干支の兎 特集 |
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平成23年の干支は兎である。兎で真っ先に思い浮かぶのは、その立派な耳。動物の体で大きく目立つ部分は最も大切なところといえるが、良く動く大きな耳は有力な武装のない兎にとって、音声情報をいち早く捉えて敵から逃げるのに欠かせないものだ。また、肉の薄い大きな耳は、汗腺の乏しい兎にとって体温調節のための放熱器の役目も果たしている(1)。実は、兎を実験動物として利用する人間にとっても大きな耳は重宝する。まず、兎を持ち上げる時にとても便利である。さらに、白兎の耳では血管がはっきりと見えるので、観察するにも好都合だし採血や注射もしやすい。この六原張子では、自慢の耳を福助の福耳と比べっこしている構図が愉快である。高さ14cm。(H22.11.3)

兎とは切っても切れないご縁なのが月。この二つを組み合わせた郷土玩具は「月見兎」や(月の異名である)「玉兎」と呼ばれて、各地に見られる。兎の丸い背には定番の満月のほかに群雲やススキ、さまざまな模様が装飾的に描かれることが多い(青森県18、山形県06、福島県11、東京都29)。この春日部張子の月見兎(波乗り兎)でも月と水辺の草花が描かれている。なお、同じ月見兎でも今戸焼では意味合いが違うことはすでに述べた(東京都06)。高さ14cm。(H22.11.3)

五個荘の小幡土人形。雲間から顔を出した満月に、鉢巻した兎が腰かけている構図は大胆で奇抜である。高さ17.5cm。(H22.11.14)

日本では月の兎が搗(つ)いているのは餅である。ところが、お隣の中国では薬ということになっている。しかし、中国でも中秋の名月には月餅(げっぺい)という菓子を食べるし、月餅の包み紙には兎の画をかくので、月と餅との関係がないわけではない(2)。兎が餅をつく仕草をからくり仕掛けにした郷土玩具は各地に見られる。写真は古くからある名古屋の餅つき兎。高さ25.5cm。(H22.11.14)

一説によれば、兎の餅つき話は語呂合わせが始まりと言われる。日本では満月を望月(もちつき)と呼ぶからである。また、日本や中国では兎に見立てる月の黒い模様も、国によっては読書する少女、薪を背負う男、はたまた蟹、ロバ、ライオンにも見えるらしい。一方、月の白い部分に注目すると美人の横顔が見えてくるから不思議だ(3)。前列左が金沢(石川県)の餅つき兎(高さ5cm)。後ろの糸を引くと杵を上げ下げして餅をつく。右が津山(岡山県)の竹製玩具。後方は米沢の笹野一刀彫(山形県)。いずれも至極単純な仕掛けだが、幼い子供には十分歓迎されよう。(H22.11.14)

今回の餅つき兎は弥治郎系の木地玩具(高さ21cm)。車輪と兎の腕が凧糸で繋がれているので、台車を引くと餅をつく動作をする。ところで、何ゆえ月に兎が居るのかというと、どうも中国を経て日本にも伝わったインドの仏教説話が伝説の源らしい。あるとき天帝(帝釈天)が動物の徳を試そうとして、老人に姿をかえて地上にやってくる。猿と狐(一説にカワウソ)は素早くごちそうを探してきて捧げたが、兎はなにも獲物がないので自らの体を火中に投じて捧げた。天帝は兎の犠牲的精神に感じ入り、遺骸を月に連れ帰ったのだという(3)。(H22.11.14)

一方、中国には「狡兎三窟(こうとさんくつ)」という言葉がある。兎はずるがしこいから自分の隠れ場として三つの穴倉を作っているという意味で、「どんな場合でも逃げ道を作って損をしないように」という心構えを述べたものという(2)。どうやら兎は狡猾な動物とも考えられていたらしい。日本でも因幡の白兎などは鰐(わに)をだましたせいで丸裸にされたし、かちかち山の兎も、お婆さんの敵討ちとはいえ狸を何度もだましてはひどい目に遭わせている。これは富田林のからくり玩具(復元品)で高さ7cm。そういえば、アメリカ漫画の主人公・バックス・バニーもなかなか食えない兎である。(H22.11.14)

