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メイン 基礎知識 提案書全文 提案各項目の解説 今後の見通し 


提案書そのものは多岐にわたる内容を網羅していると同時に複雑な背景や新しい概念を盛り込んでいるため、意図がわかりにくい部分があると思われるので、それぞれの提案内容の背景や意図について解説しました。 本来は提案書の添付資料として提出する予定でしたが、内容の承認などの時間的余裕がなかったので、ひとまず高橋個人による解説ということでご紹介します。


「小児慢性特定疾患治療研究事業法制化にあたっての提案書」内容解説

(1)この提案の位置づけ

(2)法制度全体の中で小慢を考える

(3)対象疾患

(4)対象者と重症度基準

(5)対象年齢

(6)患者負担の導入

(7)福祉サービス

(8)事業評価の仕組み

(9)われわれが目指すもの


(1)この提案の位置づけ

 

 昭和49年以来、毎年10万人を超える小児難病・小児慢性疾患患者が「小児慢性特定疾患治療研究事業(小慢)」によって医療費の補助を受け、経済的な不安を感じることなく、先端的な治療を受けてきました。しかし、この世界に誇るべき先進的な事業は、法的な裏付けのない制度であるため、厳しい財政状況の中で、規模縮小の圧力や存続の危機にさらされ続けてきました。

 平成15年7月に与党三党による「難病間連合同会議」が開かれ、小慢法制化への動きが具体化してきました。小児難病親の会連絡会の参加団体は、法制化によって、小慢を長期的に安定した、いままで以上に現状や患者のニーズにあった効果的な制度にするという、厚生労働省の方針を支持しています。また、現在進められている小慢制度の見直しは、過去10年以上に及ぶ親の会と厚生労働省の話し合いの成果であると理解しています。

 自己負担制度、対象疾病見直しといった、患者の生活に直結する法案の詳細部分は、現時点では公開されていません。しかしながらこれらの施策は、制度の対象となる患者の実情を最大限に考慮してはじめて血の通った、実効的な制度になるはずです。そこで今回、法案の具体化に先駆け、親の会連絡会の立場から小慢見直し・法制化の基本的な方向性について提案や状況説明を行うこととなりました。

 「小慢法制化への提案(草案)」の作成にあたっては、親の会連絡会参加団体より有志が参加した「新しい小慢のありかた委員会」が5度におよぶ討議を行い、その度ごとに修正と各団体の会員からの意見をフィードバックを行うことによってまとめました。親の会連絡会の性格上、統一意見として強制力をもつものではありませんが、各団体の立場・意見を単純に集積したものではなく、より広い視野から、難病の子どもの親の会が共通して支持できる提案として、今後の指針となりうるものを目指しています。

 

 この提案がまとまるまでのだいたいの経過は次のようなものです

 

約10年前 障害者福祉法の制定ともからんで小児難病患者の福祉をめぐる議論が起きる
  その過程で、いくつかの小児難病親の会が情報交換のための交流会を企画
90年代後半 財政改革のため小慢制度が縮小・存続の危機に
  定期的に交流会・勉強会を開いてきた「親の会連絡会」でも主要な議題の一つになる
  厚生省(当時)母子保健局担当者との話し合いを重ね、法制化の方向で意見が固まる
平成13年 厚生省が「小児慢性特定疾患治療研究事業の今後のあり方と実施に関する検討会」開始
  厚生省の検討会には各団体関係者も参加、小慢法制化の具体的方向性への論議深まる
平成14年6月 小慢検討会が終了し報告書を発表
平成14年10月 衆議院で第1回「小児慢性特定疾患治療研究事業の法制化を願う親たちの集い」を開く
平成15年2月 第2回「親たちの集い」開催
平成15年5月 小児難病親の会連絡会主催で「小慢フォーラム〜新しい小慢を考える」開催
平成15年7月 第52回親の会連絡会で厚生労働省谷口課長より法制化についての解説
  与党3党による「難病間連合同会議」で小慢法制化の方向性固まる
  法制化の内容について親の会連絡会から逆提案する必要性が議論され、小委員会発足
平成15年8月 臨時小委員会を2度招集し、重症度基準、自己負担などについて討議
平成15年9月 臨時小委員会を2度招集し、複数の会より提案の草案、要望の提出
  「小慢法制化への提案(草案)」をたたき台に修正追加を加える方針を確認
平成15年10月 「小慢法制化への提案(草案)」の骨子最終案を小委員会で討議
  小委員会の名称を「新しい小慢のありかた委員会」と改称
  「小慢法制化への提案(草案)」を参加団体に送付、意見、賛同の意志の確認
平成15年10月27日 親の会連絡会参加40団体の共同提案として厚生労働省児童家庭局に提出

