描いた第1作、24歳頃を描いた第2作から進んで、本作での世之介は38〜39歳。 吉祥寺より調布に近い下宿屋<ドーミー吉祥寺の南>に暮らしていて、オーナーの藤堂あけみとは事実婚状態。 住人である会社員=礼二、書店員=大福、大学生=谷尻に加え、知人の教師=ムーさんこと武藤から預かったヒキコモリ高校生=一歩らとの和気藹々とのんびりした日常が綴られています。 一方、後輩カメラマンであるエバこと江原、その恋人である咲子も気軽に出入りしている、という状況。 ただし、現在だけではありません。過去の出来事も随時挿入され、その案配はというと自由自在、だからこそまたストーリィに奥行きが出ている、という具合です。 とくに、世之介が今も忘れることがない、亡くなった恋人=二千花との恋愛ドラマが実に良い。出会った時点で既に余命宣告を受けていた二千花と世之介の恋愛譚には魅了されて止みません。 でも、現在での、世之介とあけみの関係もまた良いのです。 あけみは下宿屋のオーナーであり、料理上手とあって、あけみの登場には必ず料理が絡んでいますが、それも日常感を盛り上げてくれます。 本ストーリィ中には、日常を楽しいものにしてくれる、人生を幸せなものにしてくれる、宝物のような、それでいてさりげない言葉が幾つも登場します。 そうした言葉を見つけながら読んでいくのが、本作の醍醐味だと言って過言ではありません。 そして、最後の「十五年後」、横道世之介という人物の存在感が波のように広がっていく風で、幸せな気分のままに読了。 是非、お薦めしたい吉田修一さんの名作です! (上巻)九月−猛暑元年/十月−来年四十/十一月−地蔵とお嬢さま/十二月−サンタとトナカイ/一月−謹賀新年/二月−輪廻転生 (下巻)三月−世之介桜/四月−ビッグチャンス/五月−恋と鎌倉と少年/六月−夏越しの大祓/七月−新しい命/八月−永遠と横道世之介/十五年後 |
29. | |
「罪名、一万年愛す」 ★☆ |
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私立探偵の遠刈田蘭平のもとに、梅田豊大という人物から、祖父が持っているらしい宝石<一万年愛す>を見つけてほしいという依頼が持ち込まれます。 その祖父とは、九州において一代で百貨店事業を成功させた梅田壮吾。 長崎県北西にある九十九島の内の一つ、壮吾が所有する野良島で行われる米寿祝に遠刈田は招かれることになります。 そして家族と奉公人以外にもう一人、元警部の坂巻丈一郎も。 坂巻と壮吾は、45年前に起きた<ニュータウン主婦失踪事件>の担当刑事と容疑者という関係だったが、壮吾のアリバイが成立した後はずっと親交があるのだという。 しかし、息子夫婦、ふたりの孫も祝いに集まったその当日の夜、壮吾が姿を消してしまう・・・。 本格ミステリかと思って読み始めたのですが、大違い。 アルセーヌ・ルパンもの的な“謎解き+冒険”もの、といったストーリー。 そして、壮吾が姿を消した事情の起こりは、敗戦直後の上野界隈へと遡ります。 壮吾が邸の地下室に残していた映画DVDは「人間の証明」「砂の器」「飢餓海峡」という3本。壮吾はそれによって何かを伝えようとしていたのか? 孤島、謎解き、冒険、SF、そして社会問題と、小説要素が盛り沢山に詰め込まれたのストーリー。 壮吾が生きた過去は実に過酷な時代で痛切に感じますが、その一方、現在部分の展開にはコミカルな処もあり。 その両面を一つのストーリーにできる、これぞ小説、ということなのかもしれないと思う次第です。 |
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