ほかの獣と違って、兎は鳥のように1羽、2羽と数えるが、これは四足獣を食うのをはばかった江戸時代、兎を鵜・鷺(う・さぎ)と鳥の名に呼び変えて食用にしていた名残といわれる。また一説に、長い耳を持って1把、2把と数えることから転じたものともいう。さて、今回の4羽はいずれも東北地方の兎。左から下川原人形の裃(かみしも)兎(青森県弘前市)、中湯川人形の月見兎(福島県会津若松市)、花巻人形の蕪(かぶら)兎(岩手県花巻市)、そして堤人形の福兎(宮城県仙台市)である。堤にはほかに波乗り兎(表紙28)や雪兎などの古い型があるし、下川原には櫂(かい)持ち兎や餅つき兎などの人形笛もある(青森県02)。(H22.11.23)

山形県に月山という山がある。遠くから眺めるとお碗を伏せたような形で、ちょうど山の端から月が昇るようにも見えることからこの名がある。頂上には月山神社が祭られており、守り神はやはり兎。八合目の中之宮境内には、山頂を見上げるように兎の石像が二体飾られている。12年ごとのご縁年には兎の土鈴も授与されるが、残念ながら地元産ではない(左)。美江寺観音(岐阜市)の福鈴はお蚕(かいこ)祭に授与される。養蚕を業とする農家では、昔からこの土鈴を蚕屋に吊るして鼠を追い払ったので、蚕鈴とも呼ばれている。干支に因んだ福鈴(中央)も毎年売られる。こちらは愛知県尾西市で作られている。能古見(佐賀県鹿島市)の兎鈴(右)は四巡り前の兎歳(昭和38年)の年賀切手に選ばれた。すっきりとしたデザインだが、兎のおとなしい性質がよく表現されている。高さ7cm。(H22.11.23)

兎転がしともいう。浜松の“転がし物“はこの地方独特のもので、厚紙で作った大きな車を押すと、張子の人形がユラユラ揺れながら転がっていく。人形には錘(おもり)が付けられているので、ひっくり返ることは無い。赤い目をした白兎の可愛らしさと車の動きの面白さから、兎玩具の傑作といわれる。高さ9cm。(H22.12.25)

背中を丸めた白兎の姿を見事に捉えた稲畑人形(丹波市)である。丸兎と呼ばれ、その祖型は京都・伏見人形にある。兎の人形では、真っ白な胴体をキャンバスに見立て、様々な模様が描かれる(兎02)。図柄は満月が多いが、ここでは独楽のような同心円があっさりと描かれている。日本では家兎(飼い兎)をモデルにしたせいか、このような丸くふっくらとした兎の人形が多い。いっぽう、欧米ではもっぱら野兎がモデルなので、痩躯ですばしこそうな人形が多い。アニメキャラクター、バッグス・バニーが典型だろう。もっとも、家兎と野兎は別属の動物だそうで、英語でも家兎はラビット(rabbit)、野兎はヘアー(hare)と区別している。稲畑人形(兵庫07)は長らく廃絶していたが復活し、平成23(2011)年には兎土鈴が年賀切手の図案にも選ばれた。高さ18p(R4.12.10)。

胴に五弁の花びらを散らした兎が、ゆっくりと首を振る。白いからだと真っ赤な目の対比が印象的だ。高松市で購入したが、本当の生産地は分からない。さて、身近な動物の兎だが、兎に関する言い回しは多くない。その中で、“始めは処女のごとく、終りは脱兎のごとし”というのは耳にしていたが、意味は良く知らないままだった。この機に調べてみると、「始めは弱々しく見せかけて敵を油断させ、あとで一気に素早く攻撃すること」で、孫子の兵法にもある真面目な話なのが分かった。今まで勝手に良からぬ妄想をしていたのは、私の頭にむかし読んだ太宰治の「お伽草紙」の一説があったからである。高さ8p(R4.12.10)。

