ナビゲーションを読み飛ばす
がんを明るく生きる-前立腺癌の末期から生還した伊藤勇のサイトのホーム

末期癌より生還した伊藤勇の川柳

川 柳

私はよく川柳を詠みます。
話せば長くなることも川柳にすると、五七五の中にほんとうに言いたいことだけが収まるのです。

いろんな場面で事あるごとに詠んできましたが、ここでは、闘病記『オマケの人生物語』にある折り目に詠んだものを紹介させていただきます。

川 柳

1995年、私は前立腺癌及び肝臓癌の末期であることを医師から宣告されました。

大ショックがん・がん・がんと頭痛がし

告知をされ、自分の人生もいよいよ終わりかあーと思ったら、涙がボロボロ出てきました。

ボロボロと何処から出るのこの涙

私は、講演の際や、相談者に、「泣きたい時は我慢せずに思いっきり泣いた方が、あとスッキリしますよ」と言っております。

泣きなさい大声上げて泣きなさい

そうは言っても、中々現実を受け止めるのは難しいことです。

当たり前なかなかすぐに受け入れず

公園で悟ります。生あるものは死ぬのは当たり前、100歳でも元気な人もいれば、やりたいことをいっぱい残して、ある日突然の死を迎える人もいる。

人生は顔も違えば生き方も

がんの手術が出来ないからと言って、癌を摘まんで捨てる訳にはいかず癌ちゃんと共生。

暴れずに大人しくしてお休みね

余命3ヶ月。最悪でもあと3ヶ月の時間はある。話す間もなく逝ってしまうのとは違う。

落ち着いて心を鎮め迅速に

急ぐんだ身辺整理時がない

身辺整理を進める私はまず会社の売却を決断しました。

決断はここぞという時迷わない

会社売却にあたって、当時、私を信頼し、私の心情を即座に汲み取り、従業員もろとも買い取ってくれた社長さん。現在、さらに成長発展し地域の発展に寄与されていることに感謝。

良かったヨ益々発展世の為に

40年最後がよくてホットする

我が身の葬式の準備。連絡すると、葬儀屋さん「ハイハイー」っと飛んで来て「仏さんは?」「いや実はわたしなんですわあー」に業者さん目をパチクリ。

葬儀屋さん飛んで来たけど肩透かし

葬儀終了後、私の身体は、N大へ医学研究のため献体へ。

献体で医学研究しっかりね

相続はオープンにしっかり決めました。子供達には何時までも仲良くやって欲しい。

相続で親の財産奪い合い

親の愛死んでからこそいつまでも

楽しいね家族の絆より深く

すべての身辺整理が済んだ後は、精神的に非常に楽になり、体調も良い方向に。

ストレスはすべての病の元になる

神様がここで休めとアドバイス

自分一人では決して生きられないことを肝に銘じ、明るい独居老人になろうと変身。

楽しいね我執放して夢風船

がん患者の会で情報交換し合ったり、励ましう。

孤独消え明るい笑顔に励まされ

末期のがんが消えても油断大敵。定期検診はしっかりと。

安心は定期検査で幸せに

私には、癌のほかに色々な病気を持っていて、心臓、腎臓、眼科など沢山の薬を処方されています。少しでも変だと感じた時は、迷わず医師に相談。

副作用少し変だな?すぐやめる

基本的には玄米菜食。副食として、赤、青、黄、白、黒、魚介類で腹八分の食生活。

よく噛んで美味しく食べて過食せず

次の項目・往復書簡トップへ 

Copyright (C) 2000- Ito Isamu All Rights Reserved.