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第三章
  森の植物誌
vol.1 5編

銀杏(いちょう)(つた)(はぎ) (すすき) /









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 「銀杏」



 夏はそこに日陰があった

 凛々と深々と冷たい葉陰の翳り

 突き刺す光線を遮る銀杏の枝は

 緑のとんがり屋根の隠れ家



 そして秋

 三角の葉の一枚一枚

 縁取りから

 イエローからグリーンへのグラデーションに染まる


 
 青い空の下

 黄金色のその情景は

 森の収穫祭のように明るいのに

 なぜ とらえどころのない哀しみに

 足元をすくわれるように私はここにいるのか

 それはこの金色の雨が

 冬へ向かう祝祭の最後の輝きだからか



 人はどこから生まれどこへ向かうのだろう

 銀杏、おまえは路傍の語り部のように

 生命の祝祭を讃え、終焉を謳え



 だれもがいつかは気付くだろう

 どんな路程を辿っても

 終局はその一点に帰結することを










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「蔦」



 からみつく

 つめたいレンガに

 ゆれる蔦の葉ゆれる

 張り出しアーチ窓にゆれる



 あの娘の愛した

 あの男のこころ

 奪って闇に消えた

 長い栗毛の痩躯の女が

 路地裏に残していった

 プワゾンの残り香


 
 一緒にあの娘と飲んだ酔えない涙酒も

 石壁に蔦の絡まるカフェ



 わたしもたぶん綺麗な月の晩には

 忍び歩く白い猫のように

 蔦のようにからみつく

 愛しい男の胸



 蔦は夜に似ている

 そしてすでに女の一部分である








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「萩」



 かろやかな彩りうすむらさき

 はかなくゆれる

 ささやくようにゆれる

 ほほをくすぐるように

 記憶の束を呼び起こすように


 
 秋になればそこにいる

 ひっそりと生きることのうつくしさを

 誇るはずもなく

 ただ風とともにある



 だからこそ月光に愛され

 ほんのりと

 そのひとつひとつの花びらに

 蛍がやどったかのように

 夜にこそ輝く

 うすむらさきの恋歌

 その名は萩



 萩の花いとおし








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 「薄 」



 ゆれる

 草原に

 ゆらゆら風に

 銀の尾、ゆれる



 キツネの子

 しっぽを立てて走るにげる 

 100メートル走ったらふわり・薄の群に化けた

 岬の果ての空は笑ってる

 からからと

 青く

 晴れやかに



 でも天の底があんまり高いので

 水平線があんなに遠いので

 地平線があんなに果てしないので

 だから秋の旅路はちょっとさみしい








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 「麦」



 天を突いてのびる

 麦、その命のまま

 ただ空をめざす

 曇天があり

 強風があり

 害虫が横をかすめる



 ごていねいに散布される薬品は

 果たして自分を守ってくれるのか

 少しずつ自分を殺していくのか考えあぐねて

 ちょっと疲れたなぁ・・・ああ



 私を真に必要としているのは

 農薬を撒く手ではなく

 刈り取る手ではなく

 私を待っている食卓なのだ







                  




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