『拾遺愚草全釈』参考資料集 古今和歌集

文献資料・日本古典

勅撰和歌集

以下勅撰和歌集の本文は主として新編国歌大観による。

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古今和歌集

巻一・春上 巻二・春下 巻三・夏 巻四・秋上 巻五・秋下 巻六・冬 巻七・賀 巻八・離別 巻九・羇旅 巻十一・恋一 巻十二・恋二 巻十三・恋三 巻十四・恋四 巻十五・恋五 巻十六・哀傷 巻十七・雑上 巻十八・雑下 巻十九・雑体 巻二十・大御所歌 神遊歌 東歌 墨滅歌

仮名序

●古今集仮名序

やまとうたは、人の心をたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。花になく鶯、水にすむかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地をうごかし、目に見えぬおに神をもあはれと思はせ、男女の中をもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは歌なり。

【関連歌】下2582

 

●古今集仮名序

難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花

【通釈】難波津に、咲いたよこの花が。冬の間は籠っていて、今はもう春になったというわけで、咲いたよこの花が。

【語釈】◇難波津 難波の港。難波は大阪市及びその付近の古称。仁徳天皇の高津宮が置かれた。◇この花 「木の花」と解する説もある。古今集仮名序に添えられた古注は「梅の花を言ふなるべし」とする。但し桜の花とする説もある。◇冬ごもり 万葉集では春の枕詞にも用いられる。

【付記】古今集仮名序に「おほささきのみかどを、そへたてまつれるうた」(仁徳天皇を諷した歌)として出ている。仮名序の古注には王仁が仁徳天皇に献った歌とし、平安後期の『和歌童蒙抄』には「古万葉集に云、新羅人王仁が大鷦鷯天皇に奉れる歌なり」とする。

【関連歌】上1489、中1818、下2203

 

●古今集仮名序

それ、まくらことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、かつは人の耳におそり、かつは歌の心にはぢおもへど、たなびく雲のたちゐ、なく鹿のおきふしは、貫之らがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむ、よろこびぬる。人麿なくなりにたれど、歌のこと、とどまれるかな。たとひ時うつり、ことさり、たのしび、かなしびゆきかふとも、この歌のもじあるをや。青柳の糸たえず、松の葉のちりうせずして、まさきのかづら、ながくつたはり、鳥の跡、ひさしくとどまれらば、歌のさまをも知り、ことの心を得たらむ人は、大空の月を見るがごとくに、いにしへをあふぎて、今を恋ひざらめかも。

【関連歌】下2596

 

巻第一 春歌上

●古今集・春上・三 題不知 読人不知

春霞たてるやいづこみよしのの吉野の山に雪は降りつつ

【通釈】春霞が立っているのは何処か。吉野の山にまだ雪は降り降りしている。

【付記】暦の上では春となった頃、なお雪の降り続ける吉野の山里にあって、春の徴候である霞を想い、文字通りの春の到来を待ち侘びる心。『和漢朗詠集』に採られて愛誦され、定家も『秀歌大躰』に採るなど高く評価した。

【関連歌】上0403、上1304、下2045

 

●古今集・春上・四 二条の后の春のはじめの御歌

雪のうちに春は来にけり鶯のこほれる涙いまやとくらむ

【通釈】まだ雪の残っているうちに春はやって来たのだった。谷間に籠っている鶯の氷った涙も今頃は融けているだろうか。

【付記】作者は藤原高子(たかいこ)。「春は来にけり」は暦の上のことを言う。「鶯の擬人化は唐詩の流行でもあるが、涙を用いたのは王朝的か」(新古典大系注)。

【関連歌】下2771、員外3086

 

●古今集・春上・五 題不知 読人不知

梅が枝に来ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ

【通釈】梅の枝に来て止まっている鶯は、春に思いを寄せて鳴くけれども、まだ雪は降り降りしている。

【語釈】◇梅が枝 梅の枝。普通は花の咲く枝を言うが、掲出歌の場合、古今集・春上・の配列(季節の進行に合わせて歌が並べられている)からすると、梅の花はまだ咲いていないと見るべきであろう。◇春かけて 春を心にかけて。

【付記】梅の枝に止まり、雪に抗議するかのように鳴き続ける鶯に、作者は春に憧れる自身の思いを託している。定家は『八代抄』に採り、『定家十体』では「濃様」の例歌としている。

【関連歌】中1631

 

●古今集・春上・七 題不知 読人不知

心ざしふかくそめてしをりければ消えあへぬ雪の花と見ゆらむ

    ある人のいはく、前太政大臣の歌なり

【通釈】深く心を寄せて折り取ったので、消えきらない雪が美しい花と見えるのだろう。

【付記】雪が消えずに残っている梅の枝を、余りの美しさに、心込めて折り取った。その心ざしの深さゆえに、消えずに残っている雪が自分の目には美しい花に見え続けている、と言う。春に憧れる心が雪を花と見せるのである。「をりければ」を「居りければ」の意に解する説もあるが、定家『僻案抄』では「折りければ」を取る。左注の「前太政大臣」は藤原良房を指す。

【関連歌】上1002、上1301、中1508

 

●古今集・春上・八 二条の后の春宮の御息所ときこえける時、正月三日おまへに召して、おほせごとあるあひだに、日は照りながら雪のかしらに降りかかりけるを詠ませ給ひける 文屋康秀

春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき

【通釈】晴がましい春の日の光にあたる私ですが、頭髪が雪を被ったように白くなっているのが遣りきれない気持です。

【付記】二条の后藤原高子が「春宮の御息所」(皇太子の御母の后。この皇太子はのちの陽成天皇)と呼ばれていた頃、康秀を御前に召し、「日は照りながら雪の頭に降りかかりける」という題で詠むよう命じたのに応えた歌。「春の日のひかりにあたる」に春宮のご恩顧を被っている意を掛けている。当意即妙の歌として評判になったものであろう。

【関連歌】上0181

 

●古今集・春上・九 雪のふりけるをよめる 紀貫之

霞たちこのめもはるの雪ふれば花なき里も花ぞ散りける

【通釈】霞があらわれ、木の芽も芽ぐむ春――その春の雪が降るので、花のない里でも花が散るのだった。

【語釈】◇このめもはるの 「木の芽も張る」「春の」と掛けて言う。

【付記】春になって雪が降っているさまを、まだ花の咲いていない里に花が散っていると眺めて興じた。「霞たちこのめもはる」までは「春」を導き出す序詞。

【関連歌】下2029

 

●古今集・春上・一〇 春のはじめによめる 藤原言直

春やとき花やおそきと聞きわかむ鶯だにも鳴かずもあるかな

【通釈】春が来るのが早いのか、花が咲くのが遅いのか、鳴き声で聞き分けようものを――その鶯さえも鳴いてくれないことだ。

【語釈】◇花やおそき 「花」は梅を指す。

【付記】初春なのだから梅が咲いても良いはずなのに咲かないのは、暦の上で春が早く来すぎたのか、それとも花の開花が例年より遅れているのか、と訝る。《春告げ鳥》たる鶯の声によって判定しようものを、それも叶わないと言うのである。

【関連歌】上0504、上1002、下2412、員外2994、員外3399

 

●古今集・春上・一二 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 源当純

谷風にとくる氷のひまごとにうち出づる波や春の初花

【通釈】谷を吹く春風によって解け始める氷――その隙間隙間に、ほとばしり出る波よ、これが春の初花なのか。

【付記】寛平五年(八九三)以前、宇多天皇の母班子女王が主催した歌合に出された歌。『礼記』の「東風解凍」に基づく発想であるが、融けた氷の隙間に奔出する谷川を生き生きと捉えている。これをさらに「春の初花」に見立てたところが当時の好尚である。

【関連歌】上0409、上0501、下2338、員外3621

 

●古今集・春上・一三 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 紀友則

花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる

【通釈】梅の花の香を、風の便りに添えて、鶯をいざなう案内として送る。

【語釈】◇風のたよりにたぐへて 「たぐへ」は、「二つの物を一緒にする」「添わせる」程の意。風を使者とし、花の香を添わせて。また、「風の便り」は手紙のことでもあるから、「花の香を手紙に添えて」といった意にもなり得る。◇しるべにはやる 案内として送る。助詞「は」は「しるべに」を取り立てて強めるはたらき。

【付記】鶯は春が来るまで谷に籠っているものとされた。その鳴き声を待望する心を、擬人法を駆使して詠む。寛平四年(八九二)頃、宇多天皇の母后、班子女王の邸で催された寛平御時后宮歌合の巻頭歌。

【関連歌】上0104、上0642、上1017、上1103、中1681、中1846、中1866、下2035、員外3401

 

●古今集・春上・一七 題不知 読人不知

春日野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり

【通釈】春日野は今日は野焼きしないでおくれ。いとしい人も中に入り込んでいる、私も入り込んでいる。

【語釈】◇若草の 「つま」の枕詞。また若草は春日野の縁語。◇つま 配偶者の片方。夫からみた妻、または妻からみた夫。掲出歌の場合いずれとも決し得ない。

【付記】伊勢物語十二段では初句「武蔵野は」。同書では「昔男」が女を盗んで武蔵野へ連れて行ったが、国守に捕まりそうになり、女を草叢の中に置いて逃げてしまった、その時に女が詠んだ歌としている。その場合、「つま」は夫(相手の男)の意となる。古今集・春上の歌としては、春日野に潜む一対の男女が、土地の農民等に向かって野焼きをしないよう呼びかけている歌と取るのが常識的な読み方となる。二句・四句切れの五七調、下句の並列表現など、おおらかな古調がいかにも民謡風である。

【関連歌】中1503

 

●古今集・春上・一八 題不知 読人不知

春日野の飛火(とぶひ)の野守いでて見よ今いくかありて若菜つみてむ

【通釈】春日野の飛火野の番人よ、野に出て見ておくれ。あと何日すれば、若菜を摘めるだろう。

【語釈】◇飛火の野守 飛火野の番人。飛火野は和銅五年(七一二)、春日の地に(とぶひ)が設置されて以後の称。

【付記】初春の恒例行事であった若菜摘みの日を待ち望む心を、野守に対する呼び掛けという形を取ることで、高らかに歌い上げている。

【関連歌】上0903、上1111、上1204、中1989、下2032、員外3335

 

●古今集・春上・一九 題不知 読人不知

み山には松の雪だに消えなくに都は野べの若菜つみけり

【通釈】山では松の木に積もった雪さえ消えていないのに、都では野辺の若菜を摘んでいるのだった。

【語釈】◇み山 「み」は習慣的に付けた接頭語。但し「深山」の意と見る説もある。

【付記】まだ冬の趣が残る山里と、すっかり春めいた都との、季節感のずれ。都にいる人が山を見ての感慨か、山に住む人が都に出て来ての感慨か、両説ある。感動の中心は「都は…つみけり」にあるので、山の住人の都に出て来ての驚きと見る方が素直であろう。

【関連歌】上1005、上1304、上1403、下2045

 

●古今集・春上・二〇 題不知 読人不知

あづさ弓おしてはるさめ今日降りぬ明日さへ降らば若菜つみてむ

【通釈】春雨が今日降った。明日もまた降るならば、若菜を摘んでしまおう。

【語釈】◇あづさ弓おして 弓を「おして」、すなわち力をこめて「張る」ことから、「春」を言い起こす。

【付記】春雨は草木の発育を促すものとされた。明日も引き続き降ったなら、若菜が伸び過ぎてしまうので、雨中でも摘み取ろうとの心。

【関連歌】上0405、上1204

 

●古今集・春上・二一 仁和のみかど、みこにおましましける時に、人に若菜たまひける御うた

君がため春の野にいでて若菜つむわが衣手に雪はふりつつ

【通釈】あなたに捧げようと、春の野に出て若菜を摘む私の袖に、雪はしきりと降っている。

【付記】「仁和のみかど」すなわち光孝天皇が親王であった時、人に若菜を賜った時の歌。定家は小倉百首のほか、『定家十体(麗様)』『八代抄』『詠歌大概』『秀歌大躰』などに採っている。

【関連歌】上1106

 

●古今集・春上・二二 歌奉れとおほせられし時、よみて奉れる 貫之

春日野の若菜つみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ

【通釈】春日野の若菜を摘みにゆくのだろうか、真っ白な袖を目立つように打ち振って人々が歩いてゆく。

【語釈】◇ふりはへ 「ふりはふ(振り延ふ)」は「ことさらにする」意の複合動詞。「ふり」に袖を振る意を掛けている。◇人のゆくらむ 「らむ」は推量の助動詞であるが、「人のゆく」ことの原因が「若菜つみにや」であると推し量っていることを示しており、「人のゆく」こと自体を推量しているのではない。

【付記】天皇に歌を献上せよと命じられて詠んだという歌。若菜摘みの名所である奈良の春日野に、朗らかなしぐさで歩いてゆく人々を遠望する立場で詠んでいる。定家は『八代抄』『秀歌大躰』に採っている。

【関連歌】上1106、中1680、中1818、員外3568

 

●古今集・春上・二三 題不知 在原行平朝臣

春のきる霞の衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ

【通釈】春が着る霞の衣は、緯糸(ぬきいと)が薄いので、山を吹く風に乱れるものらしい。

【付記】山にかかった霞を春の着る衣に喩え、それが風に吹き乱されるさまを、緯糸(ぬきいと)が薄いために破れてしまったのに違いない、と見た。「はる(張る)」「きる(着る・截る)」「ぬき(緯・脱ぎ)」「みだる(衣が破れる)」と、衣に関する縁語を横糸として織り込んだ。めまぐるしいまでの技巧を駆使している。

【関連歌】中1958、中1990、下2030、員外3398

 

●古今集・春上・二四 寛平御時きさいの宮の歌合によめる 源宗于朝臣

ときはなる松のみどりも春来れば今ひとしほの色まさりけり

【通釈】常に不変の松の緑も、春が来たので、さらに一際色が濃くなるのだった。

【付記】常緑の松もひとしお色がまさるとして、春という季節のめでたさを讃える。

【関連歌】上0205、上0583、上0912、上1203、中1683、下2330、員外2998、員外3358

 

●古今集・春上・二五 歌たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれる 貫之

わがせこが衣はるさめふるごとに野辺のみどりぞ色まさりける

【通釈】我が夫の衣を洗って張るというその「はる」さめが降るたびに、野辺の緑は色が濃くなってゆくのだ。

【付記】「わがせこが衣」は「張る」から「春雨」を言い起こすための序であるが、春は叙任の季節ゆえ、「わがせこが衣」を出したことで、春ごとに昇進して位階を示す衣服の色が「まさり」ゆくめでたさを含意している。官人の妻の立場から詠んだ、春の訪れの喜びと夫の昇進の喜びを重ね合わせた歌である。

【関連歌】上1308、員外3394

 

●古今集・春上・二七 西大寺のほとりの柳をよめる 僧正遍昭

浅みどり糸よりかけて白露を玉にもぬける春の柳か

【通釈】浅緑の糸を縒り合わせて、白露を数珠として貫いた春の柳であるなあ。

【語釈】◇糸よりかけて 糸を縒り合わせて。春風に揺れる枝が絡まりあった様。

【付記】詞書の「西大寺」は奈良のでなく、平安京羅城門の西にあった寺。朱雀大路を挟んで東寺に相対していた。その寺のほとりの柳を詠んだという歌である。

【関連歌】上0206、中1868、員外3310

 

●古今集・春上・二八 題不知 読人不知

(もも)()(どり)さへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞ()りゆく

【通釈】百千鳥がさえずる春は何もかも新しくなるけれども、私は年老いてゆくのだ。

【参考】「冬過ぎて春し来ぬれば年月はあらたまれども人はふりゆく」(万葉集一八八4、作者未詳) 【付記】旧暦では新春が来るたびに齢を一つ加えた。復活し更新される周囲の自然と、年老いてゆく自己とを対比しているが、「百千鳥さへづる」という最も明るく晴れやかな風物を出すことで、老いの感慨を深くしている。

【関連歌】上0908、上1314、員外3354

 

●古今集・春上・二九 題不知 読人不知

をちこちのたづきもしらぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな

【通釈】どこがどことも見当のつかない山中で、心もとないさまで人を呼ぶ、呼子鳥であるよ。

◇呼子鳥 鳴き声が「子」(人を親しんで呼ぶ称)を呼んでいるように聞える鳥。万葉集にも多く見え、古今伝授の三鳥の一つであるが、どの鳥を指すか不明。その声が「吾子(あこ)」とも聞えるので、カッコウとする説があるが、カッコウは早春には鳴かないので、古今集・春上・の「呼子鳥」には適合しない。動詞「呼ぶ」と掛詞。

【付記】山中深く迷い込み恋しい人を呼ぶように鳴く呼子鳥の声に、不安な感じを覚えている。春の歌ではあるが、恋の趣がこもる。

【関連歌】上0514

 

●古今集・春上・三一 帰雁をよめる 伊勢

春霞たつを見すててゆく(かり)は花なき里に住みやならへる

【通釈】春霞が立つのを見捨ててゆく雁は、花の無い里に住み慣れているのだろうか。

【付記】人々が待望する花の季節を見捨て、北の空へ飛び立ってゆく雁を訝ってみせた歌。

【関連歌】上0117、上1320、員外3206

 

●古今集・春上・三二 題不知 読人不知

折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに鶯の鳴く

【通釈】折り取ったので、私の袖に移り香が匂うものだから、梅の花があると思って、ここに鶯が鳴くのだろうか。

【語釈】◇袖こそにほへ 袖が匂うので。係助詞「こそ」に呼応して「にほふ」が已然形に活用する。

【付記】梅の枝を折り取った袖に移り香が残っているので、花が咲いていると勘違いして、すぐ近くで鶯が鳴いているのかと見た。梅の香と鶯に寄せる耽美の心を、詩的誇張によって表現している。

【関連歌】下2039

 

●古今集・春上・三三 題不知 読人不知

色よりも香こそあはれと思ほゆれたが袖ふれし宿の梅ぞも

【通釈】色よりも香こそが趣深いと思われる。誰の袖が触れて梅の香が移り、我が宿が匂うようになったのか。

【付記】家の梅の香を、誰かの袖に焚き染めた香が移ったのかと言って訝る。

【関連歌】上1107

 

●古今集・春上・三七 題不知 素性法師

よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬ色香は折りてなりけり

【通釈】遠くからばかり素晴らしいと眺めていた梅の花――しかし、いくら賞美してもしきれない色と香は、枝を折り、まじまじと見て初めて分かるものだったよ。

【付記】折り取って初めて梅の花の「あかぬ色香」を知ったと言う。恋の寓意を籠めているようでもある。

【関連歌】上1163

 

●古今集・春上・三九 くらぶ山にてよめる 貫之

梅の花にほふ春べはくらぶ山闇にこゆれどしるくぞありける

【通釈】梅の花が匂う春の頃は、暗いというくらぶ山を闇の中越えるけれども、花のありかははっきりと知られるのだった。

【語釈】◇くらぶ山 鞍馬山の古名かと言う。

【関連歌】員外3569

 

●古今集・春上・四〇 月夜に梅の花を折りてと人のいひければ、折るとてよめる 躬恒

月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞ知るべかりける

【通釈】月夜には、白い月光が明るすぎて、はっきり見分けることも出来ません。梅の花は、香を探し訪ねてこそ、ありかを知ることができるものです。

【付記】月夜に「梅の花を一枝折って、送って下さい」と言ってきた相手に返事として贈った歌。我が家を訪ねて来て欲しいとの思いを籠めている。

【関連歌】上0006

 

●古今集・春上・四一 春の夜、梅の花をよめる 躬恒

春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる

【通釈】春の夜の闇は美しい(あや)を隠しているつもりだろうが、その甲斐もない。梅の花は、色は確かに見えないけれども、香は隠れたりするものか。

【語釈】◇あやなし 「あやなしとは、たとへばかひなき事をあぢきなくなどいふやうなる詞也」(僻案抄)。「あや」には「彩」の意が掛かる。

【付記】春の夜の闇にかこつけ、梅の花の香り高さを婉曲に賞賛している。

【関連歌】上0006、上0107、上0305、上0836

 

●古今集・春上・四二 初瀬にまうづるごとに宿りける人の家に久しく宿らで、程へて後に至れりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむ宿りはあると、言ひいだして侍りければ、そこに立てりける梅の花を折りてよめる 貫之

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

【通釈】(詞書)初瀬の寺に参詣するたび宿を借りていた人の家に、長いこと宿らず、時を経て後に訪れたので、その家の主人が「このように確かにあなたの宿はあるのに」と中から言って来ましたので、そこに立っていた梅の花を折って詠んだ歌。 (歌)住む人はさあどうか、心は変ってしまったか。それは知らないけれども、古里では、花が昔のままの香に匂っている。(人の心はうつろいやすいとしても、花は以前と変らぬ様で私を迎え入れてくれるのだ。)

【語釈】◇人はいさ 人はさあどうか。この「人」は婉曲に、詞書にある「家のあるじ」を指している。◇ふるさと 馴染みの里。具体的には詞書の「やどりける人の家」がある里を指す。京から初瀬の途上のどこか、おそらくは奈良旧京か。

【付記】長谷寺詣でのたび世話になっていた人の家に久しぶりに宿を借りたところ、家の主人が疎遠を恨んだので詠んだという歌。人の心と花を対比的にとらえ、あてにならない前者に対して後者は不変であると言って、相手の恨みごとをひねりかえすような機知をはたらかせている。当意即妙の挨拶歌である。

【関連歌】上1017

 

●古今集・春上・四三 水のほとりに梅の花咲けりけるをよめる 伊勢

春ごとに流るる川を花と見て折られぬ水に袖や濡れなむ

【通釈】春になる毎に、流れる川に映った影を花と見誤って、折ることのできない水に袖が濡れるのだろうか。

【付記】流れる川の水に映った梅の花を見て、思わず手折ろうとし、むなしく水に袖を濡らしてしまった。この岸辺に梅が咲くたびに、また花に欺かれ、袖を濡らすことだろうか。「春ごとに」すなわち来年も再来年も同じあやまちを犯しそうだ、と言うことで、水面の花の影がいかにリアルであるかを強調している。梅の花に対する耽美の思いを、誇張と婉曲によって表現している。

【関連歌】上0108、下2072、下2294、員外2898、員外3607

 

●古今集・春上・四四 水のほとりに梅の花咲けりけるをよめる 伊勢

年を経て花の鏡となる水はちりかかるをや曇ると言ふらむ

【通釈】永年のあいだ、花を映す鏡となっている水は、(普通の鏡とは違って塵がかかるのを曇るというのでなく、)花が散りかかるのを曇ると言うのだろうか。

【付記】川の水面を「花の鏡」に見立てる。「散りかかる」に「塵かかる」を掛け、年を経て古びた鏡なら塵がかかって曇るだろうが、花の鏡ならば花が散りかかるのを「曇る」と言うのだろう、と洒落た。

【関連歌】上1202、中1512、中1735、下2470、員外3342

 

●古今集・春上・四五 家にありける梅の花の散りけるをよめる 貫之

暮ると明くと目かれぬものを梅の花いつの人まにうつろひぬらむ

【通釈】日が暮れれば眺め、夜が明ければ眺めして、目を離さずにいたのに、梅の花は、いつ人の見ていない間に散ってしまったのだろう。

【語釈】◇目かれぬ 目が離れない。◇人ま 人のいぬ間。人の見ぬ間。◇うつろひぬらむ 花が「うつろふ」と言うとき、古くは盛りが過ぎて衰えることを言ったが、古今集・春上・の頃には散る意にも用いた。【付記】家の庭に咲いていた梅の花が散ってしまったのを詠んだ歌。常に目を離さぬよう賞美していたにもかかわらず、自分の知らないうちに散ってしまったことを訝り、あたかも花が人目を忍んで散ったかのように見なしている。

【関連歌】上1181、上1306、中1858、員外3249

 

●古今集・春上・四七 寛平御時きさいの宮の歌合のうた 素性法師

散ると見てあるべきものを梅の花うたてにほひの袖にとまれる

【通釈】どうせいつかは散るものだと思って、達観している方がよいのに。困ったことに匂いが袖に留まっているよ。

【付記】花をはかないものとして、過度な感傷を自らに禁じようとしながらも、袖の移り香によって静観に困難を感じている心。「寛平御時きさいの宮の歌合」は光孝天皇の后班子女王の催した歌合。実質的な主催者は宇多天皇であったろうと言う。成立は寛平五年(八九三)以前。

【関連歌】中1911

 

●古今集・春上・五〇 題不知 読人不知

山たかみ人もすさめぬ桜花いたくなわびそ我見はやさむ

【通釈】山が高いので、人も賞美しない桜花よ。ひどく落胆するな。私が見てほめそやそう。

【関連歌】員外3599

 

●古今集・春上・五三 渚の院にて桜を見てよめる 在原業平朝臣

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

【通釈】この世の中に全く桜というものが無かったならば、春を過ごす心はのどかであったろうよ。

【付記】「渚の院」は、いまの大阪府枚方市辺りにあった惟喬親王の別荘。遊猟地であった交野に近い。伊勢物語八十二段には、業平が交野で狩のお供をした際、「狩はねむごろにもせで、酒をのみのみつつ、やまとうたにかかれりけり。いま狩する交野の渚の家、その院の桜ことにおもしろし。その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、かみなかしも、みな歌よみけり」とあって、桜の木の下での酒宴で詠まれた歌となっている。公任撰『三十六人撰』『和漢朗詠集』などに採られ業平の代表作とされたが、定家は自らの秀歌撰にこの歌を採っていない。

【関連歌】員外3409

 

●古今集・春上・五四 題不知 読人不知

(いし)ばしる滝なくもがな桜花手折(たを)りても来む見ぬ人のため

【通釈】石の上を激しく流れる急流がなかったならよいのに。対岸に咲く桜の花を手折っても来よう、ここで見られない人のために。

【語釈】◇石ばしる 石の上を激しく流れる。万葉集の「石走」(現在の定訓は「いはばしる」)から来た語。「滝」の枕詞とも。◇滝 激流。

【付記】美しい景に対する感動を、居合わせない人とも分かち合いたいとの心。万葉集にも同じような詩情を詠んだ歌が少なくない。「題しらず」とあるが、題詠よりも即興の歌に相応しい詠みぶりである。

【関連歌】上0115、上1381

 

●古今集・春上・五六 花ざかりに京をみやりてよめる 素性

見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける

【通釈】都をはるかに見渡せば、柳の翠と、桜の白と、交ぜ込んで、さながら春の錦であった。

【付記】錦は秋の紅葉の喩えとするのが常であったが、都の春景こそが錦織物であると見た。

【関連歌】上0014、上0111、上0616、上1410、中1686、員外2899

 

●古今集・春上・五七 桜の花のもとにて、年の老いぬる事をなげきてよめる 紀友則

色も香もおなじ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける

【通釈】はかない現世に似ているのか。桜の花は、咲いたと見るうちに、次から次へ散ってしまうのだった。

【語釈】◇さくらめど 咲いているのであろうけれど。「桜」を掛ける。◇あらたまりける 年老いて別人のようになってしまう。

【付記】花との対比において、老いという人の宿命の悲しみを歌う。白氏文集巻十六「逐処花皆好、随年貌自衰(処を逐うて花皆好し、年に随つて貌自づから衰ふ)」や劉庭芝「年年歳歳花相似、歳歳年年人不同(年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず)」など漢詩からの影響が指摘されている。

【関連歌】員外3204

 

●古今集・春上・五九 歌奉れとおほせられし時によみ奉れる 貫之

桜花咲きにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲

【通釈】桜の花が咲いたらしいなあ。山の峡を通して白雲が見える。

【付記】花を白雲に見立てた趣向の最初期の例。二句切れの語勢が歌柄を大きくして、大景を眺めやった時の感動によく叶っている。いわゆる「丈高き」歌。第二句を「さきにけらしも」とする本もある。

【関連歌】上0601、上1311

 

●古今集・春上・六二 桜の花の盛りに、久しくとはざりける人の来たりける時によみける 読人不知

あだなりと名にこそ立てれ桜花年にまれなる人も待ちけり

【通釈】浮気者と評判にこそ立っているけれども、桜の花は、一年でも稀にしか訪れない人を待っていたよ。

【語釈】◇あだなりと 不実であると。浮気者であると。桜の花の散りやすさを言うが、相手の不誠実に対する皮肉も籠もる。

【付記】桜の花の盛りの頃、長く訪れなかった人(在原業平)が久しぶりにやって来た時、某が贈った歌。「毎年咲く花の方が、年に一度も来てくれるかどうか分からないあなたより、ずっと誠意がありますね」と皮肉ったのである。業平の返歌は次項。

【関連歌】上1027、中1869

 

●古今集・春上・六三 返し 業平朝臣

けふ来ずはあすは雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや

【通釈】今日は覚えていてくれても、明日になれば私のことなど忘れて、別の男へ心を移してしまうだろう。"あだ"なのは貴方のほうだ。

【付記】久しく訪れなかった人の家へ、桜の盛りの季節、業平が訪れた。そこで、家の人が「あだなりと名にこそ立てれ桜花年に稀なる人も待ちけり(毎年咲く花の方が、年に一度も来てくれるかどうか分からないあなたより、ずっと誠意がありますね)」と皮肉ったのに対し、業平も負けずに応酬した歌である。「"あだ"なのは貴方のほうだ」と切り返したのである。伊勢物語十七段にほぼ同じ形で載っている。

