能・船弁慶について

平家討伐に武功を立てた源義経でしたが、兄、頼朝から疑いを掛けられ追われる身となります。義経は弁慶や従者と共に都を出、西国へ落ちようとします。静御前も義経を慕いついてきます。弁慶は時節柄同行は似合わないので、都へ帰るように義経に進言し了承を得ます。弁慶は静にその旨を伝えますが、静は弁慶の計らいであろうと思い直接義経に逢って返事をするといいます。義経の宿に来た静は直接帰京を言いわたされ従わざるをえず、泣き伏します。名残の酒宴がひらかれ静は義経の不運を嘆きつつ別れの舞を舞います。やがて出発の時となり静は義経の未来を祈り、再開を願い、涙ながらに一行を見送ります。
弁慶は静との別れを惜しみ出発をためらう義経を励まし、船頭に出船を命じます。船が海上に出ると、にわかに風が変わり激しい波が押し寄せてきます。荒波の上で船頭が必死に船を操っていると、海上に西国で滅亡した平家一門の亡霊が現れます。中でも平知盛の怨霊は義経を自分と同じように海底に沈めようと長刀をもって襲い掛かってきます。義経は動じず太刀を抜き戦い、弁慶は数珠を揉んで祈祷します。祈られた怨霊は調伏され遠ざかり、次第に消えてあとには白波ばかりが残るのでした。
現行曲の中でも人気のこの曲は世阿弥の作り上げた複式夢幻能とは少し違う形にて作り上げあられました。ワキの武蔵坊弁慶は物語を導き、子方が義経を演じることによって静との別れ、知盛との戦いをより効果的に見せています。シテは前場で美しく優美な静御前、後場では勇壮さをもった恐ろしい怨霊・知盛と、対照的な役柄を演じることによって曲に見せ場を作ります。一曲を通して飽きるところなく観ることが出来る劇的な展開が客席を楽しませてくれます。