K216. 水と時代、私の研究と方法(Q&A)


著者:近藤純正
2021年3月9日開催のセミナー「水と時代、私の研究と方法- 地球温暖化観測所の設立を目指してー」の内容は、「研究の方法・進め方」に 重点をおいたため、基礎的な事柄や研究結果についての解説が不十分であった。 そこで本章では、解説の加筆と質問に対する回答をQ&A形式で編集したものである。 (完成:2021年3月15日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2021年2月3日:作成・掲載開始
2021年3月12日:Q5以下の質問と回答を追加

  目次
     216.1 熱収支に関するQ&A  
        Q1. 顕熱輸送量と潜熱輸送量の意味は? 熱量の実感的説明
        Q2. 高温時に蒸発量が多い(ボーエン比=顕熱/潜熱が小さい)理由は?
        Q3. 深い十和田湖では、なぜ夏に蒸発量が少ないか?
        Q4. 東シナ海の気団変質実験で分かった莫大な熱収支量とは?
        Q5. (南光一樹)晴天日中の植物葉温はなぜ気温より高くなるか?
        Q6. (南光一樹)植物葉温の予測と測定方法は?
        Q7. (吉田貢士)日だまり効果の風下距離のみへの依存性は?
        Q8. (山本隆広)タンクモデルと新バケツモデルの特徴の違いは?

     216.2 気候変動に関するQ&A
        Q21.風速や降水量の長期変化の正しい評価はなぜ難しい?
        Q22.日だまり効果による気温上昇が空間広さの対数差で表わされる理由は?
        Q23. (小池俊雄)気温測定上で、その他の注意点は?
        Q24. (沖 大幹)東京タワーやスカイツリーにおける観測は?
        Q25. (内藤玄一)塔上の「地球温暖化観測所」の気温観測高度は?
        Q26. (谷 誠)地球温暖化の観測の重要性は理解されているか?

     216.3  その他のQ&A
        Q31. (浅沼 順)モデルと観測をうまくリンクさせるには?
        Q32. (小池俊雄)研究を継続するコツは?
        Q33. (熊谷朝臣)学生に与える研究テーマは?
        Q34. (沖 大幹)予想外の観測結果の例は?
        Q35. (吉田貢士)異議のでた論文原稿は取り下げたか?
        Q36. (吉田貢士)研究スタイルはどのようにして培われたか?

  文献     



216.1 熱収支に関するQ&A

Q1.顕熱輸送量と潜熱輸送量の意味は? 熱量の実感的説明

A1:顕熱輸送量とは、(水の状態変化、相変化を伴わず)空気塊が動いて伝える 熱量である。空気の分子運動による熱伝導も含まれる。

〇 地表面1平方m当たり顕熱100 W/m2 が大気に与えられ、高さ1kmまで 一様に拡散されたとすれば、大気は0.30℃/hr=7.2℃/d の割合で昇温する。

水が蒸発するとき蒸発の潜熱が必要であり、逆に水蒸気が凝結するとき潜熱を放出 する。そのため、水が水蒸気になって大気へ運ばれるエネルギー量を潜熱輸送量と いう。潜熱輸送量=(水の気化の潜熱×蒸発量)である。水の気化の潜熱=0℃で 2.50×106 J kg-1である。氷の場合は、気化の潜熱の代わりに 氷の昇華の潜熱(0℃で2.83×106J kg-1)を用いる。

蒸発量=1mmは1平方mにつき1kg/m2 であり、潜熱輸送量100 W/m2 は蒸発量 3.53mm/d=1287mm/y に相当する。地面からの蒸発量=1mm/d は大気へ 潜熱 28.3 W/m2 を輸送するため、地面は1平方m当たり 28.3 W/m2 の熱を失ったことになる。

〇 地表面から水が1 mm 蒸発し、水蒸気となり高さ1kmまで一様に拡散されたと すれば、大気の水蒸気密度は 1 g/m3 増加する。例えば、気温が10℃ (20℃)とすれば飽和水蒸気密度は9.39 g/m3(17.27 g/m3) であるので、相対湿度は10.6 %(5.8 %)増加する。

地球上の年間平均降水量は約1000 mm/yであり、これは年平均蒸発量に等しい。 1000mm/y= 2.74 mm/dであり、潜熱に換算すれば77.6 W/m2 である。 この水蒸気が大気中で凝結するとき77.6 W/m2 の潜熱を放出し大気を 温める。大気の密度を等密度にしたときの大気の厚さは約9kmであり、この厚さが 一様に加熱されるとすれば、1日当たり約0.62℃/d の加熱となる。現実には顕熱に よる効果も加わり0.75℃/d の加熱が起きている。この加熱は放射による大気の 冷却 0.75℃/d と釣り合って地球の大気温度は保たれている (近藤、1997「身近な気象の科学」の第2章)。

熱収支模式図
図216.1 熱輸送量の大きさを示す模式図(近藤、1994「水環境の気象学」の 表1.3)。
 左図:晴天日中の例
 右図:地球平均の例、凝結の潜熱による大気加熱と放射による放射冷却
 下表:代表的な熱輸送量の大きさの比較



Q2.暑い夏に汗がでる理由は? 
高温時に蒸発量が多い(ボーエン比=顕熱/潜熱が小さい)理由は?