「お伽草紙」のカチカチ山は、例のおとぎ話に材をとった小説である(4)。太宰は「兎は16歳の処女だ。いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。」と書く。いっぽうの狸は、兎に恋い焦がれ、残酷な仕打ちを執拗に受けても、真心は必ず通じると信じている醜男として登場する。いろいろな出来事が語られた後、太宰は「ところでこれは、好色の戒めとでもいうものであろうか。」「女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹すんでいるし、男性には、あの善良な狸が何時も溺れかかってあがいている。」と結ぶ。けだし名言である。写真の下川原人形(弘前市)は太宰のふるさと、津軽を代表する土人形(青森01〜06)。太宰も学んだ旧制弘前高校(現弘前大学)付近で今も作られている。小型と中型の裃(かみしも)兎は土笛になっていて、ピーと鳴る。因みに兎には声帯がなく、鳴かないものらしい。大型の高さ12p(R4.12.10)。

“二兎追うものは一兎をも得ず”もよく聞くが、これは西洋の諺、“If you run after two hares, you will catch
neither.”の和訳だという(5)。古代ギリシャ起源で欧州に広く分布しており、日本には明治時代に入ってきて、修身の教科書で広まったらしい。“兎の昼寝”は油断を戒める言葉だが、もちろん出所は駆け比べで亀に負けた兎のお話から。そういえば、私が実験用に飼っていたウサギは、いつ行って見ても寝ていたので、納得できる。さて、下川原人形の兎が手にしているのは、餅を搗(つ)く「杵」とカチカチ山で泥舟を漕ぐ「櫂(かい)」。どちらも兎とは定番の組み合わせである。高さ7p(R4.12.10)。

大阪張子は江戸時代末期の創始といわれ、大正期から戦前までは個性的な作品群がみられたが、戦後は復活と廃絶を繰り返す。写真の餅つき兎と兎舟は、富田林市の郷玩愛好家が復元したもの。以前の兎船には四輪が付いていたが、ここでは省略された。同じ作者によるカラクリ仕掛けのカチカチ山には、狸も一緒に登場する(兎07)。なお、大阪張子には柏原市に別系統があり、今でも張子虎などを盛んに製作している(大阪01-03)。餅つき兎の高さ9p(R4.12.10)。

日本では、月に住む兎は餅を搗いていることになっている。しかし、中国漢代の石刻には兎が堅臼に堅杵で薬(生薬)を搗いている図が見えるという。それがわが国に伝わって、餅を搗くと解せられるに至ったらしい(6)。また、満月を望月(もちつき)ともいうが、これが餅搗きに転訛したものとも考えられることは前に述べた(兎05)。佐原張子には別の白兎(千葉01)もあるが、この餅つき兎は平成11(1999)年の年賀切手に選ばれている。高さ15p(R4.12.10)。

海外の兎をいくつか紹介する。いずれも木製。左上:ドイツ・エルツ地方の兎。兎が演奏する楽器はここでは3種類だが、ほかにも多種にわたり、オーケストラが一つ出来てしまうほどである。高さ各8p。右上:メキシコの兎。同じ兎でも対照的な色彩で、作り手の個性がにじむ。高さ各6p。左下:グアテマラの兎。尻尾は丸くないし、目つきも妙で、可愛い兎のイメージからはほど遠いが、特徴のある切歯(門歯)があるので、やはり兎なのだろう。高さ26p。右下:デンマークの工芸家、カイ・ボイセンがデザインした白木の兎。置き物としてだけでなく、子供が手に持って遊べるよう丈夫に出来ている。手足や頭部も自由に動く。高さ15p(R5.2.1)。
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