 


(2)法制度全体の中で小慢を考える

 

 従来の小慢は、名目的には「研究対策事業」ですが、実質的には治療費助成(保険診療の患者自己負担分の全額補助)という福祉的な性格でした。それでいて福祉制度全体の中での位置づけや他の制度との関係があいまいなであるという面がありました。今回の見直しにあたっては、福祉制度として改めて位置づける方向性が厚生労働省より明らかにされており、患者自己負担制の導入や重症疾患への重点化といった具体的な見直し内容も、その延長にあります。しかしながら、対象年齢制限の問題や、難病の先端的治療法と保健医療の関係など、小慢という枠の中だけでは解決しにくい、小児難病特有の事情も数多く存在するのも事実です。

 その一方で、小慢対象患者に対する福祉的な援助は、その多くが障害者福祉制度によってカバーされているという現状があります。しかし、障害者を対象として想定した制度は、進行性であったり、病態が変化しやすかったりする小児難病患者の実態にはそぐわない点が多く、それら難病特有の状況に対応できる制度の確立が望まれています。

1.障害者福祉制度ではカバーできない、難病特有の状況に対応できる制度が必要

 小児難病患者や家族を支援する制度は、児童福祉法や障害者福祉法を援用する形で実現されていますが、これらは必ずしも小児難病患者の実情にうまく対応できていません。一例を挙げると、障害者としての認定は、その障害が固定的で回復不能であることが前提であるため、乳幼児が障害者手帳を取得するのが難しかったり、数ヶ月語に歩行障害が出ることが確実な疾患なのに、実際に障害が出てからでないと車椅子の申請ができなかったりします。また、小児難病の場合、これらの補装具は、障害をカバーするだけでなく、障害を防いだり、進行を抑えるためにも重要であるにもかかわらず、障害者福祉制度はそういう視点に欠けるところがあります。

2.診断基準や手続きの一本化など「特定疾患」との関係を整理して矛盾・不合理を解消する

 小慢と関係の深い制度として「特定疾患治療研究事業(特定疾患)」があります。一部の疾患は2つの制度で重複して指定されていますが、現状として2つの制度はまったく独立して運営されています。主として成人を対象とする特定疾患には小児難病独特の視点に欠ける部分があり、その一方で、対象が小児に限定される小慢では、対象患者の成人後への配慮がありません。手続きや医療情報の扱いの上でも対象者に不便を強いる不合理的な部分が多く、また、学術的な面から見ても対象疾患の分類方法などに制度的矛盾を生じています。法制化にあたっては、特定疾患の居宅生活支援事業を小慢にも取り入れたり、年齢制限から小慢ではカバーできなくなる患者を特定疾患で対処するといった統合的な運用に関する具体的な提案が不可欠でしょう。

3.小児難病対策の理念と方向性を明らかにし、自治体ごとの格差縮小を図る

 小慢の実施主体は地方自治体であり、実現されるサービスにはその自治体の福祉政策との関係でかなりの差があります。小慢の見直しは、その格差縮小の方向に働くと考えられますが、対象疾患患者の認定基準や、疾患に関する情報提供サービスなどは、国内どこにあっても同じレベルのサービスを受けることができるよう、積極的に規定する内容を法案に盛り込むことを提案します。小慢法制化は、小児難病の子どもたちが直面している問題の解決や、あるべき将来についてのビジョンを示し、制度の改革と同時に意識の改革をうながすものであるべきでしょう。たとえば、小慢が対象にしている「小児難病」「慢性疾患」の定義もその一つでしょう。小児難病親の会連絡会の参加団体はそれぞれ「難病」であるという認識で参加しているわけですが、一部の疾患については「難病」として扱うべきではないといいった批判もあり、またあきらかに難病であり、慢性疾患でありながら小慢対象になっていない疾患もまだまだたくさんあります。

4.疾患情報データベース構築など、治療研究事業の推進に寄与する制度とする

 今回の法制化に当たって、今後の「治療研究事業」は厚生労働省研究班など、小慢とは別の枠組みで推進されることが確認されています。しかし、たとえ小慢が福祉制度として再定義されるにしても、そこで蓄積される患者情報や治療情報は有効に治療研究事業にフィードバックされるべきでしょう。小慢の意見書から得た情報はデータベース化して、研究者や患者はもちろん、社会一般に還元することを提案します。ただし、この際にプライバシー保護についてはじゅうぶんな配慮を加え、医療研究目的を含めてその再利用には必ず患者側に諮るシステムの設置が必要です。

