志川節子
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1971年島根県生、早稲田大学第一文学部卒。会社勤めの傍ら小説を執筆し、2003年「七転び」にて第83回オール読物新人賞を受賞し作家デビュー。


1.春はそこまで

2.糸を手繰れば
(文庫改題:ご縁の糸)−芽吹長屋仕合せ帖No.1−

3.花鳥茶屋せせらぎ

4.煌(きらり)

5.日照雨
−芽吹長屋仕合せ帖No.2−

6.博覧男爵

 


           

1.

「春はそこまで−風待ち小路の人々− ★★


春はそこまで画像

2012年08月
文芸春秋刊
(1500円+税)

2015年02月
文春文庫化



2012/09/09



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江戸は芝神明神社近くの商店街(現代的に言うと)、風待ち小路を舞台にした市井小説。
典型的な時代物市井小説であると同時に、
「ワインズバーグ・オハイオ」「本所しぐれ町物語の系列に連なる典型的な町物語でもあります。
ストーリィ、登場人物とも骨組みがしっかりしていることから、安心して読め、また読み応えも十分な一冊。

本作品の独自性としては、老境にさしかかった店主たちと、その跡取りたちの世代交代ストーリィという要素が挙げられます。それが最後の章で、新興の商店街に対抗して客寄せのため、風待ち小路の人々が企画した素人芝居に結実するところがお見事。そのうえ、その顛末のお手並みも中々に鮮やかです。
ただし、こうした町物語もその中に、恋愛ストーリィがあってこそ更に引き立つというもの。本書ではそれもしっかり加えられています。
絵草紙屋
粂屋の主である笠兵衛、穏やかだがもうひとつピリッとした処が感じられない跡取り息子の瞬次郎に物足りなさを感じていた。その瞬次郎が一目で惹かれたのは、宣伝チラシ作りを粂屋に依頼しにやってきた半襟屋のおちせ
そのおちせは、火事で亭主を失い、一人息子を抱えて店を再建しようとしているところ。子持ち後家という以外に7歳も年上という相手ですが、瞬次郎の想いはおちせに通じるのか。
その恋の行方が、本書各篇を貫く長篇ストーリィ要素になっているうえに、おちせの身上には思いがけない秘密が隠されていた、という処も本書ストーリィの魅力です。

志川節子さん、時代小説の新たな担い手として期待十分。
時代物市井小説ファンに、是非お薦めしたい一冊です。

冬の芍薬/春はそこまで/胸を張れ/しぐれ比丘尼橋/あじさいの咲く頃に/風が吹いたら

           

2.

「糸を手繰れば−結び屋おえん− ★★
 (文庫改題:ご縁の糸−芽吹長屋仕合せ帖−)


糸を手繰れば画像

2014年05月
新潮社刊
(1600円+税)

2016年09月
新潮文庫



2014/06/11



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藤沢周平さんの市井ものを北原亞以子さんが継承。しかしその北原さんも亡くなり残念に思っていたのですが、その穴を志川さんが埋めてくれるのではないか。本書を読んでそんな期待が膨らみました。

主人公の
おえんは、小間物問屋の実家から味噌問屋の松井屋へ嫁ぎ子供にも恵まれていたのですが、唐突に役者と不義をしたと決め付けられ、亭主と姑から店を追い出されてしまいます。
実家の元番頭で、暖簾分けして今は隠居の身にある
丈右衛門がおえんを助け、おえんは日本橋の魚河岸に近い芽吹き長屋に身を落ち着けます。
 
そんなおえんが、ふとしたことで縁談を取り持ったことをきっかけに掲げた看板は
「ご縁とりもち承ります 結び屋」という、現代で言うなら仲人業。
結婚斡旋業が企業ビジネスとして成り立って以来「仲人」という言葉はすっかり廃れてしまったように感じますが、江戸に舞台設定して復活というところでしょうか。そんな人物が江戸時代にいなかったとは限りませんけれど、“業”として名乗ったところが現代的発想かなと思います。