A2:高温時に蒸発量が多い(ボーエン比=顕熱輸送量/潜熱輸送量が小さい)理由は、 空気が含みうる水蒸気量(飽和水蒸気量)が高温になるにしたがって指数関数的に 増加することによる。1m3の空気が含みうる水蒸気量(飽和水蒸気密度)は気温が 0,10,20,30℃のとき、それぞれ4.84,9.39、17.27,30.33 g/m3 である。
この性質により、地表面(物体)に同じエネルギーが注がれたとき、地表面と気温の 温度差は低温時に大きくなるが、高温になるにしたがって小さくなる。そのため、 高温時は蒸発量(潜熱)を多くすることでエネルギー収支が保たれる。

これは説明であり、エネルギー収支的には温度差が先に決まってから顕熱・潜熱 輸送量が決まるのではなく、熱収支の連立方程式から温度差、顕熱輸送量、潜熱輸送量 が同時に決まるのである。

ヒト1人当たりの食糧摂取量は1日2000kcal余である。このエネルギーはヒトの生存の ために使われ、最終的に熱エネルギーとして大気へ放出される。この熱は、平均的 に約100 W/m2であり、人体からの長波放射(赤外放射、熱放射)と顕熱と発汗の潜熱と して放出され、エネルギー収支が成立している(成人ひとりの体表面積は 約1m2)。これら各エネルギーの配分比率は 条件によって変化する。たとえば、気温が高いときは体温・気温差が小さいので顕熱 として放出される分は少なく、その代わり汗を出すことによって潜熱を多く出して 熱収支が保たれている。

一般の場合として、地表面温度(物体温度)をTs、気温をTとしたとき、温度差 (δT=Ts-T)と顕熱輸送量 H、潜熱輸送量ιE は熱収支式を解くことによって得られ る(近藤、1994「水環境の気象学」の6.2節を参照)。ここでは理解を容易にするため、 δTが小さく、空気が飽和、地表面が湿った水面や積雪面の場合、ボーエン比は次式 で与えられる。

 Bo=H/ιE=γ/Δ

ただし、γ=cp/ι,Δ=dqSAT/dT、cp は空気の 定圧比熱、ι は気化の潜熱、qSAT は気温 T における飽和比湿である (飽和比湿=水蒸気密度/湿潤空気 の密度)。γ/Δ は気温 T とともに小さくなる。T=-10℃、0℃、10℃、20℃、30℃と 高温になるにしたがって、特にΔが大きくなることによって、γ/Δ=2.87、1.47、 0.798、0.454、0.269と小さくなる (近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の表5.2を参照)。

備考:熱収支の内容をよく理解している研究者は少数である。それゆえ、 熱収支の特徴について徹底的に勉強することを薦めたい。まず入門として、「研究の 指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」を読んでみよう。 熱収支は、物理学の基本「エネルギーの保存則」に基づいており、エネルギーの流れ (熱収支)から自然現象を理解することは、金の流れから政治・社会を理解することに 似ており、つじつまが合うのでわかりやすい。

近藤、1994「水環境の気象学」6.2節の(1)厳密解法にしたがって熱収支式を解く プログラムを一度つくり、演習しておこう。近藤、2000「地表面に近い大気の科学」の 付録Fには計算プログラム(BASICの場合)の例が掲載されている。Fortran や Excel で計算しても良いが、Excel の場合はプログラムが間違っていても計算するので プログラム作成には時に注意が必要である。気象予報士会では、各自がプログラムを 作成し演習問題を行ったことがある。


Q3. 深い十和田湖では、なぜ夏に蒸発量が少ないか?

A3:湖は透明度が高く深いほど太陽光を深くまで透過し、さらに水の体積熱容量 (=比熱×密度)が大きいことにより蒸発量の季節変化が遅れる。空気も太陽光をよく 透過するが、常温常圧のときの体積熱容量は水に比べて約4,000分の1であるため、 水に比べて空気の温度追従性は速い。

水深の深い十和田湖(平均水深80m)では、夏の太陽光エネルギーは水中深くまで 透過し、水温上昇の形で水中に貯えられる。これを貯熱量という。春~夏の放射量 の大部分は貯熱量となり、蒸発に費やされる分はわずかになる。ところが、冬が 近づくと、放射量は少なくなり、水温は下がりはじめる。つまり、湖はそれまでに 貯めていた熱を放出し、秋~冬の蒸発を盛んにするのである。 (水深の深い海でも深い湖と同様であるが、海の場合は海域によって熱の移流があり湖 の場合より複雑になる。)

こうしたエネルギーの配分比は熱収支式の解として求めることができる。この場合 の熱収支式は、水面における顕熱・潜熱交換量と放射の吸収・射出量のほか、 水中の光エネルギーの透過・吸収と乱流熱輸送量を表わす式を含むことになる (近藤・渡部、1969;Kondo et al. 1979)。

なお、平均水深が1m未満の湖について水温や熱収支量の季節変化を解く場合、 貯熱量は無視してもよい(近藤、1994「水環境の気象学」の第14章「日本の水文気候」 を参照のこと)。