【関連歌】上0510、上0969、上1016、上1114、中1747、中1820

 

●古今集・春上・六四 題不知 読人不知

ちりぬれば恋ふれどしるしなきものを今日こそ桜折らば折りてめ

【通釈】散ってしまえば、いくら恋しがっても甲斐がないよ。桜の花を折るなら、今日こそ折ってしまおう。

【付記】ためらいつつ、散ってしまう前に桜の花枝を折り取ろうとの心。

【関連歌】下2232

 

●古今集・春上・六六 題不知 読人不知

桜色に衣はふかく染めて着む花の散りなむのちのかたみに

【通釈】衣は桜の色に深く染めて着よう。花が散ってしまったあとの思い出のよすがとして。

【付記】「桜色」はごく淡い紅染。薄い色であるのに「ふかくそめて」と言っているところに興趣がある。

【関連歌】中1742

 

●古今集・春上・六八 亭子院歌合の時よめる 伊勢

見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむのちぞ咲かまし

【通釈】見る人もない山里の桜花よ、おまえ以外の花がすっかり散ってしまったあとに咲けばよいのに。

【付記】遠い山里に、眺める人もいないまま咲いている桜を思いやる。延喜十三年(九一三)三月十三日、宇多法皇の御所で催された歌合に出された作。古今集・春上の巻末歌。

【関連歌】上0015

 

巻第二 春歌下

●古今集・春下・六九 題不知 読人不知

春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく

【通釈】春霞がたなびく山の桜花は、散ろうとするのだろうか、色が衰えてゆく。

【付記】古今集巻二春歌下の巻頭歌。話手は山の桜の花を遠望し、今にも散りそうなありさまに感慨をおぼえている。

【関連歌】上1352

 

●古今集・春下・七〇 題不知 読人不知

待てといふに散らでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし

【通釈】待ってくれと言うのに対して、散らずに枝に留まるものであるならば、何物を桜の花以上に慕おうか。(慌ただしく散ってしまうからこそ、桜をこの上なく慕うのだ。)

【付記】慌ただしく散ってしまうからこそ、桜をこの上なく慕うと言うのである。

【関連歌】上0643

 

●古今集・春下・七二 題不知 読人不知

この里に旅寝しぬべし桜花散りのまがひに家路忘れて

【通釈】この里で野宿してしまうことになりそうだ。桜の花が散り乱れるのに紛れて、家路を忘れて。

【参考】「花下忘帰因美景」(白氏文集・酬哥舒大見贈)

【付記】散り乱れる花に帰り道も忘れてしまうとは、桜に対する耽美の心から来た詩的誇張。花見に訪れた里で野宿を余儀なくされることに興じている。

【関連歌】上1018、下2077

 

●古今集・春下・七六 桜の花の散り侍りけるを見てよみける 素性法師

花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ

【通釈】花を散らす風の泊る宿はどこか、誰か知っているか。私に教えてくれ。そこへ行って怨み言を言おう。

【付記】風を擬人化。花を散らしてすでに吹きやんだ風に対し、憤っているという趣向である。

【関連歌】上0020、上0646

 

●古今集・春下・七九 山のさくらを見てよめる 貫之

春霞なに隠すらむ桜花散るまをだにも見るべきものを

【通釈】春霞はどうして桜の花を隠すのだろう。せめて散っている間だけでも見なくてはと思うのに。

【付記】花の散り際にせめて名残を惜しもうとする心を、春霞がさまたげる。

【関連歌】上0118

 

●古今集・春下・八四 桜の花の散るをよめる 紀友則

ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ

【通釈】日の光がやわらかにふりそそぐ、風もなく穏やかなこの春の日にあって、落ち着いた心なしに、どうして桜の花が散ってゆくのだろう。

【語釈】◇ひさかたの 光の枕詞として用いる例は稀で、おそらくこの歌が初例。「久し」の語感が響き、永々と穏やかに続く春の日のイメージを強めるはたらきをしている。◇光のどけき 日の光がやわらかな。◇しづ心 安定している(花の)心。◇花の散るらむ なぜ花が散るのだろうか。助動詞「らむ」は、疑問の意を表わす語を伴わなくても、「どうして…なのだろう」の意をあらわす場合がある。例「春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ」(古今集・春下・、よみ人しらず)。

【付記】花の散る理由を探る知的な心がはたらいているところ、当時の歌の特色を具えているが、理よりも明らかに情がまさった歌で、古今集・春下・の歌としては珍しいほど抒情的な詠みぶりの歌である。定家は小倉百首に採ったほか、『秀歌大躰』『近代秀歌』『詠歌大概』などの歌論書で秀歌の例に引く。

【関連歌】上0212、上0811

 

●古今集・春下・八五 春宮の帯刀陣にて、桜の花の散るをよめる 藤原好風

春風は花のあたりをよきて吹け心づからやうつろふと見む

【通釈】春風は花の咲いているあたりを避けて吹け。桜が自分の心から散るのかどうかを見ようから。

【語釈】◇春宮帯刀陣 皇太子護衛の舎人が控える詰所。◇心づからや 心は桜の心。

【付記】帯刀陣(たちはきのぢん)、すなわち皇太子護衛の舎人が控える詰所で詠んだという歌。「よきて」は「避けて」。風がなくても桜は自分の心から散るかどうか、確かめようとの心。

【関連歌】上0016、上0520、上1351

 

●古今集・春下・八六 桜のちるをよめる 凡河内躬恒

雪とのみ降るだにあるを桜花いかに散れとか風の吹くらむ

【通釈】ただもう雪が降るように散っているのに、このうえ桜の花がどのように散れと風が吹くのだろうか。

【付記】雪かとばかり散る桜に、さらに吹きつける風を訝しむ。

【関連歌】下2278

 

●古今集・春下・八九 亭子院歌合歌 貫之

桜花ちりぬる風のなごりには水なき空に波ぞたちける

【通釈】風が吹き、桜の花が散ってしまった――その風が去って行ったあとのなごりには、水のない空に波が立つのだった。

【語釈】◇風のなごり 風が去った、あるいは静まったあとの名残り。「なごり」は「余波」とも書くように、風が止んだあともしばらく立っている波のことをも言う。

【付記】風に舞う桜の花びらを、空に立つ波に見立てる。延喜十三年(九一三)三月十三日、宇多法皇が御所の亭子院で催した歌合に出詠した歌。

【関連歌】上0641、員外3346

 

●古今集・春下・九〇 ならの帝の御歌

ふるさととなりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり

【通釈】古びて荒れた里となってしまった奈良の都にも、色は昔と変わることなく花は咲いているのだった。

【付記】平安京に遷都してまだ間もない頃、奈良の旧京を訪れての詠であろう。「花」は古今集・春下・の排列によれば桜を指す。定家は『定家八代抄』に「平城天皇御製」として採り、また『秀歌大躰』にも採っている。

【関連歌】上1123、上1358

 

●古今集・春下・九三 題不知 読人不知

春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ

【通釈】春の気色(けしき)が及んだり、及ばなかったりする里などあるまい。おしなべて春はやって来るのに、なぜ咲いている花と咲いていない花があるのだろうか。

【付記】「見ゆらむ」は「なぜ見えるのだろうか」の意。上句と下句の間に「それなのに何故」といった語句を挿むと理解しやすい。

【関連歌】中1731

 

●古今集・春下・九四 春の歌とてよめる 貫之

三輪山をしかも隠すか春がすみ人にしられぬ花や咲くらむ

【通釈】三輪山をこんなふうに隠すものか。春霞よ。人に知られない花が咲いているのだろうか。

【語釈】◇三輪山 奈良県桜井市の三輪山。三諸山・御諸山とも。神体山で、祭神を大物主神とする大神神社がある。◇しかも隠すか このように隠すか。春霞に対する呼びかけ。

【付記】三輪山を覆うように立ち籠める春霞を心有るものとし、ひっそりと咲く桜の花を隠しているのかと見た。「三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや」(万葉集一八、額田王)。

【関連歌】上1205

 

●古今集・春下・九五 雲林院のみこのもとに花見に北山のほとりに罷れりける時によめる 素性

いざ今日は春の山べにまじりなむ暮れなばなげの花のかげかは

【通釈】さあ今日は春の山辺に分け入ろう。日が暮れても、宿るのに恰好な花の蔭がなさそうだろうか、たくさんありそうではないか。

【語釈】◇暮れなばなげの… 「くれぬともなかるべきはなのかげかは。夜も花にまじりてねなむと読る也」(僻案抄)。

【付記】桜の満開の日、「雲林院のみこ」すなわち常康親王にお供して北山(京の北方の山)の花見に出掛けた時の作。定家は『詠歌大概』『近代秀歌』などの秀歌例に引き、非常に高く評価していた。

【関連歌】上0405、上0917、員外3322

 

●古今集・春下・九六 春の歌とてよめる 素性

いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千世もへぬべし

【通釈】桜の咲く野辺に、いつまで私の心は憧れ続けることだろうか。花が散らなかったなら、千年もそのまま経過してしまうにちがいない。

【付記】野に咲く桜の花に対する憧憬と耽美の心。

【関連歌】上0003、上0613、下2083、員外3573

 

●古今集・春下・九七 題不知 読人不知

春ごとに花のさかりはありなめど逢ひ見むことは命なりけり

【通釈】春が来るたびに花の盛りはあるに違いないが、巡り逢って花を見ることは命あってのことである。

【付記】無限に繰り返すかと見える自然の営みと、人の生命の有限性を対比しての感慨。

【関連歌】上0313、上1466

 

●古今集・春下・一〇三 寛平御時后宮の歌合の歌 在原元方

霞たつ春の山べは遠けれど吹きくる風は花の香ぞする

【通釈】霞が立ちこめている春の山は遠いけれど、吹き寄せる風は花の香がする。

【付記】遠くから見ると花は霞かと見まがう。しかし風が香を運ぶことによって、花であることが確信されるのである。この「花」は古今集・春下・の排列では桜。寛平四年(八九二)頃の寛平御時后宮歌合。『新撰万葉集』『古今和歌六帖』にも見え、定家は『八代抄』に採る。

【関連歌】員外3315

 

●古今集・春下・一一一 題不知 読人不知

駒なめていざ見にゆかむ古里は雪とのみこそ花は散るらめ

【通釈】馬を並べて、さあ見に行こう。古里では、雪とばかりに花は散っているだろう。

【付記】上句は万葉集巻十七に「馬なめていざうちゆかな」の類句がある。古体の歌であるが、落花を降雪に擬え、耽美的気分が濃厚なところ、まぎれもない古今集・春下・の歌である。

【関連歌】上0017、下2076

 

●古今集・春下・一一三 題不知 小野小町

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

【通釈】花の色は移ろってしまったなあ。我が身を(いたずら)にこの世に置き、むなしく時を経るばかりの、物思いをしていた間――空からは春の長雨が降り続けていた、その間に。

【語釈】◇うつりにけりな 以前とは変ってしまったなあ。容色が時が経つと共に失われた、の意が掛かる。◇世にふる 世にあって時を経る。「世」には男女関係の意もあり、「恋に人生を費やす」といった意が掛かる。「ふる」は「降る」と掛詞で、「ながめ(長雨)」と縁語。

【付記】定家は小倉百首を始め、『定家八代抄』『近代秀歌』『詠歌大概』『八代集秀逸』などの秀歌撰に採り、度々本歌取りを試みるなど、酷愛の一首であった。

【関連歌】上1015、上1408、中1514、中1637、中1689、下2088、員外3264

 

●古今集・春下・一一五 志賀の山越に女の多く逢へりけるによみてつかはしける 貫之

あづさゆみ春の山べをこえくれば道もさりあへず花ぞ散りける

【通釈】春の山を越えて来ると、よけきれないほど道いっぱいに花が散り敷いているのだった。

【語釈】◇志賀の山ごえ 京の北白川から比叡山・如意が岳の間を通り、志賀(大津市北部)へ抜ける道。志賀寺(崇福寺)を参詣する人々が往来した。◇花ぞ散りける 詞書によればこの「花」は志賀寺参詣の女たちの譬え。

【付記】志賀の山越えで、女性の集団に出逢い、贈ったという歌。相手は顔見知りの女官であろう。道で出くわした女たちを散り乱れる美しい花に喩え、挨拶としたものと思われる。

【関連歌】下2180

 

●古今集・春下・一一六 寛平御時きさいの宮の歌合のうた 貫之

春の野に若菜つまむと()しものを散りかふ花に道はまどひぬ

【通釈】春の野に若菜を摘もうとやって来たのに、散り乱れる花に道は迷ってしまった。

【付記】寛平四年(八九二)頃、宇多天皇の母后班子女王の御所で催された歌合に出された歌。

【関連歌】上0017

 

●古今集・春下・一一七 山寺にまうでたりけるによめる 貫之

やどりして春の山べに寝たる夜は夢のうちにも花ぞ散りける

【通釈】宿を取って春の山に寝た夜は、夢の中でも花が散るのだった。

【語釈】◇山べ 山。この「へ」は漠然と場所を示す語。

【付記】山寺に参詣した時に詠んだという歌。「夜は夢のうちに」と言って、昼間の(うつつ)にも花の散るのを見たことが知れ、また夜の今の現実においても花の散り続けていることが暗示される。夢も現も一体となった、ただすべてが落花に満たされた世界。

【関連歌】上0630

 

●古今集・春下・一二五 題不知 読人不知

かはづなく井手の山吹ちりにけり花のさかりに逢はましものを

【通釈】河鹿が鳴く井手の山吹の花は散ってしまった。花の盛りに逢いたかったものを。

【付記】「井手の山吹」を詠んだ最古の歌。

【関連歌】員外2910

 

●古今集・春下・一二六 春の歌とてよめる 素性

思ふどち春の山べにうちむれてそことも言はぬ旅寝してしか

【通釈】気の知れた仲間同士、春の山に連れ立って行って、どこ(の花の蔭)ともかまわず野宿してみたいものだ。

【付記】気の合う同士、春の山を思いのままに行楽したいとの心。

【関連歌】上0917、中1630、員外2909、員外3202

 

●古今集・春下・一三三 弥生のつごもりの日、雨のふりけるに、藤の花を折りて人につかはしける 業平朝臣

濡れつつぞしひて折りつる年のうちに春はいくかもあらじと思へば

【通釈】雨に、そして涙に濡れながら、敢えて花を折ってしまいました。今年の春も、もう幾日も残っていまいと思いましたので。

【付記】伊勢物語第八十段にも見える。

【関連歌】上1020、下2092、下2111、員外3414

 

●古今集・春下・一三四 亭子院の歌合の春のはての歌 躬恒

けふのみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花のかげかは

【通釈】今日で春は終りと思わない時でさえ、この美しい花のかげから、たやすく立ち去るなどできようか。

【付記】結句は反語。「ましてや今日は春の最後の日なのだから、立ち去ることなど到底できない」ということ。古今集・春下・春歌の掉尾を飾る。

【関連歌】下2047、員外3516

 

巻第三 夏歌

●古今集・夏・一三六 卯月に咲ける桜を見てよめる 紀利貞

あはれてふことをあまたにやらじとや春におくれてひとり咲くらむ

【通釈】素晴らしいという評判を他の桜にはやるまい――独り占めしよう――そう思ってか、この花は春におくれて独り咲いているのだろうか。

【語釈】◇あはれてふ このアハレは讃美・賛嘆の意。◇あまた 他の多くの桜。

【付記】陰暦四月、すなわち初夏に咲いている桜の花を見て詠んだという歌。桜にも意思があるものとして、独り遅く咲いている理由を推し量ってみせた。

【関連歌】上1116

 

●古今集・夏・一三七 題不知 読人不知

さ月待つ山時鳥うちはぶき今も鳴かなむこぞのふる声

【通釈】五月を待って鳴く山時鳥よ、翼を打ち振って今すぐにも鳴いてほしい、去年と同じ懐かしい声で。

【付記】時鳥の声を待望する心。「うちはぶき」は「羽を打ち振り」の意。時鳥は空を翔けながら鳴くのでこう言う。時鳥の生態を的確に捉え、「去年のふる声」をそのまま再び聴きたいと言って、その声の素晴らしさを讃美する心も籠る。

【関連歌】上1004、上1118、下2033、下2101、員外3004、員外3583

 

●古今集・夏・一三九 題不知 読人不知

さ月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

【通釈】五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔の人の袖の香りがするのだ。

【付記】この歌以後、花橘を詠んだ歌のほとんど全ては懐旧の情、それも特に昔の恋人への心情と結び付けて詠まれることになる。

【関連歌】上0325、上0925、上0929、上1030、上1123、中1644、下2740、員外3371、員外3587

 

●古今集・夏・一四一 題不知 読人不知

今朝来鳴きいまだ旅なるほととぎす花橘に宿はからなむ

【通釈】今朝やってきて鳴き、まだ旅の途中にある時鳥よ。我が家の橘の花に宿を借りてほしい。

【付記】時鳥を旅する者に擬し、我が家の橘の花に宿を借りて(庭に留まって)ほしいとの願い。

【関連歌】上1324、中1888

 

●古今集・夏・一四七 題不知 読人不知

時鳥なが鳴く里のあまたあればなほ(うと)まれぬ思ふものから

【通釈】ほととぎすよ、おまえが鳴く里はあちこちにたくさんあるので、やはり疎ましい思いがしてしまうのだ。心は寄せているのだけれども。

【語釈】◇思ふものから 思うのではあるが。思うものの。「ものから」は逆説の接続助詞。

【付記】時鳥の声を独り占めにしたいとの心。浮気な恋の相手に対する心を仄めかしているようでもある。

【関連歌】上0418、上0645

 

●古今集・夏・一四八 題不知 読人不知

思ひ出づるときはの山のほととぎす唐紅(からくれなゐ)のふり()でてぞ鳴く

【通釈】思い出す時――その「時」という名を持つ常盤の山のほととぎすは、真紅の血を吐くかのように声を振り絞って鳴くことよ。

【語釈】◇思ひ出づる 「ときはの山」の枕詞(下記参考歌参照)。「思ひ出づるときは」で「恋人のことを思い出す時は」の意が響く。◇ときはの山 山城国の歌枕。京都市右京区常盤一帯の山。常緑樹に覆われた山を指す一般名詞でもあるが、ここは枕詞を冠しているので固有名詞であろう。◇唐紅の 唐紅は大陸渡来の紅の染料。水に振り出して染めるので、次句の「ふり出でて」を導くはたらきをすると共に、血の色を暗示している。◇ふり出でて 声を響かせて。

【付記】時鳥が鳴いて血を吐くとは中国の故事(杜鵑の吐血)に由り、『白氏文集』などにも見える。恋しさゆえに激しく泣く自身を、時鳥と一体化している。定家は『八代抄』『詠歌大概』に採る。

【関連歌】中2001

 

●古今集・夏・一四九 題不知 読人不知

声はして涙は見えぬ時鳥わが衣手のひつをからなむ

【通釈】声ばかりは聞こえて、涙は見えないほととぎすよ。私の袖が涙で濡れているのを借りてほしい。

【語釈】◇ひつをからなむ 「ひつ」は「びっしょり濡れる」意。「からなむ」は「借りてほしい」意。

【付記】悲しげな声を聞いて涙を流した自分は、ほととぎすと同じ思いなのであるから、その涙をおまえの涙とせよと時鳥に呼びかけている。

【関連歌】上0943、上1120、中1964

 

●古今集・夏・一五二 題不知 三国町

やよや待て山ほととぎす言伝(ことづ)てむわれ世の中に住みわびぬとよ

【通釈】ねえちょっと待ちなさい、山ほととぎす。ことづてしたいことがある。私はもう、この世がつらくて住んでいられないと。あなたのように私も山へ入ってしまいたいよ。 【付記】「山に入てすむ人に、我も入なむずる也と、事付やらんといふ心なるべし」(顕注密勘)。世を捨てて山に入った知合いに言伝をしようと、山へ帰る時鳥を呼び止めている。伝えたいのは、自分も出家したいとの心である。

【関連歌】員外3355

 

●古今集・夏・一五四 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 紀友則

夜やくらき道やまどへる時鳥わが宿をしも過ぎがてになく

【通釈】夜の闇が暗いのか。道に迷ったのか。時鳥は、ちょうど我が家のあたりを通り過ぎにくそうに鳴いている。

【付記】我が家のあたりを通り過ぎ辛そうに鳴く時鳥。その声を聞く人も「まどへる」情況にあって、鳥と心を通わせている。

【関連歌】下2110

 

●古今集・夏・一五六 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 紀貫之

夏の夜のふすかとすれば時鳥鳴く一声にあくるしののめ

【通釈】夏の夜は、寝るか寝ないかのうちに、たちまち時鳥が鳴き、その一声に明けてゆく、しののめの空よ。

【語釈】◇夏の夜の 「夏の夜が」の意で、結句の「あくる」に続くとする横井千秋の説が宣長の『古今集・夏・遠鏡』に紹介されている。『寛平御時后宮歌合』など初句を「夏の夜は」とする本もある。◇ふすかとすれば 横になったかならぬかのうちに。

【付記】『古今和歌六帖』は「ほととぎす」題に、『和漢朗詠集』は「夏夜」題に採る。夏の夜の短さを時鳥の一声に集約した趣向。

【関連歌】上0931、中1694、員外3327

 

●古今集・夏・一五九 題不知 読人不知

去年(こぞ)の夏なきふるしてし時鳥それかあらぬか声のかはらぬ

【通釈】去年の夏、耳慣れるほど鳴いた時鳥――その鳥と同じなのか違うのか。声は変わらないことよ。

【語釈】◇なきふるしてし 鳴き続けて、新しさを感じなくなってしまった。

【付記】一年前の夏、耳慣れるほど聞いたはずの時鳥の声。その声は変わらないのに、年が一巡りした今ふたたび聞けば、耳新しく聞こえる、それで「それかあらぬか」(同じ時鳥なのかどうか)と怪しんでいるのである。寛平四年(八九二)頃、宇多天皇の母后班子女王の御所で催された歌合(机上の撰歌合と推測される)に出された作。

【関連歌】上0124

 

●古今集・夏・一六三 はやくすみける所にて時鳥の鳴きけるをききてよめる 忠岑

昔べや今も恋しき時鳥ふるさとにしも鳴きてきつらむ

【通釈】昔が今も恋しいのか。時鳥はわざわざ古びた里に来て鳴いている。

【付記】以前住んでいたところで時鳥の鳴く声を聞き、懐旧の情を鳥と分かち合う。

【関連歌】上1420

 

●古今集・夏・一六六 月のおもしろかりける夜、暁がたによめる 深養父

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらむ

【通釈】夏の夜はまだ宵のうちと思っている間に明けてしまったが、月は(こんな短か夜では、まだ西の山の端に辿り着いていないだろう。)雲のどこに宿を借りているのだろうか。

【付記】百人一首撰入歌。『八代抄』『近代秀歌』にも採られている。

【関連歌】上1033、上1177、中1532、下2432

 

●古今集・夏・一六七 隣よりとこなつの花を()ひにおこせたりければ、をしみてこの歌をよみてつかはしける 躬恒

塵をだにすゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわがぬるとこ夏の花

【通釈】寝床と同じ様に、塵ひとつ置かないように思っているのですよ、咲いてからずっと。妻と私が一緒に寝る床――その「とこ」という名を持つ「とこなつ」の花を。

【付記】隣家が使者を遣わして常夏(撫子)の花を乞うてきたので、大切に育てた花であると、惜しんで詠んだという歌。

【関連歌】中1793

 

●古今集・夏・一六八 みな月のつごもりの日よめる 躬恒

夏と秋と行きかふ空のかよひ路はかたへすずしき風や吹くらむ

【通釈】去りゆく夏と訪れる秋が行き違う空の通り路では、片方にだけ涼しい風が吹いているのだろうか。

【付記】陰暦六月晦日、すなわち夏の終りの日に詠んだ歌。古今集・夏・夏歌の巻末。

【関連歌】中1856

 

巻第四 秋歌上

●古今集・秋上・一六九 秋立つ日よめる 藤原敏行朝臣

秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

【通釈】秋が来たと目にははっきりと見えないけれども、風の音にはっと気づいた。

【付記】古今集秋歌劈頭。立秋の日に詠んだという歌。古来名歌とされたが、定家は『八代抄』にしか採っていない。

【関連歌】上1057、上1427、員外3187

 

●古今集・秋上・一七〇 秋立つ日、上の(をのこ)ども、賀茂の河原に川逍遥しける供にまかりてよめる 紀貫之

川風の涼しくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ

【通釈】川風が涼しく吹いていることよ。その風に立って打ち寄せる波と共に、秋は立つのだろうか。

【語釈】◇涼しくもあるか 「もあるか」は万葉集に多く見える詠嘆の結び方。平安以後は「もあるかな」の方が普通となる。◇秋は立つらむ 季節が秋に改まるのだろうか。「立つ」は波の縁語。

【付記】立秋の日、鴨川の川辺に遊んだ殿上人にお供しての詠。波が「立つ」ことに秋が「立つ」ことを掛け、川風の涼しさに秋の訪れを感じている。定家は『八代抄』『秀歌大躰』に採る。

【関連歌】上0001、員外3059

 

●古今集・秋上・一七一 題不知 読人不知

わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋の初風

【通釈】私の夫の衣の裾を吹いて翻し、裾裏を見せる――その(うら)ではないが、心惹かれる秋の初風よ。

【付記】「吹き返し」までは「うら」を導く序であるが、嘱目を叙している形をとり、いわゆる「有心の序」となっている。またこの序によって「秋の初風」を感じているのが女性であると知られ、「衣のすそ」という細部への目配りがおのずと夫に対する気持の細やかさを伝えて、一首の情趣をしっとりとしたものにしている。

【関連歌】上1037

 

●古今集・秋上・一七二 題不知 読人不知

きのふこそ早苗とりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く

【通釈】つい昨日、早苗を取って田植をしたのに、いつの間に稲葉がそよそよと音立てて秋風が吹くようになったのか。

【語釈】◇早苗とりしか 早苗取りをしたのに。「早苗とる」とは、若苗を苗代から田へ移し替えること。

【付記】夏から秋へ、季節の移り変わりの早さに気づき、驚く心。早苗取りの賑わしさと、秋風の寂しさが言外に対比され、稲葉を眺めつつ初秋に感じ入っている人の心は余情となっている。

【関連歌】上0426、上1259、上1328、員外2814

 

●古今集・秋上・一七五 題不知 読人不知

天の河紅葉を橋にわたせばやたなばたつめの秋をしも待つ

【通釈】天の川は、紅葉を橋として渡すからであろうか、織女はことさら紅葉する秋という季節を待つ。

【付記】二星が逢う七夕が秋に限られる所以を推理して、秋の最も美しい風物である紅葉を橋に渡すためかと想像した。

【関連歌】下2137

 

●古今集・秋上・一八四 題不知 読人不知

木の間よりもりくる月のかげ見れば心づくしの秋は来にけり

【通釈】木々の間から漏れて来る月の光を見ると、心を使い果たす秋はとうとうやって来たのだなあ。

【語釈】◇心づくし 心を使い果たすこと。物思いなどに耽って心魂を尽きさせること。

【付記】月はもとより万葉の時代から盛んに歌に詠まれているが、秋を代表する風物としての月が確立されるのは古今集から。掲出歌はその最も早い時期の例である。「心づくしの秋」の言い回しがことに好まれ、後世多くの歌人から本歌取りされた。

【関連歌】上0450、上0651、上1010、上1043、中1966

 

●古今集・秋上・一八七 題不知 読人不知

物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば

【通釈】何を見ても悲しい秋である。草木が色を変えながら枯れてゆくのを、見納めだと思うので。

【関連歌】上0156

 

●古今集・秋上・一八八 題不知 読人不知

ひとりぬる床は草葉にあらねども秋くる宵は露けかりけり

【通釈】私が独り寝する床は草葉ではないのに、秋になった夜は露っぽいのだった。

【付記】涙に濡れる独り寝の床を婉曲に詠む。

【関連歌】上1295

 

●古今集・秋上・一九一 題不知 読人不知

白雲に羽うちかはし飛ぶ(かり)の数さへ見ゆる秋の夜の月

【通釈】空に浮かぶ白雲に翼を交えて飛ぶ雁――その数がかぞえられるほど、くっきりと見える、秋の夜の月の光よ。

【語釈】◇羽うちかはし 翼を雲と触れ合わせ、交差させて。

【付記】菅原道真撰の『新撰万葉集』に見えるので、寛平五年(八九三)以前の作。但し同書では第四句「影佐倍見留(影さへ見ゆる)」。

【関連歌】上0684、上0910、下2049、下2728

 

●古今集・秋上・一九三 是貞のみこの家の歌合によめる 大江千里

月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど

【通釈】月を見ていると、あれやこれや、とめどなく物事が悲しく感じられることよ。これも秋だからだろうか。秋は誰にもやって来るもので、私一人にだけ訪れるわけではないのだけれど。――それでも自分一人ばかりが悲しいような気がしてならないのだ。