5.法制化・制度化は、事務手続きの増大による患者負担が生じない形で進める

 法制化に伴い、治療費患者自己負担が発生すれば経済的な負担はもとより、所得税額の証明・申告、窓口での支払い、立て替え、負担額調整などのさまざまな事務手続きが新たに発生することが予想できます。重症度基準の導入も同様に診断書作成、申請といった事務手続きの増大を伴うでしょう。難病の子どもを抱えた家庭は気軽に家を空けることもできないことも多く、このような事務手続きは想像以上の負担になります。また、このような事務手続きの増大が全体として行政コスト、医療コストを大きくしてしまう可能性もあります。法制化にあたっては、患者家族はもちろん、病院、自治体の事務手続きが負担とならないシンプルなシステムを十分に考慮する必要があります。

 


(3)対象疾患

 

 今回の小慢制度見直しの結果、なんらかの形の対象疾患見直しが行われると考えられます。親の会連絡会参加団体は、それぞれの疾患が引き続き対象疾患として指定されること、あるいは新たに対象疾患として追加されることを強く望んでいます。しかしながら、今回の法制化で、あるべき対象疾患を確定するのは現実として難しいだろうという認識ももっています。今回の法制化における対象疾患の見直しは、医学的合理性と激変緩和の視点を重視して行い、それを結論ではなく出発点として、今後の継続的、定期的な見直しによってその時点での最新の状況に合った対象疾患へと調整していくことを提案します。

 

1.対象疾患の追加・除外を検討する公開の機関を設置し、対象疾患・診断基準を毎年見直す

 疾患の分類や治療法などに関する研究の進歩は早く、また、国内に数例といった稀少難病や、まだ病名が学術的にも確定されていない新しい疾患もある以上、現時点での基準が恒久的なものにはなりえません。今後継続的にその基準を見直し、アップデートしていくための手順が必要になってきます。対象疾患が固定してしまい、当然指定されるべき疾患がなかなか認められないことや、追加・除外の判断が患者側から見えないプロセスの中で行われることへの不安は根強いものがあります。対象疾患の検討を目的とした、患者側の代表も加わった公開の機関を常設し、対象疾患の見直しについて毎年審議することを提案します。

2.疾患名による指定と、病態による指定の両面から対象者を考える

 小慢対象疾患には、たとえば代謝異常症であることは確実であっても、病名がまだ定着していない稀少な疾患であったり、あるいは確定診断の技術が確立していない疾患も少なくありません。また、疾患によっては一般的には軽症であるが、同じ疾患名でも一部に重症例があるなど、疾患名だけで対象疾患になるかどうかを判断しにくいものもあります。いままで、ある意味弾力的に運用されていた対象疾患の申請・認定が、法制化によって診断基準のマニュアル化、対象疾患名の明確化といった方向に進むことによって、実態としては小慢制度の対象とするべき患者が排除されてしまうことに、多くの団体が不安を感じています。対象疾患を考えるにあたっては、単純に疾患名単位で「対象」「非対象」と切り分けるのではなく、個々の患者の病態の実情を反映したものにすること、そのためには対象疾患、対象者、重症度基準といった線引きにあたっては、疾患名という視点ではこぼれおちる例外を病態という視点ですくい上げることのできる制度にすることを提案します。

 


(4)対象者と重症度基準

 

 「重症者重点化」は既定方針ではありますが、委員会でももっとも真剣に討議され、また多くの問題点が指摘された部分でもあります。難病患者の「重症度」は、障害者とはかなり違った基準を考える必要があります。また、同じく重症度基準が導入された特定疾患と比較しても、成長期の難しさがあります。それ以上に、長年、同じ疾患の患者の連帯や相互扶助に取り組んできた親の会参加団体は、ひとつの疾患の中に重症・軽症という線引きを作ってしまうことの危険性を体験的に強く感じています。難病を背負って生きる中で、軽症には軽症の、重症には重症の困難があります。親の会の立場から見て、医学的な根拠で軽症・重症を分断する制度は、一つの疾患に向き合う連帯の中で、それぞれの立場で困難を認め合い、理解しあい、支え合っていこうという子ども達の成長を、制度的な枠に押し込め、分断するものだからです。

1.小児難病特有の事情を考慮し、他の福祉制度の対象から漏れる患者の救済に留意する

 特定の治療を続ける限り、日常生活にそれほど大きな支障がない疾患であっても、その治療をいったんやめてしまえば生命や健康に重大な影響がある場合、それを「軽症」と呼べるでしょうか。小慢は対象が成長期の子どもであるため、「発症する前に治療を開始すればその後の症状が抑えられるが、発症後では手遅れ」という疾患もたくさんあります。

