藤沢周平作品のページ No.1


1927年山形県生、山形師範学校卒。結核による療養生活を経て、業界新聞社に勤務の傍ら作家活動開始。73年「暗殺の年輪」にて直木賞受賞。97年死去。


1.
暗殺の年輪

2.刺客−用心棒日月抄−

3.用心棒日月抄

4.消えた女−彫師伊之助捕物覚え−

5.橋ものがたり

6.春秋の檻−獄医立花登手控え−

7.隠し剣孤影抄

8.隠し剣秋風抄

9.密謀

10.よろずや平四郎活人剣


海鳴り、風の果て、本所しぐれ町物語、蝉しぐれ、たそがれ清兵衛、 市塵、三屋清左衛門残日録、凶刃、天保悪党伝、秘太刀馬の骨、

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日暮れ竹河岸、 漆の実のみのる国、早春、静かな木、藤沢周平未刊行初期短篇、海坂藩大全(上)、海坂藩大全(下)、帰省、乳のごとき故郷

藤沢周平作品のページ bR

 


 

1.

●「暗殺の年輪」● ★★

 

1973年
文芸春秋刊

1978年02月
文春文庫

 

1997/08/21

初期の頃の作品だと言うのに、その後とまるでかわらない確かなストーリイ運びに感じ入ってしまいました。正直に言って、初期の作品と言われなければ、おそらく気がつきもしなかったでしょう。短篇の中に、いろいろな人生のやり過ごし方、男女の仲、嫁舅の関係、生きること或いは武芸に死をかけることの厳しさ、等の複雑な要素を織り込みながらも、作品全体としてのバランスを少しも崩さない。文章はきちっとしていて、少しの揺るぎもありません。藤沢作品の凄さが、その初期の頃から既に整っていることに、何より驚きました。違いといえば、作品全体を覆う暗さ、このことでしょう。
「暗殺の年輪」「ただ一撃」は、藤沢さんに関する書評等を読んでいると、その都度部分的に引用されている作品なので、「ああ、こういう作品だったのか」と思いましたが、初めて読んだという気がしませんでした。むしろ、「黒い縄」。上記の印象を感じると共に、「藤沢さんについて書かれていた暗さというのはこれなのか」、この暗さは奥深いところからきているものだ、ということを、強く感じました。
この中でどれか一作を、と言われれば、私も「ただ一撃」を取り上げるでしょう。ひとつの作品の中に、温かさと冷酷苛烈さが同居し、さらに危険な香りと甘さを含んでいる、そのことが印象的だからでしょう。更に細かなことを言えば、本書の中に、「三屋清左衛門残日録」の清左衛門と里江の関係、「ど忘れ万六」の万六と亀代、また伊之助捕物覚えへと後に発展していく原材料があることが興味深くありました。

黒い縄/暗殺の年輪/ただ一撃

 

2.

●「刺客−用心棒日月抄−」● ★★★


1983年
新潮社刊

1987年
新潮文庫


1987/04/06

時代小説というとつい、=娯楽小説と思いがちですが、本書は思いの外、味わいの深い作品でした。
お家騒動+主人公・青江又八郎の活躍というのが主筋ではありますが、むしろ“用心棒”という職業によって身を立てている武士の悲哀、用心棒という職業故に関わりあう市井の人々の生活・悲しみ、そうしたものが色濃く漂っていることが、味わい深さを生み出しています。
また、作中、ヒロインとも言える忍びの頭領・佐知と又八郎との交情、佐知の女としての悲しみ、つつましい生活の喜び等、本作品から汲み取るべき人々の哀感は多くあります。

 

3.

●「用心棒日月抄」● ★★★

 

1978年08月
新潮社刊

1984年05月
新潮文庫

文芸春秋
全集第9巻

 

1987/04/15

「用心棒日月抄」→「孤剣」→「刺客」→「凶刃と続く、連作短篇もの四部作の第一作。

この四部作は、勿論藤沢さんの代表作と言えますが、藤沢作品の中で最も私が好きな作品でもあります。しかし、それを何と言うべきか、私は刺客孤剣用心棒日月抄と逆に辿って読んでしまったとは!
正当な順序で読んでいれば、もっと盛り上がりが感じられただろうにと思うのですが、後悔先に立たず。
その関係もあろうかと思いますが、前3作の中では、刺客が一番面白かったと思われました。
日月抄は、後2作に比べると、青江又八郎というキャラクターが創られている段階で未だ固まっていない所為でしょうか、やや魅力に欠けるように思われます。また、「日月抄」は赤穂浪士の外伝として書かれたという要素がありますが、その係わり合いにちょっと無理があるような気がします。
とは言え、このシリーズ、何度繰り返し読んでも面白く、味わい深いことに変わりありません。
藤沢周平ファンなら、絶対見逃すべきではない作品です。

 

4.

