第一章      第二章      第三章      第四章      あとがき
 悪夢の記憶は今なおオイフェを苦しめ続けている。
 十七年前。リューベック城でシグルドたちに別れを告げた彼らは、イザークへと進路をとった。理由は現在最も戦火から遠い地であること、他者に対し膝を屈することのない気骨の精神からグランベルの侵攻に対しもっとも頑強に抵抗していること、そして何よりも同行者にイザーク王子シャナンがいたことがある。国境を越えることさえできれば安全は確保できるはずだった。
 だが、事態は甘くはなかった。何しろ三歳になったばかりのセリスを筆頭に同行は幼い子供ばかりが五人もいるのだ。保護者役のオイフェとてわずか十七歳、シャナンに至ってはまだ十一歳でしかない。唯一の大人であるエーディンは二人目の子をその身に宿しており、無理の利く状態ではなかった。
 当然、一日の移動距離にも限りがでてくる。グランベル軍に発見されるのを恐れて早朝と夕方の移動を心がけたが、それでも限界だった。出発から一ヶ月、彼らが稼げた距離は当初の予想をはるかに下回っていた。
 その日。昼過ぎに休憩のために入った森の木陰でオイフェは迷っていた。
 追っ手が差し向けられたという話は聞かないが、油断はできない。できれば一刻も早く国境にたどり着きたい。だが臨月も近いエーディンに無理はさせられないし、長旅で子供たちも疲れているのかぐずることが多くなってきている。
 自分を信頼して大切な我が子を託してくれた親たちの思いに報いるにはここは多少強引にでも進むべきなのか、それとも休憩を入れるべきなのか。考えるほどに迷いは深くなるばかりで、出口はなかなか見つかりそうになかった。
 今さらながらにシグルドの苦労が忍ばれる。軍師とはいえ自分は相談を受けるばかりで決断は必要なかった。その決断こそがいかに重要であるかということが今だからこそ身にしみてわかる。人を率いる人間に失敗は許されない。一つ間違えれば自分ばかりではなく全員が命を落とすのだ。そのことが恐ろしい。
(シグルド様……)
 手は自然に傍らの銀の剣を手繰り寄せていた。リューベック城を発つ際に約束の証としてシグルドに託されたものだ。よく手入れされ使い込まれたそれは、持ち主である青い髪の主君を思い出させてくれる。
 誰にも頼ることのできない今、この剣だけがオイフェの支えだった。触れているだけで不思議と心が落ち着いてくる。
 目を閉じて。オイフェは、決断した。
 身を落ち着けていた木陰から立ち上がり、馬車に歩み寄る。幌を支える柱を軽く叩いて、声をかけた。
「エーディン様、オイフェです。少しよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
 了解を得て、幌を少し上げる。薄暗い内部では子供たちが思い思いの恰好で眠っていた。
 手をつないで大の字に転がっているのは一番元気なスカサハ、ラクチェの双子たちだ。まもなく二歳になる。その一方、ラクチェに背中を蹴られでもしたのか身を丸くしているのがデルムッド。双子よりも二ヶ月ほど年上で、現在二歳。エーディンの実の子であるレスターも同じく二歳だ。母親のお腹に頭を乗せているのはまもなく生まれる妹か弟の声を聞いてでもいるのだろうか。三歳のセリスは他の子達よりは起きている時間が長くなっているのだが、動き回って疲れたのか幌の柱に寄りかかって眠っている。
 エーディンは息子の髪を撫でながら、囁くような声で言った。
「さっきやっと眠ったところなの……シャナンは少し前に水を汲みに出て行ったわ」
 馬車の手綱は常にオイフェが取っているので、シャナンはエーディンを手伝って自然に子供たちの世話に奔走していた。気遣いを覚えた少年は実に面倒見がよく、子供たちからとても慕われている。ひとつ頷いて、オイフェは切り出した。