【語釈】◇千々に 様々に。「ち」は数の多いこと。下句に「ひとつ」があることから、「千」と「一」が対比されているとも見られる。◇物こそ悲しけれ さまざまな物事が悲しく感じられる。形容詞「物悲し」(なんとなく悲しい意)の強調表現と見る説もある。「こそ」「悲しけれ」は係り結び。◇我が身ひとつの秋 私一人の秋。『白氏文集』の「燕子楼中霜月夜、秋来只為一人長」との関連を指摘する論者もいる。

【参考】「燕子楼中霜月夜、秋来只為一人長」(白氏文集・燕子楼 和漢朗詠集・秋夜)

【付記】寛平五年(八九三)九月以前、光孝天皇の第二皇子、是貞親王が自邸で催した歌合に出詠された歌。但し判定の記録などは残らず、紙上の撰歌合であったとの見方もされている。

【関連歌】上0947、上1049

 

●古今集・秋上・一九四 是貞のみこの家の歌合によめる 忠岑

久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればやてりまさるらむ

【通釈】月に生えている桂の木も、秋はやはり紅葉するので、このようにいっそう照り輝くのだろう。

【語釈】◇月の桂 月に桂が生えているとは唐土渡来の伝説。月の影になって見える部分を桂の木(とその枝を刈る男)に見立てたものかという。彼の地では桂花(キンモクセイの類。常緑樹で紅葉しない)を言ったらしいが、和歌では落葉高木の桂に擬え、秋の明月を紅葉と関わらせて詠んだ例が多い。

【付記】定家は『定家八代抄』『秀歌大体』に採る。

【関連歌】上1048、中1702、下2221

 

●古今集・秋上・二〇〇 題不知 読人不知

君しのぶ草にやつるる古里はまつ虫の()ぞかなしかりける

【通釈】君を偲ぶという名のしのぶ草が生えて荒れた古里は、待つという名を持つ松虫の声が悲しいのだった。

【語釈】◇しのぶ 偲ぶ意に草の名を掛ける。しのぶ草はシノブ・ノキシノブなどの羊歯植物。古家の軒などに着生する。◇草にやつるる シノブ草によって荒れる。恋人を偲び恋を忍ぶことによって窶れる意を暗に含む。◇まつ虫の音 松虫の声。「まつ」に「待つ」を掛け、待ち焦がれて泣く女のイメージを暗示する。

【付記】古びた里に住み、訪れること稀な夫を待つ妻の身で詠んだ歌。しのぶ草に「偲ぶ」意を、松虫に「待つ」意を掛けて、自然の風物に恋の心情を浸透・一体化させている。

【関連歌】上1433

 

●古今集・秋上・二〇一 題不知 読人不知

秋の野に道もまどひぬまつ虫の声する方に宿やからまし

【通釈】秋の野を逍遥するうちに日が暮れ、道も分からなくなってしまった。「待つ」という名の松虫の声がする方に宿を借りようか。

【付記】野宿するのに適当な場所を探すとならば、「待つ」という名に引っ掛けて松虫の声のする方がよいと興じた。さまざまな草花が咲き、虫が鳴く秋の野を浮かれ歩く心愉しさが言外に感じられる歌。

【関連歌】上1128

 

●古今集・秋上・二〇二 題不知 読人不知

秋の野に人まつ虫の声すなり我かとゆきていざとぶらはむ

【通釈】秋の野に人を待っているような松虫の声がしている。待ち人は私かと、行ってさあ問うてみよう。

【付記】松虫の名に「待つ」意を掛けた諧謔の歌。

【関連歌】上1044、中1967、員外3513

 

●古今集・秋上・二〇四 題不知 読人不知

ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山のかげにぞありける

【通釈】蜩が鳴きはじめたのと同時に日は暮れてしまった――そう思ったのは、実は山の陰だったからなのだ。

【付記】急にあたりが暗くなったのは、自分が山陰に入ったからだった。それを日が暮れたのと思い違いしたのである。勘違いの原因は、何よりもひぐらしの鳴き声であった。「日暮らし」(日を暮れさせるもの)という名に騙されたのである。

【関連歌】上1034

 

●古今集・秋上・二〇五 題不知 読人不知

ひぐらしの鳴く山里の夕暮は風よりほかにとふ人もなし

【通釈】蜩が鳴く山里の夕暮にあっては、訪れるのはただ風ばかり、それ以外にやって来る人とてない。

【付記】山里の秋の夕暮の寂しさを蜩の鳴き声で象徴させ、恋しい人の来訪をむなしく待つ女の歎きを詠む。

【関連歌】上0336

 

●古今集・秋上・二〇七 是貞のみこの家の歌合の歌 友則

秋風に初雁がねぞ聞こゆなる()が玉づさをかけて来つらむ

【通釈】秋風の吹く中に、初雁の鳴き声が聞こえる。雁は誰の手紙をたずさえて来たのだろうか。

【語釈】◇玉づさ 手紙。雁が手紙を携えて来るとするのは『漢書』などに見える故事による。

【付記】「玉づさ」への思いは、雁の声を聞いている人自身の、便りを待望する心を暗示して、余情に富む。雁を使者に喩えるのは、蘇武の雁信の故事(漢書蘇武伝など)による。

【関連歌】中1705、員外3505

 

●古今集・秋上・二一〇 題不知 読人不知

春霞かすみていにし雁がねは今ぞ鳴くなる秋霧のうへに

【通釈】春霞の中、ぼんやりと見えなくなって去ってしまった雁は、今こそ鳴いているよ、秋霧の立ちこめる上に。

【付記】霞と霧という春秋の代表的風物を配して、雁の帰来を喜ぶ心を詠む。

【関連歌】上0207、中1634

 

●古今集・秋上・二一一 題不知 読人不知

()をさむみ(ころも)かりがね鳴くなへに萩の下葉もうつろひにけり

    この歌は、ある人のいはく、柿本人麿がなりと

【通釈】夜が寒いので、衣を借りる――その「かり」が鳴くにつれて、萩の下葉も色が変わってしまったのだ。

【語釈】◇衣かりがね 「かり」は「借り」「雁」の掛詞。◇萩の下葉 萩の下の方の葉。秋、いちはやく色づく。

【付記】定家は『八代抄』『秀歌大躰』に採っている。

【関連歌】中1757

 

●古今集・秋上・二一二 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 藤原菅根朝臣

秋風に声をほにあげて来る舟は(あま)()渡る雁にぞありける

【通釈】秋風を受け、帆を高くあげる舟のように、声を高くあげて来るものは、天の川の渡りをとおる雁なのであった。

【付記】秋風の吹く中に声を響かせるものを、「ほ」に掛けて舟と言いなしておいて、下句でそれが天の川を渡る雁であったと明かした。雁を舟になぞらえた先例は白氏文集に「秋雁櫓声来」とあり、これは雁の声が艪を漕ぐ音に似ていることに基づく。掲出歌はおそらくこの句をヒントに、掛詞を用いて雁の声を高く爽やかに響かせ、同時に天の川の星明りをよぎる雁の影を鮮やかに描いてみせたものであろう(初雁が訪れる頃の宵には、天の川が空高く横たわるように眺められる)。寛平四年(八九二)頃、宇多天皇の母后班子女王の御所で催された歌合に出詠された歌。

【関連歌】上1373

 

●古今集・秋上・二一四 是貞のみこの家の歌合の歌 忠岑

山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ

【通釈】山里は秋こそが取り分け侘しいよ。鹿の鳴く声に目を覚まし目を覚ましして。

【関連歌】員外3506

 

●古今集・秋上・二一五 是貞親王(これさだのみこ)の家の歌合の歌 読人不知

奥山にもみぢ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき

【通釈】奥山で紅葉を踏み分けて鳴く鹿――その声を聞く時だ、秋は切ない季節だと感じるのは。

【付記】古今集は「よみ人知らず」とするが、『猿丸集』に載り、藤原公任撰『三十六人撰』も猿丸大夫の歌として、定家は小倉百首に猿丸大夫の歌として採った。

【関連歌】上0352、員外3332

 

●古今集・秋上・二二〇 題不知 読人不知

秋萩の下葉色づく今よりやひとりある人のいねがてにする

【通釈】秋萩の下葉が色づく今の時節から、独りでいる人は寝つかれないようになるのだろうか。

【付記】萩は花が散って間もなく、下葉からいちはやく色づく。秋も深まったその頃、独り寝の辛さが一層身にこたえる。

【関連歌】員外3538

 

●古今集・秋上・二二一 題不知 読人不知

鳴きわたる雁の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩のうへの露

【通釈】鳴きながら渡ってゆく雁の涙が落ちたのだろうか。物思いに耽る私の家の庭の萩の上に置いた露は。

【語釈】◇物思ふ宿 私が物思いに耽って暮らしている家。古語では自宅も旅宿も区別せず「宿」と言うが、ここは自宅。

【付記】朝露に濡れている庭の萩を見て、昨夜声を聴いた雁が落として行った涙かと想像した。「物思ふ宿の」の詞から、自身も夜間わびしさに泣いたことが暗示され、雁の悲しげな声に共感したことが偲ばれる。定家は『定家十体』の「幽玄様」の例歌に引き、『八代抄』『詠歌大概』『近代秀歌』『八代集秀逸』などの秀歌に採っている。

【関連歌】上1238、上1244、上1350、中1843、中1928、下2145、下2208、員外3146

 

●古今集・秋上・二二二 題不知 読人不知

萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ

    ある人のいはく、この歌はならの帝の御歌なりと

【通釈】萩の花の露は、糸に繋げようと手に取ると、消えてしまった。それでも見ようという人は、枝についたままで見よ。

【語釈】◇玉にぬかむ 「玉」は真珠などの宝玉。萩の花に置いた露を玉に見立てる。「ぬく」は緒を通して繋げること。◇とればけぬ 手に取れば消えてしまった。◇枝ながら… 萩の枝のまま。枝についたままの露を玉として賞美せよ。

【参考】「宵々に秋の草葉におく露の玉にぬかむと取れば消えつつ」(是貞親王家歌合、作者未詳)

【関連歌】下2212、員外3594

 

●古今集・秋上・二二四 題不知 読人不知

萩が花散るらむ小野の露霜にぬれてをゆかむ小夜(さよ)()くとも

【通釈】萩の花が散っているであろう小野――その露に濡れてゆこう。夜は更けても。

【語釈】◇小野の露霜 野の露。「露霜」は葉に付いた水滴を大雑把にこう言ったもので、特に夜露の冷たさが強調される。

【参考】「朝霧のたなびく小野の萩の花今か散るらむ未だ飽かなくに」(万葉集、作者未詳)

【関連歌】上0416、上0942

 

●古今集・秋上・二三一 朱雀院の女郎花(をみなへし)(あはせ)に詠みてたてまつりける 藤原定方朝臣

秋ならで逢ふことかたきをみなへし天の川原におひぬものゆゑ

【通釈】秋でなくては逢うことが難しい女郎花よ。織女と牽牛が一年に一度だけ逢う天の川の河原に生えるものでもないのに。

【語釈】◇おひぬものゆゑ 生えないものなのに。「ものゆゑ」は逆接の接続助詞。

【関連歌】上0523、中1890

 

●古今集・秋上・二四〇 藤袴をよみて人につかはしける 貫之

やどりせし人の形見か藤袴わすられがたき香ににほひつつ

【通釈】我が家に泊って行った人の残した形見なのか。藤袴の花は、忘れがたい香りに匂っている。

【付記】家に泊って行った人に贈った歌。藤袴の花を、その名の通り「藤色の袴」の意に取り、宿った人が忘れて行ったのかと戯れた。

【関連歌】員外2949

 

●古今集・秋上・二四一 藤袴をよめる 素性

ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけし藤袴ぞも

【通釈】持ち主は知らないけれども、すばらしい香が匂うことよ。秋の野に誰が脱いで掛けた藤袴なのか。

【付記】藤袴の名に「ふじ色の袴」の意を掛けて洒落た。良く似た「なに人かきてぬぎかけし藤袴くる秋ごとに野べをにほはす」(古今集、敏行)との先後関係は不明。

【関連歌】下2040、員外2949

 

●古今集・秋上・二四三 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 在原棟梁

秋の野の草のたもとか花すすき穂に出でてまねく袖と見ゆらむ

【通釈】秋の野の花薄は草の袂なのか。だから穂に出て――思いをはっきりと表わして人を招く袖に見えるのだろう。

【語釈】◇穂に出でて はっきり目立つさま。

【付記】穂を出した薄が風に揺れる様子を、人を手招きしていると見た。

【関連歌】上1061、中1892、中1969、下2145、員外2946

 

●古今集・秋上・二四五 題不知 読人不知

みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける

【通釈】緑色の一つの草として春には見ていた。それが秋には、さまざまな色の花なのだった。

【付記】萩の紅紫色、桔梗の青紫色、女郎花の黄金色、尾花の銀白色など、秋の野は多彩である。春、緑一色で区別がつかなかった若草の頃を想い起こし、あらためて秋野の花の色の豊かさに感慨をおぼえている。

【関連歌】上0128、上0804

 

●古今集・秋上・二四七 題不知 読人不知

月草に衣はすらむ朝露に濡れてののちはうつろひぬとも

【通釈】月草で衣は摺り染めよう。朝露に濡れてしまったあとは、色が褪せてしまうとしても。

【語釈】◇月草 露草の呼称。花汁を染料に用いたが、色が褪せやすい。

【付記】古今集では秋上の巻に載せるが、原歌は万葉集巻七の譬喩歌「寄草」で、月草に寄せて恋のゆくえを思い遣った歌であろう。『人丸集』に載り、拾遺集では人麿の歌として勅撰重出。

【関連歌】上0538、上1171、下2087、下2653

 

●古今集・秋上・二四八 仁和の帝、親王におはしましける時、布留の滝御覧ぜむとておはしましける道に、遍昭が母の家にやどり給へりける時に、庭を秋の野につくりて、御物語りのついでに詠みて奉りける 僧正遍昭

里はあれて人はふりにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる

【通釈】親王の御宿となります我が家ですが、すっかり荒れてしまって、住む人も年老いてしまった為でございましょうか、庭も垣根も秋の野となっております。

【付記】光孝天皇が即位以前、布留の滝を見物に行く道すがら、遍昭の母の家に立ち寄った。庭には季節の草花が植えられ、秋の野さながらに仕立ててある。遍昭は親王と四方山話に興じたが、その折に詠んで奉った歌。「さと」は土地でなく、私邸を指して言う。実際は手の込んだ庭造りをしたのであろうが、「寂れた家ゆえ手入れが行き届きませんで」と謙遜したのである。遍昭が母に代って挨拶を申し上げた歌と見るのが古来の説である。

【関連歌】上0326、上0441、中1651、〔下2369〕、員外3236、員外3576

 

巻第五 秋歌下

●古今集・秋下・二四九 是貞のみこの家の歌合のうた 文屋康秀

吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしと言ふらむ

【通釈】吹いたはしから秋の草木が萎れてしまうので、なるほど山から吹き下ろす風を「あらし」と言うのだろう。

【語釈】◇あらし 「荒らし」「嵐」を掛ける。「山」と「風」の二字によって「嵐」になるという機知を隠している(但し、中世の百人一首注釈書の多くはこの説に否定的)。いわゆる離合詩から影響された手法。

【付記】古今集巻五秋歌下の巻頭歌。定家は小倉百首のほかに『八代抄』『詠歌大概』にも採っている。

【関連歌】下2211、員外3651

 

●古今集・秋下・二五〇 是貞のみこの家の歌合のうた 文屋康秀

草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける

【通釈】秋になると野の草も木も色が変わるけれども、海の波の花は、花と言っても秋に色の変わることはないのであるよ。

【語釈】◇浪の花 白波を花に譬えるのは和歌の常套表現。

【関連歌】上0837、上1243、中1829、下2203、下2250、員外3597

 

●古今集・秋下・二五一 秋の歌合しける時よめる 紀淑望

紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋を聞きわたるらむ

【通釈】木々が紅葉しない常盤の山は、風の吹く音に秋の移ろいを聞き続けているのだろうか。

【語釈】◇ときはの山 山城の歌枕。京都市左京区の妙心寺の西、左大臣源(ときわ)の山荘があった丘陵という。その名から紅葉しない山とされた。◇秋を聞きわたる 秋の推移に耳を傾けつづける。山を擬人化して言う。

【関連歌】上0048、上1238、下2238

 

●古今集・秋下・二五二 題不知 読人不知

霧たちて雁ぞ鳴くなる片岡のあしたの原は紅葉しぬらむ

【通釈】霧が立ちこめて、空では雁が鳴いている。片岡のあしたの原はもう紅葉したことだろう。

【語釈】◇片岡 大和国の歌枕。奈良県北葛城郡王寺町あたりの丘陵。◇あしたの原 『八雲御抄』『歌枕名寄』などは大和国の歌枕とする。「朝」の語感を活かして詠まれることが多い。

【付記】霧と雁の声に秋の深まりゆくことを感じ、いちはやく紅葉する場所として「片岡のあしたの原」に思いを馳せた。

【関連歌】上0444

 

●古今集・秋下・二五八 是貞のみこの家の歌合によめる 壬生忠岑

秋の夜の露をば露とおきながら雁の涙や野べをそむらん

【通釈】鮮やかに色づいた野辺の草木を見れば、秋の夜の露を露として置いているものの、そのためにこれ程紅くなったとは見えない。とすれば、空を渡る雁の涙が落ちて、紅く染めるのであろうか。

【付記】夜露が草木を色づかせるという当時の常識と、雁の涙を詠んだ下記参考歌を踏まえての作。悲しげに鳴く雁の声から、その紅涙が落ちて草葉を染めたと想像した。

【関連歌】下2241

 

●古今集・秋下・二六〇 もる山のほとりにてよめる 貫之

白露も時雨もいたくもる山は下葉のこらず色づきにけり

【通釈】白露も時雨もひどく漏る(・・)という名の(もる)山は、木立の下葉がすっかり色づいたのであった。

【付記】「もる山」(今の滋賀県守山市の山かという)のほとりで詠んだ歌。露や雨に濡れることで葉は色づくとされたので、「もる山」の名に掛け、雨露が梢から「漏る」ゆえ上葉でなく下葉が紅葉したという洒落である。季節の風物と歌枕を巧みに織り交ぜ、しかも調べが優美なためであろう、中世にかけて極めて高い評価を得た一首で、定家も『八代抄』『近代秀歌』『詠歌大概』『八代集秀逸』などの秀歌撰に採っている。

【関連歌】上0697、上1351、下2282、下2437、員外3384

 

●古今集・秋下・二六二 神の社のあたりをまかりける時に、斎垣(いがき)のうちの紅葉を見てよめる 貫之

ちはやぶる神の斎垣にはふ(くず)も秋にはあへずうつろひにけり

【通釈】神社の垣にまつわりつく葛も、秋には堪え切れずに紅葉してしまったのだ。

【語釈】◇ちはやぶる 神の枕詞。◇斎垣 神社の垣。「い」は「神聖な」ほどの意。

【付記】神社の神聖な垣根に這う葛であれば、神の力によって常緑でありそうなものなのに、秋という自然の力には抵抗できずに色を変え、やがて枯れてしまう。定家は『八代抄』『秀歌大躰』に採っている。

【関連歌】下2580

 

●古今集・秋下・二七〇 是貞のみこの家の歌合の歌 紀友則

露ながら折りてかざさむ菊の花老いせぬ秋の久しかるべく

【通釈】露をつけたまま折り取って頭髪に挿そう――菊の花を。年老いない秋がいつまでも続くようにと。

【語釈】◇露ながら 露が付いたままで。菊の花に置いた露には延命の霊力があるとされた。◇老いせぬ秋 年老いない秋。

【付記】寛平四年(八九二)頃、是貞親王(宇多天皇の兄)の家で催された歌合に初出。陰暦九月九日、重陽の節句の時の歌であろう。盛りの花を折って髪に飾るのは、その花の霊力を自身に付着させるための昔からの風習であるが、菊の花ばかりでなく「露ながら」挿頭そうと言ったところ、新鮮な表現として時人の耳目を惹いたことだろう。

【関連歌】上0046、下2246、員外3376

 

●古今集・秋下・二七一 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 大江千里

植ゑし時花まちどほにありし菊うつろふ秋にあはむとや見し

【通釈】植えた時、いつになったら咲くかと待ち遠しく思った菊よ――あの時には、時がうつろい、花が色を変えてゆく秋に逢おうとまで思いはしなかったよ。

【付記】「うつろふ」には、「時間が経過する」「菊の花が変色する」の両意を掛ける。当時の人は白菊がしおれて赤っぽく変化する様をも賞美した。

【関連歌】上0553、員外3426

 

●古今集・秋下・二七二 同じ御時せられける菊合に、州浜をつくりて菊の花植ゑたりけるに加へたりける歌。吹上の浜のかたに菊植ゑたりけるをよめる 菅原朝臣

秋風のふきあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか

【通釈】秋風が吹き上げる、吹上の浜に立っている白菊は、花なのかそうでないのか。白波が寄せているのか。

【語釈】◇吹上の浜 紀伊国の歌枕、紀ノ川河口付近。

【付記】「同じ御時」は寛平御時、すなわち宇多天皇の御代(西暦887年~897年)。菊の花の優劣を競った遊び「菊合」において、吹上の浜をかたどった州浜に植えられた白菊を波かと見立てた。

【関連歌】上1006、上1214

 

●古今集・秋下・二七三 仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる 素性法師

ぬれてほす山路の菊の露のまにいつか千とせを我は経にけむ

【通釈】菊の露に濡れては乾かしつつ行く山道――その「露の間」ではないが、いったいいつの間に千年を私は過ごしてしまったのだろうか。

【付記】山奥の仙人の宮殿へ、菊を分けて辿り着いた人を描いた屏風絵に添えた歌。画中人物の心になって詠んでいる。「露」に「わずかの間」を意味する「露の間」を掛けている。菊の花についた露は長寿の効験があるとされた。

【関連歌】中1803

 

●古今集・秋下・二七七 白菊の花をよめる 凡河内躬恒

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花

【通釈】当て推量に、折れるものならば折ってみようか。草葉に置いた初霜が見分け難くしている白菊の花を。

【語釈】◇心あてに あてずっぽうに。根拠もなく推し量って。「よく注意して」の意とする説もある。◇折らばや折らむ 折るならば、折ろうか。「ばや」は接続助詞「ば」と疑問の助詞「や」。◇初霜の 初霜が。「初霜」はその年最初の霜で、だからこそ人を「まどはせる」ものたり得る。◇おきまどはせる 霜が一面に置いて、その白さゆえ、どれが菊の花かと惑わせる。◇白菊の花 菊は上代に唐から薬用植物として初めて輸入され、やがて鑑賞用に栽培されるようにもなった。当時は今見るような大輪のものはなく、小菊であったろうと言う。

【付記】定家は小倉百首のほか『八代抄』『詠歌大概』に採っている。

【関連歌】中1682、中1767

 

●古今集・秋下・二八三 題不知 読人不知

竜田河もみぢみだれて流るめり渡らば錦なかや絶えなむ

    この歌はある人、ならの帝の御歌なりとなむ申す

【通釈】竜田川は様々な色の紅葉が入り乱れて流れているように見える。もし渡れば、その錦は途中で断ち切れてしまうだろう。

【語釈】◇竜田河 生駒山地東側を南流し、大和川に合流する川で、万葉集にも登場する歌枕。紅葉の名所。但しかつては竜田地方(奈良県生駒郡三郷町付近)を流れる大和川を竜田川と呼んだとする説も有力。◇もみぢ乱れて流るめり (さまざまな色の)紅葉が(川面を)入り乱れて流れているように見える。「めり」は視覚によって推量判断していることを示す助動詞。

【付記】『古来風躰抄』では聖武天皇御製とし、『定家八代抄』では文武天皇御製とする。

【関連歌】上0380、員外3130

 

●古今集・秋下・二八四 題不知 読人不知

竜田川もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし     又は、あすかがはもみぢばながる

【通釈】竜田川には紅葉が流れている。三室山に時雨が降っているらしい。

【参考】「飛鳥川もみぢ葉流る葛木の山の木の葉は今し散るらし」(万葉集、作者未詳)

【付記】原歌は万葉集巻十の歌(上掲参考歌)か。古今集は読人不知とするが、拾遺集に人麿作として重出。『人丸集』に見え、『金玉集』など多くの歌集も人麿作としている。定家は『詠歌大概』『定家八代抄』『秀歌大躰』などに採る。

【関連歌】上0149、上1239、員外3021

 

●古今集・秋下・二八七 題不知 読人不知

秋は()ぬ紅葉は宿に降りしきぬ道ふみわけてとふ人はなし

【通釈】秋はやって来た。紅葉は我が家の庭にしきりに降り敷いた。道を踏み分けて訪れる人はいない。

【語釈】◇降りしきぬ 降り敷いた。「しき」を「()き」と見、頻りに降る意とする説もある。あるいは掛詞か。

【付記】秋の寂しい風物として庭に降り敷く紅葉を出し、それに絡めて訪れる人のないことを言って、寂しさを深めている。「秋は来ぬ。」と初句で切れるのは古今集には珍しいが、この句は結句「とふ人はなし」と対応する。念入りに構成された歌である。

【関連歌】上0134

 

●古今集・秋下・二八八 題不知 読人不知

ふみわけて更にやとはむもみぢ葉のふりかくしてし道と見ながら

【通釈】踏み分けて恋しい人のもとへなお訪ねてゆこうか。紅葉が仰山降り敷いて、ことさら隠してしまった道であると見ながら。

【語釈】◇ふりかくしてし 「ふり(振り)」は、「ふりはへ」「振り立て」などの「ふり」と同じで、人目を引くような動作であることを示す語。「降り」の意が掛かる。

【付記】古今集の一つ前の歌「秋はきぬ紅葉は宿にふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし」と対応し、同じく秋の風物に恋の心を絡めている。表面上は山の紅葉を再訪しようとの心であるが、紅葉を「踏み分けて」と言っていることから、目的は紅葉を見ることよりも、木の葉に埋もれた道の彼方の恋人の家にあることが暗示されている。

【関連歌】中1870

 

●古今集・秋下・二九一 題不知 関雄

霜のたて露のぬきこそ弱からし山の錦の織ればかつ散る

【通釈】霜の縦糸、露の横糸は弱いらしい。山の錦が織り上げるはしからほどけてゆく。

【付記】紅葉を縦糸・横糸で織り成した織物になぞらえる趣向はすでに万葉集に見える(下記参考歌)が、掲出歌は、霜と露が葉を色づかせるとした当時の常識からさらに一ひねりを加え、紅葉の散るさまを華麗に描き出している。

【関連歌】下2280、下2693

 

●古今集・秋下・二九四 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田河に紅葉ながれたるかたをかけりけるを題にてよめる 業平朝臣

ちはやぶる神代(かみよ)もきかず竜田河唐紅(からくれなゐ)に水くくるとは

【通釈】神々の霊威で不可思議なことがいくらも起こった大昔にも、こんなことがあったとは聞いていない。竜田川の水を美しい紅色に括り染めするとは。

【付記】二条の后藤原高子が「春宮の御息所」と呼ばれていた頃、業平が召されて作った屏風歌。紅葉が流れる竜田河を絞り染めの織物になぞらえた上で、山川に宿る神が水を染色したと見ている。「くくる」は(くく)り染めにする、すなわち布を所々糸でくくり、まだら模様に色を染め出す染色法。古くは「水くぐる」と解した例も多く、たとえば定家編著『顕註密勘抄』では「水くぐるとは、紅の木のはを水のくぐりてながると云歟」と顕昭の説が踏襲されている。その場合、「川一面を覆い尽くした紅葉の下を水が潜り流れる」意になる。伊勢物語百六段には「むかし、男、親王たちの逍遥し給ふ所にまうでて、竜田河のほとりにて」として見える。

【関連歌】上0604、中1871、中2014、下2090、下2119、下2278、員外3444

 

●古今集・秋下・三〇三 志賀の山越えにてよめる 春道列樹

山川(やまがは)に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり

【通釈】山中の小川に風がかけたしがらみは、瀬に溜まって流れることもできない散り紅葉なのであったよ。

【付記】京から志賀(琵琶湖の南西部)の崇福寺へ向かう山道で詠んだという歌。定家は小倉百首はもとより『八代抄』『詠歌大概』に採っている。

【関連歌】上1355、中1539、員外3200

 

●古今集・秋下・三〇九 北山に僧正遍昭と(たけ)狩にまかれりけるによめる 素性法師

もみぢ葉は袖にこきいれてもていでなむ秋は限りと見む人のため

【通釈】もみじの葉は袖にしごき入れて(山から)持って出よう。秋はもう終りと思っている人のために。

【付記】父遍昭ときのこ狩りに山に入った時の作。「秋は限りと見む人」とは、秋も最後の日を迎え、まだ山に紅葉が残っているなどとは思っていないだろう人。

【関連歌】下2270

 