“結び屋”、何を結ぶのかといえば人と人の繋がり。縁談だけに限らず、隣人との関係、親子の関係、それら全てが人と人の繋がりという中に含まれます。
全篇を通して明るさと、前向きな姿勢に満ちているところが、本作品の魅力です。
冒頭の
「糸を手繰れば」ですっかり本書に絡め取られてしまいましたが、同篇は北原亞以子「深川澪通り木戸番小屋の冒頭篇を彷彿させる、楽しくかつ嬉しい、という味わいでした。
新鮮さ溢れる時代小説、お薦めです。

糸を手繰れば/まぶたの笑顔/しょっぱいふたり/化けの皮/明日/それぞれの春

                

3.
「花鳥茶屋せせらぎ」 ★★


花鳥茶屋せせらぎ

2015年09月
祥伝社刊

(1700円+税)



2015/10/19



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上野不忍池に面した 約600坪の敷地に珍しい鳥や植物を集めて人々の行楽に供しているのが“花鳥茶屋せせらぎ”
本書は、何だかんだといってその花鳥茶屋に集う幼馴染5人の、子供を脱して一人前の大人になるちょっと手前、巣立ちの時期における試練と葛藤、恋愛感情を描いた時代もの連作短篇集。

武家ものなら
宮本昌孝「藩校青春譜」「夏雲あがれといった作品がすぐ思い浮かびますが、町人ものでそうした青春ストーリィは珍しいかもしれません。

勝次はせせらぎの中にある工房で鳥かご職人の修業中ですが、仲間内ではぼんやり者というのが定評。その勝次を想うひなたは、せせらぎの中にある休み処で茶汲み娘。
ひなたの兄の
耕太は、眼鏡職人である父親の元で修業中。小間物屋「升田屋」の惣領息子である清一郎は、新しい商売ネタを見つけたいと奮闘中で、ひなたに好意。
植木屋「苗嶋」の娘である
おゆりは耕太と恋仲ですが、他の4人が頑張っているのに自分は稽古事だけと焦燥感に捉われます。

各人各様、悩みもすれば苦戦もしつつ、時に幼馴染の仲間に助けられもして一歩前進、でもまだまだ一人前とは言えない、というストーリィ内容。
現代社会の若者像にも通じるものが感じられ、その清新さが何とも気持良い。

※なお、5人が貴重な交誼を得る相手として、松前藩元藩主である“
ご隠居さま”、「八犬伝」の滝沢馬琴が登場。最近、どうもあちこちの時代小説で馬琴の登場頻度が高いようです。

山雀(やまがら)の女/孔雀くらめく/とんだ鶯/はばたけよ丹頂/鴨の風聞/凛として大瑠璃

              

4.

「煌(きらり) ★★


煌

2017年07月
徳間書店刊

(1700円+税)

2019年07月
徳間文庫



2017/08/08



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元禄年間から安政年間まで、まるでクロニクルのように市井の人々の想いを綴った時代物連作短篇集。

「天地一転」:東海道は吉田宿で50代の今も飯盛り女を続けるおしまが主人公。転がり落ち続けてきた人生の中にあっても、気概を見せるおしまの姿が圧巻。
「椀の底」:将来の夢を折りかけた則三郎に掛ける、恋人であるおちかの言葉が素敵です。
「山の灯」:阿蘭陀人向けの遊女とされた雪路が主人公。苦界にあっても優しさと気概を捨てない雪路の姿がとても愛おしい。
「闇に咲く」:花火の破片により失明したおりよは、さらに許婚者からも破談される憂き目に遭います。おりよの絶望感、そんなおりよに対する父親と母親の態度の違い・・・その果てにあるものは? 本書中でも圧巻の冴えを見せる篇です。
「雪の花道」:長岡と新潟の遊女たちが競う“遊女合戦”を舞台にした篇。
「文」:片や吉田宿にある旅籠の跡取り息子であった源兵衛、片や下級武士の次男坊で江戸で医師になった片瀬恒之介、身分を超えた友情、長い年月を文通で続けた友情を描く篇。その友情の結果として新たな変化が生まれるという展開は、極めて爽快。