「これからの進路のことなのですが、できれば近くの村に入ったほうがいいと思うのです。みな疲れていますし、エーディン様のお体のこともありますから……」
「私はまだ大丈夫だけれど……いいの?イザークはまだ遠いのでしょう?」
「国境まではまだ少しありますが、このあたりはグランベル兵の姿も見かけません。やはり一度休憩を取っておいたほうがいいと思います」
「そうね……そうしましょうか」
 エーディンが頷いたところで、戻ってきたシャナンが顔をのぞかせた。
「あ、オイフェ、ここにいたんだ。ちょっと話があるんだけど」
「お帰り、シャナン。今行くよ」
 エーディンに一礼して、幌を下ろす。
「どうしたの?」
「水汲みに行く途中で村を見つけたんだ。小さいけどのどかでいいところみたいだったから、少し休むのにいいと思って」
「本当かい?ちょうどよかったよ、近くで一度休憩しようと思ってたんだ。道案内はできる?」
「うん、まかせてよ!」
 元気のいい返事に微笑を返して、オイフェは御者台に上がった。
「さ、出発しよう。案内は頼んだよ、シャナン」






 それから数刻後、山野の向こうに夕日が沈み行く頃に彼らは目的の村に到着した。
 ひなびた、小さな村だった。相次いだ戦いのせいだろう。村人は一様に疲れた顔をしていて、女子供ばかりの彼らを見ても顔をそむけるばかり。よそ者に対して完全に心を閉ざしていた。
 これでは身を休めるどころではない。己の決断に迷いを覚えたオイフェに救いの手を差し伸べてくれたのが、村はずれの修道院の年老いたシスターだった。
「身重の女性と子供ばかりではさぞお困りでしょう。何もありませんが、休む場所くらいは貸して差し上げられますから」
 願ってもない申し出に、オイフェはありがたく招待を受けた。
 エーディンには粗末ながら一室があてがわれた。老シスターに付き添われて彼女はおぼつかない足取りで部屋に入っていく。子供たちは隣の部屋にベッドをもうひとつ入れて、そこに集めた。ラクチェとスカサハをシャナンが両腕に抱きかかえ、セリスがよちよち歩きのデルムッドとレスターの手を引いていくのを微笑ましげに見守っていると、エーディンの世話を終えて部屋から出てきたシスターがふと口を開いた。
「……つかぬ事を伺いますが、騎士様はどちらのご出身なのですか?」
 突然の質問に、オイフェは口篭もった。素直に答えてもよいものか。グランベル側の公式発表ではシグルドは反逆者ということになっている。こんな辺境にまでそんな話が知れ渡っているとは考えにくいが……
「……グランベルですよ。故あって現在は国を離れておりますが。それが、何か?」
「いえね……このところよからぬ噂を耳にするものですから」
「よからぬ噂?」
 いやな予感が胸を掠めた。できればエーディンやシャナンには聞かせたくない。とっさに判断して、オイフェは老シスターと共に廊下の端へと移動した。
「すみません。何年も本国を離れていると世情に疎くなりがちで……それで、噂とは?」
 促すと、老シスターは声をひそめて話し始めた。
「イザーク王国がグランベルのドズル公爵家に制圧されたことはご存知ですか?」
「はい。イザークの民人はまだ抵抗を続けていると聞き及びましたが」
「ええ。それで、弾圧が厳しくなっているのだそうです。兵たちの中にはたちの悪い者もいて、辺境の村を略奪して回るなどまるで盗賊団の如き横暴ぶりだとか……」
「それは……ひどいですね」
 脳裏をリューベック城の戦いの中垣間見た当主ランゴバルトの顔がよぎる。強欲そうな面構えをしていると思ったものだが、部下たちにそんな行動を許しているところを見ると予想は外れなかったようだ。
「噂ではこの村にも狙いをつけているようで……それで村人はひどく怯えているのです。酷い態度に見えたかもしれませんが、どうかお気になさらないで下さいましね」
 確かに、これで村人たちのあの排他的な態度も納得できると言うものだ。オイフェは静かに頷いた。
