HISTORY OF OOE NOUGAKUDOU
能楽堂100年の歩み

明治41年(1908年)の創建から現在まで、大江能楽堂が歩んできた歴史をご紹介します。戦禍をくぐり抜け、幾度もの改修を経ながら、今日も京都の地で伝統の舞台を守り続けています。
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明治41年
大江竹雪(5代目、又三郎祖父)、現在地に建設計画。同年11月28日 舞台披き。
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大正8年
50坪増地、同年6月〜9月増築。舞台、見所はほぼ現在の形となる。
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昭和16年
5月、創設者竹雪死去。又三郎(6代目、又三郎父)が継承。
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昭和20年
8月、終戦寸前強制疎開命令を全建物に受くが、楽屋・住宅解体後に敗戦を迎え、舞台は解体を免れる。
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昭和21年
正月2日、残存舞台にて一門謡初め。3月、急増楽屋にて定期能復活。戦後初の演能。
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昭和24年
見所、トイレを水洗に。入口通路改修。
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昭和29年
楽屋増築。見所整備。
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昭和34年
屋根葺替え修理。
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昭和39年
楽屋改修。楽屋入口新設。
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昭和44年
見所平場席一部土間椅子席に改修。見所廊下拡張サッシ工事。
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昭和53年
8月、6代目又三郎死去。将董(現 又三郎)が継承。
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昭和54年
屋根、楽屋廊下、トイレ改修。
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昭和62年
80周年記念として見所畳上敷き取替え。
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平成6年
見所御簾新調。
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平成9年
見所屋根葺き替え。見所二階、窓サッシ工事。西側外壁直し。屋根裏大掃除。
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平成13年
見所基礎、二階を支える柱、見所床、トイレ、ロビー、電気配線など大々的に改修。400名収容のための全面的補強工事を行う。
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令和3年
舞台板敷き替え改修。一部に旧舞台板を使用し、本舞台板はすべて檜板にて敷き替え。
昭和20年8月15日 終戦の日
能楽堂の楽屋を壊したあと玉音放送で意気消沈する柳池消防団。前列左より4人目が6世又三郎。
強制疎開命令により楽屋・住宅の解体を余儀なくされましたが、舞台本体はその日の敗戦により解体を免れました。この奇跡的な出来事が、現在も往時の姿を残す能舞台として伝わる礎となっています。