星 新一 ほし・しんいち(1926—1997)


 

本名=星 親一(ほし・しんいち)
大正15年9月6日—平成9年12月30日 
享年71歳 ❖ホシヅル忌 
東京都港区南青山2丁目32–2 青山霊園1種イ9号4側9~10番 



小説家。東京府生。東京大学卒。日本におけるSFジャンルの先駆者。多作と作品の質の高さを兼ね備えた「ショートショート(掌編小説)の神様」と呼ばれている。『妄想銀行』で日本推理作家協会賞受賞。『人造美人』『夢魔の標的』などがある。






  

 ぼんやりと、薄暗さだけがただよっていた。動くもの、なにひとつない。無意味な静止のままだった。だから、時も流れない。
 どこからともなく風が吹いてきて、天地をわけた。それが、すべてのはじまりである。天は上に、地は下にと存在するようになった。しかし、地上は平坦で、遠くまで、なにひとつない。ただ、風が動いているだけ。
 時がたち、風は地面の上のカードと出会った。長方形で、薄いもの。風はそれを吹き上げ、空中を舞わせた。このようなものがあるからには、どこかに、これと関連のあるものがあるのではないか。
 風に思考力があるわけではないが、長い長い時間は、それにたどりつかせる。小さな竜巻きとなってさまよい、カードはひらひらと舞いつづけた。そして、ついにそれを地上に見いだした。もちろん、名称などない。しかし、はるかのちの言葉で形容するとなると、自動販売機といったあたりが、適当なのではなかろうか。本質的には、はるかに神秘なものだが。
風の力でか、カードが目ざめて意志を持ったのか、その一部に入りこんだ。
 販売機の下の口から、水が流れ出し、川となって流れ、遠くまで伸びていった。それは、たまって海となる。海のはてから、太陽がうまれ、月もうまれた。
                                                          
(風の神話)



 

 かなりの多作である。質の高さは紛れもない。ゆえに〈ショートショートの神様〉と称される。〈ショートショート〉とは特に短い短編小説、掌編小説のことだ。昭和38年、日本SF作家クラブの創設に参加した。
 平成6年、口腔がんの手術を受けて以後、入退院を繰り返していたが、平成10年の年が明けたばかりの1月5日、星新一の死は新聞記事によって読者に知らされた。日本SF界のパイオニアの一人星新一、平成9年12月30日午後6時23分、間質性肺炎のため東京・港区の東京船員保険病院で死去した。筒井康隆氏は語る。
 〈若い読者には、亡くなった手塚治虫、藤子・F・不二雄と並んで、少年時代のヒーローだったという人が多い〉と。



 

 母方の祖父に明治の著名な学者・小金井良精、祖母に森鴎外の妹小金井喜美子を持っている。墓碑の左側面に刻まれた略歴に「昭和二十六年一月、星製薬の創業者の父、星一の死去により、二十四歳で経営不振にあえぐ星製薬を受け継ぐが、二年後手放すことやむなくに至る」とある。
 その6年後に作家としてデビューし、短編とはいえ、1000編を超える作品をものした星新一に、どれほど多くの若者が入れこんだことか。
 青山霊園の四つ角を南西に入ったあたり、珍しく南面が開けた聖域、雨がやんだ後の草いきれの靄の中に、燦々と降り注ぐ陽光を浴びて「星家之墓」がある。ある日、どこへともなくぷいと、この星を飛び立ってしまった気まぐれな作家の宇宙基地のように。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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