「そういうことでしたらよくわかります。私たちも先を急ぐ身……一晩休ませていただければ明日には出て行きますから」
 略奪の恐怖に怯える村人の姿は哀れですらある。老シスターは深々と頭を下げた。
「本当に……私の力が至らず申し訳ないことです。奴らは獣と同じです。誰が相手でも容赦しません。あなた方もお気をつけなさい。特に、お連れのご婦人はなるべく表に出されないように……あれだけお美しくていらっしゃるととかく目につきがちですから」
「わかりました、注意するようにします」
 実戦の経験のないオイフェだが、従軍している間に剣も槍も相応以上の訓練を受けてきたし、毎日の修練も怠ってはいない。シアルフィの騎士たちからは筋がよいと誉められてもいた(これは彼の身にわずかに流れるバルドの血によるのかも知れない)。下級兵士などに負けないだけの自信はある。何より、彼には守るべき者のために何をも厭わない深い決意があった。
 その夜。オイフェは毛布一枚と剣を手に子供たちの眠る部屋の前に陣取っていた。寝ずの番をすると言い出した彼にシャナンは自分もやると言い張ったが、子供たちだけでは夜鳴きをなだめるものがいなくなってしまうからと説得して引き下がらせた。オイフェから見ればシャナンとてまだ子供である。できれば実戦には出したくない。何が起こるかわからない以上、巻き込むわけには行かなかった。
 深夜。明かりひとつなくしんと静まり返った闇は圧迫感すら与える。膝に顔を伏せてはいても眠りはいっこうに訪れない。胸に痛みすら覚えるほどの静けさの中で、オイフェは息を殺すようにして耐えていた。
 こうして一人きりになると、不安と恐怖が襲ってくる。自分の居場所を見失いそうになる。幼い日、両親を失った時のように。あの時はシグルドが自分を救ってくれた。では今回は?
 身も凍るような恐怖。凍える心を温めてくれる唯一の温もりが守るべき子供たちの笑顔だった。
 目を閉じると脳裏に浮かぶ、別れの日の記憶。
『この子を、頼む』
 そう言った青い髪の主君。
『わがままを言ってすまない』
 泣き叫ぶ我が子等をあやしながら、淋しげに微笑んだ黒髪の女剣士。
『お願いしますね』
 白い細い指で我が子の頬を撫でた金の髪の高貴な姫君。
 彼女等の夫たちも、親しんだ騎士たちも、別れを惜しんでくれた。
『必ず迎えに行くから』
 嘘をついたことのない主君の言葉が支えで。
『きっとですよ!それまで……この子達は絶対僕が守りますから!』
 叫んだ言葉が、誓いになった。だから、自分は今ここにいる。
 忘れない。どれほどの恐怖の中でも。自分が自分であるために。たとえどんな罪を背負っても、この命に代えても彼らを守り抜いてみせる。
 唇をかみしめた、その時だった。
 かすかな物音が耳朶を打った。わずかでも眠りに落ちていたなら気づかなかっただろう。だが極限まで研ぎ澄まされていたオイフェの聴覚は敏感にその音を捉えた。
 耳を澄ます。外からかすかに聞こえる声。さらに鎧のぶつかる金属音を聞き取って、オイフェの全身に緊張が走った。
 そっと立ち上がる。軍靴には布を巻き、甲冑は身軽になるために脱ぎ捨てた。エーディンや子供たちが目を覚まさないように、細心の注意を払いながら廊下を移動する。正面玄関に近い窓際に身を潜め、彼は外の様子をうかがった。
 暗闇に慣れたオイフェの目はすぐに状況を把握した。そして、息を呑む。
 月明かりにぼんやりと浮かぶ影。五〜六人だろうか。身につけた粗末な鎧が鈍い音を立てる。月光を弾いて時折無気味に光る斧の刃が目に入った瞬間、周囲の気温が急激に下がった気がした。
 人数が予想より多い。一人でやれるのか。実戦は初めてだというのに。
 膝が震える。背中を冷たい汗が流れ落ちる。窓に映る自分の顔は蒼白で、引きつった笑いを浮かべていた。自分の影におののいて身をひきそうになった瞬間、腰に佩いた銀の剣が控えめな音を立てた。
(―――シグルド様!)