●古今集・秋下・三一一 秋のはつる心を竜田川に思ひやりてよめる 貫之

年ごとにもみぢ葉ながす竜田川みなとや秋のとまりなるらむ

【通釈】毎年、紅葉した葉を流す竜田川――その河口の水門が秋の果てなのだろうか。

【付記】秋が終わる時の感慨を、紅葉の名所とされた竜田川に思いを馳せて詠んだ歌。川面を覆うように流れる紅葉も、やがて海へ出れば、その跡を消してしまう。其処が秋の果てであろうと想像を巡らしたのである。「とまり」は「止り」で終り・果ての意であるが、川・みなとの縁から「泊」の意も兼ねる。

【関連歌】上0002、上0279

 

●古今集・秋下・三一二 長月のつごもりの日、大井にてよめる 貫之

夕づく夜をぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ

【通釈】小暗い小倉山に鳴く鹿の声――この声のうちに、秋は暮れるのだろうか。

【語釈】◇夕づく夜 夕月の出た夜は「小暗い」ので、「をぐら山」を導く枕詞として用いたのであろう。但し正徹は枕詞と見ず、「ただ夕暮からやうやう暗くて夜になるをゆふづくよといふ也」と言い、「夕月夜」でなく「夕付夜」の意だとした(正徹物語)。

【付記】陰暦九月の晦日、すなわち秋の終りの日に、大井(京都嵐山の大堰川に沿った里)で詠んだという歌。万葉集に由来する小倉山と鹿の取合せを借りて、ほの暗い夕暮、長く余韻を引く鹿の鳴き声(物悲しいものと聞くのが通例であった)のうちに、去りゆく秋への惜別の思いを歌い上げた。

【本歌】「夕されば小倉の山に鳴く鹿の今夜は鳴かず寐ねにけらしも」(万葉集、崗本天皇)

【関連歌】上1236

 

●古今集・秋下・三一四 題不知 読人不知

たつた川錦おりかく(かみ)な月しぐれの雨をたてぬきにして

【通釈】竜田川は錦を織って掛け渡している。神無月の時雨を、その縦糸・横糸として。

【語釈】◇錦おりかく 錦を織って掛け渡す。川一面の紅葉を錦に喩える。◇たてぬき 布を織るための、たて糸・よこ糸。縦横に降る時雨を糸に喩えている。

【付記】竜田川を覆っている紅葉を錦の織物に見立てた。それだけなら当時の常識を出ないが、木の葉を染める原因とされた時雨を、錦を織り上げた糸と見たところに発想の面白みがある。なお、初句「竜田山」とする本もある。

【関連歌】上0916

 

巻第六 冬歌

●古今集・冬・三一五 冬の歌とてよめる 源宗于朝臣

山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば

【通釈】山里は、冬にこそひときわ寂しさが増さって感じられるのだった。人の訪れも途絶え、草も枯れてしまうことを思うと。

【語釈】◇人め 人を見ること。人が会いに来ること。「め」には「芽」の意が掛かり「草」の縁語。◇かれぬ 「()れぬ」(人目が途絶えてしまう)、「枯れぬ」(草が枯れてしまう)の掛詞。

【付記】小倉百首撰入歌。『八代抄』にも採る。

【関連歌】上0106、上0362、上0511、上0556、中1904、下2318、下2332、下2661、員外3369、員外3517

 

●古今集・冬・三一八 題不知 読人不知

今よりはつぎて降らなむ我が宿のすすきおしなみ降れる白雪

【通釈】今からは続けて降ってほしい。我が家の庭の薄を押し伏せて降っている白雪よ。

【付記】薄の繁みが雪に靡き臥している庭のありさまを趣あるものと眺め、その状態が続くことを望んでいる。冬の侘しげな美が既に見い出されている。

【関連歌】上0969、上1366

 

●古今集・冬・三二一 題不知 読人不知

ふるさとは吉野の山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし

【通釈】古里――その名の通り雪の降る里は、吉野の山が近いので、冬には一日として雪の降らない日はない。

【関連歌】中1819

 

●古今集・冬・三二二 題不知 読人不知

わが宿は雪ふりしきて道もなし踏みわけてとふ人しなければ

【通釈】私の家は雪が降りしきって、もはや道も無い。踏み分けて訪れる人もないので。

【関連歌】上0058、上0456

 

●古今集・冬・三二六 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 藤原興風

浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る

【通釈】入江のあたりまで降り込んでくる雪は、白波が末の松山を越すかと見えるよ。

【本歌】「君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山波もこえなむ」(古今集、みちのくうた) 【付記】浦の岸辺まで真っ白に埋める雪を、東歌に詠まれた「末の松山波もこえなむ」の白波と見立てた。拾遺集には人麿作として入集。

【関連歌】下2323

 

●古今集・冬・三三二 大和の国に罷れりける時に、雪のふりけるをみてよめる 坂上是則

朝ぼらけ有明の月とみるまでに吉野の里にふれる白雪

【通釈】夜がほのぼのと明ける頃、有明の月の光かと見えるほど、吉野の里にしらじらと降り積もった白雪よ。

【語釈】◇朝ぼらけ 夜が明けてまだ物がぼんやり見える頃。

【付記】里いちめんに降り積もった雪の白さを、有明の月が射していると見立てた。定家は小倉百首を始め、『八代抄』『近代秀歌』『詠歌大概』『八代集秀逸』などに採り、非常に高く評価していた。

【関連歌】上0966、中2022、下2354

 

●古今集・冬・三三三 題不知 読人不知

()ぬがうへにまたもふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め

【通釈】消えていない上に、さらに降って覆え。春霞が立ったなら、雪を滅多に見られないだろうから。

【関連歌】上1106

 

●古今集・冬・三三七 雪のふりけるをみてよめる 紀友則

雪ふれば木ごとに花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし

【通釈】雪が降り積もったので、どの木にも花が咲いた。どれを本当の梅と区別して手折ろうか。

【語釈】◇木ごとに 漢詩の離合詩を真似、《木》《毎》で《梅》の字をあらわしていると見る説がある。◇わきて折らまし 雪から梅を区別して折ろうか。

【付記】枝に積もった雪は実際花のように見えるものであるが、それを耽美的に誇張して詠んでいる。「木毎」に「梅」の字を詠み入れたと見るのは、当時の漢詩摂取の流行からすればあり得べき説と思えるが、古くから否定説もあった。「木毎にを、梅といふ文字といへど、是は自然と見えたり」(季吟『八代集抄』)、「木毎は、梅の字をよみ入れたりと云ふは過ぎたり」(真淵『古今集打聴』)など。

【関連歌】中1991

 

●古今集・冬・三四〇 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 読人不知

雪ふりて年のくれぬる時にこそつひにもみぢぬ松も見えけれ

【通釈】雪が降って、年が暮れた時にこそ、最後まで紅葉しなかった松も見られるのだった。

【付記】木々の紅葉も散り果てた年の暮、雪の中で常緑をひときわ目立たせる松を詠んだ。寛平元年(八九九)の「寛平御時后宮歌合」に出詠された歌。

【関連歌】上0849、員外3361

 

巻第七 賀歌

●古今集・賀・三四三 題不知 読人不知

わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで

【通釈】我らの主君は、千年にも八千年にも――細かい石が集まって大岩となり、苔が生えるようになるまで、それほど永い永い歳月にわたってお元気でいて下さい

【語釈】◇わが君 私の主人。元来は相手に対し親しみを籠めて呼ぶ言い方であるが、古今集の賀歌巻頭歌としては、この「君」は先ず醍醐天皇を指すと考えるべきであろう。◇さざれ石 細かい石。小石が集まり、長い時間をかけて固結し、大岩となるものがある(写真参照)。

【付記】国歌「君が代」の原型または異文。

【関連歌】上1286、中1667

 

●古今集・賀・三四四 題不知 読人不知

わたつ海の浜のまさごをかぞへつつ君が千とせのありかずにせむ

【通釈】海辺の砂の数をかぞえかぞえして、その数を君が代が続く千年の数にしよう。

【付記】砂浜の砂の数だけ、君の寿命は千年を繰り返すだろうと予祝する。

【関連歌】下2379、下2728

 

●古今集・賀・三四五 題不知 読人不知

塩の山さしでの磯にすむ千鳥きみが御代をば八千代とぞなく

【通釈】塩の山の差出の磯に棲む千鳥は、「ちよ、ちよ」と鳴いて、君の御代が八千代も続くと祝っている。

【語釈】◇塩の山 古来、甲斐国の歌枕とされる。今の山梨県塩山市の山という。◇さしでの磯 笛吹川畔の磯(石の多い岸辺)という。

【付記】「さしでの磯」に住む千鳥の「ちよ」と鳴く声に君が代の長久を予祝した。

【関連歌】中1806

 

●古今集・賀・三四八 仁和の帝の親王におはしましける時に、御をばの八十(やそぢ)の賀に、しろがねを杖につくれりけるを見て、かの御をばに代はりてよみける」 僧正遍昭

ちはやぶる神やきりけむつくからに千年の坂もこえぬべらなり

【通釈】この立派な杖は、神が伐って造ったのでしょうか。これを突いてなら、千年かかって登るような坂もきっと越えられるでしょう。

【付記】光孝天皇が親王時代(即位以前)、おばの八十歳の算賀に、銀で装飾した杖を贈った。それを見て遍昭が、親王のおばに代り、お礼として詠んだという歌。杖には霊力が宿るという信仰が背景にある。「神が依り憑く」意を掛け、「つくからに」で上句と下句を緊密につなぐ。

【関連歌】上1190

 

●古今集・賀・三四九 堀川の大臣の四十賀、九条の家にてしける時によめる 在原業平朝臣

桜花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに

【通釈】桜の花よ、散り乱れてあたりを霞ませよ。老いらくが通って来ると聞く道が、花に紛れて見分けのつかなくなるように。

【参考】「しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道とまどふまで散れ」(古今集四〇三、読人不知)

【付記】貞観十七年(八七五)、藤原基経の四十歳の算賀に進献した祝い歌。賀の催されたのは、ちょうど桜の散る季節だったか。「老いらく」は、動詞「老ゆ」を名詞化した、いわば抽象名詞である。それが道をやって来るという考え方は、同じ古今集の「老いらくのこむとしりせば門さしてなしとこたへて逢はざらましを」などにも見える。業平の歌では「来むといふなる」と伝承めかし、桜吹雪によって朧化していることが、かえって想像力を刺戟し、「老いらく」なる、不可視であるはずのものが実体化されたイメージを膨らませる。一種の言葉の魔術である。

【関連歌】上0240

 

●古今集・賀・三五一 貞保親王の后の宮の五十の賀奉りける御屏風に、桜の花の散る下に、人の花見たるかたかけるをよめる 藤原興風

いたづらにすぐす月日は思ほえで花見て暮らす春ぞすくなき

【通釈】普段、むなしく過ごしている月日は何とも思えないのに、花を見て暮らす春の日だけは、少ないことが惜しまれてならない。

【付記】貞保(さだやす)親王の母で清和天皇の后である藤原高子の五十歳を祝う屏風絵に添えた歌。花見をする画中人物の立場で詠んでいるが、高子を春の美しい花に喩え、歳月を惜しむ意を籠めているのだろう。高子五十歳は寛平三年(八九一)に当る。

【関連歌】員外3408

 

●古今集・賀・三五四 本康(もとやす)親王(のみこ)七十(ななそぢ)の賀のうしろの屏風によみてかきける 素性法師

ふして思ひおきて(かぞ)ふる万代は神ぞしるらむ我が君のため

【通釈】寝ても覚めても、ひたすら祈り数える万年の長寿は、我が君のためを思って、神がご考慮下さるでしょう。

【語釈】◇松 待つ意を掛ける。◇いはひつる 「つる」に鶴の意を掛け、待つと共に長寿のめでたい例とする。

【関連歌】上1498、中1883、〔下2400〕、〔下2639〕

 

●古今集・賀・三五六 良岑経也(よしみねのつねなり)四十(よそぢ)の賀に(むすめ)にかはりてよみ侍りける 素性法師

万世を松にぞ君をいはひつる千歳のかげにすまむと思へば

【通釈】長久の寿命を待ち望んで、めでたい松に父君のことをお祈りします。千年も生きる父君の蔭で生きようと思いますので。

【付記】素性の縁戚と思われる良岑経也(未詳)の四十歳の賀に、経也の娘に代わって詠んだという歌。

【関連歌】中1988

 

●古今集・賀・三五七 内侍のかみの、右大将藤原朝臣の四十賀しける時に、四季の絵かけるうしろの屏風にかきたりける歌 素性法師

春日野に若菜つみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ

【通釈】春日野に若菜を摘んでは、万年にも及ぶ長寿をお祈りする心は、神もご照覧下さるでしょう。

【付記】古今集巻七賀歌。

【関連歌】上0182、中1818

 

●古今集・賀・三六〇 秋

住の江の松を秋風吹くからに声うちそふる沖つ白波

【付記】古今集巻七賀歌。藤原定国の四十歳の祝賀における屏風に添えた歌。「そふる」の語に、さらに年齢を重ねてゆくことを予祝する。『躬恒集』や拾遺集に躬恒の作として載る。定家は『定家十体』の「麗様」の例歌に引き、『八代抄』にも採る。 【関連歌】員外3421

 

●古今集・賀・三六二 秋

秋くれど色もかはらぬ常磐山よその紅葉を風ぞかしける

【通釈】秋が来ても木の葉の色も変わらない常磐山は、よその山の紅葉を風が貸したのだった。

【付記】古今集巻七賀歌。藤原定国の四十歳の祝賀における屏風に添えた歌。常磐すなわち不変の山なのに紅葉しているのは、よその山の紅葉を風が貸したのかと興じた。古今集は作者名を記さないが、『麗花集』によれば坂上是則の作。

【関連歌】員外3365

 

巻第八 離別歌

●古今集・離別・三六五 題不知 在原行平朝臣

立ちわかれいなばの山の峰におふるまつとし聞かば今かへりこむ

【通釈】お別れして、因幡(いなば)の国へと()なば、任地の稲羽(いなば)山の峰に生えている松ではないが、私の帰りを待ち遠しく思ってくれるだろうか。故郷(くに)からの便りでそうと聞いたなら、すぐ帰って来よう。

【語釈】◇いなばの山 鳥取県岩美郡国府町の小山という。稲羽山、稲葉山とも書く。国庁跡の東北。但し『歌枕名寄』などは美濃国の歌枕としている。「いなば」は、「去なば」(去ったならば、の意)を掛けている。◇まつとしきかば (都の人たちが)待っていると聞いたなら。「まつ」に松・待つを掛ける。

【付記】古今集巻八、離別歌の巻頭。地名「いなば」に「去なば」を掛け、山の峰に生えている「松」に寄せて、任国へと去った自分を都で「待つ」人がいるならすぐに帰って来よう、と別れの挨拶とした。掛詞を駆使して古今集撰者時代の詠風を先駆し、「いなば」と「まつ」を結ぶのに「稲葉の山の峰におふる松」という、一首の主意を離れる異文脈の挿入句をはさんで複雑な曲折を生んでいるのは、遥か新古今の歌風さえ予告している。定家は小倉百首はもとより『定家十体(麗様)』『定家八代抄』『詠歌大概』『近代秀歌』『八代集秀逸』といった主だった秀歌撰に採っており、酷愛の一首であったと覚しい。

【関連歌】上0914、中1836、下2547

 

●古今集・離別・三六七 題不知 読人不知

かぎりなき雲居のよそに(わか)るとも人を心におくらさむやは

【通釈】はてしない雲の彼方のように遥か遠く隔てられようとも、あなたを私の心から後らせることなどしようか。

【語釈】◇雲居のよそ はるかに隔たった所。◇人を心におくらさむやは 別れても心の中では常にあなたに付き添っている、ということ。

【付記】旅立つ人が、あとに残してゆく人に、旅先にあっても常に忘れないと言い遣った歌。『遍昭集』『大和物語』にも見える歌。

【関連歌】上1176、中1858

 

●古今集・離別・三七〇 越へまかりける人によみてつかはしける 紀利貞

かへる山ありとはきけど春霞立ち別れなば恋しかるべし

【通釈】「帰る」という名の帰山があるとは聞くけれど、春霞が立つ中をあなたが立ち去ってしまったなら、きっと恋しいだろう。

【語釈】◇かへる山 越前国の歌枕。南越前町から敦賀市へ通じる峠。帰山、鹿蒜山とも。動詞「帰る」と掛詞。◇春霞立ち別れなば 「春霞立ち」「立ち別れなば」と「立ち」は前後に掛かる。

【関連歌】員外2807

 

●古今集・離別・三八〇 陸奥へまかりける人によみてつかはしける 貫之

白雲の八重にかさなる(をち)にても思はむ人に心へだつな

【通釈】白雲が幾重にも重なるほど遠くにあっても、あなたを思っている人に対して心を隔てないでおくれ。

【語釈】◇思はむ人 あなたを思うだろう人。作者自身を指す。助動詞「む」はその行為が将来においてなされることを示す。

【関連歌】上0090、中1743

 

●古今集・離別・三八七 源実が筑紫へ湯浴みむとてまかりける時に、山崎にて別れ惜しみける所にて、よめる 白女

命だに心にかなふ物ならばなにか別れの悲しからまし

【通釈】命さえ思いのままになるなら、何を悲しむことがありましょう。いつ死ぬか分からない運命だからこそ、別れは悲しいのです。

【付記】源(さね)(嵯峨天皇の曾孫。昌泰三年-900年-没)が九州へ湯治に向かった時、淀川の船着場、山崎で別れを惜しんで詠んだという歌。『大鏡』にも見える歌で、定家は『八代抄』に採る。

【関連歌】員外3554

 

●古今集・離別・三八八 山崎より神奈備の森までおくりに人々まかりて、かへりがてにして別れ惜しみけるによめる 源実

人やりの道ならなくにおほかたは行きうしといひていざ帰りなむ

【通釈】人から命じられて行く旅路でないのだ。まったく行くのは辛いと言って、さあここから帰ってしまおう。

【付記】巻八離別歌。筑紫へ湯治に出掛けた(みなもとの)(さね)が、山崎から神奈備の森まで人々に送られたが、名残を惜しみ帰り難くしている人々に対し、別れを惜しんで詠んだという歌。

【関連歌】上1391、員外3552

 

●古今集・離別・三九二 人の花山に詣できて夕さりつ方帰りなむとしける時によめる 僧正遍昭

夕暮のまがきは山と見えななむ夜はこえじと宿りとるべく

【通釈】薄明にまぎれて我が寺の籬が山に見えてほしい。夜は越えられまいと諦め、ここに宿をとってゆくように。

【付記】離別歌。知合いが元慶寺に参詣に来て、夕方帰ろうとした時に、なんとか引き留めたいとの願いを詠んだ歌。いくら立派な垣根でも山と見間違えることはあるまいが、そうした誇張によって、無理を押しても泊って行ってほしいとの切なる願望をあらわしている。

【関連歌】下2214、下2349

 

●古今集・離別・四〇〇 題不知 読人不知

あかずして別るる袖の白玉を君が形見とつつみてぞゆく

【通釈】飽き足りることなく別れる悲しみに、私の袖に白玉のようなあなたの涙が落ちる。それをあなたの忘れ形見として、包み持って旅を行くよ。

【付記】離別歌。涙を美しいものとして「白玉」に喩える。

【関連歌】員外2871

 

●古今集・離別・四〇四 志賀の山越えにて、石井のもとにて物いひける人の別れける折によめる 貫之

むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな

【通釈】掬い取る手のひらから落ちた雫に濁る、山清水――その閼伽(あか)とする清水ではないが、飽かずに人と別れてしまったことよ。

【付記】近江へと志賀の山越えをしていた時、水汲み場のもとで人と会話を交わし、その人と別れる折に詠んだという歌。第三句「山の井の」までは、清らかな山清水を閼伽(仏にお供えする水)とすることから、「あかで」を導く序。しかし詞書に「石井のもとにて」とあることから、眼前の景を詠み込んでいることにもなる。藤原俊成の『古来風躰抄』に「大方すべて、言葉、ことのつゞき、すがた、心、かぎりなく侍るなるべし。歌の本體はたゞ此の歌なるべし」と絶賛されるなど、古来評価の高い歌。

【関連歌】上0130、上0292、上0658、中1522、下2307、下2501、員外2871

 

巻第九 羇旅歌

●古今集・羇旅・四〇七 隠岐の国に流されける時に、舟にのりて出でたつとて、京なる人のもとにつかはしける 小野篁朝臣

わたの原八十(やそ)島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟

【通釈】大海原を、数知れぬ島々の方へ向けて、遥か隠岐の島まで漕ぎ出して行ったと、都の人には告げてくれ、海人の釣舟よ。

【語釈】◇八十島かけて 「八十」は数が多いことのたとえ。「かけて」は目標に加える意。島々をいくつも辿って遥かな目的地へ向かうことを言う。

【付記】承和五年(八三八)、遣唐副使であった篁は大使藤原常嗣と対立し、病と称して進発しなかった上、遣唐使をめぐって嵯峨上皇を諷刺したため、罪を得て隠岐遠流に処された。舟に乗って流刑地へ発つに際し、京にある人(家族であろう)のもとに贈ったという歌。定家は『定家十体』の「濃様」の例歌に引き、『八代抄』と小倉百首に採っている。

【関連歌】員外3411

 

●古今集・羇旅・四〇九 題不知 読人不知

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ

    この歌は、ある人のいはく、柿本人麿が也。

【通釈】ほのぼのと夜が明ける、明石の浦の朝霧のうちに、島陰へと隠れてゆく舟をしみじみ思うのである。

【付記】古今集は読人不知とするが、『古今和歌六帖』は作者を人麻呂とし、公任撰の『三十六人撰』『和漢朗詠集』などでも人麻呂作とされて、平安時代には人麻呂の代表歌と見なされるようになった。定家は『定家十体(麗様)』『八代抄』に取った程度で、高く評価したり愛好したりした形跡はない。

【関連歌】上0231、上1249、下2195

 

●古今集・羇旅・四一七 但馬の国の湯へまかりける時に、二見の浦といふ所にとまりて夕さりの餉たうべけるに、ともにありける人々の歌よみけるついでによめる 藤原兼輔

夕づく夜おぼつかなきを玉匣(たまくしげ)ふたみの浦はあけてこそ見め

【通釈】夕月夜は景色がはっきり見えないので、二見の浦は夜が明けてから見よう。

【語釈】◇玉匣 化粧箱。「蓋」が付き物なので、同音の「ふたみ」の枕詞として用いる。◇ふたみの浦 二見の浦。兵庫県城崎郡、兵庫県明石市二見とする説などがある。◇あけて 夜が明けて。「あけ」には「開け」の意が掛かり、玉匣の縁語。

【付記】但馬(今の兵庫県北部)に湯治へ行った時、二見の浦に泊って、夕食に「(かれいひ)」を食べた時、同行の人々が歌を詠んだついでに詠んだという歌。

【関連歌】上1161、中1701

 

●古今集・羇旅・四二〇 朱雀院の奈良におはしましたりける時に手向山にてよめる 菅原朝臣

このたびは(ぬさ)もとりあへず手向山(たむけやま)もみぢの錦神のまにまに

【通釈】このたびの旅は、出発の慌ただしさに、御幣の用意もできかねました。ところが手向山に来ますと木々の紅葉はさながら錦を織り成したよう。代りにこの紅葉を御幣として捧げますので、どうぞ神の御心のままにお受け下さい。

【語釈】◇手向山 手向を捧げるべき山。この歌では山城・大和国境の奈良山の峠を指すのであろう。◇このたびは 「たび」は度・旅の掛詞。◇幣 神への捧げ物。旅に出る時、紙または絹を細かく切ったものを袋に入れて持参し、道祖神の前でまき散らした。◇とりあへず 出発の慌ただしさで、用意する暇がなかったということ。「供奉の時なれば私をかへり見ぬ義にて、神に幣帛もささげぬと也」(幽斎抄)との説もある。◇もみぢの錦 紅葉を錦織物に見立てる。◇神のまにまに 幣を受け取り、旅の無事を祈る願いを叶えてくれるかどうかは、神の御心のままにして下さい、程の意。

【付記】羇旅歌。昌泰元年(八九八)十月、朱雀院すなわち宇多上皇の吉野宮滝御幸に従駕しての作。『定家八代抄』には詞書「亭子院吉野の宮滝御覧じにおはしましける御ともにつかうまつりて、手向山をこゆとて」とある。

【関連歌】上0956、上1127、上1207、上1439

 

巻第十一 恋歌一

●古今集・恋一・四六九 題不知 読人不知

時鳥なくやさ月のあやめ草あやめもしらぬ恋もするかな

【通釈】ほととぎすが鳴く五月、その五月のあやめ草――その「あやめ」という名のように、筋目も分からない恋をすることよ。

【語釈】◇なくやさ月の 鳴く五月の。「や」は意味を強めたり調子を整えたりするための間投助詞。◇あやめ草 サトイモ科のショウブ。花の美しいアヤメ科のアヤメ・ハナショウブとは全く別種であるが、剣のような形の葉は似ている。五月五日の節句に邪気を祓う草として軒端に葺くなどした。同音反復から次句「あやめもしらぬ」を導く。◇あやめもしらぬ恋 筋道もわからない恋。どうしてよいか分からない恋。「あやめ」は筋目・条理などの意。

【付記】古今集巻十一、恋歌一の巻頭。あやめを飾る季節に、あやめを知らぬ恋をするという諧謔がこの歌の眼目であるが、そうした趣向より何より、調べの美しさによって愛された歌であろう。

【関連歌】中1642、中1888、下2416

 

●古今集・恋一・四七一 題不知 紀貫之

吉野川岩波たかくゆく水のはやくぞ人を思ひそめてし

【通釈】吉野川の岩波を高く立ててゆく水が速く流れる――早くから、あの人を思い始めたことであったよ。

【付記】「行く水の」までは「はやく」を導く序詞。

【関連歌】上1019

 

●古今集・恋一・四七二 題不知 藤原勝臣

白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける

【通釈】どこを目指して行けばよいのか、行方も知れぬ恋にとっては、風信だけが頼りになる導き手なのだ。

【語釈】◇あとなき方 先導する船の航跡がない方向。◇たよりのしるべ 頼りになる導き手。「たより」には便り(手紙)の意を掛ける。

【付記】風を頼りとする舟に寄せて、恋人の手紙に縋る思いを詠んだ恋歌。 【関連歌】上1036、中1628、中1874、下2481

 

●古今集・恋一・四七三 題不知 在原元方

音羽山おとに聞きつつ逢坂の関のこなたに年をふるかな

【通釈】音羽山の「音」ではないが、噂にばかり聞きながら、「逢ふ坂」という名の関のこちら側で、逢えないまま何年も過ごすことよ。

【関連歌】上1201

 

●古今集・恋一・四七六 右近の馬場のひをりの日むかひにたてたりける車のしたすだれより女の顔のほのかに見えければ、よむでつかはしける 在原業平朝臣

見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめくらさむ

【通釈】全然見えないわけではないが、よく見えたのでもない人――あの人が恋しくてならないので、わけが分からずに今日はぼんやり物思いに耽って過ごすだろう。

【語釈】◇右近の馬場 右近衛府の馬場(馬術の練習場)。◇ひをりの日 意味不明。◇車のしたすだれ 牛車の前後に取り付けられた簾の内側の垂れ布。◇あやなく わけが分からず。無分別に。

【付記】女の返し歌は、「知る知らぬ何かあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ」。伊勢物語九十九段にも見える。

【関連歌】上1372

 

●古今集・恋一・四七七 返し 読人不知

知る知らぬ何かあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ

【通釈】知るとか知らぬとか、どうして意味もなく区別して言うのでしょうか。あなたの「思ひ」の「火」こそが、道しるべでありましたのに。

【付記】業平の四七六番歌への女の返し。「見ずもあらず見もせぬ」に対し「知る知らぬ」と言い、恋する心のままに言問えばよいと返した。

【関連歌】下2038

 

●古今集・恋一・四七八 春日のまつりにまかれりける時に、物見にいでたりける女のもとに、家をたづねてつかはせりける 壬生忠岑

春日野の雪まをわけておひいでくる草のはつかに見えし君はも

【通釈】春日野の雪の間を分けて芽生え、育ってくる草のように、ほんのちょっとだけ見えたあなたですことよ。

【付記】春日神社の春祭りに行った時、見物に来ていた女のもとに、その後家を探し当てて贈った歌。

【関連歌】下2036

 

●古今集・恋一・四八〇 題不知 元方

たよりにもあらぬ思ひのあやしきは心を人につくるなりけり

【通釈】音信を届ける使いでもないのに、この止めようのない思いの不思議なことは、心をあの人にぴったり付き添わせ、恋心を知られてしまうことである。

【語釈】◇たよりにもあらぬ思ひ 「たよりにもあらぬ」「あらぬ思ひ」と掛けて言う。「あらぬ思ひ」とは、思うべきでないのに、止めることのできない恋心の意。「思ひ」の「ひ」は「火」と掛詞になり、「つく」と縁語の関係になる。◇つくる 告ぐる意が掛かり、「たより」と縁語になる。