図216.2は十和田湖の蒸発量の季節変化である(Yamamoto and Kondo, 1964)。

十和田湖蒸発量
図216.2 十和田湖の蒸発量の季節変化、破線は湖岸で測った蒸発計による蒸発量 (1963年)である(近藤、1987に加筆)。


なお、破線は蒸発計からの蒸発量であり、風の弱い湖岸「青ぶな」の気象観測露場に おける観測値である。蒸発計は口径20cmの真鍮、または黄銅製の深さ10cmの 円筒形の容器で、内面は錫メッキである。この中に深さ2cmの水を入れて、24時間後 に測って何 mm減ったかをもって24時間の蒸発量とする。1950~60年代当時は気象庁 のみならず電力会社の貯水池の気象観測所などでも蒸発計による蒸発量が観測されて いた。

日本の気象庁による蒸発計による蒸発量の観測は1966年から中止されている。 他の諸国では継続されていて、環境監視の役目をはたしている。


Q4.東シナ海の気団変質実験で分かった莫大な熱収支量とは?

A4:冬の東シナ海の黒潮海域では、海面から大気へ運ばれる熱輸送量(顕熱輸送量 H+ 蒸発による潜熱輸送量 ιE)は、大陸から優勢な寒波が来襲するとき 1,000 W/m2 を越える。この熱交換量は世界最大級であることを定量的に 明らかにした。

1974年と1975年の2月に各2週間の集中観測が行なわれた。東シナ海およびその周辺を 航行中の一般の船舶と海上で操業中の多数の漁船から3時間ごとの気象通報を受信した。 この資料をバルク法に用いて東シナ海周辺を含む広い海域について毎日の顕熱・潜熱 輸送量を計算した(Kondo, 1976)。また、大気熱収支法によって沖縄本島を中心とする 6角形範囲の「顕熱・潜熱輸送量」が計算された(Nitta, 1976; Murty, 1976)。 ここに「大気熱収支法」とは、6角形を底面積とした上空へ伸びる大気柱への熱・ 水蒸気の出入りをラジオゾンデのデータから求め、その収支から海面熱収支量 (H+ιE)を求める方法である。

図216.3は東シナ海周辺の地図であり、破線で囲む6角形は気団変質実験の高層気象 観測網である。

東シナ海の地図
図216.3 東シナ海に展開した観測網。(近藤、1987「身近な気象 の科学」の図12.2 より転載)

2月の沖縄近海には10~15日の間隔で大陸から優勢な寒波が来襲する。そのとき、 黒潮に沿った海面から大気へ顕熱 H が 300 W/m2前後、蒸発の潜熱 ιE が 800 W/m2前後も運ばれる(800 W/m2を蒸発量に換算すると 1日当たり28mm/d、湖面蒸発量より1桁も大きい蒸発量である)。H+ιEは 1,000 W/m2 を越える。このエネルギーは地球表面が吸収する日射量の 世界平均値(150 W/m2)の約7倍である。この莫大なエネルギーが黒潮 から大気へ供給されて、大陸からの寒冷気団から湿潤温暖気団へと変質が行われている ことが明らかにされた。

沖縄付近の黒潮が運ぶ水の量は1秒間に約1000万トンと見積もられている。世界最大の 河であるアマゾン川は1秒間に10万トンといわれているので、黒潮はその約100倍の 大河に相当する流量をもっているわけである。 詳細は「身近な気象」の 「5.十和田湖物語(水面蒸発の研究)」の5.9節「国際協力の気団変質観測研究」 を参照のこと。


Q5. (南光一樹)日中の植物葉面が気温より高くなるのは なぜでしょうか?
(蒸発散により葉温は気温より低くなると思っていました。)


A05.日中の太陽光が弱いときやゼロのときは葉面(湿球温度計や湿った地表面など 湿った諸物体)の温度は蒸散(蒸発)により気温より低温になる(気温・葉面温度差 はマイナスになる)。太陽光が強く強風時の特殊条件でも同様に気温・葉面温度差 はマイナスとなる。しかし、晴天日中の弱風~通常風速の条件では、太陽光エネル ギーによる加熱効果が蒸散による冷却効果より強く、気温・葉面温度差は逆に プラスになる。

理論的な熱収支計算について晴天日中の例は近藤(1994)「水環境の気象学」の図6.3 に示してある。その図に示す横軸の顕熱交換速度ChUのUは風速(m/s)、Chはバルク 係数(無次元)であり、パラメータβは蒸発効率である。葉面など有限面に対する Ch≒Ce(水で濡れているとき)については同書の式(7.26)~(7.40)、1枚の葉面 や植物群落のバルク係数と蒸発効率βは近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の 7.3節~7.4節を参照のこと。普通の葉面サイズに対する弱風時の顕熱交換速度 (ga=ChU)の目安は0.01m/s前後(0.002~0.03m/s)である。

晴天日中の葉面温度が気温より高温になることを多くの専門家に説明しても理解 してくれないので、実証実験を行い、「K83.気温観測に及ぼす 樹木の加熱効果-実測」に示した。太陽光で熱せられた葉面が放つ熱エネルギーに よって風下の気温が上昇することを多数の実測から理解してもらった。

注意:周辺環境が特殊な場合、例えばアスファルトと草地が隣接していれば、 草地上の方がアスファルトに比べて顕熱加熱が小さいので、気温を測る場所によって は気温が葉面温度より低く観測されることもありうる。観測ではこうしたことにも注意 して気温観測の場所を決めよう。


