乾燥椎茸

中華材料の第一に挙げたいのは、乾燥椎茸です。乾燥椎茸には大きく分けて香信があります。かさが開ききらず、丸まっているのを、かさが開ききってしまったものを香信といいます。大きくて、肉厚のが好まれ、特に頭部が白くなっているものを天白といい、珍重されます。椎茸は永く日本の特産品で、輸出の重要品目でありました。私も、台湾へ出かけるときは必ず土産に乾燥椎茸を持っていったものです。 関東以西で多く生産されますが、大分産の椎茸は群を抜きます。かっての椎茸生産は栽培方法が見出されるまで、山師的で、ほだ木(椎茸が成長するための丸太)を山の斜面に並べ、、ただ漠然と生えてくるのを待っていたそうです。台風がくると大当たりで、台風が来ないと、生えてこないとか、果報は寝て待て式の、まったく当てにならない、いちかばちかの不安定な農産だったのです。数十年前、森さんという、農学博士がついに椎茸の菌を抽出し、将棋の駒を小さくしたような木片にその菌を植え付け、ほだ木に打ち込むという種駒栽培方式を開発し、安定した生産が可能になりました。収穫された椎茸は乾燥し、畳1畳近く、高さも1Mほどの大きな段ボール箱につめられて、産地から出荷されます。これは山なりといって、それぞれの生産地で採れたままの冬魔ニ香信が交じり合っていて、購入した材料問屋がその中身の善し悪しで、一喜一憂する宝くじ的な要素があります。問屋は山なりを分別し、大小、冬魔ニ香信などに分け、販売します。日本の特産品として、厳重な輸出規制をし、技術の流出を防いできましたが、その網の目をくぐって、中国などに技術が持ち出され、ここ数年、八百屋の店頭に中国産の生椎茸が安価に売られているのを見ると、かつて乾燥椎茸の輸出も手がけた私には感慨深いものがあります

。中華材料には乾燥させてこそ、価値があるものがいくつもあります。椎茸、鮑、貝柱、なまこ、するめ、等々、太陽の恵みで素材の旨さが倍増されます。


舜臣

作家の陳舜臣さんは、神戸の華僑です。私が社会に出て、貿易に携わるようになった時、色々と実務を指導してくれた貿易商社の社長がやはり、神戸出身の華僑で、陳さんの親戚にあたる方でした。両家とも、もともとは神戸から、中国、東南アジア等へ中華材料を輸出していたのだそうです。港に程近い路地は、そのような店が軒を並べ、一階は大きな倉庫、二階が食堂、及び事務所、その奥が住居、という形態が一般的だったとの事で、二階の食堂は家族、従業員が一緒に食事をするスペース、専属のコックさんも雇われていたそうです。商売人の華僑の家ですから、子供の朝の仕事は、ずらり並んだ問屋街を回って、競争相手の商品価格をチェックする事と、港に船が入ったかどうか見てくる事です。需給のバランス、船で荷が入れば、物の値段も下がるでしょうし、他の店の値段を見て、現況と先行きの判断をつける、商売人の初歩を子供の頃から体で覚えなければなりません。船で運ばれてくる、北海道の昆布、干し貝柱、三陸の干し鮑、フカヒレ等は一階の倉庫に搬入され、店頭で売るもの、輸出用に再梱包されるもの、国内の他の消費地に送られるもの等に分けられます。かっては、中華材料の塩乾物の大半が神戸に集荷され、輸出されて行きましたし、東京、横浜へ再出荷されました。私がアメリカ、カナダ等の中華街向けに材料を輸出していたときも、殆どが神戸に集められたり、神戸で買い付けたものです。例えば、木耳は中国の特産品で、アメリカは共産国からの輸入が制限されていた時期は、中国から日本に来た大きな梱包の木耳を、神戸の小さな業者が、アメリカの中華街で売る為の小さな袋に詰め直し、私の会社のラベルを貼り、日本から輸出していました。又、クラゲも中国の特産品で、兵庫県竜野市にある業者に依頼して、同じように小袋づめにして輸出しました。

中華材料の輸出は、1ドル360円の固定制時代から、変動相場制になって、300円、240円、ついには100円へと、日本円が上昇するとともに、価格競争力を失いました。また、国際情勢の変化から、日本を迂回することなく中国から直接、アメリカ、カナダへ商品がいくようになり、日本の特産品も、他国で生産されるようになって特権的地位を失うという、まあ、日本が経済大国、工業大国として発展してきた裏側には、「繊維問題」、「米問題」がいくつもあったわけです。