 小慢が治療費自己負担分の援助をしてきた背景には、こういった疾患の子どもたちが経済的理由から治療の機会を決定的に失ってしまうことへの強い懸念があったことはいうまでもありません。また、軽症とされた結果、経済的な理由から治療が継続できなくなり、重症化するというのでは、制度の意味を問われるだけでなく、トータルな医療費が増大してしまう恐れさえあります。
 一方で、小慢対象疾患の中には治療法がないため、結果として積極的な治療が行われていない疾患も多くあります。一般的な常識としては、重症であればあるほど積極的な治療が行われるため、これら「治療法のない」疾患の患者は病院との関わりの日常的な状態としては軽症患者に近いものになりがちです。だからといって、それを「軽症」と判断してよいわけがありません。
 親の会連絡会は、いままでの経験から、次のような条件のうち、ひとつにでもあてはまれば「重症」と認定することを提案します。

(a)現在行っている治療を中止すれば、将来、生命や健康の重大な問題を引き起こす場合
(b)治療法の有無にかかわらず、疾病の結果として現在日常生活に著しい不都合が生じている場合
(c)進行性の疾患であるため、近い将来に重度の心身障害が発生することが確実である場合
(d)現時点では治療を行っていなくても、ちょっとしたきっかけで重症化するのが明かな場合
(e)医学的に有効と考えられる治療法を行っており、その治療費が高額かつ長期間におよぶ場合
(f)長期にわたる検査入院など、年間の入院、通院日数が所定の基準を超える場合
(g)現時点では病名が確定していないが、対象疾患群に相当し、予後の重症化が明かな場合

2.重症認定は軽快者との間の流動性を確保し、病状の急変に対応できる制度とする

 小児難病の場合、成長にともなう心身の変化と、病状の変化があることも、重症・軽症の判断を難しくしています。たとえば、0歳児では仮に病状によって「寝たきり」の状態であったとしても、現実的な問題にはなりません。このため、重症・軽症といった区分は固定的なものではなく、状況に応じてフレキシブルに指定を変更できるようにするか、それが難しい疾患についてはすべて重症扱いするといった対応が望ましいでしょう。しかし、現状の障害者手帳の等級などはこういった柔軟性をもっておらず、患者の実態に合わせた支援がしにくくなってます。また、そのことで患者側も一時的に軽症化しても手続き上は重症化した時点のままにしておくといった対応をとらざるを得ません。これではムダなコストが発生するだけではなく、患者の実態把握という研究面にも悪影響が予想されます。

3.年齢制限、対象範囲など、従来あった疾患群ごと、疾患ごとの特例の原則廃止

 従来の小慢では、疾患群によって入院患者のみ対象として認められたり、対象年齢の上限に差があったりしました。疾患によって状況がかなり違うことを考えれば、それなりの合理性がありましたが、今回の法制化で重症度基準という概念が導入され、また、対象疾患に関しても疾患名だけでなく、病態も考慮するという方向性が徹底されればそのような特例は不要になります。原則として好条件側に統一する(たとえば対象年齢はすべての疾患で原則20歳までとする)方向で疾患ごと、疾患群ごとの条件を廃止することを提案します。

4.認定者全員を対象に公費負担(診断書費用含む)で毎年診断・検査を実施

 現在の小慢は、医療費補助のための一制度として行政・医療関係者に認識されているため、利用者の多くは機械的に手続きをするだけで、その意味について考えることはほとんどないのが実情です。また、小慢対象疾患であっても、別の手段でより有利に医療費補助を受けられる場合は小慢の認定を受けないのが普通です。しかし親の会連絡会は、小慢を現状の一部の疾患に対する医療費補助だけの制度ではなく、将来的には小児難病全体をカバーする制度として発展させていきたいと考えており、そのためには小児難病患者全体、小慢対象疾患患者全体の理解と協力が不可欠であると考えます。
 自己負担導入による軽症者の小慢離れを防止し、対象疾患に関する総合的な疾患情報の蓄積を実現するためにも、対象患者に対して毎年公費負担による診断を実施し、その結果を疾患情報データベースにフィードバックすることを提案します。この制度によって、小慢制度による医療費補助を必要としない患者・家族も、新たな自己負担の発生なしに治療研究に貢献し、自分の疾患に関する最新の情報を得ることができます。小慢対象疾患は先端医療であるため医学情報の更新スピードは速いにもかかわらず、有効な治療法がないという理由で医療機関と疎遠になりがちな患者家族にそれが伝わりにくいという問題も解決することができます。

 


(5)対象年齢

 

