第一章 大いなる大地 7編
オン・ザ・ロード〜悠久の地平〜 / スライド・ギター
夏雲の丘 / 弦楽奏者の旅 / 光と虹の湖 / 天上の碧 / 地平
「オン・ザ・ロード 〜悠久の地平〜」
どこまで走り続ければ辿り着くのだろう
この果てしのない旅路を
あの時、きみの手を離さなければ
今一緒に居たのだろうか
どこまでも広がる大空の下
空に向かって聳え立つ巨岩の
独り言さえ聞こえてきそうな静けさ
きみに出会って教えられたこともある
きみを失うことで初めて知ったこともある
でも、それは遠い時の彼方
数千年変わらぬままの風景のなかを
何に向かって走り続けているのだろうか
赤い砂塵に
鳥たちが群れをなして舞い踊る
夕日が落ちてもこのまま突き進むだけ
見果てぬ大地をただ突き進むだけ

「スライド・ギター」
どこまでも広がる綿花畑
入り組んだ運河
青空と太陽の粒子を吸い込んだ
自由の大地
夜が訪れる
星は闇を照らし
月に躍る異界の精霊
柔らかくとけていく湖の波紋
土埃の中ににひそんでいた邪悪の化身たちが
ひそひそとささやき交わす声
森の奥の魔物の呻き
だが、スライド・ギターがうなり始めると
空気がひび割れ
悪霊さえもうなだれて風のようにしのび泣く
弦がうなる
弦がしなる
つまびく指が
誇り高きぶっきらぼうな哀しみと
気の置けない不格好なたくさんの痛みを歌い続ける
すべての美しいものと
すべてのはかないものが
果てしなく螺旋状に交錯する
もう、ここには善も悪も存在しない
弦を聴きながら心は
私を待つ地底の世界に落ちていく
スライド・ギターの青い夜

「 夏雲の丘」
ほら
雲が流れていく
キンポウゲの小さな群生を過ぎたら
キスゲのつぼみがもう開きそうになっているから
夏が来るんだね
歩くことは生き続けるのと同じくらいに
目的であり、義務であり、試練であるのだから
いつも新しい頂きを求めて
山人は歩き続ける
それは、帰る裾野があるから
帰る街があるから
帰る人ごみがあるから
帰る暖かい胸があるから
「山を思えば人恋し
人を思えば山恋し」
夏雲の丘に君の面影を見た
ミルク色の靄の中に、
霧木立のむこうに…
でも、いまは
逢いたくて逢えない切なさをかかえて
僕はまだ頂をめざし、歩をすすめていく
夏はもうそこまでだね

「弦楽奏者の旅」
軽く速く
弦をつまびく
君はそのしなやかな指で
蜜蜂の命が糸の狭間で羽ばたき
季節の花の色が次々に咲きこぼれる
赤・青・白・紫‥‥
君は今
旅にあって弦を抱き
言葉通わぬ村人と
アルカイックな微笑の中に
音楽神のくれたひとときの交流を交わす
繰り広げられる静かなる饗宴を
僕は季節の窓辺で遠く夢見る
ガンジスに咲く花の香を胸に
再び集いの部屋へと帰る日はいつ

「光と虹の湖」
迷いの森を抜けて
私はもとの岸辺に立つ
赤い花と青い羽根の出会うところ
たおやかなさざ波のもとに
やさしい人たちにふたたびめぐりあう
空は嵐の後の薄雲模様、一瞬の陽光が射しこんでは消える
そして忽然と虹は天空に現れる
風雨はいつも先を走り抜け
光とともに虹は姿を隠し
光とともに虹は空を翔る
旅に出て人に出会って知った傷みがある
でも旅は果てしない地平線の拡がりを教えてくれた
しずくに濡れる森の中
このまま時間を忘れていたい
赤い花と青い羽根がゆらりと溶けて
薄紫の闇に抱かれるがままに

「天上の碧」
終わりのない天空の岸辺で私たちは出会い
ラクダの隊商の歩いた場所で
山サンザシの実を拾った
オアシスの水面に映る青空の色は
あの幻の天女のまとった衣にきっと似ている
都市に戻ればあなたは次の仕事に追われる一人の疲れた戦士で
私も歴史の傷みを綴り続けていくただの雑文書きにすぎない
明日、地上のどこかで飢えて死ぬ人がいて
明後日、誰かが銃弾に倒れるいこの地球上
私の力では何も変えることはできないとしても
それでも何かを書き記し続けていくことしか私には闘う術がない
天女がただ微笑み続けるだけで人々の心を優しくするように
無垢の祈りの積み重ねこそが
時としてもっとも豊かな水源のように
大地を歴史を変えうることもあるのだと
それが敦煌壁画の2000年前の碧い色から学んだ真実
天上の碧が永遠に美しくありますように
この地上に信じられる何かがあるのだとしたら
この手で紡ぎ出す未来を守り抜く勇気と友情だけ
砂漠の真ん中で壊れたバスがやがて再び動き出したように
私たちの船は、砂の海を今日も越えていく

「地 平」
果てしないあなたの旅を輝かせるものは何
大地を染める夕日
異境の町の喧噪
満天の星
美しい花
みずみずしい果実
清らかな人との出会い
未知への畏れとおののき
柔らかなあなたの心を苦しめているものは何
去りがたい旅愁
拭いがたい郷愁
人は旅にありて故郷を思い故郷にありて旅を思うと言うが
この胸の苦しみは何だろう
耐え難い今の私の傷みをどう伝えよう
月下の笛声は百語よりも多くの感傷を告げるけれど
万感の旅愁の囚人となった私にはただ涙することしかできない
誰もが地球に抱かれてつかの間の命を旅する旅人
私はまたいつの日か思い出を訪ねて旅に出よう
あの美しい泉の湧くかの地へ
緑にそよぐ優しい風と出会うために

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