Q6. (南光一樹) 植物の葉温の予測理論や測定方法は?
(植物の光合成予測には晴天時の葉温が重要です。降雨遮断や植物表面での水移動に おいて、降雨中や霧の中での葉温を知りたいです。)


A6.地表面その他の諸物体の温度は放射量、気温、湿度、物体サイズによって 決まる。熱収支式の理論的な計算方法は近藤(1994)「水環境の気象学」の6章に 掲載してあり、厳密解法と近似解法がある(p.135)。

厳密解法の計算プログラムの例(BASICプログラム)は近藤(2000)「地表面に近い 大気の科学」の付録Fに掲載してある。FOTRANプログラムに慣れていれば、それを 参考にFORTRANプログラムに組み直し、時々利用することを薦めたい。日本には 熱収支解を解き、その特徴をよく理解している者は10~20名しかいない。 熱収支論が応用できるようになれば、自然の理解がすすむ。この問題に数ヶ月間 熱中し、専門家になろう。

降雨時の葉面温度は? 降水粒子は地上気温と異なる上空の気温の 影響を受けて落下してくる。そのため、落下経路内の気温と湿度によって決まる 湿球温度で降ってくる。湿球温度は粒子の大きさ・落下速度・相対湿度の関数で 表わされる。この湿球温度の降水粒子が葉面に付着すると、付着葉面体の湿球 温度となる。0℃前後の場合、融解などあればその融解の潜熱の影響が大きく 現れる。話題は少しずれるが、熱収支法で湖面蒸発量を評価したとき、雪の季節には 湖面に降った雪の融解の潜熱も考慮にいれた。融解の潜熱は大きいので、無視しな かった。

日射量ゼロの晴天夜間についての例が「K176.凍霜害予測の 実用化(4)狭山―準備研究」の付録3「葉面温度と気温の差」の図176.13と 図176.14に示してある。その図は相対湿度rhをパラメータとして表わしてあり、 夜間の蒸発効率β=0のとき(赤線)と、蒸発効率β=1(葉面が降雨や霧あるいは 降霜で濡れたとき)を黒破線で示してある。 日中の典型的な例については(β=0~1、有効放射量=300~800W/m2)、 この図を参考にして作図するなり、計算プログラムを作成してその条件ごとに 計算することを薦めたい。

葉面温度を実測する場合は細い熱電対あるいは放射温度計を用いる。晴天日中には 気温と葉面温度の差は小さいので、測定では十分な注意が必要である。放射計を用いる 場合、葉面は完全な黒体でないので、大気放射(気温より10~20℃ほど低温からの黒体 放射量に相当する量をもつ)の反射の影響を受け、低めに観測される。 検定しながら測定するなど工夫が必要である。


Q7. (吉田貢士)日だまり効果について、気温の上昇・下降量 は水平距離Xのみには依存しないか?

A7.セミナーにおいてスライド㉚で示したように、気温差の観測値(縦軸)には バラツキがあるので、Xのみへの依存性は見いだしがたい。無次元の空間広さX/hへ の依存性が強い理由は、「K121.空間広さと気温-日だまり 効果のまとめ」の図121.3(本章の図216.22に同じ)に示すように、山脈の風下 のXが数十kmのスケールでも風速比(=風下風速/風上風速)と空間広さ(X/h) の関係が成り立つことから理解されよう。


Q8. (山本隆広)タンクモデルも平常時の流出量は正しく 表わすことができる。新バケツモデルとの違いは?

A8.菅原のタンクモデルでも平常時の時間変動の小さい流出量は 表わされる。しかし、タンクモデルは豪雨などに伴う洪水予測を目的に作られたため、 諸パラメータは10年間程度の期間内に発生した洪水時の降水量や流出量などについて 1時間程度の短い時間間隔で観測された資料が必要である。それに対して近藤の 新バケツモデルに必要な2パラメータは1日単位の時間間隔で観測された平常時の 資料から求めることができる。そのため日々の河川水温や地域の地表水分量・ 蒸発散量の日々予測に適している(近藤、1993;近藤・本谷・松島、1995)。

真鍋淑郎が大気大循環モデル用に開発し蒸発量予測に用いる「バケツモデル」 (Manabe, 1969)が簡単すぎて、流量予測に適さないために改良したモデルが 「新バケツモデル」である(近藤、1993)。真鍋のバケツモデルは深さ150mmの バケツを想定し、貯留水の深さが150mmを越えた分があふれて流出し、150mm 未満の間は流出が生じない。この欠点を補うために、貯留水(含水量)が少ない ときでも流出量が生じるように降水量と含水量の関係を双曲線関数(tanh)で 近似した。すなわち、「新バケツモデル」ではバケツの形を「タンクモデル」や 「バケツモデル」のように静止図として表わすことはできないが、流出量は いつでも生じる。必要なパラメータは2つであり、平常時の資料から容易に求める ことができる。


216.2 気候変動に関するQ&A

Q21. 気候変動に基本的に寄与する風速や降水量の正しい評価 はなぜ難しい?