 その音にはたと我に返り、自身を叱咤する。主君の大切な一粒種を、優しい人たちの愛の結晶を、この命に代えてもどんな罪を犯しても守り抜くと、ついさっき誓ったばかりではないか。こんなところで無様な姿をさらしている場合ではない!
 気合を入れなおす。剣の柄に手をかけるとキイン、と頭が冷えた。気を静めて再び様子をうかがう。
 ドズル軍の兵士に間違いない。手にしているのは鉄の斧か。鋭さよりもその重さで敵の肉を断つこの武骨な武器は、その重さの分スピードのある敵には弱い。騎馬上の戦いを得意とするオイフェだが、シャナンと共に修練を積んだおかげで徒歩でもそれなりに動けるようになっている。囲まれさえしなければ、勝てない相手ではないはずだ。
 まず不意をつく。混乱させて、その隙に乗じることができれば……
 なにやら打ち合わせていた兵士たちの一人が扉に近づくのが見えた。まずい。中に入れてはいけない。オイフェはすぐに行動を起こした。
 素早く廊下を駆け抜け、反対側の、兵士たちからは死角になる窓から外に飛び出す。足音を殺して表に回り、今まさに扉に手をかけようとしていた兵士の無防備な背中めがけて剣を振り下ろした。
「ぐがっ!」
 銀色の閃光が走った。いやな衝撃が、手に残った。月明かりの下で深紅の鮮血がばっと飛び散る。男は奇妙な絶鳴と共に地面に崩れ落ちた。
 初めて他人の命を断った感触はあまりにも一瞬で、それゆえにとてつもない衝撃を残した。恐ろしく生々しい目の前の光景に、噎せ返るような血の匂いに縛られたように動けなかったのはほんのわずかの間で。それでも、気づいた時には残りの兵士に周囲を囲まれていた。
「やりゃあがったな、このガキが!楽には殺してやらねえから、覚悟しやがれ!」
 下卑た声で男が叫ぶ。だがオイフェには聞こえない。キイン、と耳鳴りがする。神経が研ぎ澄まされて痛いほどだ。
「このやろう、聞いてんのか!?」
 怯えた様子も見せない少年騎士に苛立った兵士の一人が斧を振り上げ襲い掛かった。張り詰めた筋肉が動く。重い斬撃を薄皮一枚の僅差でよけ、相手がバランスを崩したところへ強烈な一撃を叩き込んだ。
「ごはあっ!」
 横一文字になぎ払われた銀の剣に腹を割られのたうつ仲間の姿に兵士たちはギョッと息を呑んだ。
「ちっ、こいつ強えぞ。いいか、同時に行け!」
 リーダー格らしき男が顎をしゃくる。応じて、残りの三人が一斉に飛び掛ってきた。
(流水の動きだ)
 脳裏を掠める主君の声。初めて剣を握り稽古をつけてもらったとき、彼は防御の極意をそう言って表した。流れる水の如く相手の力に逆らわず、受け流すと同時に攻撃に移る。相手の力をも利用してやれば与えられるダメージも数倍にできるのだ。
(まだ非力なおまえには有効な戦法だ。よく覚えておくんだぞ)
 続けざまに血飛沫が上がる。一人の頚動脈を断ち、一人の額を割ったところで呼吸が荒れた。ひゅう、と空気の音が喉を掠める。視界をふさいだ大きな影を力をこめてなぎ払った瞬間、背中に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
 食いしばった歯の間から苦鳴がもれた。リーダー格の男が手斧を投げたのだ。左の肩甲骨から肩のあたりを裂かれて激痛が走り、思わず剣を取り落としてしまう。
「ちっ、手間ァ取らせやがって……ん?」
 近づいてきた男が、その剣に目を止めた。
「ほう……上等なもん持ってるじゃねえか」
「さわ……るな!」
 鋭い声で叫び、震える手で剣を拾い上げ飛びのく。
 男はフンと鼻で笑った。
「銀製か。貴族の坊ちゃまにゃ過ぎたブツだな。てめえを殺したあかつきにゃ売っ払ってせいぜい役に立ててやらあ」
「させるか!だれが、貴様などに……!」
「いきがるんじゃねえよ、シアルフィの坊ちゃまよ」
 ぎくり、とオイフェは身を固くした。なぜ知っている?