【関連歌】上1373

 

●古今集・恋一・四八三 題不知 読人不知

片糸をこなたかなたによりかけてあはずは何を玉の緒にせむ

【通釈】片糸をこちらの方にあちらの方にと縒って合わせる――もし合わなければ、どうやって宝玉を貫く緒としよう。そのように心を尽くしてもあの人に逢えなければ、私は何を命の綱としようか。

【語釈】◇片糸 縒り合わせる以前の糸。◇よりかけて 縒り合わせて。◇玉の緒 「宝玉を貫く緒」「魂を繋ぎとめるもの(命の綱)」の両義。「緒」は糸の縁語。下句は「恋人と逢うことがなければ、何を私の命にしよう。他に何もない」ほどの意。

【付記】「よりかけて」までを「逢はず」を導く序詞とする注釈書も多いが、古説の解くように一首全体が一つの暗喩をなす歌と見るべきであろう。表は首飾りのようなものを作る苦労を詠みつつ、裏には恋人と逢うことを只管に頼みとする心を縫い込んでいるのである。

【関連歌】上0932、上1079、上1268、上1456、下2570

 

●古今集・恋一・四八四 題不知 読人不知

夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふあまつ空なる人を恋ふとて

【通釈】夕暮には、旗手(はたて)のように棚引く雲を眺めては、私も乱れ靡くような物思いをするのだ。天にいる人を恋い慕うというので。

【語釈】◇雲のはたて 雲の旗手。風に靡く旗のように見える筋雲。◇あまつ空なる人 天空にある人。手の届かない恋人を言う。

【付記】男女の逢瀬の時である夕暮は、ことに恋心の増さる時間帯とされた。その時にあって、遥かに及び難い恋人への思いを詠んだ歌。

【関連歌】上1372、中1650、中1740

 

●古今集・恋一・四八六 題不知 読人不知

つれもなき人をやねたく白露のおくとは歎き()とはしのばむ

【通釈】薄情な人を、憎らしいことに、白露の置く朝に起きては歎き、寝ては慕うのだろうか。

【語釈】◇おくとはなげき 起きては歎き。「おく」は「置く」「起く」の掛詞。◇寝とはしのばむ 寝床に臥せっては偲ぶ。

【付記】秋の趣深い風物とされた白露にこと寄せて、つれない恋人を、意に反して起き伏し想う心を詠む。露に涙を暗示し、また四五句に対句を用いて恋の歎きを深めている。

【関連歌】上1153、上1454、下2639

 

●古今集・恋一・四八七 題不知 読人不知

ちはやぶる賀茂の(やしろ)木綿(ゆふ)(だすき)ひと日も君をかけぬ日はなし

【通釈】賀茂の神社の木綿襷――それを神官が毎日懸けるように、一日としてあなたを心に懸けない日はありません。

【語釈】◇ちはやぶる 普通「神」の枕詞であるが、ここでは「賀茂の社」の枕詞。◇木綿襷 神事に用いる衣裳の一つ。この句までが下の「かけ」を持ち出すための序。

【付記】京都で最も古い社の一つで、最も深い崇敬を受けた賀茂神社の木綿襷に寄せて、途絶えることのない恋心を詠む。上句は序詞で、万葉風に近接する古風な歌。

【関連歌】中1728

 

●古今集・恋一・四八八 題不知 読人不知

我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれどもゆく方もなし

【通釈】私の恋の思いは、虚空に満ちてしまったらしい。あの人に思いを馳せても、どこへも行き場がなく、どうにも胸の晴れることはない。

【語釈】◇思ひやれども 「思ひやる」は「思いを馳せる」「思いを晴らす」の両義。◇ゆく方もなし 「行くべき方向がない」「心が晴れる手だてがない」の両義であろう。「心がゆく」「思ひがゆく」とは、気が晴れる、思いが叶う、といった意味。

【付記】恋しさに悩む時、人は空を眺め、心を晴らすならいがあったが、今はどうにも胸が晴れないので、恋の嘆きが空に満ちてしまったのだろうと見なした。

【関連歌】上0062

 

●古今集・恋一・四九〇 題不知 読人不知

夕月夜(ゆふづくよ)さすや岡べの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな

【通釈】夕月が射している岡辺の松の葉が、いつとも季節をわかず緑であるように、私はずっと思い続け、いつも変わらぬ恋をすることであるよ。

【語釈】◇夕月夜 夕月の意で用いる。◇さすや岡べの 射す岡辺の。「や」は調子を整えるために投入された間投助詞。

【付記】松の葉は常緑なので、「松の葉の」までが下の「いつともわかぬ」を導く序のはたらきをするが、それだけでなく、上句は夕暮に男を待つ女が眼前に眺める景色とも考えられ、微妙な効果をもつ喩となっている。「松」には「待つ」を掛ける。

【関連歌】上1039、上1326、上1477、中1752、下2028、下2389

 

●古今集・恋一・四九五 題不知 読人不知

思ひ出づるときはの山の岩つつじ言はねばこそあれ恋しきものを

【通釈】思い出す時――その「時」という名を持つ常盤の山の岩躑躅――その「いは」ではないが、言わないではいるものの、心では恋しがっているのだ。

【付記】「岩つつじ」までが同音から「言は」を導く序詞で、一首の心は下二句にのみある。定家は『八代抄』『詠歌大概』に採った。

【関連歌】上1322、下2535、員外2915

 

●古今集・恋一・四九六 題不知 読人不知

人しれず思へば苦しくれなゐの末摘花(すゑつむはな)の色に出でなむ

【通釈】人に知られることなく思い悩んでいると、苦しい。紅を染める末摘花の色のように、この恋はきっと表にあらわれてしまうだろう。

【語釈】◇末摘花 紅花(キク科ベニバナ)の異名。夏に咲く花は黄から赤へと色を深める。紅色の染料にされた。◇色にいでなむ 表面に出てしまうだろう。「色」には、表にあらわれる「けはい」「おもむき」「様子」といった意がある。連語「なむ」は未来推量や決意を表わす。なお、「出づ」は他動詞としても用いられたので、「表に出してしまおう」という能動的な決意と読むことも出来る。

【付記】忍ぶ恋の苦しさに堪えきれない思いを、紅の色を深めてゆく花に寄せて歌い上げた。

【関連歌】下2527

 

●古今集・恋一・四九七 題不知 読人不知

秋の野の尾花にまじりさく花の色にや恋ひむ逢ふよしをなみ

【通釈】秋の野の尾花にまじって美しく咲く花のように、はっきり目立って恋しようか。逢う手立てがないので。

【関連歌】下2309

 

●古今集・恋一・五〇一 題不知 読人不知

恋せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも

【通釈】恋はするまいと御手洗川で行った禊――神は結局受け入れて下さらなかったらしいよ。

【付記】恋の苦しさに堪えかね、二度と恋はするまいと禊して神に祈ったが、結局また恋しい思いに苛まれているので、神は願いを受け入れてくれなかったのかと顧みている。伊勢物語第六十五段にも見える。定家は『八代抄』『近代秀歌』などに採っている。

【関連歌】中1778、員外3625

 

●古今集・恋一・五〇三 題不知 読人不知

思ふには忍ぶることぞ負けにける色には出でじと思ひしものを

【通釈】あの人を思う心の強さには、堪え忍ぶ心が負けてしまったよ。表面には出すまいと思っていたのに。

【付記】恋の葛藤を「思ふこと」と「忍ぶること」の争いと見なし、後者が前者に負けたと言いなした。伊勢物語第六十五段に小異歌がみえる。

【関連歌】上0861

 

●古今集・恋一・五〇四 題不知 読人不知

わが恋を人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ

【通釈】私の恋心を人は知っているだろうか。ただ枕だけが、知っているとすれば知っているだろう。

【関連歌】上1077、中1648

 

●古今集・恋一・五〇五 題不知 読人不知

浅茅生の小野の篠原しのぶとも人知るらめやいふ人なしに

【通釈】浅茅の生えている野原の、篠竹の群落――その篠竹が(ちがや)の丈に余って隠れようがないように、忍んでも思いはあらわれよう。しかしあの人は知ってくれようか。思いを告げる人がなくて。

【付記】上句は百人一首に採られた後撰集の源等「浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき」によく似る。

【関連歌】中1661、下2272

 

●古今集・恋一・五〇六 題不知 読人不知

人しれぬ思ひやなぞと蘆垣のまぢかけれども逢ふよしのなき

【通釈】なぜ私はあの人に知られずに想っているのだろう。それが不思議なほど、あの人は間近にいるのに、逢うすべのないことよ。

【語釈】◇なぞと 何ぞと。「と」の遣い方不審。◇蘆垣の 「ま近」の枕詞。

【関連歌】上0258、上1303

 

●古今集・恋一・五〇七 題不知 読人不知

思ふとも恋ふとも逢はむものなれやゆふ手もたゆく解くる下紐

【通釈】いくらあの人を思おうと、恋い慕おうと、逢うことなどできようか。結ぶ手がだるくなるほど、下紐は何度も解けることよ。

【付記】下紐が自然に解けるのは恋人に逢える前兆と信じられたが、それを信じられないと言う。話手の恋情が相手にも知らせていないひそかな恋心であることを暗示している。

【関連歌】上1385、下2483、員外3228

 

●古今集・恋一・五一〇 題不知 読人不知

伊勢の海の海人(あま)釣縄(つりなは)うちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ

【通釈】伊勢の海の漁師が釣縄を打ち渡しては、また繰る――そのように苦しいとばかり思いながら生きてゆくのだろうか。

【付記】「釣縄」は釣り針をつけた縄。「うちはへて」までは「釣縄」を「繰る」と言うことから同音の「苦し」を言い起こす序。「渡らむ」は「海」の縁語。

【関連歌】員外3276

 

●古今集・恋一・五一五 題不知 読人不知

唐衣(からころも)ひもゆふぐれになる時はかへすがへすぞ人は恋しき

【通釈】唐衣の紐を結う――夕暮になる時は、返す返す人が恋しいのだ。

【語釈】◇唐衣 もと外国製または外国風の衣裳を言うが、のち美しい衣服一般を指す歌語となる。ここでは「ひも(紐)」の枕詞。◇ひもゆふぐれに 「紐結ふ」から「夕」を導く。◇かへすがへすぞ 繰り返し繰り返し。「かへす」は衣の縁語。

【付記】夕暮時の人恋しさを詠む。「唐衣」から「ひも(紐→日も)」を導き、さらに「ゆふ(結ふ)」「かへす(翻す)」と衣の縁語を連ねる。衣の紐は情交を暗示するエロティックなものでもある。

【関連歌】上1248、上1354、下2546

 

●古今集・恋一・五一六 題不知 読人不知

宵々に枕さだめむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ

【通釈】毎晩毎晩、枕をどこに定めればよいか、そのやり方がわからず途方に暮れる。どうやって寝た夜、あの人を夢に見たのだったろう。

【付記】枕の方角などによって夢見をコントロールする呪術があったらしい。そのやり方を忘れてしまって、毎夜当惑する心を詠む。現実においては恋人に逢う手立てがなく、夢だけを頼りとしていることが暗示される。

【関連歌】上1087

 

●古今集・恋一・五二七 題不知 読人不知

涙川枕ながるるうき寝には夢もさだかに見えずぞありける

【通釈】涙の川に枕も流れるほどの浮寝にあっては、夢もはっきりとは見えないのだった。

【語釈】◇涙川 絶えず流れ続ける涙を川に喩えて言う。◇うき寝 「浮寝」は水の上に浮かんで寝ること。「憂き寝」の意が掛かる。

【付記】流れやまない涙を「涙川」と言うことから、枕も流れたと誇張し、不安にさいなまれる独り寝にあって恋人の夢も確とは見られないことを嘆く。「夢も」と言うのは、もとより現実においても逢うこと難い相手であることを示している。

【関連歌】上0378、上0907

 

●古今集・恋一・五二九 題不知 読人不知

篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ

【通釈】篝火でもない我が身が、どうしてこうも涙の川に浮きながら燃えているのだろうか。

【関連歌】上0282

 

●古今集・恋一・五三三 題不知 読人不知

葦鴨のさわぐ入江の白浪の知らずや人をかく恋ひむとは

【通釈】葦鴨が騒ぐ入江の白浪ではないが、あの人は知らないだろうか、私がこれほど恋しく思っているとは。

【付記】「白浪の」までは「知らずや」を起こす序。

【関連歌】上0564、上0883、員外3074

 

●古今集・恋一・五三八 題不知 読人不知

うき草のうへはしげれる淵なれや深き心をしる人のなき

【通釈】浮草が水面の上は茂っていて隠している淵なのだろうか、深く思っていても表には出さない私の恋心を知る人のないことよ。

【付記】水面を浮草が覆う深い淵に寄せて、知られることなく人を思う心を詠む。

【関連歌】上1266、員外3351

 

●古今集・恋一・五四八 題不知 読人不知

秋の田の穂のうへを照らす稲妻の光のまにも我や忘るる

【通釈】秋の田の稲穂の上を照らす稲妻の光――その光のように僅かな間でも、私はあなたを忘れたりしようか。

【付記】第四句「光の」までは、短い間を意味する比喩。

【関連歌】下2191、員外3352、員外3559

 

巻第十二 恋歌二

●古今集・恋二・五五三 題不知 小野小町

うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき

【通釈】不意に落ちたうたた寝に、恋しい人を見た。その時から、夢という頼りないはずのものを、頼みに思うようになってしまった。

【関連歌】下2670

 

●古今集・恋二・五五五 題不知 素性法師

秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむ暮るる夜ごとに

【通釈】秋風が身に沁みて寒いので、つれない人ではあるが、こうして頼みにするのです。暮れてゆく夜ごと夜ごとに。

【付記】女の立場で詠む。秋の夜風の侘びしい情趣が人恋しさを増す。

【関連歌】上1178

 

●古今集・恋二・五五六 下つ出雲寺に人のわざしける日、真静法師の導師にて言へりけることばを歌によみて、小野小町がもとにつかはせりける 安部清行朝臣

つつめども袖にたまらぬ白玉は人をみぬめの涙なりけり

【付記】下つ出雲寺(かつて京都賀茂川の近くにあった寺)で行なわれた人の法事で、導師が語った法話を歌に翻案して詠み、小町の許に贈ったという歌。小町の返歌は「おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつせなれば」。

【関連歌】上1172、上1265、下2484

 

●古今集・恋二・五五七 返し 小町

おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつせなれば

【通釈】包もうとしても、袖に溜めることができずにこぼれてしまう白玉は、あなたに会えなくて悲しんで流す涙なのでした。

【通釈】いいかげんな涙だから袖に玉をなす程度なのです。私など、滝つ瀬のように涙が押し寄せるので、袖で堰き止めることなどできません。

【付記】かつて京都賀茂川の近くにあったという下出雲寺で行なわれた法事で、小町は安倍清行と同席したらしい。導師が語った法話の言葉を採り入れて、清行は小町に歌を詠みかける。『法華経』の無価宝珠を「白玉」と呼び、涙に喩えたのに対し、小町がやり返したのである。ユーモアを以て切り返しつつ、「私の思いの方がずっと強いのです」と艶に訴えている。

【関連歌】上0255、上1349、下2273、〔下2494〕

 

●古今集・恋二・五五八 寛平御時后宮の歌合の歌 藤原敏行朝臣

恋ひわびてうちぬる中に行きかよふ夢の直路はうつつならなむ

【通釈】恋に悩んで悶々と過ごすうち、ふと落ちた眠りの中で、あの人に逢えた。夢の中で往き来する道は、真っ直ぐあの人のもとに通じているのだ。現実もそうであったらいいのに。

【語釈】◇直路 目的地まで真っ直ぐに行ける道。◇うつつならなむ 現実であってほしい。「なむ」は希望をあらわす助詞。

【付記】現実には障害が多く、逢うことが難しい恋であることを余情としている。

【関連歌】上1083、上1272、上1380、上1454、中1662、中1692、下2257

 

●古今集・恋二・五五九 寛平御時后宮の歌合の歌 藤原敏行朝臣

住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路ひとめよくらむ

【通釈】住の江の岸に寄る波は、昼も夜もしきりとやって来るのに、あなたは来てくれない。暗い夜でさえ、夢の通い路で、人目を避けるのだろうか。

【語釈】◇住の江 摂津国の歌枕。今の大阪府の住吉大社付近の海。当時は入江があった。◇岸による波 ここまでが序詞。「寄る」から同音の「夜」を導く。そればかりでなく、波は昼夜問わず寄せることから第三句「夜さへや」全体にも響き、また岸を歩く時は波を避けるので、第五句の「よく」にも響くことになる、という、きわめてニュアンス豊かな有心の序である。◇よるさへや (明るいうちばかりでなく)夜でさえも…か。◇夢の通ひ路 夢の中で恋人のもとへ通う時に通る道。◇ひとめよくらむ 恋人が来ないのは、人目を避けるからだろうか。「らむ」は原因・理由を推量する心。

【付記】女の立場で、「夢でさえ人目を憚って逢いに来てくれないのか」と、慎重過ぎる恋人を恨んだ歌であろう。男の立場で女を恨むとする説や、「なぜ自分は人目を避けるのだろうか」と自問しているとする解釈もある。

【関連歌】上0988、上1153、上1272、中1647、下2471、下2784

 

●古今集・恋二・五六五 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 紀友則

川の瀬になびく玉藻のみがくれて人に知られぬ恋もするかな

【通釈】川の瀬に靡く藻が水中に隠れて見えないように、人に知られない恋を私はしていることであるよ。

【語釈】◇みがくれて 水隠れて・身隠れての掛詞。◇人に知られぬ 「人」は、前句からのつながりとしては世間の人を指すが、次句「恋もするかな」へのつながりからは恋愛の相手と取れる。

【関連歌】下2115

 

●古今集・恋二・五七二 寛平御時后宮の歌合の歌 紀貫之

君恋ふる涙しなくは唐ころも胸のあたりは色燃えなまし

【通釈】あの人を恋して流す涙がなかったなら、私の衣服の胸のあたりは、恋の火の色が燃えていたでしょう。

【付記】涙の水が恋の炎を消すので、実際には衣服が燃えることはないと言うのである。

【関連歌】員外3249

 

●古今集・恋二・五七三 題不知 紀貫之

世とともに流れてぞ行く涙川冬もこほらぬ水泡(みなわ)なりけり

【通釈】移りゆく世と共に流れて行く涙の川――それは、常に流れが激しいので冬も氷らない水の泡なのであった。

【語釈】◇世とともに 「世」には「男女の仲」の意があるので、「恋人との仲が変化してゆくに連れて」といった意味も暗示する。

【関連歌】上1442

 

●古今集・恋二・五七九 題不知 貫之

五月山こずゑをたかみ時鳥なくねそらなる恋もするかな

【通釈】五月の山は梢が高いので、ほととぎすの鳴く声は空高く聞こえる――そのように私もうわの空の恋をすることであるよ。

【語釈】◇五月山 陰暦五月(仲夏)の、木々が盛んに繁った山。万葉集に見える語。鎌倉時代の『歌枕名寄』などは摂津国の歌枕とする。兵庫県池田市に同名の山がある。◇こずゑをたかみ 梢が高いので。夏には枝葉が繁るので梢が高くなる。◇そらなる 空にある。「そらなる恋」で、心ここにあらぬ恋、の意にもなる。

【付記】「なくね」までが「そらなる」を導く序で、一首の主意は「そらなる恋もするかな」のみに過ぎないが、あたかも時鳥の声に触発された感慨のようでもあり、無心の序とも言い切れない含みを持っている。

【関連歌】上1026

 

●古今集・恋二・五九四 題不知 友則

東路(あづまぢ)のさやの中山なかなかに何しか人を思ひそめけむ

【通釈】東海道にある小夜の中山ではないが、なまなかに、どうして人を恋し始めてしまったのであろう。

【語釈】◇東路 東海道。あるいは東国。◇さやの中山 遠江国の歌枕。静岡県掛川市日坂と島田市菊川の間、急崚な坂にはさまれた尾根づたいの峠で、街道の難所の一つ。「なかなかに」を導く。◇なかなかに なまじっか。中途半端に。どうせ思いを遂げられはしないのに…といった気持を含む。

【付記】初二句は同音の繰り返しから「なかなかに」を導く序。同時代に全く同じ序詞を用いた歌が他にもあり、流行句となっていたことが窺われる。「さやの中山」は街道の難所として知られていたため、初二句は恋路の苦しさの暗喩ともなっている。

【関連歌】上0592、下2105

 

●古今集・恋二・五九八 題不知 貫之

紅のふりいでつつなく涙には袂のみこそ色まさりけれ

【通釈】紅を振り出して染めるように、振りまきながら泣く血の涙――その涙には、私の袂ばかりが色を濃くしてゆくのだった。

【付記】「紅の」は「紅染のように」ということ。紅の染料を水に溶くことを「振り出づ」と言ったので、血涙を振りまくように泣くさまの喩えとした。

【関連歌】下2638

 

●古今集・恋二・六〇一 題不知 忠岑

風吹けば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か

【通釈】風が吹いた途端、峰から離れてゆく白雲のように、全く素っ気もないあなたの心であるよ。

【関連歌】中1638、下2094、員外3587

 

●古今集・恋二・六〇八 題不知 躬恒

君をのみ思ひ寝にねし夢なれば我が心から見つるなりけり

【通釈】あなたのことばかり思いながら寝入って見た夢なので、私の心が原因で見た夢だったのだ。

【付記】「相手が自分を思うから夢に見える」「自分が相手を思うから夢に見る」両様の考え方があったが、「思ひ寝」に見た夢だから後者だろうと言うのである。

【関連歌】下2460

 

●古今集・恋二・六一一 題不知 躬恒

わが恋はゆくへも知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ

【通釈】この恋は、行方もわからず、果ても知らない。(いったいどこに辿り着くというのだろう。)ただこれだけは言える、今はただ、あの人と逢うことが終着点と思うばかりなのだ。

【付記】「限り」は「命の限り」すなわち命の尽きる時を含意するか。

【関連歌】上0290、下2467

 

●古今集・恋二・六一五 題不知 友則

命やは何ぞは露のあだものを逢ふにしかへば惜しからなくに

【通釈】命なんて、何だというのだ。露のようにはかないものではないか。逢うことに換えるのなら、惜しくなどないのに。

【語釈】◇命やは 「やは」は反語であろう。「命やは何ぞ」で、「命は何だというのだ、何でもありはしない」の意。「やは」を終助詞と見、初句切れとする説もある。◇何ぞは 「は」は強調のために添えた終助詞であろう。

【関連歌】上0281、上0860、上0900

 

巻第十三 恋歌三

●古今集・恋三・六一六 弥生のついたちより、しのびに人にものら言ひてのちに、雨のそほふりけるに、よみてつかはしける 在原業平朝臣

おきもせず寝もせで夜を明かしては春の物とてながめくらしつ

【通釈】起きるわけでもなく、寝るわけでもなく、夜を明かしては、長雨を春という季節のものとして眺めて過ごしてしまいました。

【付記】晩春三月初めから、ひそかに始まった恋。起きてしまうわけでもなく、寝てしまうわけでもなく、夜を明かして後は、日中しとしとと降り続ける雨を、春のものとて眺め暮らした。「春のもの」が雨を指すことは、「ながめ」に「長雨」が掛かることによって示される。伊勢物語第二段ではやや趣が異なり、「かのまめ男、うち物語らひて、かへりきていかが思ひけむ、時はやよひのついたち、雨そほふるにやりける」と、後朝の歌になっている。

【関連歌】下2469

 

●古今集・恋三・六一七 業平の朝臣の家に侍りける女のもとによみてつかはしける 敏行朝臣

つれづれのながめにまさる涙川袖のみぬれて逢ふよしもなし

【通釈】何も手につかず物思いに耽っていると、長雨に増水する川のように涙の川も水嵩が増してくる。私は袖を濡らすばかりで、あなたに逢うすべもない。

【付記】『紀氏系図』によれば敏行は紀有常の娘を室としているが、その姉妹は業平の室であった。敏行に嫁ぐ以前、姉である業平の妻と同居していたのであろう。伊勢物語百七段参照。

【関連歌】員外3472

 

●古今集・恋三・六二〇 題不知 読人不知

いたづらに行きては来ぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ

【通釈】むなしくあの人の家に行っては帰って来るものの、見たさ逢いたさに心が誘われてしまって…。

【語釈】◇ものゆゑに この場合逆接条件を示す。「…なのに」「…だというのに」。

【付記】恋人に逢ってもらえぬ男が、自身の心を省みている。

【関連歌】上1078

 

●古今集・恋三・六二二 題不知 在原業平朝臣

秋の野に笹わけし朝の袖よりも逢はでこし夜ぞひちまさりける

【通釈】秋の野に笹を分けて帰った後朝(きぬぎぬ)の袖よりも、逢わずに帰って来た夜の方が、いっそうしとどに濡れたのでしたよ。

【付記】前夜逢ってくれなかった女に、翌朝になって贈った歌であろう。「上句には露とはいはで露あり、下句には涙といはねど涙あり」(契沖)。伊勢物語二十五段では、語句に小異あり、また「色好みなる女」の返歌を載せる。

【関連歌】上0365、中1764、下2208、下2563、員外3628

 

●古今集・恋三・六二五 題不知 壬生忠岑

有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし

【通釈】有明の月が、夜の明けたのも知らぬげにしらじらと空に残っていた、あの別れ以来、暁ほど厭わしいものはなくなった。

【語釈】◇有明 月が空に残っているまま、夜が明けること。またその頃の時間、またその月を言う。◇つれなく見えし 冷淡に見えた。「つれなし」は、自分の意に反して、相手の態度が冷淡であったり無情であったりするさまを言う。◇別れ 後朝(きぬぎぬ)の別れ。但し、明け方まで女に逢えないまま帰った、と解する説もある。

【付記】何が「つれなく見え」たのかについては、月とする説、女とする説、また月・女両方を兼ねるとみる説がある。『顕註密勘』(顕昭の古今集注釈書『古今秘注抄』に藤原定家が説を付加した書)の顕昭の注には「これは女のもとより帰るに、われはあけぬとて出るに、ありあけの月はあくるもしらず難面(つれなく)みえしなり」とあり、後朝の別れの歌で、つれなく見えたのは月であるとする。定家もこの説を肯定し「つれなく見えし、此心にこそ侍らめ」と注している。続けて定家は「此詞のつづきはおよばず艶にをかしくもよみて侍るかな。これ程の歌一つ読み出でたらん、この世の思ひ出に侍るべし」と絶賛の詞を綴っている。定家はこの歌を『定家十体』の「幽玄様」に引き、小倉百首を始め『八代抄』『近代秀歌(自筆本)』『詠歌大概』『八代集秀逸』など殆どの秀歌撰に採っている。

【関連歌】上0699、上1091、下2051、下2419、下2500、員外3326

 

●古今集・恋三・六三二 ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらでかきのくづれよりかよひけるを、たびかさなりければあるじききつけてかのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける 業平朝臣

人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ

【通釈】人知れずあなたの家を往き来していた道は、通せんぼされてしまった。あの関の番人たち、宵ごとに居眠りしてしまってほしい。

【付記】「東の五条わたり」すなわち左京五条辺に住んでいる女と情を交わすようになり、男はひそかに通っていた。やがて家の主人(親とは限らず、女の面倒を見ていた人である)がこれを知り、毎夜、家の前の道に番人を置くようになったので、逢えずに帰ることが重なった。「ふせてまもらする」(物陰などにひそませて守らせる)人を「関守」に見立てたという以外、これといった企みもなく素直に詠んだ歌。伊勢物語では二条后関係のエピソードとして第五段に置いている。

【関連歌】上1463、〔下2495〕

 

●古今集・恋三・六三五 題不知 小野小町

秋の夜も名のみなりけり逢ふといへばことぞともなく明けぬるものを

【通釈】秋の夜長というが、それも名ばかりであった。逢い引きの夜ともなれば、別して長いなんてことなく、たちまち明けてしまったではないか。

【通釈】夜が明けたからと帰って行く道には、雨も涙も、はげしくしたたって、衣をびっしょり濡らして降り続けている。

【関連歌】員外2867

 

●古今集・恋三・六三九 寛平御時きさいの宮の歌合のうた 敏行朝臣

明けぬとて帰る道にはこきたれて雨も涙もふりそぼちつつ

【通釈】夜が明けたからと帰って行く道には、雨も涙も、はげしくしたたって、衣をびっしょり濡らして降り続けている。

【付記】古今集恋三。後朝の歌を集めた歌群の最初に置かれている。明け方、女の家からの帰り道に詠んだ歌という設定。「こきたれて」「ふりそぼち」といった激しい、やや強引な詞遣いで、悲しみを誇張している。

【関連歌】下2288

 

●古今集・恋三・六四四 人にあひてあしたによみてつかはしける 業平朝臣

寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな

【通釈】昨夜寝て見た夢がはかなく途切れてしまったので、続きを見ようとまどろんだけれども、ますます不確かになってゆくことよ。

【付記】詞書(「人に逢った翌朝、詠んで贈った」の意)からして、後朝の歌であることが明らか。女との共寝をはかない夢に喩えている。

【関連歌】上1380、下2257、員外3657

 