A21:気象要素(気温、湿度、風速、降水量、日射量、など)の長期変化を調べるとき、 もっとも簡単な気温でも難しいことは前章「K215.水と時代、 私の研究と方法-地球温暖化観測所の設立に向けて」で説明した。 降水量や風速などの長期変化を求めることは気温以上に難しい。それは、気温と同様 に測器・観測方法が時代によって変更されてきたことによる。

測風塔で観測される地上風速についてみてみよう。データが均質でないことを知らずに 解析して「気候変化による地上風速の変化だ」と考えた者がいた例を示す。

図216.21は函館における1935年以降70年間にわたる年平均風速の経年変化である。 この図から、ある人は、「風速は約50年の周期変動をしている」と読み取った。 また他の観測所の例であるが、破線で囲む期間(1)に示されるように風速が時代 とともに減少することから、「こうした風速減少の傾向はアジア域における大気 循環場が近年変わってきていることを表している。それは温暖化の影響でアジア・ モンスーンが弱くなったからである」というような発表があり、また国際誌にも 掲載されている。一方、実線(2)で示す範囲に示されるように、風速が近年増加 していることから、「温暖化によって台風が大型化する傾向になった」という発表 もある。

函館の風速
図216.21 1935年以降の70年間の風速経年変化(函館)、図中の(1)、 (2)の説明は本文を参照(「K45.気温観測の補正と正しい 地球温暖化量」の図45.1に同じ)。


真実はそうではない。函館における図216.21では風速経年変化は見かけ上の変動であり、 時代によって観測所が移転したこと(1940年)、風速計の検定定数が変更されたこと (1950年)、風速計の種類が変更されたこと(1961年、1975年、1982年)、観測所の 周辺に建物が多くなり風速が弱まったこと(1960~1990年代)、風速計の設置高度 が高くなり(1992年以降)風速が強く観測されるようになったことによるのである。

降水量についても長期変化を正しく評価することは難しい。
昔は雨量小屋(物置小屋のような小屋)の屋根上の風がよく当たる場所に雨量計を 設置していた。風が強いとき雨滴は雨量計の形に影響されて雨量計に入る割合 (雨滴の捕捉率)が小さくなる。特に雪のときは強風時には降水粒子の10%程度しか 入らない。その後、雨量計は地面に置くようになり、さらに最近は捕捉率が良くなるよう に、雨量計の周りに風よけ「助炭」(じょたん)をつけた観測所もある。風よけの形状は 観測所・時代によって異なり、捕捉率と風速の関係も同じではない。気象観測は、 もともと、気候変動を観測するために行われていたのではなく、可能なかぎり真値を 観測することを目指したため、測器の変更などが行われてきた。

雨量計の捕捉率は露場風速が弱くなるほど大きくなる。そのため、気温の 「日だまり効果」と同じように、周辺の地物など風を遮るものが多い中で観測露場の 空間広さが狭くなれば、降水量は大きめに観測されるようになる。これらによって 生じる諸々の誤差を補正しなければ、長期変化を正しく評価することができない。


Q22.日だまり効果による気温上昇が空間広さの対数差で表わ される理由は?

A22.防風林などの風下の風速が風下距離(空間広さ)の対数に比例することによる。

X を林から観測点までの風下距離(実距離)、h を平均樹高、風速比 (=風下風速/風上風速)=1 は林の影響を受けない場所における同じ高度(2m または苗木畑では1m)の値とする。 図216.22に示すように、風速比を無次元の風下距離 X/h を対数目盛りで表せば、 おおよそ X/h>3の範囲で直線になる。 この直線を外挿すると、およそ X/h>=30 で1に漸近する。それゆえ、 X/h>=30 は森林など障害物の影響が無視できる「無限空間」と呼ぶことにする。 また、無次元の風下距離が小さいX/h <1 でほぼ一定値に収束している。

風速比と空間広さ
図216.22 風速比(=風下風速 / 風上風速)と空間広さ X/h(無次元風下距離) の関係(「K121.空間広さと気温-日だまり効果のまとめ」 の図121.3に同じ)。
破線は風が通り抜けるような並木や疎な林の風下での関係、
赤破線の楕円形は、山脈の風下の数km~20km範囲における関係 (Yamazawa and Kondo, 1989)。



(a)日だまり効果による気温上昇量と年平均風速の変化率の関係
当初、長期の気温データを調べていたところ、気象観測所の周辺に樹木が成長すると 年平均気温が高めに観測されることが分かった。 「K121.空間広さと気温―日だまり効果のまとめ」の図121.1や 「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」の図173.1に 示すように、日だまり効果による年平均気温の上昇率とその期間(例えば10~30年期間) の年平均風速の増加率が比例関係にある。例えば都市化影響のない観測所で年平均 風速が40%減少すると、年平均気温は0.3℃程度上昇する。

(b)風下距離と風速の関係
上記(a)の事実を解明するために、防風林の風下や苗木畑の風下で風速を観測して みると、図216.22の結果が得られた。

これら(a)と(b)から、「空間広さを対数目盛で表わせば、空間広さの対数差と 日だまり効果による気温上昇量は近似的に比例する」ことが直感的に推論された。 その推論を各地で行った観測から確かめたのである。


