願いも虚しく23時半にガバアと目が覚めてしまった。夢も見ない。暫し眠気の再来を待ち,諦めて起きなおるとちょうど看護師さんがヘパリンのポンプを止めに巡回して来,眠剤効いてないじゃないのとからかわれた。いやトイレに行こうとしたところですと言ったが,これ回答になってないね。
24時P。寝付かれねえ。
6時半採血。クスリ(胃の制酸剤は中止)。ここで飲む水を最後に飲水禁止となる。36.7℃。89mmHgはそうとう低い。点滴追加。
む,たまにしゃっくりが出る。あれも続くとつらいが,全身麻酔なら横隔膜も眠りこむであろう。
そうか,太陽電池の腕時計は入院が長びくと局所的なサンライト不足でダウンする可能性があるなあ。Dルームなどの日の射す一角に放置できればいいが,目を離すわけに行かないし,そうそう歩行可の病状とも限らんし。入院セットでは内蔵電池式のほうが信頼性が高そうだ。
本格的にしゃっくり。やだなあ。
朝食の時間帯を見計らってQ……は空振り。パンツを穿きかえる。いつもならT字帯を買ってくるのだが,汚れてかまわないなら自前のでいいと言われている。術後のT字帯を見るとけっこう血ぃや薬品の染みがついてるもんな。
7時半P。Dr.来。しゃっくりはステントによる胃炎かもしれないとのこと。
8時けさの採血の血が足りなかったからもういちど採らせてくれと眼鏡っ娘が言ってきた。否も応もない。試験管の隠圧で血を吸い込むんじゃないかと思ってるんだが,2本目も途中で噴出が止まってしまった。Oh....
2本目捨て。3本目はいったん注射器に余裕を以て吸い出して,そこから採ることに。
術着に着替える。
8時半看護師さん来て,術後のリハビリで履く圧力ソックスのサイズを知るために足首と脹ら脛の外周を巻き尺で計る。いまおれは成人後最軽量に近いんでめっちゃ細くなっているのだが,Sサイズでいいですねと言われたのは軽くショック。まあ足首なんか手の親指と人差し指の輪っかが楽に届くもんな。
さてここから24時間は記録を取れなかったので曖昧模糊とした記憶に頼って書く。
8時45分眼鏡を外して麻酔科の検査室(手術室)へ看護師さんと共に歩いて移動(帰りはベッド)。麻酔科Dr.sのお出迎えで検査室に入り,せっかく着た術着を脱がされていろいろ接続される。右手の甲に新しい点滴ルート・指血流酸素量測定器・ホルター(24時間心拍計)・両脛のマッサージパッド・酸素マスク(6L/分)。点滴に全身麻酔薬が足されて次つぎと質問されるのへ応えているうちに暗転する。
12時半ごろ麻酔から覚めて次つぎと質問されるのへぼんやり応える。おれへの接続に尿道カテーテルが増えている。人工呼吸器のパイプを抜かれて咳をすると,痰出ますかと言いながら吸引機で気管支から吸い上げに掛かる。息を吸えないから体が跳ねるくらい苦しかった。それを3回やられたと思う。
予定どおり3時間の腹腔鏡操作で胆嚢の摘出に成功したそうである。ああ,よかった。この言葉が適切なのかよくわからんが,おつかれさまでした。
やっぱり輸血とか血漿製剤とか感染が怖いもんね。我が胆嚢は炎症で壁が薄くなっており,肝臓に癒着しかけてて剥がすのがひと苦労だったそうである。
何と,おみやげに胆石をいくつか頂戴した。永久保存したいところだが,やがては腐れてなくなるコレステロールの塊でそう長持ちしないものらしい。残念。ちょうど胆管に落ちやすくはまりやすい手頃な大きさなんだそうで――もっと大きく成長することもある――ちょっとムカつきますな,それ。
おっと腹帯も未使用品として返品できる見込みができた。
実のところおれはおれの難治体質を知っているから,どうせ最後の最後に開腹手術になってどったんばったん大騒ぎだろうと悲観していたのよ。回避されてほんとうに嬉しい。感謝の念に堪えない。
元の病室へベッドごと移動して帰ったのは覚えている。あとはひたすら眠っていたことと思う。18時頃(術後6時間経過して)ベッド安静状態の解除。鼻酸素供給が外される。ただしヘッドから降りるどころか起きあがるのも禁止。うがいができるくらいか。数分ごとにマッサージャーのバルーンパッドが左右の脹ら脛を交互に軽ぅく締めたり緩めたりを繰りかえして気持ちいい。
18時半看護師さんにZenFoneを取ってもらい,ReaderStoreを立ち上げる。おいおい。液晶の明かりと画面のデザインが眼を刺してリアルに目眩がする。1タップごとに目を伏せて休みやすみ頁を進め,『私モテ』と『プリニウス』の最新刊を買った。こんなときに何やってんの。だって本日有効期限切れのクーポンがあるのを思いだしたんだもんよ。
19時看護婦さんに歯を磨いてもらう。すわ偽物語的粘膜責めになるのかと思いきや――いや思わん思わん――洗剤を含んだ脱脂綿で歯列の埃をさっと拭う感じで終わりなのだった。これでヤニだらけ歯石だらけのクチをさらけだしたら汗顔の至りだがおれは去年の夏秋冬を駆け抜けての歯医者通いで全周メンテしているから大丈……いややっぱり申し訳ないな。
腹は痛いが術前の穿痛と違って疼痛だからまだ我慢できる。キンキン声の責め立てとバリトン声の恫喝の違いと言おうか。
24時を過ぎると寝付けない。耳栓をする。