三浦綾子 みうら・あやこ(1922—1999)


 

本名=三浦綾子(みうら・あやこ)
大正11年4月25日—平成11年10月12日 
没年77歳 
北海道旭川市神居町富沢40–4 観音霊苑自由1区 



小説家。北海道生。旭川市立高等女学校卒。小学校教員ののち、肺結核で療養中にキリスト教に入信。昭和39年『氷点』が朝日新聞社の懸賞小説に入選、映画、テレビ化され反響を呼んだ。それ以後も一貫して信仰に基づいた作品を書きつづけた。ほかに『積み木の箱』『泥流地帯』『塩狩峠』『細川ガラシャ夫人』などがある。







  

 思ったほど新雪はない。しかし林の中の雪は深かった。ひざまで埋まる雪の中を陽子は一歩一歩、あるいて行った。時折り音もなく木の上から、雪がはらはらと散った。雪を吹きつけられて、片側だけが白い松の幹に、陽子は歩きなやんで手をかけた。
 手も足も冷たかった。やっとストローブの松林をぬけると、堤防があった。陽子ははうようにして、堤防をよじのぼった。堤防にあがってふり返ると、陽子の足あとが雪の中に続いていた。まっすぐに歩いたつもりなのに、乱れた足あとだと、陽子はふたたび帰ることの無い道をふりかえった。
 夜はすっかり明けていた。意外にてまどった。家人に気づかれては大変だと、急に陽子の木がせいた。林の向うの辻口家に別れをつげて、陽子は堤防を降りていった。
 ドイツトーヒの林の中に入ろうとして、陽子はハッと立ちどまった。吹きさらされて固い雪の上に、カラスがおびただしく落ちていた。白い雪の上に死んでいる黒いカラスは美しくさえあった。陽子は息をつめて、カラスをみた。あたりに生きたカラスが一羽もいないのが、ひどく淋しかった。雪に埋まって死んでいるカラスも、いるらしい。雪の下のカラスを思う
と、
 「淋しい」
 と思わず陽子はつぶやいた。
 自分の死と、これらのカラスの死と、一体どのようなちがいがあるであろうかと陽子は思った。人間の死も鳥の死も、全く同じであると考えることは淋しかった。
 (人間は沢山の思い出をいだいて死ぬのだわ)
 何らかの思いを秘めて死ぬならば、その思いは冷たいむくろの中にあってもなお、なまなまと生きつづけるのではないかと陽子は思った。

(氷点)




 

 旭川は北海道・上川盆地の中心部である。降水量は全国平均の半分、梅雨もなく台風もない。夏は真夏日がつづくし、冬は極端に寒い。零下30度近くになることもしばしばだ。
 そんな町で生まれ綾子は、小学校4年の時から女学校卒業まで牛乳配達をして育った。17歳でなった小学校教員も、その教育に失望し戦後は教職を辞したが、それから13年もの肺結核・脊髄カリエスとの闘病生活が待っていた。その間に自殺未遂、婚約者との別離を経て生涯を決定づけたキリスト教に入信、伴侶・三浦光世との出会いもあった。
 綾子はキリスト者として旭川という地に良く生き、平成11年10月12日午後5時39分、旭川リハビリテーション病院201号室で、生前口癖にしていたという〈死ぬという大事な仕事〉をやり終えた。



 

 〈旭川には風がない〉と綾子は書いたが、市街からほど近い高台にあるこの公園墓地、山のうねりなりに造成された広大な聖域にはさすがに風が通っている。ただしこの夏のこと、風は熱い。
 少し緩やかに下った区画にある「三浦光世/綾子の墓」、〈着ぶくれて吾が前を行く姿だにしみじみ愛し吾が妻なれば  光世〉、〈病む吾の手を握りつつ眠る夫眠れる顔も優しと思ふ  綾子〉と、「愛と祈り」で結ばれた二人の短歌が左右に刻まれている。
 納骨式の時、綾子愛唱の賛美歌一三六、一三八番が歌われたというが、名も知らぬ野草の黄花が咲き乱れ、青い空に入道雲、綾子の没年月日だけが記された墓誌の傍らで花壇の手入れをする一人の人影、私も一人、こともなげな夏の墓地、有線放送の音楽が絶えず流れてくる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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