●古今集・恋三・六四五・六四六 業平の朝臣の伊勢の国にまかりたりける時、斎宮なりける人にいとみそかにあひて、又のあしたに、人やるすべなくて、思ひをりけるあひだに、女のもとよりおこせたりける 読人不知

君や()し我や行きけむ思ほえず夢かうつつか寝てか覚めてか

 返し 業平朝臣

かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ

【通釈】(女)あなたが逢いに来られたのか、私が逢いに行ったのか、覚えていません。夢だったのか現実だったのか、寝ていたのか醒めていたのか。

(業平)真っ暗になる心の闇に迷ってしまったのです。夢か現実かは、世間の人が定めればよい。

【付記】伊勢物語の第六十九段に相当。同書の命名の由来とも説かれる、伊勢斎宮との密通を描く章段である。古今集の詞書は比較にならぬほど簡略。

【関連歌】下2363、員外3628

 

●古今集・恋三・六四七 題不知 読人不知

むば玉の闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり

【通釈】闇の中での現実の情事は、くっきりとした夢に何ほどもまさっていないのだった。

【付記】恋人と情事を遂げた後、夢との対比において、現実の逢瀬のはかなさを嘆いた歌。暗闇の中でのおぼつかない情事は、かえって鮮明に恋人の姿が見られた夢に劣ると言って、現実と夢についての常識的な見方を転倒させている。

【関連歌】上0287、上0474、上0497、上1164、中1976、下2499、〔下2499〕、員外3184、員外3386、員外3629

 

●古今集・恋三・六五〇 題不知 読人不知

名取川瀬々の埋れ木あらはればいかにせむとか逢ひ見そめけむ

【通釈】名取川で水の流れに埋れている木が現れるように、隠している恋が露わになったらどうするつもりで、あの時逢い始めたのだろう。

【語釈】◇名取川 陸奥国の歌枕。宮城県名取市で太平洋に注ぐ。「名を取る」(恋の評判を得る)意を掛ける。◇埋れ木 水中や土中に永く埋もれていて、変わり果ててしまった木。この歌では秘めた恋の暗喩。◇あらはれば 露顕してしまったら。

【付記】「評判を取る」という意を含み持つ歌枕「名取川」に寄せて、秘めた恋が世間に知られることを憂い、相手と関係を持ち始めた当時の心を顧みている。「埋れ木」までは「あらはれば」の序詞であるが、非日常的な具象物の出現が、露顕を恐れる心情に迫真性を与えている。定家は『定家八代抄』『詠歌大概』『近代秀歌』『八代集秀逸』など彼の秀歌撰の殆どに採っている。

【関連歌】上0473、上1162、上1280、中1773、下2073、下2427、下2503、〔下2503〕

 

●古今集・恋三・六五三 題不知 小野春風

花薄ほにいでて恋ひば名を惜しみ下ゆふ紐のむすぼほれつつ

【通釈】花薄の穂のように恋心をはっきり表にあらわせば、浮き名の立つことが惜しいので、下紐が固く結び合されたように私の心は鬱結している。

【語釈】◇花薄 「ほ」の枕詞。◇ほにいでて はっきりと表にあらわして。

【関連歌】員外3388

 

●古今集・恋三・六六二 題不知 躬恒

冬の池にすむ鳰鳥(にほどり)のつれもなくそこにかよふと人にしらすな

【通釈】冷たい冬の池に住む鳰鳥が、平然と水底を行ったり来たりしている――それではないが、私が何気ない様子で其処(あなたの家)に通っていると、他人に知らせないでおくれ。

【語釈】◇鳰鳥 かいつぶり。潜水が得意な鳥。◇つれもなく さりげなく。何もないように。鳰鳥については苦しげな様子も見せずに潜水することを言い、話手については平然を装って女の家に通うさまを言う。◇そこ 底・其処の掛詞。◇かよふ 鳰鳥については水面と水底の間を行ったり来たりすること、話手については女の家に通うことを言う。

【付記】男が女に与えた歌という形を取る。鳰鳥が平然と水底を行き通うさまに、何もないふりをして女の家に通う自身をなぞらえ、男が女に対して、辛い心を悟り秘密を守ってほしいと訴えた。

【関連歌】上1062

 

●古今集・恋三・六六七 題不知 友則

下にのみ恋ふれば苦し玉の緒の絶えて乱れむ人なとがめそ

【通釈】心の中でばかり恋していると苦しい。そのうち玉の緒が切れて乱れてしまうだろう。世の人よ、非難なさるな。

【参考】「下にのみ恋ふれば苦し山のはに出で来る月のあらはればいかに」(万葉集三八〇三、作者未詳 旧訓による。現在は初句「こもりのみ」と訓むのが普通)、「息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも」(万葉集二七八八)

【付記】上記万葉歌二首を合成したような歌。古今集がどれほど万葉集の大きな影響下にあったかを端的に示す一首である。

【関連歌】上0259

 

●古今集・恋三・六七一 題不知 読人不知

風吹けば波うつ岸の松なれやねにあらはれて泣きぬべらなり

    この歌は、ある人のいはく、柿本人麿がなり。

【通釈】風が吹くと波が打ち寄せる岸の松なのだろうか。その松が洗われて根のところが顕れるように、私は()に立ててあらわに泣いてしまいそうなのだ。

【語釈】◇松なれや 松だろうか。この「や」は自らに問いかける疑問を表わす終助詞。◇ねにあらはれて 「根において洗われて」「音に表われて」の両義。

【付記】「ねに」は「根に」「音に」の、「あらはれて」は「洗われて」「顕れて」の掛詞。声あげて泣きそうな自身を、岸の松になぞらえた。

【関連歌】上0367、上0972

 

●古今集・恋三・六七二 題不知 読人不知

池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり

【通釈】池に住む鴛鴦は、名を――恋の噂を立てられることを――惜しむ鳥なのに、水が浅いので、隠れようとしても番でいるところを顕わに見られてしまうのだった。そのように、私も名を惜しんでも、恋人といるところを見られてしまった。

【付記】「名ををし鳥の」は「名を惜し」「鴛鴦(をしどり)の」と掛けて言う。仲の良い鴛鴦に寄せ、自身の恋が世間にあらわれてしまったことを惑う心。

【関連歌】下2308

 

●古今集・恋三・六七三 題不知 読人不知

しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき

【通釈】暁の空がほのぼのと明るくなってゆくと、私たちのそれぞれが衣を着て別れる時であるとは、悲しいことだ。

【語釈】◇おのがきぬぎぬ 脱いだ衣を重ねて共寝していた二人が、それぞれの衣を着て別れること。

【付記】明けゆく空と、別れゆく恋人たち。上句の景から下句の情へと暗転する。

【関連歌】上0321、上0866、上1085、員外3575

 

●古今集・恋三・六七六 題不知 伊勢

知るといへば枕だにせで寝しものを塵ならぬ名の空にたつらむ

【通釈】恋の秘密は枕が知るというので、枕さえしないで寝たのに。枕に積もる塵が目に立つというが、どうして塵ならぬ噂が根拠もなしに立つのだろう。

【付記】古今集巻十三、恋三巻末。枕は使い主の心を知るものとされたので、はずして寝ていた。にもかかわらず、忍ぶ恋の思いは世間に漏れてしまったという惑乱。「塵」は「空に立つ」ものの引き合いとして出したのであるが、枕に積もった塵(男の訪問が絶えたしるし)をも暗示していよう。

【関連歌】上0947、上1077、員外2873

 

巻第十四 恋歌四

●古今集・恋四・六七七 題不知 読人不知

陸奥(みちのく)安積(あさか)の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ

【通釈】陸奥の安積の沼の花かつみではないが、かつ見る――逢っていながらも、心は陸奥の国のように遥かに隔たっている人に恋し続けるのだろうか。

【語釈】◇安積の沼 福島県郡山市の安積山公園辺りにあったという沼。◇花かつみ マコモ、アヤメ、ハナショウブなど諸説ある。この句までは「かつ見」を導く序詞。◇かつ見る人 一方では逢っているが、一方では恋しく思っている人。

【付記】古今集巻十四、恋四の巻頭歌。逢い見て後の恋心を詠む。第三句までは「花かつみ」から同音の「かつ見る」を言い起こす序であるが、「かつ見る」は相手の恋人の心理的な遠さを暗示するため、遥かな陸奥の花のイメージは一首の主意と内容的にも響き合っている。

【関連歌】上0854、中1862

 

●古今集・恋四・六八〇 題不知 藤原忠行

君といへば見まれ見ずまれ富士の嶺のめづらしげなくもゆる我が恋

【通釈】あなたのこととなると、人に見られようが見られまいが、噴煙をあげる富士山のように、いつもいつも、珍しい様子もなく燃える我が恋だことよ。

【語釈】◇見まれ見ずまれ 「見もあれ、見ずもあれ」の約転。

【付記】当時、富士は活火山で、噴煙を絶えず上げていた。「こひ」は「ひ(火)」を含むので、恋心を富士の煙にかこつけたのである。

【関連歌】上0166

 

●古今集・恋四・六八二 題不知 読人不知

石間ゆく水の白浪立ちかへりかくこそは見め飽かずもあるかな

【通釈】石の間を流れてゆく水の白波が繰り返し立つ――そのように何度もあなたに逢おうとも、満足することはないのだよ。

【付記】何度も立っては消える白波に寄せ、繰り返し恋人に逢いたいとの心。

【関連歌】上0803、上1313、中1696、中2015

 

●古今集・恋四・六八九 題不知 読人不知

さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫

【通釈】冷たい筵に衣の片方だけを敷いて、今夜も私を待っているのだろうか、宇治の橋姫は。

【語釈】◇衣かたしき 衣の片方だけを敷いて。同衾の際は互いの衣を重ねる風習があったので、「かたしき」は独り寝を表わす。◇宇治の橋姫 宇治橋を守る姫神かといい、また宇治に住む恋人を戯れに橋姫と呼んだかという。対岸の「離宮」という男神が橋姫のもとへ毎夜通ったなどの伝説があったが、定家は古歌に付会した後世の作り話として退けている(『顕註密勘抄』)。

【付記】古今集では、通い婚(男と女が同居しない結婚の形態)をめぐって恋心を詠む歌群の冒頭に位置する。男の立場で、自分を待つ女を想像した歌であるが、床に臥しながら待つ女の姿態が髣髴とし、女の思いも、その女を思いやる男の情も深いことが感じられる。

【関連歌】上0249、上0660、上0895、上1068、上1237、下2433

 

●古今集・恋四・六九一 題不知 素性法師

今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな

【通釈】あの人がすぐ来ようと言ったばかりに、私はこの長月の長夜を待ち続け、とうとう有明の月に出遭ってしまった。

【語釈】◇今来む すぐ行こう。男が言ったこと。待つ女の立場から見て「来む」と言っている。◇長月 陰暦九月。晩秋。掛詞というわけではないが、秋の夜が「長」い意が響く。◇待ち出でつるかな 待った挙句、月が出て来るのに会ってしまった、ということ。待ち人に会わずに月に会ってしまった、という面白みがある。

【付記】男の訪問を待つ女の立場で詠まれた歌。女が待たされた期間について、一夜だけと解釈する「一夜説」と、数箇月に渡るとする「月来(つきごろ)説」がある。藤原定家は『顕註密勘』に「今こむといひし人を月ごろ待程に、秋もくれ月さへ在明に成ぬとぞよみ侍けん、こよひばかりは猶心づくしならずや」と注しており、その影響あって中世の百人一首注釈書では「月来説」が支持されていた。しかし古今集では「久待恋」でなく「待恋」の歌群に排列されているので一夜説が適当であるとした契沖説(改観抄)以後、一夜説を支持する論者も多い。定家は小倉百首のほか、『定家十体』の「幽玄様」に引き、また『八代抄』『詠歌大概』『近代秀歌』に採るなど、極めて高く評価していた。

【関連歌】上0143、中1643、下2101、員外2829、員外3226

 

●古今集・恋四・六九四 題不知 読人不知

宮木野のもとあらの小萩露をおもみ風を待つごと君をこそ待て

【通釈】宮城野の本あらの小萩は、露が重いので、吹き飛ばしてくれる風を待つ。――そのように、私は心を晴らしてくれる貴方を待っているのです。

【語釈】◇露をおもみ 露が重いので。「露」に涙を暗示し、「おもみ」に憔悴しうなだれている様を暗示する。

【付記】第四句までが「君を待つ」心の比喩。陸奥の歌枕の萩に寄せて、萩の枝が露の重みにしなうように、恋の涙に屈している心を訴え、その悩みを解消してくれる恋人の訪問を風にたとえて待望している。

【関連歌】上0858、上1040、下2275、下2352、員外3372

 

●古今集・恋四・六九五 題不知 読人不知

あな恋し今も見てしか山がつの垣ほに咲ける大和撫子

【通釈】ああ恋しい。今すぐにも逢いたいものだ。山に住む人の垣根に咲いている、大和撫子のように可憐な娘に。

【語釈】◇見てしか 見たいものだ。「てしか」は、動詞に付いて実現しづらい願望をあらわす連語。「か」は上古は静音、その後濁って「てしが」と発音された。◇大和撫子 ナデシコ科の多年草。カワラナデシコとも。夏から秋にかけて淡紅色の花をつける。おのずから「撫でし子」の意が掛かる。

【付記】「山がつの垣ほに咲ける大和撫子」に身分違いの恋人を喩えたのであろう。撫子の花はすでに万葉集で「我がやどに蒔きし撫子いつしかも花に咲きなむなそへつつ見む」(巻三、大伴家持)など、愛らしい少女になぞらえて詠まれた。粗末な垣根にひっそりと咲く野生の花が、素朴で可憐な娘を髣髴とさせる。

【関連歌】下2738

 

●古今集・恋四・六九六 題不知 読人不知

津の国のなにはおもはず山城のとはにあひ見むことをのみこそ

【通釈】津の国の難波ではありませんが、何はともあれ、そして山城の鳥羽ではありませんが、永久(とわ)にあなたにお逢いしたいと思うばかりです。

【付記】「なには」に「難波」「何は」を掛け、「とは」に「鳥羽」「永久」の意を掛ける。

【関連歌】中1842

 

●古今集・恋四・七〇五 藤原敏行の朝臣の、業平の朝臣の家なりける女をあひしりて文つかはせりけることばに、「今まうでく、雨のふりけるをなむ見わづらひ侍る」といへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける 在原業平朝臣

かずかずに思ひ思はずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる

【通釈】あれこれと思って下さっているのかいないのか、お尋ねするのもしづらいので、悩んでおりましたところへ、「雨のため出渋っている」とのお言葉。雨が、所詮我が身などその程度かと思い知らせてくれたわけですね。今や、雨ならぬ涙がいっそう激しく我が身に降り注いでおります。

【付記】藤原敏行が、業平の妻の妹のもとへ手紙を寄越して「これから参ります。雨が降るのを眺めて決めかねております」。それを聞いた業平が、妻の妹に代って詠んだという歌。伊勢物語百七段にも見え、そちらは「蓑笠もとりあへで、しとどに濡れてまどひきにけり」という落ちがつく。

【関連歌】上1234、下2141、下2251、下2638、下2675、員外3644

 

●古今集・恋四・七〇八 題不知 読人不知

須磨の海人(あま)の塩やくけぶり風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり

【通釈】須磨の海人が塩を焼く煙――風がひどいので思いもしなかった方へ棚引いたのであった。

【語釈】◇須磨 摂津国の歌枕。今の兵庫県神戸市須磨区あたり。製塩の地として知られた。◇海人 海辺に住み、海産物によって生計を立てていた人々。◇塩やくけぶり 浜で海藻に海水をかけては焼き、かけては焼きして塩を採った、その時に立つ煙。◇思はぬ方にたなびきにけり 恋人の心が思いもしなかった人の方へ向いてしまったことを暗示する。

【付記】古今集恋四、思うに任せぬ恋を嘆く歌群にある。第三句までは万葉集の古歌をほぼそのまま借りたものと思われるが、塩焼の煙を恋人の心の喩に、風を他者の誘惑の喩にと転じ、海辺の風物に恋の情趣を浸透させている。一首全体が暗喩をなす歌。伊勢物語百十二段にも見える。

【関連歌】上0068

 

●古今集・恋四・七一三 題不知 読人不知

いつはりと思ふものから今さらに()がまことをか我はたのまむ

【通釈】本心ではないと思うものの、今となっては、(あなた以外の)誰の真心を私は頼りとしたらよいのだろう。

【付記】古今集で一つ前に置かれた歌「いつはりのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし」と一組とも見える歌。浮気な相手の言葉を偽りと思いつつ、今やそれを真実と頼むほかない恋心。拾遺集巻十五(恋五)に重出。

【関連歌】下2305、員外3631

 

●古今集・恋四・七一五 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 友則

蟬の声きけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば

【通釈】蟬の声を聞くと悲しいことよ。秋も近づき、今着ている夏衣ではないが、あの人の心も薄くなるだろうと思うので。

【語釈】◇夏衣 夏の薄い衣。「うすく」を導く。◇うすく 薄情に。疎遠に。蟬の羽は薄いので、蟬の縁語になる。

【付記】蟬は晩夏の頃に最もよく鳴くので、その声に秋の近いことを感じて「かなしな」と言っているのであろう。秋は「飽き」、人の心もうつろう季節とされたからである。「夏衣」は「うすく」を導く単なる枕詞と見る説もあるが、いずれにせよ時節のものを出して「うすし」という感覚を実感的に強めるはたらきをしている。

【関連歌】下2468

 

●古今集・恋四・七一七 題不知 読人不知

あかでこそ思はむ中は離れなめそをだにのちの忘れがたみに

【通釈】飽きが来ないうちに、思い合う二人は別れましょう。せめてそれだけを、後々の恋の忘れ形見にして。

【付記】飽きが来ないうちに別れ、せめてそのことだけでも恋の忘れ形見にしようとの心。

【関連歌】中1708、中1886

 

●古今集・恋四・七二四 題不知 河原左大臣

みちのくのしのぶもぢずり(たれ)ゆゑに乱れむと思ふ我ならなくに

【通釈】陸奥の「しのぶもぢ摺り」の乱れ模様のように、私の忍ぶ心は誰のせいで乱れようというのか。あなた以外に誰がいよう。ほかの誰のためにも、心を乱そうなどと思わぬ私なのに。

【語釈】◇しのぶもぢずり 陸奥国信夫郡特産の摺り染め布。「しのぶ」は忍ぶ草を用いたゆえとも言う。「もぢずり」は後世「文字摺り」と書かれたが、もとは「()ぢ摺り」、すなわち「よじれた模様の摺り染め」の意。乱れた模様なので、恋に乱れる心の象徴となる。なお「しのぶ」には「恋を忍ぶ」意が掛かると見ることもできる。◇ならなくに …ではないのに。 【付記】伊勢物語第一段・百人一首では普通第四句が「乱れそめにし」となっている。この場合、「そめ」は「染め」「初め」の両義を兼ねることになる。(古今集の非定家系諸本の多くも「乱れそめにし」。百人秀歌は「乱れむと思ふ」。)

【関連歌】上1383、中1862、下2030、下2237、下2446、下2480、員外3079

 

●古今集・恋四・七二七 題不知 小野小町

海人のすむ里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人の言ふらむ

【通釈】私は海人の住む村里の案内人でもないのに、どうして人は「うらみましょうぞ」とばかり私に言うのでしょう。

【付記】「うらみむ」に「恨みむ」「浦見む」を掛ける。

【関連歌】上1235、下2271、下2504、〔下2504〕、下2706、員外3641

 

●古今集・恋四・七三二 題不知 読人不知

堀江こぐ棚無しを舟こぎかへりおなじ人にや恋ひわたりなむ

【通釈】堀江を漕ぐ棚無小舟が何度も往き返りするように、私はずっと同じ人に恋し続けるのだろうか。

【付記】「こぎかへり」までは「おなじ」を言い起こす序。「わたり」は堀江の縁語。

【関連歌】中1877、中1926

 

●古今集・恋四・七三三 題不知 伊勢

わたつみとあれにし床を今更にはらはば袖やあわとうきなむ

【通釈】恋人に去られ、海の如くに濡れ荒れた寝床を、今更払おうとしたところで、私の袖は泡のように涙の海に浮き漂うだけだろう。

【語釈】◇あれにし床 荒れてしまった寝床。「あれにし」には「()れにし」が掛かり、男の訪れが絶えていることを暗示する。◇今更にはらはば 今更(あの人が来るかと)床を払えば。◇袖やあわとうきなむ 我が袖は(床を払うことなどできず)泡のように涙の海に浮き漂ってしまうだろう。

【付記】この歌は後撰集では枇杷左大臣(仲平)の「よひの間にはやなぐさめよいその神ふりにし床もうちはらふべく」への返歌として載る。

【関連歌】上1469、下2138、下2342、員外3248

 

●古今集・恋四・七三五 人をしのびに相知りて、逢ひがたくありければ、その家のあたりをまかりありきける折に、雁のなくをききてよみてつかはしける 大伴黒主

思ひ出でて恋しき時は初雁のなきてわたると人知るらめや

【通釈】恋人に去られ、海の如くに濡れ荒れた寝床を、今更払おうとしたところで、私の袖は泡のように涙の海に浮き漂うだけだろう。

【語釈】◇わたつみと 海の如くに。涙で濡れた寝床の喩え。◇あれにし床 荒れてしまった寝床。「あれにし」には「()れにし」が掛かり、男の訪れが絶えていることを暗示する。◇今更にはらはば 今更(あの人が来るかと)床を払えば。◇袖やあわとうきなむ 我が袖は(床を払うことなどできず)泡のように涙の海に浮き漂ってしまうだろう。

【通釈】あなたのことを思い出して恋しい時は、初雁が鳴いて渡るように、私は泣きながらあなたの家の辺りを行ったり来たりしているのだが、そうとあなたは知ってくれるだろうか。知ってはくれまい。

【付記】鳴いて渡る初雁に寄せて、家のあたりを行ったり来たりする自身の辛い心情を訴える。

【関連歌】下2216

 

●古今集・恋四・七四〇 中納言源昇朝臣の近江介に侍りける時よみて遣れりける 閑院

逢坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め

【通釈】逢坂の関にいる鶏であれば、あなたの往き来を鳴きながら見送ろうものを、私にはそれも出来ないのです

【語釈】◇源昇 左大臣融の子。中納言就任は延喜八年(908)。近江介であったのは仁和四年(888)から寛平三年(891)。◇ゆふつけ鳥 木綿付け鳥。鶏の異名。関所に飼われていて、騒乱などがあった時、都の四境で御祓いに用いられたという。

【付記】恋人が近江介であった時、任地に因む歌枕「逢坂」の関所の鳥に言寄せて、京と近江を慌ただしく往還する相手と「逢う」ことの難しさを嘆いた歌。

【関連歌】中1950、下2495

 

●古今集・恋四・七四三 題不知 酒井人真

大空は恋しき人の形見かは物思ふごとにながめらるらむ

【通釈】大空は恋人の忘れ形見だとでも言うのか。そんなはずもないのに、何となく恋しい思いがするたびに、ついつい仰ぎ見ては、眺め入ってしまうよ。

【語釈】◇形見 記念品、思い出のよすがとなる品物。恋人の間では、短期間の離別の際にも、身につけていた物などを形見として取り交わす風習があった。◇ながめ じっと一所を見ながら物思いに耽ること。

【関連歌】上0869、中1569

 

●古今集・恋四・七四六 題不知 読人不知

形見こそ今はあたなれこれなくは忘るる時もあらましものを

【通釈】あの人の残した形見こそが今は自分を苦しめる。これがなければ忘れる時もあっただろうに。

【語釈】◇あた 敵。自分を苦しめるもの。害となるもの。

【付記】古今集巻十四恋歌四の巻末。伊勢物語百十九段では「あだなる男の形見」を見て女が詠んだ歌とする。

【関連歌】上1170、下2312

 

●古今集・恋四・七四七 五条の后の宮の西の対にすみける人に、本意にはあらで物言ひわたりけるを、む月の十日あまりになむ、ほかへかくれにける。あり所はききけれど、え物もいはで、又の年の春、梅の花さかりに、月のおもしろかりける夜、こぞを恋ひて、かの西の対にいきて、月のかたぶくまであばらなる板敷にふせりてよめる 在原業平朝臣

月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして

【通釈】自分ひとりは昔ながらの自分であって、こうして眺めている月や春の景色が昔のままでないことなど、あり得ようか。(昔と同じ晴れ晴れとした月の光であり、梅の咲き誇る春景色であるはずなのに、これほど違って見えるということは、もう自分の境遇がすっかり昔とは違ってしまったということなのだ。)

【付記】伊勢物語第四段にも見え、業平の代表作の一つ。定家は『八代抄』に採ったくらいで、さほど評価した形跡はないが、影響を受けたと覚しい作は少なくない。

【関連歌】上1008、中1609、中1703、中1866、下2417、下2571、員外3404

 

巻第十五 恋歌五

●古今集・恋五・七五三 題不知 紀友則

雲もなくなぎたる朝の我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ

【通釈】雲もなく穏やかな朝が私なのだろうか、それであの人から「厭われて」ばかりのまま幾年も過ぎたのだろう。(ずっと「いと晴れて」一夜を経た朝のように。)

【語釈】◇なぎたる朝の 凪いでいる朝が。◇いとはれて 「いと晴れて」「厭はれて」の両意を掛ける。◇世 歳月を意味すると共に、男女関係をも意味する。また「夜」を掛ける。

【付記】自然を引き合いに出して人の心情を詠むのは万葉集から引き継いだ当時の常套手法であるが、空という大きな自然を自身の境遇に比して意表を衝き、掛詞で「落ち」をつけている。

【関連歌】下2575

 

●古今集・恋五・七五六 題不知 伊勢

あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるる顔なる

【通釈】よくもまあ合いにも合って――物思いに耽っている時分の私の袖では、宿っている月さえ濡れた顔をしていることよ。

【語釈】◇あひにあひて 「合ひて」を強調した言い方。「よくもぴったり合って」ほどの意になり、以下の句全体にかかっている。

【付記】ちょうど恋に悩んで物思いをしている頃だから、私の袖は涙に濡れて月を映しているが、見れば私同様、月までも濡れた顔をしている。よくも似通っていることよ、との心。直接「涙」を言わず、月の顔から自身の泣き濡れた顔をイメージさせているところに、当時の人に好まれた婉な美がある。新古今歌人に愛誦され、さかんに本歌取りされた。

【関連歌】上0529、上1132、中1759、員外3598

 

●古今集・恋五・七六〇 題不知 読人不知

逢ひ見ねば恋こそまされ水無瀬川なににふかめて思ひそめけむ

【通釈】逢わずにいるので、恋しい思いが増さるばかりだよ。水無瀬川のように浅い心の人に、どうして思いを深めて恋し始めたのだろう。

【語釈】◇水無瀬川 川底の下を水が流れ、表面には水が見えない川。心無い恋人、あるいは浅い契りを暗喩する。

【付記】「まされ」「ふかめ」と川の縁語を用いて、逢ってくれない男に思いを寄せることを悔いる心情を巧みに歌い上げた。

【関連歌】中1935

 

●古今集・恋五・七六一 題不知 読人不知

暁の(しぎ)(はね)がき(もも)()がき君が来ぬ夜は我ぞ数かく

【通釈】暁の鴫の羽掻きは数多い――そのように、あなたが来ない夜は、私が多くの数を書くのだ。

【語釈】◇鴫 千鳥に似るが、細長い嘴に特徴がある。湿原・河口・干潟などに生息する。◇羽がき 嘴で羽を掻くこと。羽搏きの意とも言う。◇百羽がき 数多く羽掻きをすること。この句までは結句の「かく」を持ち出すための用意であり、「かず」が多いことの譬えにもなっている。◇数かく 物の数をかぞえる時に、しるしとなる線を記す。この歌では悲しみを紛らわせるための所作であり、床に指先で意味もなく線を何本も書くことを言っている。「しきりに溜め息をつく」「何度も寝返りを打つ」などの解もあるが、単に「数かく」と言う表現からそうした解を導き出すのは飛躍がありすぎ、無理である。

【付記】いわゆる閨怨の歌。男が訪れない夜、無聊ゆえに無意味なしぐさを繰り返す自身を描いて、恋人に対する恨みを籠めている。「百羽がき」までは一種の序詞とも言えようが、「我ぞ数かく」と言って自身と鴫とを対比していることから、「百羽がき」は話し手が日頃聞いている音とも取れる。そう思えば、夜ごと寝床で水辺の鳥が立てる音に耳を傾けている女の孤独がひしひしと迫ってくる。

【関連歌】上0595、上1374

 

●古今集・恋五・七六八 題不知 兼藝法師

もろこしも夢に見しかば近かりき思はぬ中ぞはるけかりける

【通釈】遥かに憧れていた唐の国も、夢で見れば近かった。思い合うことのないあの人との距離こそ、遥かに遠いものだったのだ。

【語釈】◇夢に見しかば 夢で見たので。「しか」は過去の助動詞「き」の已然形。◇思はぬ中 思い合わない二人の仲。この「中」は「間柄」「ふたつのものの距離」という二重の意味を帯びる。

