堺屋太一 さかいや・たいち(1935—2019)


 

本名=池口小太郎(いけぐち・こたろう)
昭和10年7月13日—平成31年2月8日 
享年83歳(玄徳院殿端誉史博太源大居士)
東京都文京区小石川3丁目14–6 伝通院(浄土宗)



小説家・経済評論家。大阪府生。東京大学卒。通産官僚。大阪万博や沖縄海洋博などの企画に参加。『油断!』『団塊の世代』などの著作が話題をよぶ。昭和51年退官後は執筆活動、経済評論やNHK大河ドラマの原作となった『峠の群像』などの歴史小説を発表。ほかに『巨いなる企て』『秀吉 夢を超えた男』などがある。






 

 〈とうとう終った…… 〉
 息子の主税と共に小山屋から本所に向う道中、大石内蔵助はそんな気分にとりつかれていた。
 振り返れば途方もなく長い道程であった。ここまでやって来られたのが奇蹟のようだ。いくつもあった難関のどれかで躓いていたら今日はなかっただろう。しかも、その多くは、自分自身の才覚や努力で乗り越えたというより、自然の成行きとして通り抜けて来たような気がする。
 ここに至るまでには沢山の岐路もあった。大いに迷ったこともあれば、逆の方向に傾いたことすらあった。それなのに、いつもこの道に引き戻された。何度か「仇討ち」を捨てようと考えたが捨て切れぬ事情がすぐにやって来たのである。
「運じゃなあ……これは……」
 大石は、湿った冷気の中で暗い空をあおいで呟いた。満月に近い月が出ているはずだが、雲は厚い。残雪はあっても光を反射するほどではない。詩情の湧かない平凡な冬の夜だ。
 「父上、運ではありません。きっと成功します。今夜は……」
すぐ後にいた主税が、父親の呟きを叱るように鋭い声を発した。十五歳の主税は、これから行う壮挙に興奮して震えていた。
 「ははは、そら成功するじゃろう……」
 大石はそういって、自分の声の皮肉な響きに苦笑した。四十数人が完全武装で深夜に奇襲をかけるのだ。ほぼ同人数の吉良方に負ける心配など全くないことは、軍事の経験がない大石にもよく分っている。恐らく相手は手甲鎖帷子を着ける間もあるまい。組織的抵抗など到底不可能だ。それを思うと、むしろ敵の立場が憐れでさえある。
 〈冷たいものよのお……政治とは……〉
 大石はふとそう思った。

                            

(峠の群像)



 

 通産官僚として大阪万博や沖縄海洋博の開催などに携わり、在職中に発表した『団塊の世代』はベストセラーとなった。戦後の第一ベビーブームの世代が招く将来の少子高齢者社会を予測、警告し、「団塊の世代」という言葉の生みの親となった堺屋太一。退官後は経済評論家として活躍する一方、『峠の群像』などの歴史小説も多く発表、未来の社会がどうなっていくのかという予測小説にも力を注いでいたが、平成31年1月頃から体調を崩し、入院していた東京都内の病院で2月8日午後8時19分、多臓器不全のため死去した。明治は「強い」、戦後は「安全な」、そしてこれからは「楽しい日本」にしようとの提言を遺言として逝った彼の望んだ国の行く末に吾々は踏み出しているのだろうか。



 

 武家体制の安定、経済成長と町人文化が花開いた元禄時代に起きた赤穂事件を題材に描いた著書『峠の群像』のエピグラフに〈この時の峠で 人はみな それぞれに生き それぞれに悩んだ だが時は ひたすらに下り坂を行き ただ一つの評価を残した〉とある。その事件以後、時代はひたすらに下り坂を進んでいって、徳川の時代は終焉を迎えるのだが、その徳川家康の生母於大の方の菩提寺である伝通院墓地の最奥、千姫をはじめとして徳川家縁者の墓が並ぶ一角を背に「堺屋太一」墓がある。黒御影のすっきりとした洋型墓。人生は無限だと思っていた彼が、50歳を過ぎた頃にふとした情景の中にいる自分を感慨して人生の終わりを意識するようになったという堺屋太一の終焉の地だ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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