 医療の進歩により、小慢対象疾患の患者が成人を迎えるケースが増えつつあり、今後はさらに増えることが予想されます。今回の見直しで、小慢の対象年齢は20歳までという方向で統一化、延長化されますが、20歳になったからといって病気が完治するわけではなく、単に制度の対象からはずれるだけという実情は変わりません。
 成人後の小慢対象患者を支援する制度の必要性は、成人するまでは自分自身が子ども(患者)を支えるのが当たり前であるし、また可能であると考える「親の会」だからこそ切実なものがあります。しかし、今回の小慢法制化が児童福祉法との関連で行われること、また、小慢制度という法律単独で解決するのは難しい問題であることを考慮し、20歳以上への延長は要望するものの具体的な提案としては盛り込みません。ただしそれは、現在進行中の基本的な枠組みを崩して法制化を見直すよりも、小児難病患者のライフサイクルすべてをカバーする難病基本法成立への一つのステップとして小慢法制化を進めるべきだという共通認識があるからです。

1.医学的必要性から長期治療計画が20歳をまたいで実施される場合には対象年齢の延長を認める

 一部の疾患では、小児から継続した治療法を成人後もしばらくは続ける必要があったりします。単純に法的年齢で対象が決まる現在の制度では18歳、あるいは20歳をはさむ微妙な期間の治療の必要性が考慮されていません。たとえば、医療上の必要性から5年間かけて段階的に行う必要のある治療を、年齢制限の関係から必ず15歳以前から始めなければいけないというのは不合理です。少なくともこのような具体的・限定的にスケジューリングされた治療計画が存在する一部の疾患・症例に関しては、治療開始時点に申請すれば、特例として20歳を過ぎても当初の治療計画が終了するまで医療費補助の対象とすることを提案します。

 


(6)患者負担の導入

 

 親の会連絡会は、小慢の法制化による安定のために欠かせないプロセスであるという理解をもとに、現在ゼロである、医療費の患者負担分の導入を認める方向で話し合いを進めてきました。しかしながら、実際の患者負担額やその算定基準については、現時点で厚生労働省案が公表されていないこともあり、さまざまな意見があるのが実情です。委員会では、育成医療*1特定疾患*2高額療養費*3など、共通点のある医療費補助制度を比較検討し、「所得に基づいた負担」という今回の法制化の方向の中で具体的にどのような負担が生じるかというシミュレーションを行うと同時に、患者負担の導入にあたってこれだけは譲れないという当事者の声をまとめてきました。ここでは、その結果まとまった原則を解説します。

*1 育成医療:身体に障害があったり、そのままにしておくと将来障害の残る病気で、手術などによってそれを治療する場合、所得税額に応じて一定の限度額以上の費用を公費で負担する制度。心臓病の手術や、骨髄移植などの場合に小慢対象患者もよく利用する。
*2 特定疾患治療研究事業:難病患者を対象に、保健医療の自己負担分を公費負担する制度。全額補助ではなく、自己負担分がある。
*3 高額療養費:保健医療費自己負担分の月額が一定限度額を超えた場合、その限度額のみを自己負担としてそれ以外は払い戻す制度。年齢制限はなく、むしろ高齢者が優遇されるため、生涯にわたって高額の医療費のかかる治療を続ける必要のある疾患では重要な制度。


1.本来、自己負担はゼロであるべきで、患者家族による財政負担の肩代わりであってはならない

 自己負担が小慢法制化のための不可欠の要素であるという状況判断は、小慢という制度のあるべき姿とは無関係です。親の会連絡会としては、自己負担の導入を決定済みの条件としてこのアピールをまとめていますが、小児難病患者の医療費自己負担の免除を実現した小慢成立の理念や、それに取り組んできた多くの人たちの思いを忘れたわけではありません。自己負担の導入に当たって、これらの経緯を無視し、単純な横並び感覚で負担額を決めることは、小慢が築いてきたものに対する否定でもあり、絶対に避けるべきでしょう。
 小慢制度は対象患者が支えて行くものであると同時に、国民全体で支えていくべきものであり、また、最終的に国民全体がその恩恵を受けるものであるはずです。自己負担額の決定のプロセスにおいて、法制化で新たに保証されるサービスのコストが、小慢対象者に転嫁されるべきではありません。

2.患者にとって、それが生涯にわたる継続的な経済費負担であることを考慮する

 育成医療の療育給費制度をはじめ、多くの医療費補助制度は、一時的に大きな医療費が発生する状況を想定しています。小慢対象疾患は原則として慢性であり、根本的な治療法がありませんから、生まれてから死ぬまで治療を継続する必要があります。したがって経済負担の軽減も、医療費のピークカットという視点だけではなく、長期間にわたる累積的な費用の全体を考慮する必要があります。つまりだれでも、毎月、毎年、成人するまで払い続けられる額であることが重要です。

