紅焼魚翅

20年ほど前、私は華僑系の会社に勤めており、その会社で銀行の幹部を接待する事があり、吉祥寺の「萬福飯店」(いまは無いようです)で食事をしました。先方、当方、併せて7、8名、中華料理を食べるには、一番適当な人数です。そこで、きっと、一生忘れられない悔しい事がおこりました。大皿に「フカヒレの姿煮」(紅焼魚翅)が出された時の事です。一切れが25cmもある姿煮で、永年、中華料理を食べている私でも、ちょっとお目にかかれる代物ではありません。とりあえず、一切れ頂いて、その美味に感激し、皿を見ているとまだ何枚かの姿煮が残っており、その中に特大の姿煮がドデーンといるのです。接待側の下っ端社員でしたので、躊躇しましたが、それはそれ、食欲には勝てません。「えいっ、食べちゃえ」と大きなスプーンで取ろうとしました。その時に悲劇が起こったのです。フカヒレはトロッとした料理で取りにくいものですが、さらに特大である為に、ズルズルとスプーンからずれて皿の外、さらにはターン・テーブルの外へと、滑り落ちてゆきました。その先にあったのは煙草の吸い殻が満杯になった灰皿で、どうにも救いようがありません。全員が注目する中、特大フカヒレは煙草の吸い殻の上に着地。

本当は、全員がそのフカヒレを狙っていたのだと思います。気まずい空気が流れました。でも個室でしたから、フカヒレはお店の人が次の料理を運びに来て、片付けてくれるまでの間、しばらく、そこに鎮座しているのです。参りましたね。下を向いていましたが、周りの冷たい視線よりもなによりも、食べ損なった悔しさを、いまでも噛み締めているのです。

紅焼とは
中華料理店のメニューの中に、この表示があれば、素材を醤油と少量の砂糖を使って味付けし、片栗粉を溶いてトロミをつけた料理法と、ご理解下さい。いた料理ではなく、た料理です。 勿論、鶏のガラスープ、ニンニク、生姜等で、手の混んだ料理過程をふんでいることは 言うまでもありません。使われる素材としては、フカヒレの他、 海参(なまこ)豚肉すっぽん鯉の尾、等々、多種に渡ります。 それほど、誰にも好まれる味付けとも言えます。


麻婆豆腐

日本では酢豚と並んで有名、かつ身近な料理といえば、麻婆豆腐が一番かもしれません。 ご存知の方も多いと思いますが、麻婆豆腐は四川料理で、その辛さに特徴があります。 その名前の由来は、あばた面の陳さんという、屋台のお婆さんが考案し、これは美味いと 評判をとったところから来ています。 ””は、あばたを意味しているのです。昨年、我々台湾系2世の会合が新橋の中華料理店 「新橋亭」であり、メンバーである「新橋亭」の社長が

「この間、中国四川省元祖麻婆の店へ行って習ってきた、これが本場の麻婆豆腐なんだよ」、といって

大皿に3枚、試食の為に出してくれました。普段、見慣れ、食べなれている麻婆豆腐とは、 見た目も、味も全く違います。山椒の粉がイヤというほどかかっており、唐辛子とも違う、その山椒の辛さと、独特な酸味で全員、 目を白黒させました。 と、[新橋亭」の社長が一言、

「フム、やっぱり、このままではお客様には出せないよなア」

いかに中国料理は、その国、その国の人々の口に合うよう、味がアレンジされているのか、と実感しました。日本の中華料理は、おおむね、本場の味よりも、甘く、まろやかになるよう調理されていると思います。(一言)”麻”には、ビリビリとくる味を意味する場合もある そうですので、麻婆豆腐はビリビリした味の、婆さんがつくった豆腐という意味にもとれますが、いっぱんには”あばた”のほうが本当だといわれています。


乾焼蝦仁

やはり、日本では大人気の「海老のチリソース煮」ですが、海老の大きさによって「蝦仁」、「明蝦」、「大明蝦」、「龍蝦」と変わります。それぞれ、芝海老大正海老車海老伊勢海老を意味します。「海老のケチャップ煮」という表現をする店もありますが、まあ、同じとお考え下さい。調理の手腕が判りやすい料理で、不味い店は、片栗粉を大量に使ってトロミをつけますが、粉の味が強く本来の海老と、ソースの味を損なってしまいます。美味しい店はトロミは片栗粉では出しません。ケチャップ豆板醤等の調味料から出来るトロミだけです。
この料理も四川料理ですが、四川は海のない山奥の土地ですので、本来は川海老でも使ったのかな、と首をかしげます。伊勢海老以外は、海老が大きくなると、背を割った殻つきで調理されて出てきます。案外、この殻を、箸ではずすのが難しく、苦労します。なぜ、殻付きで出てくるかというと、殻の内側に旨みがあるからで、ソースの旨みも、また、殻にこびりついています。大体は気取って、中身の海老だけを食べ、すました顔をしていますが、殻の入った皿が下げられるとき、あの殻一つ一つ、しゃぶりつくしたかった、と頭の中がケチャップになります。