Q23.(小池俊雄)気温計測の場合で、きょうの話題以外で、 気をつけることは?
(キーリングがマウナロアで陸面と接する大気の混合・成層状態が二酸化炭素濃度 の安定した計測に必要としました。観測データの時間帯、大気状態の考察について のお考えを頂ければ幸いです。二酸化炭素濃度の場合は植物の蒸散、土壌の呼吸が あるので時間的に大きな変化があり、当初は困難とされていたからです。キーリ ングのこの発見で、長期的な観測が可能となりました。
基礎を固め、孤独に耐えつつ、良い論文を熟読して、思考と行動「論理の組み立て、 観測、数値計算」を繰り返すことの重要性を改めて教えて頂きました。その中で、 先生のご研究が、「社会のための科学」を貫かれていることに、改めて教えて 頂きました。)


A23. 気温の長期変化の観測についてのセミナーでは特に話さなかったが、 気温計一式(センサ、記録部、通風装置)は可能な限り高精度であり、様式や 取り付け方法を頻繁に変えないことが重要である。また、気温は日変化が大きいので、 観測時刻と1日の観測回数は変えずに決まった時刻のデータを記録していくことが 重要である。昔は1日に3回、4回、6回、8回など測候所と時代によって変更されて きたが、現在は毎正時24回観測の平均値を日平均気温としている。

現在の気象庁が使用している気温計は、多くの研究者が利用している測器に比べて 高精度であるが、それでも微風の晴天日中の放射影響による誤差は0.3~0.4℃程度 高めに記録される。10年に1回程度の頻度で装置一式を更新していて、その際の 不連続はほとんど生じていない(詳細は忘れたが、1970年代?にある測候所で 0.3℃?ほどの不連続はあった)。

ところが、大学や研究機関が使用している気温計では、更新のとき年平均気温で 0.3℃程度の不連続が生じた例もある。更新あるいは新規購入の入札のとき、 安価な品を選んだために晴天日中の放射影響による誤差が1℃程度、最大5℃程度 の非通風式(自然通風式)気温計を使用している例が非常に多い。

放射影響誤差が小さい通風装置の価格は20~30万円程度(センサなど含まない) のため、予算の少ない研究機関や気象庁以外の観測所では購入できない。 この現状を改善するために、筆者は高精度の通風装置を開発・試験し、 「近藤式精密通風気温計」の市販化を行った (「K126.高精度通風式気温計の市販化」)。さらに、 積雪地域では排気部に着雪し通風が不完全になることがないように、通風部を傾斜 させた高精度通風式気温計も開発・試験し市販化した( 「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」)。 これら通風筒の価格は10万円以下である。安価であるのは、筆者がボランティアで 開発・試験を行ったことによる。

備考:二酸化炭素濃度を長期にわたり観測しているハワイ島のマイナロアの 観測所を40年ほど前に見学したことがある。その付近一帯は溶岩で覆われ、植物は ほとんど見ることはできなかった。高山であり、都市化の影響も受けない環境のよい 観測所であった。このような周辺環境がほとんど変わらない場所で気温も長期観測 すればよい。


Q24.(沖 大幹)長期気温変動の記録のためのタワー 観測は、東京タワーやスカイツリーでもよいのか?また、設置高度は高いほど 良いか?

A24.東京周辺一帯の都市化影響の時代変化を見るために東京タワーやスカイツリー を利用させてもらう研究が可能ならばすばらしい。気温計の設置高度は観測目的に よって異なる。設置高度が高いほど広域地表面の環境変化を知ることができる。

昔、G.I.Taylorはパリのエッフェル塔で観測した気温から高度302m以下の大気層 の温度拡散係数を求めている(近藤、1982、「大気境界層の科学」の2章)。 また、山本・島貫は東京タワーで観測した風速と気温を解析している (Yamamoto and Shimanuki, 1964)。

つくば市の気象研究所に1975年12月に213mの観測塔が設置されていたが、 その後は解体された。設置中の研究成果と解体理由について筆者は知らない。 仮に解体されずに観測が継続されていたならば、田園地域がしだいに都市化されて きた長期の環境変化を知ることができたはずだ。

こうした観測塔における観測はある研究目的に行われたものであり、長期の気候変化 を目的とした100年以上の長期観測では維持管理が難しい。また、測器変更による 観測資料の均一性を保つことも難しい。気候変動監視目的の観測は気象庁に担って いただくことが望ましい。


Q25.(内藤玄一)「地球温暖化観測所」の気温観測高度は、 無限に高くすることはできないので、ある標準高さを提案して欲しい。

A26.観測高度を高くするほど風速も強くなり、維持管理が難しくなる。高さは 周辺の環境により決めることになり、周辺地物の高度より5~10m以上の高度に 気温計を設置することが望ましい。通風筒にゴミが詰まってないかなど、数ヶ月 に1回の頻度で目視確認など行う必要がある。


Q26.(谷 誠)地球温暖化のための観測は、その重要性 が理解されていないのではないか?
(気候変動などの現在起こっていて将来が危惧される問題については、研究による 将来予測と観測による検証とが同時進行していく、つまり、研究による結果の 妥当性が将来の実態によって判断するしかないという特徴があると思います。 なので、研究と社会との関係性において、社会の計画を、研究による予測をもとに 変えてゆくことが重要だろうと考えられます。