藤沢周平の名品橋ものがたりを思い起こさせるような、秀逸と言った観ある連作短篇集。
しかし、ちょっと引っかかりを覚えたのは、女性が主人公になった篇では、もの悲しさが常に入り混じっているところ。彼女たちの先行きには明らかに苦難が予想されます。
そうしたところに、「橋ものがたり」とはまた違った味わいが感じられます。


天地一転/椀の底/山の灯(ひ)/闇に咲く/雪の花道/文

            

5.
「日照雨−芽吹長屋仕合せ帖− ★★


日照雨

2019年10月
新潮社刊

(1600円+税)



2019/11/12



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嫁ぎ先から理不尽にも追い出されたおえんが始めた仲人業、称して「結び屋」。
糸を手繰れば−結び屋おえん−に続く“芽吹長屋仕合せ帖”シリーズ第2弾。

内職仕事の傍ら縁結びに精を出すおえんですが、本連作ストーリィの特徴は、男女の仲を取り持てば終わり、ではなく、そこから人と人の繋がりが広がっていくところにあります。
この肌触りのよさ、前作でも書いたことですが、亡き
北原亞以子作品の味わいを彷彿とさせます。

若い頃に
鈴代師匠の下で共にお針を学んだ仲間、お俊、お千恵、松井屋の女中であるおはる等々の縁談話に、相変わらずおえんは忙しい。
そうした中で最も大きな事件は、10年も前に行方知れずとなっていた長男=
友松が、佐原の乾物屋と名乗る女に連れられて、突然松井屋を訪れてきたこと。
即時おえんが呼ばれ、友松の特徴である背中の黒子を確かめますが、どこか納得できないところが残る・・・。

おえんが結んだご縁が広くおえんと人との繋がりとなって、最終的に友松が行方知れずとなった事件の真相が明らかになります。
なお、余りに都合よく繋がり過ぎ、という面もありますが、最終篇
「日照雨」の圧巻さは少しも変わることはありません。

北原亞以子“慶次郎縁側日記”のような息の長いシリーズになることを期待したいところです。


結び観音/鯛の祝い/神かけて/夕明かり/余寒/日照雨

                

6.
「博覧男爵 ★☆


博覧男爵

2021年05月
祥伝社

(1800円+税)



2021/06/06



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“日本の博物館の父”として知られる、田中芳男の生い立ちから博物館設立、動物園開園までの道のりを描いた長篇。

信州飯田、旗本の千村陣屋に務める医師であった父親の元に生まれ、尾張名古屋への遊学を経て、江戸で物産学の出役に。
巴里で行われた万国博覧会に幕府の一員として参加し、パリの植物園
「ジャルダン・デ・プラント」を知るに至り、日本が真の文明国になるためにはこのような植物園・動物園も含む博物館を作ることこそ欠かせないと心に決め、現代の東京国立博物館、国立科学博物館、上野動物園の礎を築くに至る。

上野公園の中、国立博物館をはじめ幾つもの博物館、そして動物園と、あって当たり前のものと感じていましたが、決して簡単なことではなく、先人の見識や奮闘があって初めて設立されたものであることに気づかされます。

なお、ストーリィとしては、その中心人物の一人であった田中芳男の道のりを描いたものですから、それ以下でもそれ以上でもない、という印象。

ただ、田中芳男の、
「自分相応な仕事をし、世のために尽くさなければならぬ」という言葉、そしてもう一つ「鳥なき里の蝙蝠」という言葉が胸に残ります。
そう。企業トップであろうと、大きな利益さえ上げてればいい、ということではないのです。
米国式の、利益の多寡で評価し、効率化ばかり云々する現代の風潮への警告も少々感じる次第です。


1.三字経/2.ふたりの師/3.江戸へ/4.虫捕り御用/5.巴里の夢/6.御一新/7.博物館事始め/8.出羽守/9.上野の博物館

       


   

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