かつて、日本の海産物輸出入を解説した経済書に、世界の海老の生産量の7割までが、日本に輸出されるという統計が載っていました。 台湾でも車海老(ブラック・タイガー)が養殖され、日本に大量に輸出されていた時期がありました。海老の養殖は、海中でするものと想像していましたが、実際は海に程近い、平地に大きな水田のような池をつくって、養殖をしていました。大量の地下水を汲み上げ、池に流し込む為、地下水脈の下流の土地は、あちこちで異常に沈下しました。海老の大量養殖も、やがて、インドネシア、タイ等、東南アジア諸国に技術が流れ、台湾は日本への輸出シェア争いの首位を奪われています。一頃の車海老養殖景気が去った後は、家一軒がまるまる、周りの地面以下に沈んでしまったり、ご先祖の墓が地中に埋もれていった悲しい光景が残されています。
30年ほど前、初めて台湾を訪問した時、日本語が特別に上手な私は、従兄弟たちとの意志の疎通は身振り、手振りと筆談しかありません。「海老が食べたい」、「海老」と書いても理解してもらえません。さらに特別に絵の才能を持つ私の「海老の絵」も、これまた、理解してもらうのに一苦労しました。 漢字で書いても理解されないものに、「海老」(蝦)、「鯨」(海皇)、「烏賊」(魚扁に尤+魚)などがあります。おおむね、魚名を表す日本の魚扁の文字は、日本で作られた文字で、他の漢字圏では理解されません。


北京ダック

野鴨を飼い慣らした家鴨、アヒルを調理した、この料理は北京料理の代表とも言えるものです。台湾の「天厨菜館」など、この料理を売り物にする店は、北京ダックのフルコースを頼むと、まず、調理すべき鴨を見せ、これこのとうり、この鴨が貴方のお腹に収まります、 とデモンストレーションします。そして、厨房へ持ち帰り、首筋から空気を吹き込み、パンパンにふくらませ、調理にかかります。 勿論、皮が、一番のメイン・ディッシュになります。パリパリに焼き上げた皮を、薄い餅(ピン)八丁味噌長葱の千切りとともに包み、 手掴みでいただくのは、思い出しても生唾が出てきます。皮のパリパリ、水鳥の脂肪の甘みとコク、 味噌の甘み、臭みを消す葱の歯ざわり、餅の素っ気なさとほのかな甘み。まあ、よくもこんな料理を考え付くものです。 台湾人の場合は、皮だけでなく、肉も同様にして食し、ガラの部分はスープにして、と全て、食べ尽くしますが、日本では、 上品に皮だけを、コース料理の一品とするケースが、多々あります。20年ほど前、、お得意さんの材料問屋が、中華料理店に 納品する手伝いに、何度も付き合わされた事があります。当時、六本木に「蘆山」という 中華民国大使館御用達の、素晴らしい北京料理店があり、ここにも数回、納品に行きました。 調理場へ材料を運んでゆき、ふと見ると、皮だけ剥がれて、裸になった北京ダックがいくつも積み上げてあります。

「これ、どうするんですか?」

「欲しけりゃ、やるよ」

安月給にあえぐ私は、喜んでいくつも持って帰り、肉はむしって食べ、ガラは乾筍(メンマ) と煮たり、野菜のスープにしたりしたものです。家内も大喜びでした。

天厨菜館」の名は、もともとは、北京の老舗の名前で 、いまでも北京にあります。日本にも本場北京から調理師が派遣され、営業している店が何軒かあります。やはり、看板料理は 北京ダックですので、日本でも本場の味を楽しめるようです。
皮も良いけど、身はどうしているのかなあ。裏口へでも行って頼んでみるか、ウフフフフ。


糖醋鯉魚

鯉のから揚げの甘酢あんかけ、これ又、ポピュラーな料理で、山東料理といわれています。よく片栗粉をまぶした鯉を、中温の油で30分ほどかけて、じっくり揚げ、食卓に供す直前に高温でさっと揚げる、俗に言う2度揚げをします。それに、にんにくで香りつけした油で、生姜、たけのこ、椎茸、人参、長葱の千切りを炒め、砂糖、醤油、酒、酢、鶏のスープ等で味付けし、水で溶いた片栗粉でとろみをつけ、皿の上の鯉にかけ、塩茹でしたさや豌豆をちらすと出来上がりです。カラリ、サクサクとした皮と、ほわっとした白身、とろりとコクのあるあんかけの甘酢っつぱさ、いやいや、想像するだけでたまらないものがあります。家庭でも、鯉を使わず、もう少し小さな白身魚、例えば、イサキ、鯵、等を使えば、それほど難しくなく作れる料理だと思いますが、たまには、本格的中華料理店で味を確認し、技術を盗んでくるのも大事と思います。

友人にヘラ鮒釣りの名人がいますが、私にはあの釣りは理解できません。釣った量だけを競い、あとは逃がしてしまうのですからね。私は 海釣り専門です。なんてったって食欲と道連れだからです。あるとき、ヘラ名人が話の間に、結構大きな鯉が釣れてしまって、ヘラ釣りの 邪魔になるのだ、とほざきましたので、その鯉はどうするのだ、と聞き返しますと、

「勿論、逃がすのさ」

「そ、それ、俺にくれ!」

さすが、大名人、10日とおかずに、持ってきてくれました。そろそろ、電話して「名人、名人、大名人」を連発するかな。


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