3.小さな子どもを抱えた家庭特有の経済事情を考慮し、所得税なしの低所得者層は自己負担ゼロに

 医療費は親が負担する小児難病は、患者本人に経済力がないことが問題になる成人の難病に比べると恵まれている部分もあります。しかしそのような家庭では両親も若いこと、他に小さな兄弟がいることも多いこと、両親の一方、あるいは両方が子どもの治療や介護に関わる必要があるため経済活動が制限されること、といった小児難病の家族特有の経済事情も存在します。社会の少子化の中、だれもが安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現という大きな目的の中に、小慢があることを自己負担額の決定の上でも充分に考慮する必要があります。
 小児難病患者は家庭によって支えられており、その家庭には非常に大きな精神的、肉体的、そして経済的負担がかかっているのが実情です。このバランスが崩れ、家庭が経済的に破綻すれば患者の治療どころではありません。また、医療費以外の出費も多く、一般家庭の家計のバランスから大きく逸脱していることもあり、単純に所得の額から経済的状況を想定できません。現実に経済的な問題が離婚、子育ての放棄、あるいは治療の中止といった結果に至る例は決して稀ではありません。自己負担制の導入に当たっては、所得に応じた負担という方向性が示されていますが、単に段階的な負担というだけではなく、低所得者層への手厚い配慮が必要です。

4.家庭内全患者、全医療機関の費用総額に限度額を定め、窓口支払いはそれ以下に

 小児難病の場合、小児科が治療の中心になりますが、それ以外の診療科の治療も必要になることが多く、また特殊な治療法や限られた専門医の治療を受ける必要があるため、複数の診療機関を併用することも一般的です。さらに、遺伝疾患などでは兄弟で複数の患者が発生することも多く、自己負担制がこれらの状況を考慮しない場合、仮に最低基準額が抑えられていても、その合計は大きな負担になります。小慢は小児難病の子どもを支える「家族を支援する制度」であるという方向性は、既に厚生労働省によっても示されており、自己負担に関しては「家庭単位の負担」に上限を定める方向にするべきでしょう。
 また、自己負担制が導入された場合、自己負担分をいったん医療機関の窓口で全額納めたあと、行政負担分以外の返還を受けるやり方と、いったん医療機関や保険組合が全額肩代わりしたあとで、定められた自己負担分を支払うやり方が考えられます。前者は小慢制度の負担額に対する患者の注意を喚起することで、不要な診療を防ぎ、制度への理解と協力を求めることが期待される反面、特に重症例の患者家族の経済的、時間的な負担が大きいため、親の会連絡会としては、窓口の支払いが自己負担上限額の範囲に収まる方式を強く要望します。

5.自己負担限度額は年額として育成医療の月額以下が望ましく、最大でも月額5,000円以下に

 自己負担が導入された場合、実際にどの程度であれば負担に耐えられるかという意見聴取を各団体で行った結果、月額5,000円〜10,000円といった回答が多く寄せられました。「限度額」という場合、小慢対象患者の家族は「一度に払える最大の額」ではなく「家計の中から毎月払っていける額」という感覚なのが重要です。
 たとえば育成医療の場合、実際には手術など1回の治療が1ヵ月以内で完結する場合がほとんどです。育成医療をモデルとした場合、その限度額(月額)を1/12にしたものを小慢の月額自己負担額とすれば、年額はほぼ同等になり、ほとんどの所得階層で月額負担が5,000円以下になります。委員会では、所得に応じた負担額が、各所得区分で育成医療、特定疾患、高額療養費といった既存の諸制度より低水準におさまり、ほとんどの対象者の自己負担が5,000円以下におさまる「育成医療の階層区分を用いて限度額は1/12」という案を、自己負担モデルとして提案するという意見が主流を占めました。

6.重症者重点化の観点からも、自己負担上限額は入院・通院で一律とする

 重症者、負担の大きい家庭への支援を重点化するという今回の小慢見直しの方向性を考えた場合、通院に比べて入院した場合の自己負担が2倍になるという育成医療、特定疾患の自己負担制度は矛盾したものとなります。事務手続きの軽減化などとの関係からも、小慢に関しては自己負担上限額は入院・通院を(負担の少ない通院にあわせて)一本化することを提案します。

 


(7)福祉サービス

 

 小慢は医療費負担の軽減を実現してきましたが、現実の小児難病患者の家族には保険診療内の「医療費」以外のさまざまな経済的、労力的負担が発生し、家族の献身的な努力によってカバーされているのが実態です。有効な治療法がないため、特殊な食品、家庭内介護用の医療機器、環境改善のための設備(空調など)への出費が、治療費の自己負担分を上回る場合も少なくありません。今回の見直しが福祉制度としての再定義という方向性にある以上、保健医療費自己負担分の補助だけではなく、小児難病患者が生存し、健康を守り、生活の質を高めていくために不可欠な状況を総合的にサポートする必要があります。