●「消えた女−彫師伊之助捕物覚え−」● ★★☆

 

1979年12月
立風書房刊

 

1983年09月
新潮文庫

 


1988/10/16

“彫師伊之助捕物覚え”シリーズは、第2作漆黒の霧の中で→第3作ささやく河と読んで、結局第1作「消えた女」を読むのが最後となってしまいました。
元岡っ引で、現在は彫師である伊之助が、やむなく事件の探索に携わるという設定のシリーズもの。

第1作と第2・3作とを比べると、この第1作において強く印象を受けることが幾つかあります。
第一は、藤沢さんが江戸時代におけるハードボイルド、ということを強く意識していたこと。それがそのまま、伊之助の謎を追う迫力に繋がっていると思います。何度か十手を渡そうと勧められながらも、それを断ってひたすら自分一人の力だけで謎を追っていく。アメリカに舞台を移せば、当然の如く、ニヒルな私立探偵像が出来上がることでしょう。本書においては、彫藤の仕事に伊之助がそれ程拘束されないでいることも、その傾向を強めています。
第二は、それと関連しますが、第2・3作においては伊之助に陰翳が濃いこと。彫藤の仕事が増えてきて、それから隠れるようにして探索を進める伊之助には、他人に秘密を負っている人間の翳りが感じられます。こうした変化は、伊之助が岡っ引をしていた頃からそれだけ年月を経たという点で、当然のことなのかもしれません。
第三に、伊之助に関わる同心が、第1作の半沢から石塚に代わっています。人情味があって、理知的な半沢同心では、伊之助を無理矢理探索に引きずり込むという自分勝手な役どころは、向いていない所為かもしれません。
いずれにせよ、ハードボイルドな探偵小説として、アメリカ小説に決して引けを取らないシリーズものです。

 

5.

●「橋ものがたり」● ★★★

 

1980年
実業之日本社

1983年
新潮文庫

文芸春秋
全集第14巻

 

1993/05/16

藤沢さんを代表する市井もの短篇集。同様の市井ものには「本所しぐれ町物語」がありますが、私としてはこの短篇集の方がはるかに心に残っています。

いずれも、橋を舞台にした男女の恋物語なのですが、溢れんばかりの情感に、息も詰まるばかりでした。
登場人物の一人一人が各々に人生の暗い陰を背負っています。しかし、そんな陰に負けず、真っ直ぐに相手を見つめる優しさに、男女の深い愛の強さを見出すような思いがします。
これらの作品は、別に江戸時代を舞台にしなくても成り立つストーリィと言えます。しかし、江戸時代だからこそ、互いの貧しさ、不運、それに負けず、左右されない人々の心の強さが際立つようです。

本書の中で特に好きなのは、「約束」「思い違い」「川霧」の3作。3作とも最後の場面が素晴らしく、映画にしたら永遠の名場面になりそうな感動+情景の美しさがあります。

約束/小ぬか雨/思い違い/赤い夕日/小さな橋で/氷雨降る/殺すな/まぼろしの橋/吹く風は秋/川霧

 

6.

●「春秋の檻−獄医立花登手控え−」● ★★☆




1980年
講談社刊

1982年
講談社文庫

文芸春秋
全集第12巻

2017年03月
文春文庫化


1993/04/24


amazon.co.jp

「春秋の檻」→「風雪の檻」→「愛憎の檻」→「人間の檻」と続く、江戸時代を舞台に、アルバイトに獄医を勤める青年・立花登を主人公とした連作捕物短篇集。

伝馬町の牢が中心舞台となるだけに、暗く、地味な印象があります。また、主人公自身、明るい性格設定ではありませんし、最初第一巻を読んだ時には、余り面白いとも思いませんでした。しかし、読み進んでいくうちに、次第に本シリーズの魅力が判ってきて、今では江戸時代版青春小説として、私の好きな作品のひとつになっています。

このシリーズの魅力のひとつは、主人公立花登と、彼の居候している叔父である医者小牧玄庵、その妻、娘・ちえとの関係にあります。
羽後亀田藩から叔父を頼って江戸に出てきた登が目にした叔父一家のことは、「無口で酒好きで怠け者の叔父」「叔父を尻に敷いている叔母」「母親に似て美貌だが傲慢な娘」と紹介されています。この4人の関係は、真にユーモラスで、ホームコメディ的な要素をもっています。そして、4巻を通じて、この関係はだいぶ変わっていくのが、青春物語である所以。

登の居候という身分は、やはり自由な立場です。したがって、本来獄医が立ち入るべきではない捕物の世界へ、自ら入り込んでいきます。柔術起倒流の高弟であるという設定が、それを可能ならしめている訳です。
時代物には珍しい、味わい深い青春小説!