具体的に言えば、将来温暖化が進んで環境が劣化すると予測された場合は、 温暖化を抑制するようにすべきとの警告を社会に与えます。これにしたがい 温暖化を抑制する対策を実行した場合、その効果は、観測の継続によって検証 する必要があります。私の分野での森林生態系に関して言えば、将来の温暖化の 進み具合は森林生態系の保全と利用のあり方とも大きく関連するので、森林の 温室効果ガス交換についても継続して観測する必要があります。

温暖化観測所設置計画においては、温暖化の変化を局所的な都市化等の影響を 排除して継続観測する必要があるのは言うまでもないと思います。これに加えて、 生態系と大気との温室効果ガスの交換についても、長期観測を無期限に継続する ことが重要だと考えます。

先生の弟子である渡辺力さんをはじめ、多くの優秀な研究者が生態系と大気の 交換過程の研究に大きな成果を挙げてきたのですが、サイエンスの成果を挙げる こととその成果が当面は出てこなくても継続する、という点が非常に難しい問題です。 気象観測は業務として行われるのですが、生態系の動態監視はそういう発想が ありません。)


A26.地球温暖化の実態(過去から現在までの実態)と将来予測を可能な限り 正しく予測することが温暖化対策にとって重要である。温暖化対策とは、温暖化を 抑制することなど諸々の事柄を含む。温暖化対策には莫大な予算を伴う。 温暖化の実態と将来予測が間違っていれば、例えば温暖化の進行が非常に 速いならば、対策は急がなければならず、遅れると被害が出始めて予算を多く 使うことになる。逆に対策を速くしすぎると別に使うべきだった予算を無駄に 使ってしまうことになる。つまり、被害が大きくなり無駄に予算を使うことになり、 国民・人類・地球にとって不幸となる。

国民・人類が不幸にならぬよう地球温暖化(気候変化)を正しく知り国民に知らせる ことが科学者の役目である。農業・漁業・工業生産者、商人、医者、政治家、 芸術家、・・・・はそれぞれの役目をもち社会が成り立っている。


216.3 その他のQ&A

Q31. (浅沼 順)モデルと観測をうまくリンクさせる コツは?

A31.最近は専門分野が細分化されてきている。計算する研究者の中に 「私は観測のことはまったく知らない」と言う者がいるほどである。観測が できなくても観測に理解がなくてはすぐれた研究はできない。また理論的考察が できない者はよい観測もできるはずがない。

両刀使いが理想であるが、人には得意不得意がある。得意を生かし不得意な部分は 友人でも先輩・後輩の協力を得て、親密な者同士として両刀使いになり、いつも モデルと観測をリンクさせることを意識していることが大切である。



Q32.(小池俊雄)研究を継続するコツは?

A32.子どもが遊びに夢中になるのと同様に、研究に夢中になることであろう。 他人から見て、馬鹿馬鹿しいことでも私は行ってきた。他人には気づいていない 現象が発見できると、とても感動する。

面白いことがわかるので体力がある限り研究が続き、ボケ防止にも繋がっていると 感じる。現実には、かなりぼけてきて難しい計算はできなくなってきている。

同時に義務感を私は持っている。54歳のとき急性心筋梗塞により心臓の開胸手術を 行ってもらった。手術費用は700万円だったと教えられたが、私が実際に払ったのは 食費程度であった。国民みんなの納めた保険料で私は生かされた。また、 現役時代の好きな研究は国民の税金で行ってきたことを強く意識するようになった。 定年後の仕事は、だれも行わないが私ならできる仕事を行うことが私の義務だと 考えるようになった。


Q33.(熊谷朝臣)学生に与える研究テーマについて、 注意すべきことは?

A33.学生によって研究テーマは変わってくる。私は大学4年生~大学院1年生 のとき、山本義一教授から成果が出るか否か不明の課題2つが与えられた。 当時は現在の成果主義と違っていたので、すぐに成果が出ない課題でもよかった。 時代が少し経過し、私が教授時代になると、研究心の強い学生には修士2年間に 国際誌に掲載できる課題を与えた。私は、世界中の主要な学術誌に目を通し 現状を知り、将来必要となる問題を課題として与え国際誌に掲載されるよう指導した。

優秀な学生は私の若いときと同様に与えられた課題を素直に聞き入れて研究に励み、 国際的に通用する研究者に育った。私は細かいことには口出しせず、原則として 学生に考えさせた。優秀な教え子は観測も理論もできる両刀使いが多い。

聞くところによれば、大学によっては、研究課題は学生任せのところもあるそうだ。 それはそれでよかろう。


Q34.(沖 大幹)予想外の観測結果が得られた経験 について教えていただけますか?

