一図書館員から見た日本

席貸しの問題(1996年)

25年ほど前まで、我が国の公立図書館の主な仕事が学生への席貸しだった。名著「市民の図書館」(日本図書館協会)と幾つかの図書館の実践によって現在のような貸出、開架中心に変化してきた。が、しかし、今でも当時の図書館のイメージが強いらしく、新しく建設される図書館にも「学習室」なる部屋があることが多い。

私の勤務先は12年前に新築された。当時の館長は司書資格があり(館長が司書である図書館はかなり少ない。ただし、建設の時に館長が司書でないと国からの補助金がおりないので、建設時だけ館長が置かれるという例も多い)、学習室の設置には反対だったようだ。しかし、実質的には学習室である「閲覧室」なる部屋を作り、開架のわきに多くの閲覧席を設けた。

学習スペースの存在が貸出の多い図書館にとっていかに問題になるかが、建設時にはまだ見えていなかった。当初予想されていた貸出人数の3倍になって、とてもよくわかった。中学生高校生の大半は夏休みやテスト前の日曜日に友達と遊びに来ている感覚である。荷物だけ席に置いてどこかに遊びにいってしまう学生もいる。「うるさい子がいる」との苦情が来る。学生を注意しにゆくというヘンな仕事が増える。学生はどんどん増えた。開館前に100人以上並ぶこともあった。2階に閲覧席があるため、開館と同時に階段を学生が走る。開館前の慌ただしい時に番号札を配った。ブックポストに返ってきた図書を書架に戻す作業が二の次となる。学生が多すぎて、一部の会議室を学生用に開放した。部屋の開放は際限がない。学生の数は増える一方である。館内資料閲覧用のスペースがまるでなくなってしまい、一般席を設けたが、学習に来た学生の数が多すぎて、全席を占められることがしばしばあり、注意に行っても動かない学生も多く、また動いてもらったあと、他の学生がそこに座ってしまう。いたちごっこである。学生だけではなく、社会人の中にも仕事の会議らしきものに使ったり、家計簿をつけたり、資格試験の勉強を館内の資料を使わずにする人がいたり、と閲覧以外の目的での使用が増えてきた。参考資料や閉架の図書、新聞を閲覧に来た利用者からは時折、苦情の声があがる。閲覧場所がない場合、事務室の中で資料を見てもらうことになった。本末転倒である。閲覧以外の利用者、閲覧の利用者、ともに増えた。閲覧室、閲覧席なのだから館内資料閲覧以外はシャットアウトしても良いのではないか、と幾度か提案した。賛意を得られたが、結局、「でも現実に学生が沢山来るわけで、締め出すのはかわいそうだ」という多数の意見に押し切られた。が、館内資料を使わない学生、社会人はさらに増え、閲覧利用者からのクレームも増えた。利用者そのものも増えた。職員の数は増えない。日曜日や夏休みは滅茶苦茶な状況となった。

書架の横の閲覧席に館内資料閲覧以外はお断わりの旨の表示をした。閲覧室は絵画の展示などをした。一般の会議室を開放することを辞めた。が、閲覧席に館内資料を使わない利用者は座る。その度、注意に行く。無視する人、怒る人、参考資料棚の国語辞典を机の上に乗せておくだけの学生(資料を使う為の机であり、机を使うための資料ではない旨を説明した)、納得する人。様々である。 「子供が朝早くから図書館に行ったのに席を使うなと帰された。どういうことだ」と言うなり叩き切られた電話もあった。学校の勉強はほかのどんなことにも優先されるべきだという感覚の学生や親、教師がとっても多く、事務室に怒鳴り込んで来る人もしばしばであった。議員からの質問もあった。館内資料閲覧以外の利用者が閲覧席を使うことを禁止してから二年半が過ぎた。市内の学生には口コミで広がったらしく、調べもの以外に閲覧席が使われることはほとんどなくなった。が、しかし、館内資料を使わない社会人が増えた。こまめに回って、説明をする。「ならばこの図書館ではどこで仕事をすればいいのですか」と尋ねられることしばしば。理由を説明し、「ありません」と言うと驚く人が随分いる。図書館は大きな机を無料で使えるところである、という認識の人がかなりいるのである。愛知県内の図書館のほとんどがそうであるから仕方がないのではあるけれども。

図書館でなければできないことがいっぱいあり、その妨げになることは除けてゆかなければいけないのは当然である。学習用スペースが学生の数よりも多く、その整理にさける職員も多くいる、という図書館であればともかく、館内の資料を閲覧に来た利用者が肩身の狭い思いをしなければならないなどということになっているのであれば、即刻館内資料閲覧以外の利用者の制限をすべきだと私は思う。

目的とか本質をつきつめないでなんとなくはじめたことから、多くの問題が噴出し、収拾がつかなくなってしまって、でも面倒だからそのままにしてある、なんてことはしかしどこにでもよくあることであろうなあ。

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