「草野球の窓」

第94章
「サインを盗む」

 プロ野球でアルバイト学生を使って捕手のサインを盗み、打者に伝達する事件が「スパイ行為」として大きく報道された。ある新聞に、この事件に関連してサインを盗むことに対する批判記事が出ていた。アルバイトを使ったことに対する批判は、私も確かにその通りと思う。が、それに加えて大リーグでは二塁走者が捕手のサインを盗み打者に伝達することもしないとも書かれていた。記事からはスポーツは公明正大であるべきで、日本ではよくやられている二塁走者によるサイン盗みも批判の対象に含まれる趣旨が読み取れた。

 だが、私はこれに対しては同意しかねる。

 野球に限らず、スポーツは相手の動きをいかに速く察知し、対抗手段を嵩じるかで勝負が決する。団体プレーでは自分たちの意思伝達・確認にサインという手段を用いる。サインは相手チームでもその気になれば観察することができる。プレーの中で正当な手段で相手のサインを観察し、それを解析し、相手の意思を読み取るのは当然のことであり、決して「スパイ行為」と批判されるものとは異なる。そもそも、「スパイ行為」とは相手の非公開情報を不正な手段で手に入れることである。だが、サインは必ずしも非公開情報ではないし、プレーの中でそれを読み取ることは不正行為でもない。私は、サインとは非積極的公開情報だと考えている。つまり、サインは盗まれると考え、盗まれない工夫、盗まれた場合の用意を考えておかねばならない。大リーグにおいて、二塁走者が打者に盗んだ捕手のサインを伝えないのは、簡単には盗めないように工夫しているからだ。捕手のサインは、特に二塁に走者を置いた場合は複雑だし、二度・三度サインを見ただけでは分からない。それ故に、サインを盗むことを全てアンフェアであるかの如く読み取れる記事に違和感を覚えたのだ。

 いろいろな意見もあろうが、私は非積極的公開情報であるサインは積極的に盗むべきであると考える。第24章「続・コーチャー」で述べたように、コーチャーボックスから相手捕手のサインが見える場合がある。そういう場合はサインを盗み打者に伝達すべきである。逆にバッテリーは盗まれないようにサインを交換しなければならないし、盗まれていると分かればサインを変えなければならない。相手ベンチから出るサインもよく観察していれば盗むことができる。盗めば当然対抗手段を嵩じるし、盗まれていることが分かればサインを変えなければならない。

 もっとも、草野球ではサインプレーそのものが少ないし、相手が盗塁することが分かっても阻止できないことが多い。捕手の肩が弱かったり、投手や捕手のモーションが大きかったり、捕手の送球が悪かったりすれば、サインなど使うまでもない。自らの判断でどしどし走ればよい。また、直球が来るか、カーブが来るか分かっていても打てない場合が多い。

 草野球では、相手の意思を読み取ったら、確実にそれに対する対抗手段を嵩じられる力と技を身につけることが先決である。

これ、ゆめゆめ忘れることなかれ。  (平成11年1月22日掲載)


【幹事補足】
 この事件の後、日本のプロ野球界でも、コーチャーの「サインを盗む」行為を禁止、二塁走者の打者への伝達を自粛ということになったようです。随分と過剰な反応であると私は感じました。サインを用いた情報合戦は野球にのみ与えられた醍醐味のひとつです。観客に見せる野球をしているプロ野球界が、「サインを盗み合う」という情報戦を自ら放棄し、戦いの醍醐味を希薄にしようとしているように思えてなりません。
 我々草野球人にとって、プロ野球はもっとも大事なお手本です。しかし、この件に関してだけは手本にしたくないと私自身は思います。だいたいにおいて、「サインを盗む」という表現を使用するから、なにか悪いことをしたような錯覚に陥るのです。「サインを見破る」と表現すれば、感じ方は随分と変わるものです。

 ちなみに草野球界では、去年のアンケート結果から、サインプレーをするチームは全体の約1/3です。



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