【付記】異国との距離と、恋人との距離。夢で計れば、前者が近く後者が遠い、というパラドックス。古今集恋五、恋人と逢えないことを歎く歌のグループにある。

【関連歌】上0064、上1047

 

●古今集・恋五・七七〇 題不知 僧正遍昭

我が宿は道もなきまで荒れにけりつれなき人を待つとせしまに

【通釈】わが家の庭は通り道もないほど荒れてしまった。無情な人を待つ気でいた間に。

【付記】女の立場で詠んだ歌。単純だがそれゆえにこそ典型性を具え、余情をたたえた歌である。こうした歌をベースとして、後世複雑な情趣を競う恋歌が咲き乱れることになる。

【関連歌】上0980、上1022、下2423

 

●古今集・恋五・七七四 題不知 読人不知

月夜には来ぬ人待たるかきくもり雨もふらなむ侘びつつも寝む

【通釈】美しい月夜には、この頃とんと来ない人も、もしや来るのではと、つい待ってしまう。いっそ、空が曇って雨でも降ってほしい。そうしたら、歎きながらも諦めて寝よう。

【付記】雨が降れば歎きながらも諦めて寝ようと言うのである。

【関連歌】中1751

 

●古今集・恋五・七八〇 仲平の朝臣あひしりて侍りけるを、かれがたになりにければ、父が大和の守に侍りけるもとへまかるとて、よみてつかはしける 伊勢

三輪の山いかに待ちみむ年ふともたづぬる人もあらじと思へば

【通釈】三輪山で、どのように待って、あなたに逢えるというのだろうか。たとえ何年経とうとも、訪ねてくれる人などあるまいと思うので。

【付記】傷心のすえ、大和守であった父のもとに移り住もうと決心した時、仲平に書き贈った歌。公任が『金玉集』『深窓秘抄』『三十六人撰』などに採って伊勢の代表歌と目され、定家も『近代秀歌』『八代抄』に採っている。

【関連歌】上0185、上0272、上1166、上1205、員外3564

 

●古今集・恋五・七八二 題不知 小野小町

今はとてわが身時雨にふりぬれば言の葉さへにうつろひにけり

【通釈】今はもう、時雨が降ると色が変わる樹々のように、我が身も涙に濡れて古びてしまったので、あなたが以前約束して下さった言の葉さえも変わってしまったのです。

【付記】「時雨が降ったので、木の葉の色が変わってしまった」という自然の成行きに言寄せて、変心した恋人に対する恨みを詠む。「(時雨に)降り」に「古り」を、「言の葉」に「(木の)葉」を掛けている。古今集によれば小野貞樹に贈った歌のようで、貞樹の返歌がある。

【関連歌】上0180、上0954、下2279

 

●古今集・恋五・七八三 返し 小野貞樹

人を思ふ心の木の葉にあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ

【通釈】あなたは、人を思う心は木の葉のように変わってしまうとおっしゃる――そうであるなら、たしかに風の吹くままに散り乱れてしまうでしょう。しかし、私があなたを思う心は、そんなに軽々しいものではありません。散り乱れることなど決してありませんよ。

【付記】時雨に濡れて木の葉が色を変えることに言寄せて心変わりを咎めた小町の歌に対し、人の心は木の葉とは違うと応じた。

【関連歌】中1580

 

●古今集・恋五・七九五 題不知 読人不知

世の中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける

【通釈】世の中の人の心は露草で染めたように褪せやすい色なのであった。

【語釈】◇世の中 男女の仲を主として言う。

【付記】恋歌なので、「世の中」は男女の仲に主意がある。「花ぞめ」は露草の花で染めた色。

【関連歌】下2239

 

●古今集・恋五・七九七 題不知 小野小町

色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける

【通釈】花は色に見えて「うつろふ」ものだが、色には見えず「うつろふ」もの、それは人の心に咲く花だったのだ。

【付記】「世の中」は色恋沙汰を中心に置いて見た世の中であり、「心の花」は実のない心の喩え。上句で謎を掛け、下句でそれを解く。

【関連歌】上0305、上0351、上0548、上1466、下2453

 

●古今集・恋五・八〇四 題不知 紀貫之

初雁のなきこそわたれ世の中の人の心の秋しうければ

【通釈】初雁が鳴いて渡る。私は泣き暮らしている。恋仲にある人の心に訪れた秋(飽き)が辛いので。

【語釈】◇なきこそわたれ 初雁については「鳴きながら渡る」意、話手については「ずっと泣いて暮らす」意。◇世の中 男女の仲。

【付記】「なきこそわたれ」とは、初雁については「鳴きながら渡る」意、話手については「ずっと泣いて暮らす」意。「世の中」は男女の仲。

【関連歌】下2216

 

●古今集・恋五・八〇七 題不知 典侍藤原直子朝臣

海人(あま)の刈る()にすむ虫のわれからと()をこそ泣かめ世をば恨みじ

【通釈】海人の刈る海藻に住む虫の「われから」ではないが、原因は自分自身なのだと思って声あげて泣こう。人を恨むまい。

【語釈】◇刈る藻 この歌が有名になったために、後世「かるも」で独立した名詞のように使われた。◇われから 海藻などに付着している甲殼類の虫。どのような虫を指すか諸説ある。「割れ殻」の意という。我から、すなわち「我が身ゆえに」の意と掛けている。◇世をば恨みじ 「世」は男女関係の意で、相手の人のこと。

【付記】「われから」は海藻などに付着している甲殼類の虫。どのような虫を指すか諸説ある。「割れ殻」の意という。我から、すなわち「我が身ゆえに」の意と掛けている。「世をば恨みじ」の「世」は男女関係の意で、相手の人のこと。古今伝授秘伝歌の一つ。

【関連歌】上1087、下2248、下2706

 

●古今集・恋五・八一四 題不知 藤原興風

恨みても泣きても言はむ方ぞなき鏡に見ゆる影ならずして

【通釈】怨みごとも泣きごとも、誰に向かって言おうか。そんな相手はもうどこにもいないのだ、鏡に映った我が身のほかに。

【付記】恋人に去られたのちの嘆き。

【関連歌】下2287、員外3357

 

●古今集・恋五・八一六 題不知 読人不知

わたつみのわが身こす浪たちかへり海人のすむてふうらみつるかな

【通釈】我が身を越すほどの海の波が繰り返し寄せる、海人が住むという「うら」ではないが、あの人を何度も恨んだことよ。

【付記】主意は「たちかへり(繰り返し)恨みつるかな」にあり、他は「たちかへり」と「うらみ」を言い起こすための序である。

【関連歌】中1968

 

●古今集・恋五・八一七 題不知 読人不知

あらを田をあら()きかへしかへしても人の心を見てこそやまめ

【通釈】新しく開墾した田を、新たに何度も掘り返すように、何度も繰り返してでも、あの人の本心を見てからこの恋をやめにしよう。

【語釈】◇あらを田 新小田。新しく開墾した田。荒小田の意とする説もある。◇あらすきかへし 新たに鋤き返し。「あら」は「粗」の意かともいう。ここまでは同音の繰り返しにより「かへし」を持ち出す序。◇かへしても 繰り返してでも。

【付記】第四・五句は類型句で、上句の序に創意のあった歌と見える。

【関連歌】上0515

 

●古今集・恋五・八一九 題不知 読人不知

葦辺より雲ゐをさして行く雁のいや遠ざかるわが身かなしも

【通釈】葦の生えている辺りから空を目指して飛んでゆく雁――そのように、恋しい人から遠ざかってゆく我が身が悲しいよ。

【付記】遠ざかる雁に寄せて、恋しい人から離れてゆく我が身を悲しむ。

【関連歌】上0092

 

●古今集・恋五・八二三 題不知 平貞文

秋風の吹きうらがへす葛の葉のうらみてもなほ恨めしきかな

【通釈】秋風が吹いて裏返す葛の葉――その「裏見」ではないが、いくら「うらみ」ても、恨み足りないですよ。

【付記】すげない恋人を恨む歌。「葛の葉の」までは「裏見」から「恨み」を導く。

【関連歌】下2200

 

巻第十六 哀傷歌

●古今集・哀傷・八二九 いもうとの身まかりにける時よみける 小野篁朝臣

泣く涙雨とふらなむ渡り川水まさりなばかへりくるがに

【通釈】私の泣いて流す涙が雨のように降ったらよい。あの世へと渡る川の水が増さって、妹が引き返してくるように。

【語釈】◇渡り川 この世とあの世の境界を流れる川。

【付記】古今集巻十六哀傷歌の巻頭。妹(女のきょうだい。古くは年上にも言う)が亡くなった時に詠んだという歌。

【関連歌】下2776

 

●古今集・哀傷・八三八 紀友則が身まかりにける時よめる 貫之

明日しらぬ我が身と思へど暮れぬまの今日は人こそかなしかりけれ

【通釈】私自身、明日の命も分からない身だと思うけれども、日が暮れるまでに残された今日という日のわずかな間は、人のことが悲しいのであった。

【語釈】◇暮れぬまの今日 まだ日が沈まないうちの、残された今日の日。「今日」とは友則の死去した日。

【付記】従兄の紀友則が死去した時に詠んだ歌。

【関連歌】中1669

 

●古今集・哀傷・八四二 おもひに侍りける年の秋、山寺へ罷りける道にてよめる 貫之

朝露のおくての山田かりそめにうき世の中を思ひぬるかな

【通釈】朝露が置く、晩稲の山田を刈り始める季節――かりそめのものと、つらい世の中を思ったことであるよ。

【語釈】◇おくて 「置く」「晩稲」を掛ける。◇かりそめ 「刈り初め」「仮初」を掛ける。

【付記】詞書の「おもひ」は喪に服すること。山寺へ参籠に向かう道の途中、晩秋の山の風景に触発されての思いであろう。「朝露の置く」から「晩稲(おくて)」を導き出し、「晩稲の山田刈り初め」から「仮初に」を導き出して、二重の序を仕掛けた。

【関連歌】上0495、上0729、員外3603

 

●古今集・哀傷・八四五 諒闇の年、池のほとりの花を見てよめる 篁朝臣

水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげの思ほゆるかな

【通釈】水面に映っている花の色のように、冴え冴えと主君の御面影が偲ばれることよ。

【付記】「諒闇の年」は先帝の喪に服する年。いつを指すとも分からない。嵯峨上皇崩御は承和九年(八四二)、仁明天皇崩御は嘉承三年(八五〇)である。池の水面に映った花を見て、そのように「さやか」に御面影が偲ばれると、亡き天皇への思慕を詠んだ。

【関連歌】〔下2698〕

 

●古今集・哀傷・八四六 深草のみかどの御国忌の日よめる 文室康秀

草ふかき霞の谷に影かくしてる日の暮れし今日にやはあらぬ

【通釈】草が深く繁り霞の立ちこめる谷にお姿をお隠しになり、輝く太陽が没するように大君が崩ぜられた今日この日ではございませんか。

【語釈】◇草ふかき 陵墓の地「深草」を掛けて言う。◇霞 火葬の煙を暗示する。◇てる日の暮れし 照る日が没した。先帝を太陽に喩える。

【付記】「深草のみかど」すなわち仁明天皇の御命日に詠んだ歌。

【関連歌】〔下2640〕

 

●古今集・哀傷・八五三 藤原利基朝臣の右近中将にて住み侍りける曹司の、身まかりてのち、人も住まずなりにけるに、秋の夜ふけて、物よりまうできけるついでに見いれければ、もとありし前栽もいとしげく荒れたりけるを見て、はやくそこに侍りければ、昔を思ひやりてよみける 御春有助

君が植ゑし一むらすすき虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな

【通釈】あなたが植えた一群のすすきは、今や繁茂して、虫の音の絶えない野辺となってしまいましたよ。

【付記】詞書の「藤原利基」は藤原冬嗣の孫で、贈太政大臣高藤の兄。中納言兼輔の父。故人となった利基の荒れた住居を見、昔を偲んで詠んだ哀傷歌。

【関連歌】上0540、上0725

 

巻第十七 雑歌上

●古今集・雑上・八六四 題不知 読人不知

思ふどち円居せる夜は唐錦たたまくをしきものにぞありける

【通釈】親しい者同士、仲良く集う夜は、立ち去るのが惜しいものなのであった。

【語釈】◇唐錦 「()つ」から「立たまく」を言い起こす枕詞。

【付記】「唐錦」は「()つ」から「立たまく」を言い起こす枕詞。

【関連歌】下2599

 

●古今集・雑上・八六五 題不知 読人不知

うれしきを何につつまむ唐衣(からころも)たもとゆたかにたてと言はましを

【通釈】この嬉しい思いを何に包もうか。衣の袂はゆったりと裁つように言っておけばよかったのに。

【付記】古今集巻十七雑歌上の初め、よろこばしい心を詠んだ歌群にある。嬉しさを、あたかも人から贈られた品物のように見なし、大切に包んでおきたいと言い、歓びの大きさを衣の袂で喩えている。また「言はましを」と反実仮想にしたことで、それが思いがけない歓びであったことも知れる。

【関連歌】中1990、〔下2398〕

 

●古今集・雑上・八六七 題不知 読人不知

紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る

【通釈】たった一本の紫草のために、武蔵野の草はひっくるめて愛しいと思うのである。

【語釈】◇紫 紫草。根から紫の染料を取るのでこの名がある。栽培の難しい植物で、薬草・染料として珍重された。◇みながら 「皆ながら」の転か。残らず。まるごと。全部ひっくるめて。

【付記】この歌と、在原業平の歌「紫の色こき時は…」(移動)から、紫草は恋人や妻の隠喩となり、「紫のゆかり」で恋人(妻)の縁者を指すようになった。

【関連歌】上0919、中1857、下2310、員外3120、員外3283、員外3600

 

●古今集・雑上・八六八 ()(おとうと)をもて侍りける人に(うへのきぬ)を贈るとてよみてやりける 業平朝臣

紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける

【通釈】妻の妹とあなたが深く結ばれ、私とも深く縁を結んだ以上は、目も遥か、野辺に萌え出た春の草木のように、区別なくあなたも大切に思う。

【語釈】◇妻のおとうと 妻の妹。「おとうと」は兄から弟、姉から妹を呼ぶ称。◇袍 正装時の上衣。◇紫 紫草。読人不知歌「紫のひともとゆゑに…」移動を踏まえ、妻をこう呼んだ。その「色こき時」とは、妻と縁故が深い場合、といった意味。◇めもはるに 「目も遥」「芽も張る」「春」を掛けて言う。

【付記】妻の妹を娶った人(藤原敏行か)に袍を贈った時、添えた歌。古今集で掲出歌の直前に置かれている「紫のひともとゆゑに…」を踏まえ、親者となった男への厚情を示した歌である。これら二首の歌によって、紫(紫草)は妻や愛人の暗喩となり、また「紫のゆかり」は妻の縁者を意味するようにもなった。因みに伊勢物語四十一段では、「いやしき男」と「あてなる男(業平を暗示)」を夫に持った「女はらからふたり」という設定で説話化をほどこしている。

【関連歌】上0919、下2086、員外3624

 

●古今集・雑上・八七二 五節の舞姫をみてよめる 良岑宗貞

天つ風雲のかよひぢ吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

【通釈】天空を吹き渡る風よ、雲をたくさん吹き寄せて、天上の通り路を塞いでしまっておくれ。天女の美しい姿を、もうしばらく引き留めたい(舞姫たちが退出する道を閉ざしてしまってくれ。もう少しその姿を見ていたい)。

【語釈】◇天つ風 宮廷は雲の上に譬えられたので、そこを吹き渡る風を「天つ風」と言った。◇雲のかよひぢ 「殿上をば雲の上と云へば、そのおりのぼる道を雲のかよひぢとは云也」(『顕註密勘抄』)。後世の諸注は天上と地上を往き来する道とするが、誤解である。宮廷を天上に喩えているので、舞姫の出入りする道が「雲の通ひ路」と見なされるのである。◇乙女 五節の舞姫のこと。五節の時に歌われる「天人の歌」、「乙女子が 乙女さびすも からたまを 乙女さびすも そのからたまを」に由ってこう言う。◇姿 舞姫の美しく装った様。

【付記】作者名は遍昭の出家前の名。新嘗祭の翌日の節会で舞われた五節の舞を見て、舞姫たちが舞台を退出することを惜しんだ歌。定家は小倉百首のほか『八代抄』『近代秀歌』に採る。

【関連歌】上0795、中1809、中1882、〔下2327〕、員外2983

 

●古今集・雑上・八七三 五節の(あした)に、(かんざし)の玉の落ちたりけるを見て、誰がならむととぶらひてよめる 河原左大臣

ぬしやたれ問へどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれと思はむ

【通釈】この真珠の持ち主は誰か。尋ねても相手は白玉だから、「しら」ぬふりをして、(誰も自分のものだとは)言わない。それなら私は舞姫を皆いとしいと思うことにしようよ。

【語釈】◇ぬしやたれ 白玉に対して問いかけている。◇いはなくに 言わないのに。「でも、それなら私はこう思おう」と続く文脈。

【付記】五節の舞のあった翌朝、五節の舞姫の髪飾りに付いていた真珠が落ちていたのを見て、誰の物だろうと、聞いて廻って詠んだという歌。作者は源融。

【関連歌】上0934

 

●古今集・雑上・八七八 題不知 読人不知

わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て

【通釈】更科(さらしな)の姨捨山に照る月を見ていて、美しいはずなのに、私はどうしても心の憂さを晴らしかねた。

【付記】山から昇る月の美しさと「をばすて」なる酷薄な山の名との対比から、月の光にも慰められぬ心の葛藤を詠む。『大和物語』では老いた伯母を山に捨てる男の歌としており、古くから棄老説話と関わりのある歌として読まれてきたことが窺われる。

【関連歌】上0095、上0234、上0277、上0687、上1479、下2748

 

●古今集・雑上・八七九 題不知 業平朝臣

おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人の老いとなるもの

【通釈】大体のところ、月なども賞美したりはしまい。何となれば、この月というものこそが、積もり積もって人の老いとなるものなのだから。

【付記】上句の「月」はもとより天体の月を予想させるが、それを下句で歳月の月にすり替えてしまうところが味噌。

【関連歌】上0670、上1339、下2284、員外3274

 

●古今集・雑上・八八二 題不知 読人不知

天の川雲のみをにて早ければ光とどめず月ぞながるる

【通釈】天の川は雲の(通り道となる)水脈であって流れが速いので、光を止めることなく月が流れてゆく。

【付記】月が天の川に沿って夜空を渡ってゆく様を、天の川の水脈をすばやく流れて行くと見なした。古今集雑上、季節に関らない月を詠んだ歌群にある。

【関連歌】上1029

 

●古今集・雑上・八八六 題不知 読人不知

いそのかみふるから小野のもとがしは本の心はわすられなくに

【通釈】石上の布留(ふる)の野の古幹(ふるから)の本柏ではないが、本からの心は忘れられないのだ。

【語釈】◇もとがしは 本柏。冬の間も散らずにいる柏の葉。本来の柏の意で(かえ)のことともいう。

【付記】「もとがしは」までは「本の心」を言い起こす序。この序の解釈については諸説ある。

【関連歌】中1878

 

●古今集・雑上・八八七 題不知 読人不知

いにしへの野中の清水ぬるけれどもとの心をしる人ぞくむ

【通釈】古くからある野中の清水は、今はぬるいけれど、以前の事情を知っている人は汲むのである。

【語釈】◇野中の清水 野の中に湧く清水。「野中」は不詳であるが、『類聚国史』に見える、桓武天皇が口吟んだという古歌(下記参考歌)の「野中」と或いは同一の地か。いつからか播磨国印南野の清水とされ、様々な伝説が付け加わって謡曲などにも取り上げられた。◇もとの心 以前の事情。野中の清水が昔は冷たくて旨い水であったことを暗に示す。◇くむ 清水を汲む、心を汲む(事情を斟酌する)の両義を掛ける。

【付記】「野中の清水」にまつわる伝承を踏まえる歌かと思われるが、今やその伝承がいかなるものか分からないので、難解な歌になってしまっている。いずれにしても自然物によって人事を諷した歌であろう。現状はともあれ「もとの心」を重んずる、というのは古人の尊んだ態度であろう。

【関連歌】上0434

 

●古今集・雑上・八八九 題不知 読人不知

今こそあれ我も昔は男山さかゆく時もありこしものを

【通釈】今でこそ老いたが、私も昔は男盛りで、「男山の坂を行く」ではないが、栄光の道を昇ってゆく時もあったのだ。

【語釈】◇今こそあれ 今はこんな様ではあるが。◇男山 石清水八幡宮の鎮座する山。◇さかゆく 「坂行く」「(さか)ゆく」の掛詞。

【付記】老いた男が盛りの時を顧みて嘆いた歌。名の知れた山「男山」にことよせたことで、主題の普遍性をより高め、調子の良さも手伝って、広く愛誦されるにふさわしい歌となった。

【関連歌】上0173

 

●古今集・雑上・八九〇 題不知 読人不知

世の中にふりぬる物は津の国のながらの橋と我となりけり

【通釈】この世の中で古びてしまったものと言えば、摂津の国の長柄の橋と、私と、その二つであったよ。

【語釈】◇ながらの橋 摂津国の歌枕。淀川の河口付近に架けられていた橋らしい。

【付記】老い朽ちた橋にこと寄せて、自身の老いの感慨を歌い上げた。よく知られていたに違いない橋の名を出したことで、当時の人々には親しみやすかったのであろう、非常に愛誦されたことが窺われる。

【関連歌】上1291

 

●古今集・雑上・八九二 題不知 読人不知

おほあらきの森の下草おいぬれば駒もすさめず刈る人もなし

【通釈】おおあらきの森の下草は、老いて堅くなってしまったので、馬も寄り付かず、刈り取る人もいない。

【語釈】◇おほあらき 不詳。万葉集には「大荒木之 浮田之社」とあり、奈良県五條市の荒木神社のあたりかという。但し『五代集歌枕』『八雲御抄』は山城国の歌枕とし、浮田の杜と同所とする。◇駒もすさめず 馬も好まず。「すさむ」は「心を寄せる」ほどの意。

【付記】老いたゆえ人から相手にされなくなった歎きを詠んだ歌。

【関連歌】中1922

 

●古今集・雑上・九〇〇 業平の朝臣の母のみこ、長岡にすみ侍りける時に、業平宮仕へすとて、時々も得まかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりに、母の親王のもとより、とみの事とて、文をもてまうできたり、あけてみれば、詞はなくて、ありける歌

老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな

【通釈】年老いてしまったので、やがて避けられない別れもあるというわけだから、いよいよ貴方に逢いたく思うのですねえ。

【付記】作者の伊都内親王が長岡旧京に住んでいた時、子の業平が宮仕えすることになり、疎遠になってしまった。その頃、陰暦十二月になって業平に贈ったという歌。業平の返しは「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため」。

【関連歌】上0871、下2689、員外3292

 

●古今集・雑上・九〇二 寛平御時きさいの宮の歌合の歌 在原棟梁

白雪の八重ふりしけるかへる山かへるがへるも老いにけるかな

【通釈】白雪が幾重にも降り積もった帰山――そのように私の髪にも白い物が積もり、返す返すも年を取ったものだ。

【付記】「かへる山」までは同音から「かへるがへる」を導く序詞のはたらきをするが、「白雪の八重ふりしける」という山のありさまによって、白髪を含意し、さらに「ふりしける」には星霜の積み重なりを暗示している。

【関連歌】上1284

 

●古今集・雑上・九〇三 たまひて、大御遊びありけるついでにつかうまつれる 敏行朝臣

老いぬとてなどかわが身をせめぎけむ老いずは今日に逢はましものか

【通釈】年を取ってしまったと、なぜ我が身を責めたりしたのだろう。老いるまで生きなかったら、今日のような良き日には出逢えなかっただろう。

【付記】詞書の「おなじ御時」は寛平御時、宇多天皇の御代。殿上の間で管弦の御遊があった時に奉った歌。思いかけず御遊に参加することを喜んでいる。敏行の歌には珍しく率直に思いを述べた歌である。

【関連歌】上1099、中1882

 

●古今集・雑上・九〇七 題不知 読人不知

あづさゆみ磯辺の小松たが世にかよろづ世かねて種をまきけむ

    この歌は、ある人のいはく、柿本人麿がなり

【通釈】磯辺の小松は、いつの時代、誰が万代までもと考えて種をまいたのだろう。

【関連歌】中1683

 

●古今集・雑上・九一一 題不知 読人不知

わたつ海のかざしにさせる白妙の波もてゆへる淡路島山

【通釈】海の神が挿頭に挿した白い波――その波の花で以て結いめぐらした、淡路島山よ。

【語釈】◇わたつ海 海の神。「わたつみ」とも「わたつうみ」ともよめる。◇かざし 挿頭。髪や冠に挿す飾り。

【付記】白波を海神のかざしの花に見立てた上で、その波が島のめぐりに寄せるさまを花で結い巡らしていると見た。海上遥かに見渡す淡路島に、神々しい美しさを感じている。定家は『八代抄』のほか『秀歌大躰』にも採っている。

【関連歌】上1104、上1214、中1993、下2154、員外3597

 

●古今集・雑上・九一三 題不知 読人不知

難波潟潮みちくらし雨ごろも田蓑の島にたづなき渡る

【通釈】難波潟には潮が満ちて来るらしい。田蓑の島では鶴が鳴き渡っている。

【語釈】◇雨ごろも 雨衣の意から「田蓑」の枕詞。

【参考】「若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る」(万葉集九一九、赤人)

【関連歌】上1255

 

●古今集・雑上・九一四 貫之が和泉の国に侍りけるときに、大和より越えまうできてよみてつかはしける 藤原忠房

君を思ひおきつの浜になく(たづ)のたづねくればぞありとだに聞く

【通釈】あなたを気にかけながら、おきつの浜に鳴く鶴のように、こうして尋ねて来たので、ご無事だとだけは聞いたのです。

【語釈】◇おきつの浜 『夫木和歌抄』に「おきつの浜、和泉」とあり、和泉国の歌枕か。今の大阪府泉大津市。「思ひおき」を掛ける。

【付記】「なくたづの」までが「たづねくればぞ」を起こす序。貫之の返歌は「おきつ浪たかしの浜の浜松の名にこそ君をまちわたりつれ」。

【関連歌】中1675

 

●古今集・雑上・九二二 布引の滝にてよめる 在原行平朝臣

こきちらす滝の白玉ひろひおきて世の憂き時の涙にぞかる

【通釈】しごき散らす滝の白玉を拾っておいて、人生の辛い時の涙に借りるのだ。

【付記】滝の飛沫を白い宝玉に喩え、数珠からしごいて散らしたようだと見立てている。それを拾っておいて、辛い時流す涙の代用にしよう。それほど私には「世の憂き時」が多いのだ、と言っているわけである。

【関連歌】上0973

 

●古今集・雑上・九二三 布引の滝の本にて人々あつまりて歌よみける時によめる 業平朝臣

ぬきみだる人こそあるらし白玉の間なくも散るか袖のせばきに

【通釈】真珠をつないだ糸を解いて、ばらばらにまき散らす人がいるらしい。白い珠が次々と飛び散ってくるよ。袖で受け止めようにも、貧しい私の袖は狭いのに。

【付記】古今集では一つ前に兄行平が同所で詠んだ「こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる」を載せる。伊勢物語八十七段でも兄の歌が前に置かれているが、「わが世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれ高けむ」と違う歌である。

【関連歌】上0280

 

●古今集・雑上・九二六 竜門にまうでて滝のもとにてよめる 伊勢

たちぬはぬ(きぬ)きし人もなきものをなに山姫の布さらすらむ

【通釈】裁ちも縫いもしない衣を着た仙人もいないのに、なぜ山の女神は布をさらすのだろうか。

【語釈】◇たちぬはぬ衣 仙人や仙女の衣服を言う漢語「無縫天衣」に由る。◇山姫 山をつかさどる女神。◇布さらすらむ 滝の流れ落ちる様を白布に喩えて言う。

【付記】吉野竜門岳の中腹にあった寺に参詣した時、近くの竜門の滝のもとで詠んだ歌。

【関連歌】員外3615

 

巻第十八 雑歌下

●古今集・雑下・九三三 題不知 読人不知

世の中はなにか常なるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる

【通釈】世の中には不変のものなどあろうか。飛鳥川も、昨日淵だったところが今日は瀬になっているのだ。

【語釈】◇あすか川 飛鳥川(明日香川)。大和国の歌枕。「あす」と掛詞になり、「きのふ」「けふ」と関連づけられる。

【付記】「明日」という語を含み持つ歌枕「あすか川」に寄せて、転変きわまりない世の無常を歌う。古今集巻十八「雑歌下」の巻頭歌。

【関連歌】上0027、上1286、中1935

 