「しらねえとでも思ったか?このあたりにゃあとっくに通達が回ってるぜ。反逆者のガキを始末した者には金一封、今後の栄達も約束されるんだとよ。次期皇帝陛下じきじきのお達しだ」
 下卑た声で男が笑う。その、聞きなれない単語がオイフェの記憶を刺激した。
「次期皇帝……だと……?」
「ヴェルトマー家のアルヴィス様さ。先日バーハラ王家の姫君と正式に婚約を発表されたんだとよ。反逆者を首尾よく始末して順風満帆だぜ、羨ましいこった」
 ククク、と笑みをもらして。刃の言葉がオイフェの心臓を突き刺した。
「ってわけだ。あきらめな、てめえの大事なご主君様はとっくにお陀仏してんだからよ!」
「――――!!」
 呼吸が止まった。

 ナンダ?

 コノオトコハ、ナニヲイッテイルンダ……?

「有名な話だぜぇ。バーハラ近くの平原で反逆軍数百名を殲滅だとよ。指揮官はアルヴィス様御自らファラフレイムで葬られたんだと。一瞬で蒸発しちまったから灰も残ってねえってんだからすげえよなあ!」
 何がおかしいのか、男は哄笑する。だがオイフェの耳には届いていない。衝撃は彼の五感を奪い、代わりに視界を真っ赤に染め上げた。
「あ……うああああああ!!!!!」
 喉を振り絞るような叫び。弾かれたように飛び出した身体が一瞬にして彼我の距離を詰める。マヌケに大口を開けた状態で男が最期に見たのは別人のように形相を変えた少年の血走った眼差しと、銀色の閃光だった。
 頭部を撃砕されただの肉塊と化したものが崩れ落ちる。だが斬撃はさらに容赦なく襲いかかった。肉塊が肉片となり、骨が砕け散るまでそれは続いた。
「ひっ……!」
 短い悲鳴が、彼を我に返らせた。
 物音に気づいて起き出してきたのだろう。老シスターが口を押さえて入り口に立ち尽くしていた。彼が振り返ると、彼女は喉の奥で悲鳴をあげて後ずさった。
「……聞いていたのか?」
 低い声で、問う。もはや声も出ず、老シスターは必死に首を振ることで答えた。
「今見たことは、誰にも言うな。もし言えば……命の保証はしない」
 かくかく、と人形のように頷くシスターを一瞥し、オイフェはよろめきながら立ち上がった。
 頭の中は、ひどく冷静だった。まずこの場を片付けることだ。返り血も洗い流して襲撃の痕跡をすべて消し去り、今夜のことは自分の胸の奥に封じる。怪我は血止めができればいい。知らせてはいけない。子供たちにも、シャナンにも……エーディンにも。
 すべての始末を終える頃には、夜明けが始まっていた。朝日が夜の帳を押しのけて空をゆっくりと染めてゆく様を、オイフェは裏庭の片隅にうずくまって凝然と眺めていた。
 ふいに、涙が滲んできた。熱い塊が喉を突き上げてくる。抱えた膝に額を押し付けて、涙を堪えた。
 自分は唯一の光を失ってしまったのだ。
 もう―――夜明けはこない。明けぬ夜と永劫の闇が続くだけだ。
 声を殺して泣くオイフェの身を包む朝日は温もりを与えてくれることはなく、ただ深い孤独を彼に実感させるのみだった。