なお、この立花登が、山本周五郎「赤ひげ診療譚」保本登を意識して書かれているのは、周知の事実。私としては、やはり立花登の方に魅力を感じます。

 

7.

●「隠し剣 孤影抄」● ★★


1981年
文芸春秋刊

1983年
文春文庫

文芸春秋
全集第16巻

 

1993/05/16

藤沢さん流の“秘剣”もの短篇集。
ただ、全体に暗い感じがあるのは否めません。

“隠し剣”と言う以上、斬り合いという設定があって初めてストーリィとして完結するものです。したがって、ストーリィが生々しく、陰湿なものとならざるを得ないのです。
場所は海坂藩を舞台としており、先代藩主右京太夫、世子和泉守の頃。この辺りの時代は、いやに血生臭いことになってしまいました。

その中でも好きなのは2篇。「臆病剣松風」「女人剣さざ波」。隠し剣以上に、夫婦愛がストーリィの中心となっている点が、他にはないほのぼのとした気分を感じさせてくれます。
また、「必死剣鳥刺し」の結末に残る余韻は深い。印象に残る一篇です。

邪剣竜尾返し/臆病剣松風/暗殺剣虎ノ眼 /必死剣鳥刺し/隠し剣鬼ノ爪/女人剣さざ波/悲運剣芦刈り/宿命剣鬼走り

 ※ 映画化 → 「必死剣 鳥刺し」  

  

8.

●「隠し剣 秋風抄」● ★☆


1981年
文芸春秋刊

1984年
文春文庫

1993/05/22

「隠し剣孤影抄」に続く“隠し剣” もの第2作集。
「孤影抄」に増して、暗い気持ちの残る作品が多かったように思います。

その中で、心に染み入るような思いの残った作品が一篇あります。それは盲目剣谺返し
夫婦、下男、家族3人の心の通い合いが美しく描かれています。

酒乱剣石割り/汚名剣双燕/女難剣雷切り/陽狂剣かげろう/偏屈剣蟇ノ舌/好色剣流水/暗黒剣千鳥/孤立剣残月/盲目剣谺返し

 

9.

●「密 謀」● ★★


1982年
毎日新聞社刊

1985年09月
新潮文庫
(上下)

文芸春秋
藤沢周平全集
第7巻

 

1997/05/22

藤沢作品においては珍しい、戦国もの作品。
他作家の興奮するような歴史ものに比べると、藤沢さんはこうした分野に向いていないのではないかと思うくらい、地味なストーリィです。草の者たちの登場があるにしろ、血湧き肉踊るような闘いの場面は皆無です。しかし、それこそが藤沢さんの持ち味であり、この作品を書いた意味であろうかと気付くのです。
すなわち、他の歴史もの登場するような普通人を超越した人間たちとして描くのではなく、むしろ普通の人間としての姿を書こうとしていたのではないかと思います。
ストーリィも、大きく変動する時代を描こうとしたのではなく、上杉景勝、直江兼続、さらに家康、利家、三成らの、細かい心の動きを描こうとしています。本書では、彼らのいずれもが、稀有の歴史上人物というより、そのまま普通人と変わらぬ生身の人間として感じられます。謙信の家を継ぎ、時代の流れのままに秀吉に仕え、家康台頭の機に再び独立の立場を取り戻そうとする。政治家の立場からすれば、愚の骨頂と思えます。しかし、何故それを敢えて行なうかというと、ここでまた家康に頭を下げるのは面白くない、というむしろ普通の人間の感情です。その辺りが本作品の面白さです。
一方、“義”という看板に縛られた景勝主従を際立たせる意味で、対照的に草の者の存在が描かれています。

 

10.

●「よろずや平四郎活人剣」● ★★


1983年
文芸春秋刊

文春文庫
(上下)

文芸春秋
個人全集
第18巻

 

1997/06/10

本作品を読むのは、これが3度目になります。最初は「用心棒日月抄」に比べて面白くないと思ったのですが、後になるほど懐かしさを覚えるようになりました。主人公平四郎のやんちゃ坊主的なところに惹かれるのかもしれません。「獄医立花登」についても、同様に、 後から面白さがわかるようになりました。
本書巻末の解説でも触れられていますが、本作品については「用心棒日月抄」と比較して読まざるを得ないのは当然のことと思います。そして、その違いがそのまま本作品の面白さかと思う次第。まず、用心棒の時代から後になり、侍としての生活が難しくなっていること。したがって、主人公平四郎の行動も、なりふり構わず、というところがあります。本人自身、刀より頭を使って商売しようという気構え。そんなところから、気楽に読めるのが本作品の魅力かもしれません。

 

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