能・善界について

大唐(現・中国)の天狗の首領、善界坊は自国において慢心した僧侶達を皆、天狗道に引き入れたので、今度は神国であり、仏法の盛んな日本の僧達を惑わし、仏法を妨げようと日本にやって来ます。日本に着いた善界坊は日本の天狗に相談しようと愛宕山に住む太郎坊を尋ねます。相談の末、日本の天台の総本山である比叡山を窺うことに決めます。しかし、二人は不動明王の威力が恐ろしく暫くそのことを語り合っていましたが、やがて決心して善界坊は、太郎坊の案内で比叡山に往きます。〈中入り〉 比叡山の僧が勅命を受けたので、禁裏に参内しようと下山すると俄かに天地震動して雷鳴轟き辺りが騒然とします。そこに善界坊が大天狗の姿となって現れます。そして僧を魔道に誘い入れようとしますが、僧は悪魔降伏のために不動明王に念じます。すると矜迦羅・制多迦・十二天を従えた不動明王が現れ、その威力を示し、更に山王権現その他、降魔の神々も現れます。やがて善界坊は翼をもぎ取られ力を失い、もう決して日本に来ないと誓って逃げ去ります。
能面「大癋見(おおべしみ)」について

能面「大癋見」は古くは閉歯見とも書きました。「べしみ」とは歯を見せないで唇を強くかみ合わせて、ウムと力んだ時の口を指し「へしむ」の名詞型だといわれています。口を強く結ぶためその反作用として両目を大きく開いています。丸みのある大きな顎を前に突出し、その中央に真一文字に結んだ唇のラインが両端にかけて上へ湾曲するように描かれています。目はまゆ型を横にした金眼であり、面の中央には鼻翼をふくらまして堂々と位置する鼻があるなど、面の部位の一つ一つが強さを誇張していますが、それがうまくまとめられています。彩色については髭、眉毛が黒々と立派に描かれ、皺のよっている部分や鼻の中まで朱に彩色がしてあり、力んでいる様子が描かれています。その外面からとれる何物にも大して負けず、威嚇している様子はこの面が使われる「天狗」の内面の脆さを間接的に表しており、とてもよく工作された面なのです。