1.小慢手帳を改革し、従来の医療費補助以外の患者支援に活用

 従来の小慢制度は事実上医療費補助以外の機能がありませんでしたが、福祉的制度として見直すことによってさまざまなサービスの実現が予想されます。いままで認定患者であることの証明以外に事実上ほとんど機能をもたなかった小慢手帳にこれら多様な福祉的サービスの機能を集中させ、医療費補助の必要がない対象患者も認定を受け、小慢手帳をもつことのメリットがあるようにすることを提案します。

2.入通院に付随するさまざまな困難を軽減するための制度を用意

 小児難病は専門性が高いこともあり、医療機関が限られます。また、重篤な基礎疾患がある場合には感染症対策などが必要になりますが、そのために必要な措置をとるためには差額ベッドなど保険外の経済負担が発生します。また、遠距離への泊まりがけの通院、入院の時間的、経済的負担も非常に大きくなります。小慢手帳保持者には、これらの保険外診療の経費や専門医への通院・入院の交通費などについて福祉的な助成制度を導入することを提案します。

3.病態悪化の予防も含めて在宅療養用医療器具や日常生活補助具を現物支給・貸与する

 小慢対象患者は、治療が生涯にわたるため、多くの場合家庭内での医療的介護が必要になってきます。この場合必要にってくる医療品や医療器械、たとえばパルスオキシメータ、人工鼻、カニューレ、消毒剤、ガーゼ、ピンセット、シリンジ、吸入器、吸引器、プロテクターなどは、生命や健康の維持のために不可欠といっていいものですが、保険内診療と認められないケースが多く、結果的に小慢対象外の自己負担となっています。おむつ、浴室用品など日常生活に必要で、経済的負担が多額に及ぶものもあります。福祉的な性格をもつ居宅生活支援制度として、これらの現物支給などを行っていくべきです。少なくとも難病患者等居宅生活支援事業で認められているような品目は認めるべきです。

4.「補装具としての保険外医薬品・食品」という概念を積極的に認め、経済的援助を行う

 小慢対象疾患は効果的な治療法が確立されていないものが多く、結果的に実績のない治療法をとらざるをえないケースが多くなります。たとえば食餌療法や、海外では薬効が認められているが、国内では認可されていない薬の使用などです。現状ではこれらの治療法に関して、患者は自己負担による保険外診療という選択をせざるをえません。稀少な疾患に対する先端的な治療法であることを考えれば、専門家のガイドラインに沿った保険外診療は治療研究上の意義を認め、医療費補助の対象にするべきでしょう。
 また、特殊な除去ミルクなど食品ではありながら、生命や健康の維持に必要と考えられ、一方では保健医療制度の中での「治療」と認められないため全額自己負担になっているものが多くあります。これらの食品、医薬部外品を松葉杖やメガネ同様、通常の生活を送るために不可欠な「補装具」であるという認識から経済的負担に制度の援助をさしのべることを提案します。

5.全国統一の相談・情報提供窓口や、難病情報センターのような広報機関を設置する

 特に地方の患者家族は、専門的な医療機関が限られ、疾患に関する情報や、治療の指針について、複数の意見を聞くのが難しい状況にあります。対象疾患の一部が診断までに非常に長い期間がかかったり、地域や医療機関によって診断基準や治療方針が違うといった状況が数多く報告されています。対象疾患全体はもちろん、未指定であっても指定が検討されているような小児難病を含めた総合的な情報センターを設立、あるいは既存の機関にそのような機能をもたせ、疾患情報の提供や遺伝相談、専門医療機関や患者団体の紹介を行うべきでしょう。

6.在宅介護・療養には各種専門家を派遣し、患者団体もその作業に参加する

 小児難病時を抱えた家庭は外出もままならず、家庭内における各種専門家の支援を必要としています。しかし、現状ではそういった専門家の要請の手続きにさえこちらから足を運び、窓口を回ることが要求されています。ソーシャルワーカー、遺伝相談、などメンタルケアも含めたバックアップの体制が必要です。また、これらの作業への患者団体などセルフヘルプグループの協力を経済面、広報などによって支援する必要があります。

7.小児難病患者支援機関・組織・団体の活動を助成し、積極的に活用する

 稀少難病・慢性疾患では患者同士の情報交換が非常に重要です。患者の会をはじめとするこれらの活動を積極的に支援し、資金、事務処理、広報など、市民レベルの活動ではネックになりがちな部分を公的に支援する制度の確立を提案します。また、それら当事者の自発的な活動と、行政レベルの福祉制度が協力し、補完できる体制の整備を提案します。