A34. 観測では、予想外の結果がほとんどの場合に見つかる。今回のセミナーで 出した話題から次の例があった。これらは大気現象や生活の科学における重要な 事柄であった。

(1) KEYPSの式を確かめる野外観測のとき、風速や気温の乱流的変動が大気安定度 によって強弱になると予想していた。ところが一般場の風速が弱い 晴天夜間には高度10mの地表面層内で、無乱流の静流状態が記録されたことが 発見できた。当時、上空には無乱流層があるが高度10m付近にもあるとは予想外で あった。この状態では大気放射だけで気温場が決まることを計算からも確かめる ことができた(スライド⑭、⑮)(Kondo et al.,1978)。

(2) 松の幹の一部を宅地造成地からもらってきて、十分に濡らしてから 手製の風洞内に入れ乾燥速度を重量変化から測っていた。時間経過12~24時間後 までは乾燥速度は風速の関数となったが、念のために48時間後まで計ったところ 乾燥速度は意外にも風速と無関係になり、驚いた。これこそが砂漠の水循環であり、 クッキーや魚の干物や厚物衣類の乾燥、電気回路の電流などと共通する物理過程だと 思った。それをもとに土壌粒子間の熱・水分輸送過程をモデル化した。 これを用いて中国全域について気候による降水量・蒸発量・水資源量の違いを 明らかにした(スライド⑰、⑱、⑲)(Kondo et al., 1992; Kondo and Saigusa, 1994;Kondo and Xu, 1997)。

(3) 地震観測壕内で気温を観測したとき、外気の気圧日変化(変化幅=2hPa) に伴う気温日変化(断熱変化幅=0.2℃)が入口扉からの距離とともに急激に 小さくなることは予想外の結果であった。これを契機に放射の役割を模型実験と 理論計算から明らかにすることができた。地球大気のみならず住宅建築内などの 断熱効果や温度変化に果たす放射・分子熱伝導・乱流の役割が空間スケールに よって異なることを表わす重要な図を作ることができた(スライド㉝) (近藤、2021)。


Q35.(吉田貢士)カルマン定数k=0.4を用いた論文を 投稿されたとき、査読者からk=0.35で計算し直すように指示された際には、 その論文は取り下げられたのでしょうか。また、世の風潮がk=0.35である中で、 近藤先生がそれでもk=0.39であると信念をもつことができたのは、やはり詳細な 観測データがあったからでしょうか?

A35.私は論文を取り下げなかった。当時のk=0.4を使ったままで、査読者に 対してどのように反論をしたのか忘れたが、Businger et al.(1971)の論文に 掲載されていた観測塔の写真のことなど欠点を指摘したのかも? 

なお、私たちのk=0.39±0.03はその後の観測結果である(Kondo and Sato, 1982)。


Q36.(吉田貢士)近藤先生の「観測→解析→理論の構築→ 観測による検証」という研究スタイルはどのように培われたのでしょうか。 近藤先生の指導教員である山本先生も同じスタイルであったのでしょうか?

A36.山本義一教授から「観測と理論計算で解決しなさい!」と研究課題を 与えられたことから私のスタイルが出来上がったと思う。

研究意欲のある学生に対しては、この指示を行うことを私は薦めたい。若いときは行動力があり仕事が 速くできるので、まじめに取り組めばこのスタイルができることが多いと考える。 まじめに取り組んでみて、得意不得意に気づき計算だけしかできない学生がでて きてもよい。私の教え子には「両刀使い」の研究者に育った者が多い。

山本教授は私に対して細かいことは指示しなかった。山本教授自身は観測が苦手で あることを私に話してくれて、私の観測には、時々同行するのみであった。 当時の大学教授は雑務が少なく、気晴らしに十和田湖に同行し、私の行うことを 見ているだけであった。山本教授と私は、昔の古い師弟関係にあった。 研究スタイル「観測→解析→理論の構築→観測による検証」の基本は同じであるが、 山本教授の場合は「観測による検証」については弟子に実行させた。例えば、 大気放射量の計算図「山本の大気放射図」が正しいか否かについては私の先輩・ 笹森亨氏が観測によって確認した(Yamamoto and Sasamori, 1954)。 その結果、Elsasser の大気放射図その他に比べて世界で最も正確な図である ことがわかり諸計算に多用された。また市販の放射計の観測精度の判断にも 利用された。

1979年に行われたモンスーン実験では、赤道海域への40日間の航海観測のうち 定点(2°N、140°E)で2週間の放射量などの観測を行った。その際の大気放射量 は検定しながら行う精密観測と、同時に山本の大気放射図による計算も行った (Kondo and Sato, 1979)。その結果、水蒸気量が非常に多い熱帯海洋上では 山本の大気放射図では小さめに計算されることがわかり、当時定年後であった山本 教授に伝えると、話した直後数秒の間に納得された。それは、水蒸気による吸収率の 小さい波長8~13μm帯「水蒸気の連続吸収帯:大気の窓領域」の取り扱いが放射図 作成時に不十分であったことによる。この計算誤差の補正表は近藤(1994)の 「水環境の気象学」の表4.8に掲載してあるので、山本の大気放射図は水蒸気量の 多い熱帯海洋上でも利用できるようになった。


文 献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ-.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正、1993:表層土壌水分量予測用の簡単な新バケツモデル.水文・水資源学 会誌、6,344-349.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、2021:観測の誤差から真実を見る-地球温暖化観測所の設立に向けて. 天気、68,37-44.

近藤純正・渡部 勲、1969:深い湖の水温鉛直分布と蒸発の季節変化.防災センター 研究報告、第2号、75-88.

近藤純正・本谷研・松島大、1995:新バケツモデルを用いた流域の土壌水分量、 流出量、積雪水当量、及び河川水温の研究.天気、42,821-831.

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