木耳、雲耳

両方ともキクラゲですが、薄くて、黒くて、ツルツルとした感触の方が木耳で、厚くて、コリコリした感触のほうが雲耳です。どちらも、本来は味らしい味はないのですが、上手に味付けされたり、他の材料と混じりあうと、なんともいえない良い食味になります。不思議なものですね。どちらも乾燥されて売っており、水でもどして、使用します。根にあたる部分は、椎茸の石突きと同じように、切り捨てないと食感が悪くなります。木耳の方は、どのような料理にでも相性が良いと思います。醤油味の煮物や、特に炒め物には、少し入れると、見た目にも、食感も格段によくなります。雲耳はあまり見かけないかもしれません。木耳よりも大きく、片面は黒いのですが、裏側は白っぽい為、「裏白木耳」とも言います。少し厚くて、大きい為に、適当な大きさに切って使われるので、食べても雲耳と気がつかない場合が多いと思います。手近にわかるのは「じゃんがら・らーめん」で黒くて、千切りなっている、しゃきしゃきした歯ざわりのものが雲耳です。豚肉の三枚肉の角切りと、椎茸、雲耳醤油と砂糖で煮ると、なかなかいけます。少し片栗粉でトロミをつけると、もっと良いですね。パイナップルを2cm位に切って入れても、良いかも知れません。その場合のパイナップルは台湾産に限ります。何故って?それはもう、国産品愛好者ですからね。

燕窩

燕の巣。おおむね、スープに使われます。但し、その辺で飛んでいる燕の、軒下にある巣というわけではありません。遥か南方、タイ、ベトナムあたりの海岸に棲むウミツバメが、断崖絶壁の洞窟に作った巣です。海草とウミツバメの唾液で出来た小さな、小皿のような、笊のようなもので、非常に高価です。何年か前に、テレビでこの燕の巣を採る業者の様子を見ましたが、成る程、命懸けですね。薄くて、軽くて、壊れそうな笊状の物の、味はというと、燕窩そのものには味がなく、手間のかかったスープの味を楽しむものなのです。では、なんで燕窩を、といわれると、私も不思議です。一つには、高価な材料を使った、という見栄でしょう。二つには、空を敏捷に飛ぶ、ツバメのパワーにあやかりたい、という信心からではないかと思います。中華料理には「」という、思想があり、人間の身体を食材によって補おうとするのです。腎臓を強くするのには、ブタや羊の腎臓を料理し、足を強くするのに、ブタのアキレス腱(猪筋)を食べます。

あ、台湾で何回か、ブタの脳みその料理をご馳走に
なったことがあったけど、どういう意味だったのかな?

ブタの心臓(ハツ)の炒め物、好きなんだけど、どうしてこんなにシャイなんだろ?

ぎゃははは.......


オイスター・ソースとか牡蠣油と言い、牡蠣を塩漬けにし、醗酵させてつくった調味料ですが、家庭で中華料理の片鱗を感じさせるには、格好の材料です。炒め物の仕上げに、ちょっと加えると、もう中華料理の世界に入ります。中華料理の調味料は数々有りますが、「ウム、美味い」と思うこと必定です。ヤキソバ、牛肉の炒め、野菜炒め、コクが有って、ともかく一味グレード・アップします。かっては香港の「李錦記」の製品しか見ませんでしたが、現在は「味の素」他、国産も出回って、スーパー、コンビニにでも見かけます。結構、塩辛いものですから、他の調味料との加減に気をつけなければなりません。

熊掌・豚脚

珍味の一つ、熊の手は香港の「満漢大席」の料理コースに目玉として用意される事も有り、有名ですが、私は食べた事が有りません。熊を檻に閉じ込め、棒で挑発し、怒って腕を出したところを叩き切るとか、ちょっと可哀相で食べようという気にならないのは、日本生まれで日本育ち、中国系「食いしん坊」としての覚悟が薄まってしまったからかもしれません。 蜂の巣から蜂蜜を採る時、前掌で蜂蜜を掬って舐めるので、前掌が美味しいとか、冬眠をする時、左掌でお尻を押さえているので、 左掌の方が廉い、など言われていますが、熊に右利き、左利きがあるのかどうか、私には解りません。又、熊肉料理というのもあまり聞きませんので、「掌」以外の部分はどうするのでしょう?
タコではありませんから、活かせておけば、「掌」が生えてくるものでもありませんし、気になります。そのうちいつか、中国の老料理人に尋ねようと思っていたのにそのままです。食べた人に言わせると、

「豚の足の醤油煮(紅焼豚脚)と同じようなもんさ」

フム、なんとなく想像がつきます。
日本でも台湾料理で、又、料理方法は違いますが韓国料理で、「豚脚」を食べた事が有る方も多いと思います。昭和40年頃までは随分と廉い「豚脚」でしたが、日本の高度成長、所得倍増で、裕福な日本になると、グルメが増え、豚脚、豚の耳、内臓類の価格が高くなってしまったのは残念な事です。もともと日本以外では、殆どの国で、肉に比べて内臓類が格安ということはないので、仕方ない事でしょう。

でも、豚脚だけは見逃してほしかったんだけどなあ。


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