8.患者の社会的自立・自活を実現するための教育、職業訓練、資格訓練を提供する

 小慢法制化が最終的に小児難病、難病全体を包括的にカバーする制度を実現するための最初のステップであり、そのビジョンを示すものであるとすれば、患者の社会的自立、自活という問題を視野に入れる必要があります。具体的には、職業訓練や資格取得支援、就業支援のような制度を提案します。

 


(8)事業評価の仕組み

 

 よく言えば弾力的、人間的、悪く言えば恣意的に利用されてきた面のある小慢制度ですが、今後はいままで以上に明文化、マニュアル化され、透明度の高い制度として見直されることになるでしょう。それが機械的で硬直した制度ではなく、さまざまな状況に柔軟に対応できる血の通った制度になるためには、適切な事業評価の仕組みが不可欠です。事業評価の仕組みの導入に際しては、効率や対費用効果の面だけではなく、ひとりひとりの患者の治療と生活の向上にどれだけ貢献したかが、真摯に問われるものとなるべきでしょう。

1.事業評価作業は一般に公開し、患者団体もその作業に参加する

 評価には外部の目も必要ですが、当事者である患者と家族の意見を最大限取り入れることができる評価システムの導入を提案します。このためには常設の検討会・審議会を作り、有識者に加えて患者団体代表をメンバーに加えるといった方式を提案します。

2.地方自治体ごとの実施状況の評価を行い、その結果に対する提言を行う

 現実の小慢制度実施に関しては地方自治体による差も大きく、在宅療養の推進や、障害者福祉制度の利用の面でも小慢本来の理念が十分いかされていないケースがあります。これには自治体の財政状況などの理由もありますが、単純に制度的な理解が周知されていないことも多く、国のレベルから制度の周知や、他の自治体におけるケーススタディの提示といった指導を行うことで解決できると考えられる場合も少なくありません。事業評価のシステムには自治体ごとの認定審査会の状況や市町村レベルでの福祉的サービスの実施状況の調査を行うことを提案します。
 


(9)われわれのめざすもの

 

 ひとくちに小児難病といっても、その状況や直面する問題は驚くほどの差があります。10年以上にわたって小慢法制化にむけて協力する過程で、親の会連絡会参加者は、あまりにも大きいお互いの認識の差や、小慢に対する要望のギャップに繰り返し直面してきました。個々の参加者は「患者の親」に過ぎないわけですから、医療行政全体の動きだとか、他の疾患の置かれている医学的な状況など、それまでまったく考えたこともなかった問題だったのです。
 ある疾患の患者家族の代表として、その疾患が置かれている状況がいかに困難で、現在の制度がいかに不都合なものかをお互いに一方的に主張する……そんな会合を重ねるうちに、いつしかひとつひとつの疾患という「立場」を超えて、難病と闘う子ども達全体の姿が漠然とながら見えるようになり、小慢への要望に関しても自然なコンセンサスがとれるようになってきました。
 小慢法制化に積極的に取り組んできたメンバーがそれぞれ所属している親の会には、当初から小慢の対象だった疾患もあれば、最近加わったもの、見直しではずされるかもしれないと不安を感じているもの、長い間小慢の指定を働き続けながらもまだ認められてないものなど、さまざまな立場があります。しかし、このアピールをまとめるための話し合いの場で、そのような立場の差が直接意識されるようなことはめったにありません。具体例や例外を検討する必要があるときに、「わたしたちの疾患では……」という話がでることはあるし、そのような発言が議論全体に深みを与えてはいますが、おかれた状況の違いが立場の違い、利害の違いとなって対立することはめったにありません。
 小慢の見直しや法制化は、従来の小慢を「既得権」と考えるのであれば必ずしもすべての親の会にとって望ましい方向性とは限りません。それでも多くの会がこの作業に積極的に参加しているのは、ひとつひとつの会の立場から声を上げることも大事だけれど、お互いの利害の違いを超えてもっと大きなものを実現するために努力することも大事だということを実感しているからではないでしょうか。そしてなによりもわれわれにそれを実感させてくれるのが、先人が作り上げた小児慢性特定疾患治療研究事業というすばらしい制度の存在なのです。
 われわれは小慢の恩恵をだれよりも強く感じています。だからこそ、それをよりよい制度として次の世代に引き継いでいくことに義務感に近いものを感じているのです。このアピールが権利の要求ではなく、提言としてまとめられたのは、患者の家族に限らず、あらゆる人がその気持ちを分かち合う中で、法制化を進めるのがふさわしいと、感じているからなのです。


(2003/10/28)


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