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     江戸川乱歩 えどがわ・らんぽ(1894—1965) 


 

本名=平井太郎(ひらい・たろう)
明治27年10月21日—昭和40年7月28日 
享年70歳(智勝院幻城乱歩居士)❖石榴忌 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園26区1種17側6番



 
小説家。三重県生。早稲田大学卒。エドガー・アラン・ポーをもじって筆名を江戸川乱歩とした。大正12年処女作『二銭銅貨』が「新青年」に掲載され、探偵小説の作家として認められ、『D坂の殺人事件』などを発表。昭和3年『陰獣』を発表。『押絵と旅する男』『黄金仮面』などがある。





  


 

 映画街の人混みの中には、なんと多くのロビンソン・クルーソーが歩いていることであろう。ああいう群衆の中の同伴者のない人間というものは、彼等自身は意識しないまでも、皆「ロビンソン願望」にそそのかされて、群衆の中の孤独を味わいに来ているのではないであろうか。こころみに群衆の中の二人づれの人間と、ひとりぼっちの人間との顔を見くらべて見るがよい。その二つの人種はまるで違った生きもののように見えるではないか。ひとりぼっちの人達のだまりこくった表情には、まざまざとロビンソン・クルーソーが現れているではないか。だが、人ごとらしくいうことはない。私自身も都会の群衆にまぎれ込んだ一人のロビンソン・クルーソー であったのだ。ロビンソンになりたくてこそ、何か人種の違う大群衆の中へ漂流していったのではなかったか。
                                       
 
(群衆の中のロビンソン・クルーソー)

 


 

 横溝正史や小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭もいるが日本の探偵小説は江戸川乱歩にとどめを刺す。とにかく〈妖奇〉だ。ワクワク、ゾクゾクとする。時代であったのかも知れない。人のもつ表裏一体の二面性を縦横に配してサディズムやグロテスク、トリックで彩っていく手法、何でもありと言えばその通り。だが、そこには常に計算された驚くべき美意識が潜んでいた。〈駅のベンチに坐って、一日中行き交う人を眺めているのが好きだ〉と、もらしたこともある孤独好きの作家は、明智小五郎という名探偵を伴って、多くの読者に自ら「大衆チャンバラ小説」と言う「妖奇な物語」を次々と提供し続けてきたが 、昭和40年7月28日、クモ膜下出血のため西池袋の自宅で70年の生涯を終えた。



 

 日没間際に訪れた霊園の覆い被さった楓葉の陰りの下に、自署を刻した「江戸川乱歩墓所」の石標が玉柘植の植え込みに隠れるように建っていた。踏み石の奥にある「平井家之墓」、左側にある墓誌には、五番目に乱歩の戒名・本名・没年月日・略歴等が刻まれている。そよとした風もなく逃れるすべもない晩夏の大気は熱く淀んで、どんよりとした空模様の下に立つ土庭のむっくりとした暗緑の樹木は、乱歩の配した妖異な装置のようにも見えてくる。墓の背後を横切っていく男女の二人連れがちらっと私を見て一瞬立ち止まり顔を見合わせていたが、すぐさま何事もなかったように通り過ぎていった。誰もが孤独に浸るとき訪れてくる密かな想い、そして乱歩の好んだ言葉がある。
 〈うつし世は夢 夜の夢こそまこと〉

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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