●古今集・雑下・九三四 題不知 読人不知

幾世しもあらじ我が身をなぞもかく海人(あま)の刈る()に思ひみだるる

【通釈】あと幾年も生きてはいまい我が身なのに、どうしてこう、海人の刈る海藻のように心が乱れるのだろう。

【付記】老いてなお落ち着かない心。古今集の世の中をめぐる感慨を詠んだ歌群にあり、「思ひみだるる」は世事にまつわるもの。定家は『定家十体』の「濃様」に引き、『八代抄』にも採る。

【関連歌】上1087

 

●古今集・雑下・九三六 題不知 小野篁朝臣

しかりとて(そむ)かれなくに事しあればまづ嘆かれぬあな()世の中

【通釈】だからと言ってこの世に背を向けることもできないのに。なにか事が起こると、まずはともあれ歎いてしまうことだ、ああ辛い世の中よ。

【語釈】◇しかりとて 第四句の「まづ歎かれぬ」を承ける。歎いたところで。◇背かれなくに (現世に対して)背を向けられないのに。「そむく」は、知らぬふりをする、捨てる、出家するなどの意。◇事しあれば 平生とは異なる事件があった時となれば。いざとなると。◇まづ歎かれぬ まっさきに、つい歎いてしまう。現実的な対処をする前に、心が参ってしまう、ということ。なおこの句、元永本・清輔本では「まづなげかるる」。

【関連歌】上0322、上0357

 

●古今集・雑下・九三八 文屋康秀が三河の(ぞう)になりて、県見(あがたみ)にはえいでたたじやと、いひやれりける返り事によめる 小野小町

わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ

【通釈】侘び暮らしをしていたので、我が身を憂しと思っていたところです。浮草の根が切れて水に流れ去るように、私も誘ってくれる人があるなら、一緒に都を出て行こうと思います。

【語釈】◇うき草 「うき」に「憂き」の意が掛かる。

【付記】国司として三河国に下ることになった文屋康秀から、「私と田舎見物には行けませんか」と戯れに誘われて、その返事として贈った歌。康秀は小町と同じく六歌仙の一人。仁明天皇の国忌の日に詠んだ歌があり、同じ天皇に近侍したと思われる小町とは旧知の間柄だったのだろう。諧謔味を籠めてはいるが、おかしさよりもしみじみとした情感がまさって聞こえる。後世の小町流浪説話のもととなった歌でもある。

【関連歌】上0642

 

●古今集・雑下・九四一 題不知 読人不知

世の中の憂きもつらきも告げなくにまづ知るものは涙なりけり

【通釈】世間が憂いことも辛いことも伝え知らせていないのに、それを真っ先に知るものは涙なのであった。

【付記】不意に流れる自身の涙を、言わずして悲しみを知り同情してくれているものと見做した歌であろう。裏には、対して世間の人は自分の辛さを知ってくれないという心がある。

【関連歌】上0839

 

●古今集・雑下・九四四 題不知 読人不知

山里は物のさびしきことこそあれ世の憂きよりは住みよかりけり

【通釈】山里は物寂しいことはあるが、せちがらい世間よりは住みやすいのだった。

【関連歌】中1601

 

●古今集・雑下・九四七 題不知 素性

いづくにか世をばいとはむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ

【通釈】いったいどこで遁世の暮らしを送ろうか。身体は一所に定住したところで、心の方は野にいても山にいても惑うに決まっているのだから。

【付記】「まどふ」は野山の景観に心を動かされることを言うか。厭世と耽美との間で揺れる心を詠む。

【関連歌】上0116、上0494

 

●古今集・雑下・九五〇 題不知 読人不知

み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時のかくれがにせむ

【通釈】吉野の山の向うに宿がほしい。世の中が辛い時の隠れ家にしようから。

【付記】京の人にとって吉野は限りなく深い山地であり、仙境であった。そのさらに「山のあなた」に宿を求めたいと言って、世間を生きる辛さを強調している。

【関連歌】上0048、上0486、上0586

 

●古今集・雑下・九五二 題不知 読人不知

いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ

【通釈】どれほどの巌の中に住めば、憂き世のことも聞こえてこないだろうか。

【付記】絶塵の境涯に想像をめぐらす。

【関連歌】員外3545

 

●古今集・雑下・九五六 山の法師のもとへつかはしける 凡河内躬恒

世をすてて山に()る人山にてもなほ憂き時はいづち行くらむ

【通釈】世を捨てて山に入った人が、山にあってもなお生き辛い時には、どこへ行くのだろうか。

【付記】山で修行していた知り合いの法師に贈った歌であろう。自らも世を厭う心あるゆえの心配りである。

【関連歌】上0586

 

●古今集・雑下・九五九 題不知 読人不知

木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり

    ある人のいはく、高津のみこの歌なり

【通釈】木でもなく草でもない竹、その()の端のような半端者に私はなってしまいそうだ。

【付記】作者と伝えられる高津内親王は人名辞典参照。嵯峨天皇の妃を廃される時の歌と見られたか。

【関連歌】下2772

 

●古今集・雑下・九六二 田むらの御時に、事にあたりて津の国の須磨といふ所にこもり侍りけるに、宮の内に侍りける人につかはしける 在原行平朝臣

わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶとこたへよ

【通釈】たまたまでも私のことを尋ねる人がいましたら、須磨の浦で藻塩にかける潮水を垂らしながら――涙に濡れて侘びしく暮らしていると答えて下さい。

【語釈】◇藻塩たれつつ 藻塩を作るための潮水を垂らしながら。涙に濡れる意の「しほたれ」と掛詞になる。

【付記】源氏物語須磨の巻に引かれて名高い作。文徳天皇の時代(850~858)、事件にかかわって摂津の須磨に籠居させられた際、宮廷の人に書き送った歌という。流謫の原因は不明である。流人を海人に擬える趣向は万葉集の麻続王の島流しを詠んだ歌「うちそを麻続のおほきみ海人なれや伊良虞が島の玉藻苅ります」など古い伝承に淵源を持つ。定家は『定家十体』の「幽玄様」の例歌に引き、『八代抄』『詠歌大概』『近代秀歌』『八代集秀逸』など殆どの秀歌撰に採っている。

【関連歌】上1392、中1672、下2124、下2457、下2775、員外2834

 

●古今集・雑下・九六五 つかさとけて侍りける時よめる 平定文

ありはてぬ命待つ間のほどばかり憂きことしげく思はずもがな

【通釈】限りある命が終わるまでを待つ、僅かな間くらい、憂鬱なことをあれこれと思い煩わずに過ごしたいものだ。

【付記】古今集では同じ詞書のもと「うき世には門させりとも見えなくになどかわが身の出でがてにする」と併載している。

【関連歌】上0174

 

●古今集・雑下・九六七 時なりける人の俄に時なくなりて嘆くを見て、自らの嘆きもなく、喜びもなきことを思ひてよめる 清原深養父

光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし

【通釈】光の射し込まない谷では春もよそごとなので、咲いてすぐに散る心配もありません。

【付記】詞書の大意は「時めいていた人が俄に時を失い嘆く様を見て、自分にはそのような嘆きも喜びもないことを思って詠んだ」。不遇の身を「光なき谷」になぞらえ、花が咲き散る物思い――すなわち栄枯盛衰に伴う喜憂も無縁だと自嘲的に顧みた。

【関連歌】中1872、員外3590

 

●古今集・雑下・九六八 桂に侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へりける御返り事に奉れりける 伊勢

久方の中におひたる里なれば光をのみぞたのむべらなる

【通釈】月の中に桂が生えているという伝説に因む桂の里ですので、皇后様に喩えられる月の光の御恵みばかりを頼りにするようでございます。

【語釈】◇久方の中におひたる里 「久方の」は月の枕詞を転用して「月の」の意としたもの。月の中に桂の樹が生えているという中国の伝説に由り、桂の里をこう呼んだ。また月は后の暗喩でもある。◇光 月光により中宮の威光・恩恵を暗示している。

【付記】伊勢が桂の里(京都市西京区。桂川西岸の地)にいた時、七条中宮(宇多天皇女御、のち皇太夫人となった藤原温子)から手紙を貰い、返事として詠んだという歌。「伊勢は宇多天皇の御子を産みその御子を桂の宮に置いて中宮温子に仕えた」(新古典大系注)。

【関連歌】上1031、中1970

 

●古今集・雑下・九八〇 越なりける人につかはしける 紀貫之

思ひやる越の白山しらねどもひと夜も夢にこえぬ夜ぞなき

【通釈】遥かに思いやる越の白山――実際は知らないのだけれど、一夜として夢の中で越えない夜はありません。

【語釈】◇越の白山 加賀白山。「しらね」を導く。

【付記】越、すなわち北陸道にいた人に贈った歌。越の名所である白山に寄せて、毎夜夢でその人のもとに通っていると言い遣った。

【関連歌】中1563

 

●古今集・雑下・九八一 題不知 読人不知

いざここに我が世は()なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し

【通釈】さあ、ここに住居を定めて、私の生涯を過ごそう。菅原の伏見の里が荒れるのが惜しい。

【語釈】◇菅原や伏見の里 大和国菅原の伏見の里。今の奈良市菅原町。平城京の西。

【付記】平安京遷都の頃の歌かという。この歌によって、菅原の伏見の里は荒れた寂しい里として後世の歌に詠み継がれることになる。

【関連歌】上0927、上1184、下2010、員外2854

 

●古今集・雑下・九八二 題不知 読人不知

わが(いほ)は三輪の山もと恋しくはとぶらひ()ませ杉たてる門

【通釈】私の粗末な住まいは三輪山の麓です。なつかしく思うなら尋ねておいでなさい。杉の木が立っている門を。

【付記】三輪山の麓に隠棲した人が、旧知の人に宛てた歌であろう。但し『古今和歌六帖』は「みわの御」の歌とし、『俊頼髄脳』『古来風体抄』なども三輪明神の歌としている。三輪山は神体山であり、出家者の隠棲地として歌に詠まれるのは異例であった。

【関連歌】上185、上0273、中1601、下2359、員外3464

 

●古今集・雑下・九八三 題不知 喜撰法師

わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり

【通釈】私の庵は都の(たつみ)――都を離れた山の中で、このように住んでいるのだ。その山を、俗世を「憂」しとて入った、「う」じ山と世の人々は呼んでいるそうな。

【語釈】◇庵 隠遁者の仮住居。◇都のたつみ 都の東南。宇治は平安京の東南にあたる。「たつみ」は辰巳・巽と書き、十二支によって方角をあらわしたもの。◇しかぞすむ このように住む。「しか」に「鹿」を掛けるとする説もある。◇世をうぢ山 「世を憂」「宇治山」の掛詞。宇治山は今の京都府宇治市周辺の山。◇人はいふなり 世間の人は言っているそうだ。「なり」は伝聞推定の助動詞。

【付記】定家は百人一首のほかに『八代抄』『秀歌大躰』などに採っている。

【関連歌】中1753、下2402、下2541、員外2894

 

●古今集・雑下・九八四 題不知 読人不知

あれにけりあはれ幾世の宿なれや住みけむ人のおとづれもせぬ

【通釈】すっかり荒廃し、人は離れてしまった。ああ、どれほどの年月を経た屋敷なのだろうか、以前住んでいた人が訪れもしない。

【付記】「あれ」は「荒れ」「()れ」の掛詞であろう。「貴族の盛衰のはげしかった時代なので、大邸宅の荒廃したものがあり、それを目にしての感と思われる」(窪田空穂『古今和歌集評釈』)。伊勢物語第五十八段では、長岡の「色好みなる男」の隣家に住んでいた女たちの一人が詠んだ歌としている。

【関連歌】員外3248

 

●古今集・雑下・九八五 奈良へまかりける時に、荒れたる家に女の琴ひきけるを聞きて、よみて入れたりける 良岑宗貞

わび人のすむべき宿とみるなへに歎きくははる琴のねぞする

【通釈】侘び暮しをしている人が住んでいそうな家だなと思って見ていましたら、いっそう溜め息の重なる琴の音が聞えてきました。

【付記】作者が奈良古京へ行った時、荒れた家で女が琴を弾いているのを聞いて、紙などに書き付けて家へ持たせたという歌。作者が感じた「歎き」は最初わびしい溜め息であったはずだが、それが茅屋に似合わしからぬ風流佳人を発見した嘆息にすり変わってしまうところに機知がある。伊勢物語初段「春日野の若紫の…」を思わせるシチュエーションである。作者は出家前の遍昭である。

【参考】「我が背子が琴とるなへに常人のいふ歎きしもいやしきますも」(万葉集、大伴家持)

【関連歌】上0545、上1276

 

●古今集・雑下・九九二 女友達と物語して別れて後につかはしける 陸奥

あかざりし袖の中にや()りにけむわが魂のなき心ちする

【通釈】心を残して来たあなたの袖の中に入ってしまったのでしょうか。私の魂が自分の身体にない気がします。

【付記】古今集巻十九雑歌下。女友達と会話をして、別れた後に贈ったという歌。放心状態を伝え、楽しかったお喋りを名残惜しむ気持を詠む。

【関連歌】上0072、上0285、上1014、下2224、下2445、下2455、下2494

 

●古今集・雑下・九九五 題不知 読人不知

()がみそぎ木綿(ゆふ)つけ鳥か唐衣(からころも)たつたの山にをりはへて鳴く

【通釈】誰の(みそぎ)のための木綿を付けた鶏なのか。唐衣をたつという名の、竜田山で長く続けて鳴いている。

【語釈】◇みそぎ 身の穢れを清めること。御祓い。◇木綿 (こうぞ)の樹皮をはぎ、その繊維を裂いて糸状にした物。神への捧げ物とする。◇木綿つけ鳥 鶏の異称、または木綿をつけた鶏。都の四境で御祓いに用いるため関に置かれたという。◇唐衣 衣を「裁つ」と言うことから、地名「たつた」に冠した枕詞。◇たつたの山 竜田山。奈良県生駒郡三郷町の竜田神社背後の山。大和国と河内国の境にあたる。◇をりはへて 折り延へて。何度も重ね、延ばして。長く続けて。

【付記】竜田山を越える旅人が、鶏の長鳴く声を聞いて、誰の御祓いをしているのかと神妙に思い遣った歌であろう。

【関連歌】上0352、上1035、上1155、下2269、下2549

 

●古今集・雑下・九九六 題不知 読人不知

忘られむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬ跡をとどむる

【通釈】いずれ忘れられようとする時、これを読んで思い慕ってくれと、文字を書き記して残すのである。浜千鳥がゆくえも知らず飛び立とうとも、足跡を残してゆくように。

【語釈】◇跡をとどむる 文字を書き留める。黄帝の史官であった蒼頡が鳥の足跡を見て漢字を発明したとの伝説を踏まえる。

【参考】「霜のうへに跡ふみつくる浜千鳥行へもなしと鳴きのみぞふる」(寛平御時后宮歌合一四一・新古今集一〇二四、興風) 【付記】古今集ではこの歌に続き「神な月時雨ふりおける…」という万葉集の作られた時代を詠む歌が置かれており、掲出歌は古今集編纂にかける編者たちの思いを籠めた一首と推測される。古今集の排列を離れて読めば、死後に自分のことを偲んでほしいと手紙を書き遺す人の心情を詠んだ歌ということになる。

【関連歌】員外3357

 

●古今集・雑下・九九七 貞観の御時万葉集はいつばかり作れるぞと問はせ給ひければよみて奉りける 文室有季

神な月時雨ふりおけるならの葉の名におふ宮のふることぞこれ

【通釈】神な月になると時雨が降って楢の葉を紅葉させます――その『なら』という名を持つ平城(なら)に都があった時代になされた、古い事蹟でございます。

【付記】清和天皇の「万葉集はいつ頃作られたのか」との問いに対し、「奈良に都があった時代のもの」と答えた歌。「葉」を持ち出したのは、万集の名に引っ掛けてのことである。

【関連歌】下2299、下2586

 

巻第十九 雑体

●古今集・雑体・一〇〇一 題不知 読人不知

逢ふことの まれなる色に 思ひそめ わが身はつねに 天雲の はるる時なく ふじの嶺の 燃えつつとはに 思へども 逢ふことかたし なにしかも 人をうらみむ わたつみの おきをふかめて 思ひてし 思ひは今は いたづらに なりぬべらなり ゆく水の たゆる時なく かくなわに 思ひみだれて ふる雪の けなばけぬべく 思へども 閻浮(えぶ)の身なれば なほやまず 思ひはふかし あしひきの 山下水の こがくれて たぎつ心を たれにかも あひかたらはむ 色にいでば 人しりぬべみ すみぞめの 夕べになれば ひとりゐて あはれあはれと なげきあまり せむすべなみに 庭にいでて たちやすらへば 白妙の 衣の袖に おく露の けなばけぬべく 思へども なほなげかれぬ 春霞 よそにも人に 逢はむと思へば

【通釈】滅多に逢えない状態であの人を思い始め、私は常に気が晴れず、いつも恋心を燃やしているけれども、逢うことは難しい。どうして人を恨もう。心の奧深く思う恋心は、今は空しくなってしまいそうだ。絶えず思い乱れて、いっそ消え入ってしまいたいと思うけれども、煩悩に迷う身なので、思いは止まず、なお深い。ひそかに沸き返る心を、誰に語ろうか。表情に出せば、人に知られてしまうので、夕方になると、独りでいて、悲しい悲しいとひどく歎き、どうしようもなくて、庭に出て、佇んでいると、白い衣の袖に露が置くが、その露のように消えてしまいたいと思うけれども、それもかなわずに嘆息してしまう。よそながらにでも、あの人に逢いたいと思うので。

【語釈】◇かくなわに 「思ひみだれて」を言い起こす序。「かくなわ」は香菓泡。紐を結んで捻ったような形の菓子。◇閻浮の身 人間界の身。凡夫の身。

【付記】古今集巻十九雑体の長歌。

【関連歌】上1076、下2446

 

●古今集・雑体・一〇〇三 古歌(ふるうた)にくはへて奉れる長歌 壬生忠岑

くれ竹の 世々のふること なかりせば いかほの沼の いかにして 思ふ心を のばへまし あはれ昔べ ありきてふ 人麿こそは うれしけれ 身は下ながら 言の葉を あまつ空まで きこえあげ 末の世までの 跡となし 今も仰せの 下れるは 塵に継げとや 塵の身に つもれる事を 問はるらむ これを思へば けだものの 雲にほえけむ 心地して 千々のなさけも 思ほえず ひとつ心ぞ ほこらしき かくはあれども てる光 ちかきまもりの 身なりしを たれかは秋の くる方に あざむきいでて 御垣より 外重(とのへ)もる身の 御垣守(みかきもり) をさをさしくも 思ほえず ここのかさねの 中にては あらしの風も きかざりき 今は野山し ちかければ 春は霞に たなびかれ 夏はうつせみ なきくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ せめらるる かかるわびしき 身ながらに つもれる年を しるせれば いつつのむつに なりにけり これに添はれる わたくしの 老いの数さへ やよければ 身はいやしくて 年たかき ことのくるしさ かくしつつ 長柄の橋の ながらへて 難波の浦に たつ浪の 浪の皺にや おぼほれむ さすがに命 をしければ 越の国なる しら山の かしらはしろく なりぬとも 音羽の滝の 音にきく 老いず死なずの 薬がも 君が八千代を わかえつつ見む

【通釈】代々伝わってきた和歌がなければ、どうやって心のうちを抒べよう。ああ昔いたという人麿こそは有り難い。身分は低いながら、和歌を宮中にまで奏上し、末の世までの先例となし、今も勅撰集撰進のご命令が下されたのは、塵のような我が身に人麿の跡を継げと仰るのか。塵のようにはかない我が身に、塵とばかり積もった歌々のことをお問いになるのであろう。このことを思えば、古伝の雲に吠えたという獣のような心地がして、様々の思いは忘れて、ただ一心に誇らしい。そうではあるけれども、皇居のおそば近く護衛する左近衛の武官であった我が身を、誰が秋の来る西の方へ欺き移して、御垣より外の門を守る御垣守(衛士)としたのか。一人前に立派だとも思えない。禁中にあった時は、嵐の音も聞かなかった。今は野山に近い所にいるので、春はたなびく霞に籠められ、夏は蟬が一日中鳴くように泣き暮らし、秋は時雨に袖を貸すように涙に濡れ、冬は霜に苦しめられる。このように侘しい身ながらも、宮仕えして積もった年を記せば、三十年になってしまった。それに自身の出仕以前の年が加わって、老いの数もいよいよ多いので、身分は卑しいのに、年だけは高いことの苦しさよ。このようにして、長柄の橋のように朽ちたまま生き永らえて、波のように寄せる皺のうちに溺れてしまうだろう。それでもやはり命は惜しいので、頭は白くなってしまっても、噂に聞く不老不死の薬がほしいものだ。君の限りない御代を、若返りつつも拝していよう。

【付記】古今集編纂のため古歌を集めて奏上した際、添えた長歌。勅撰和歌集の撰者に召されたことを喜びつつ、身分の低さと老齢を歎き訴える。

【関連歌】下2585

 

●古今集・雑体・一〇〇七・一〇〇八 題不知 読人不知

うちわたす遠方人(をちかたびと)に物申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも

 返し

春されば野辺にまづ咲く見れどあかぬ花 まひなしにただ名のるべき花の名なれや

【通釈】見渡す遠方をゆく方にお尋ねします、その、そちらに白く咲いているのは何の花ですかね。

(返し)春になると野辺に真っ先に咲く、見ても飽きない花。見返りもなしに、たやすく名を知らせるような花でしょうか。

【語釈】◇そのそこ 尋ねかけた相手のそばを指す。◇何の花ぞも 白梅の花を指すとする説があるが、花にかこつけて女に名を尋ねることに話手の意図があり、何の花かは問題でない。「ぞも」は詠嘆を含む疑問をあらわす。◇まひなしに 「まひ」は幣。お礼として捧げる物。

【付記】古今集巻十九「雑体」のうちの旋頭歌。二首で問答体をなし、男女掛け合いの謡い物であったか。男が遠くに美しい女を見つけ、花の名を尋ねることにかこつけて、その女に言い寄ろうと声を掛けた。女の方はやはり花にことよせて、たやすく名を明かせようかと応じたのであろう。源氏物語の「夕顔」に引かれて名高い。

【関連歌】上0905、上1103、上1229、下2198

 

●古今集・雑体・一〇〇九 題不知 読人不知

初瀬川ふる川の()に二もとある杉 年を経てまたも相見む二もとある杉

【通釈】初瀬川と布留川の合流するあたりの川辺に、(昔から)二本立っている杉――私たちも、年を経てのち、再び逢おう、二本立っている杉のように。

【語釈】◇ふる川 布留川。石上神宮のわきを流れ、初瀬川に合流する。「ふる」には「経る」意が掛かる。但し「はつせ川ふる川」を「初瀬川という古い川」の意に解する説もある。

【付記】雑体部、旋頭歌。「はつせ川の古河の辺に二本の杉たてりけるによせてよめりける歌歟」(顕註密勘抄)。何かの事情で別れを余儀なくされた人が、恋人か連れ合いに対し、二本杉に託して再会を誓った歌であろう。土地に伝わる古い歌謡かと思われる。

【関連歌】員外3564

 

●古今集・雑体・一〇一二 題不知 素性法師

山吹の花色衣ぬしやたれ問へどこたへずくちなしにして

【通釈】山吹の花の色に染めた衣よ、おまえの持主は誰か。問うても答えない。梔子(くちなし)すなわち口無しなので。

【付記】誹諧歌。梔子(くちなし)染めの衣を「山吹の花色衣」と持って回り、「口無し」の意に掛けて戯れた。

【関連歌】下2091、員外3580

 

●古今集・雑体・一〇一五 題不知 凡河内躬恒

むつごともまだつきなくに明けぬめりいづらは秋の長してふ夜は

【通釈】恋人と交わす睦言もまだ尽きないのに、明けてしまったようだ。長いという秋の夜はどこへ行ってしまったのか。

【付記】誹諧歌。『和漢朗詠集』の「秋夜」に引かれる。「秋の夜も名のみなりけり逢ふといへば事ぞともなく明けぬるものを」(古今集635、小町)。

【関連歌】員外3316

 

●古今集・雑体・一〇四一 題不知 読人不知

我を思ふ人を思はぬ報いにや我が思ふ人の我を思はぬ

【通釈】前世で私を思ってくれた人を思わなかった報いなのだろうか、現世で私が思っている人が私を思ってくれない。

【付記】古今集巻十九、雑体部の誹諧歌。恋愛における因果応報を詠む。恋が成就するかどうかは、前世からの因縁次第であるとの考えがあった。

【関連歌】上0076

 

●古今集・雑体・一〇四九 題不知 左大臣

もろこしの吉野の山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに

【通釈】たとえ貴女が唐土にある吉野山に籠るとしても、後に残ろうと思う私ではないのに。

【付記】古今集巻十九、雑体部の誹諧歌。作者は藤原時平。女に贈った恋歌であるが、あり得ない「もろこしの吉野の山」を言った諧謔に主眼がある。

【関連歌】上0064、上0767

 

●古今集・雑体・一〇五一 題不知 伊勢

難波なる長柄の橋もつくるなり今は我が身をなににたとへむ

【通釈】難波にある長柄の橋も新造すると聞く。今となっては、古びた我が身を何に喩えようか。

【語釈】◇つくるなり 新造するそうだ。「尽くる」と解する説もあり、この場合「尽きるものである」の意になる。元永本・清輔本などは「つくるめり」とし、この場合「造る」意であることが明らか。

【参考】「世の中にふりぬる物は津の国のながらの橋と我となりけり」(古今集八九〇、読人不知 (移動

【関連歌】員外3551

 

●古今集・雑体・一〇六七 法皇西河におはしましたりける日、猿山の峡に叫ぶといふことを題にてよませ給うける 躬恒

わびしらに(ましら)な鳴きそあしひきの山のかひある今日にやはあらぬ

【通釈】物悲しげに鳴くな、猿よ。おまえの棲む山に(かい)があるように、甲斐のある今日ではないか。

【付記】宇多法皇の大堰川行幸の際、「猿、山の峡に叫ぶ」の題で詠むよう命ぜられて作った歌。「あしひきの山の」は「かひ」を起こす序。「かひある」は「張合いがある」程の意。「今日」は法皇行幸の今日。

【関連歌】下2598

 

巻第二十 大御所御歌・神遊歌・東歌

●古今集・大御所御歌・一〇六九 おほなほびの歌

あたらしき年の始めにかくしこそ千年(ちとせ)をかねてたのしきをつめ

【通釈】新年の始めに、このように千年を予祝して、「楽しき」という名の木、御薪(みかまぎ)を積む。

【語釈】◇たのしき 「楽しき」「木」を掛ける。「木」というのは、正月十五日に献上する御薪(みかまぎ)のこと。

【付記】古今集巻二十巻頭、「大歌所御歌」の「大直日(おおなおび)」の神の歌。

【関連歌】上1496

 

●古今集・大御所御歌・一〇七二 水茎ぶり

水くきの岡のやかたに妹とあれと寝ての朝けの霜のふりはも

【通釈】岡の仮屋で妹と私と共寝して、明けた朝の霜の置きようは何とまあ。

【語釈】◇水くきの 岡の枕詞。但し中世には「水茎の岡」で山城国の歌枕とされた。◇霜のふりはも 霜の降りようは、まあ。「はも」は詠嘆の助詞「は」と「も」が結び付いた語で、強い詠嘆をあらわす。但し後世「霜の降り葉も」と解されたようで、定家もこの意味で「霜のふりは」を用いた例がある(関白百首)。

【付記】大歌所の歌曲「水茎ぶり」。

【関連歌】上1149、上1475、下2048

 

●古今集・神遊歌・一〇七四 とりものの歌

神垣の三室の山の榊葉は神のみまへにしげりあひにけり

【通釈】神域として区切られた三室の山の榊葉は、神の御前で、一緒に繁り合っているのだった。

【語釈】◇三室の山 王朝和歌では多く竜田神社周辺の山を言うが、元来「みむろ」は神の降臨する山を意味する普通名詞であった。ここはその意か。

【付記】古今集巻二十「神あそびの歌」のうち、神前で楽人が舞う際に手に持つ「採り物」についての歌。掲出歌では「榊葉」が「採り物」にあたる。

【関連歌】下2732

 

●古今集・神遊歌・一〇七六 とりものの歌

巻向(まきもく)のあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ

【通釈】巻向の穴師山に住む山人であると、他人から見られるように、山の(かずら)(かずら)にしなさい。

【語釈】◇かづら 葛(蔓草)・鬘(髪飾り)の両義を掛ける。

【付記】弓の弦を引くと弓の両端が寄り来ることに寄せて、「末」までも寄り来いと恋人に対して詠む。元来は女から男に誘いかけた歌であろう。「採り物」(前歌参照)は弓。

【関連歌】上1258

 

●古今集・神遊歌・一〇七七 とりものの歌

深山(みやま)には霰ふるらし外山なるまさきの(かづら)色づきにけり

【通釈】奥深い山では霰が降っているらしい。外山にあるまさきのかずらが色づいたのだった。

【付記】古今集巻二十「神あそびの歌」のうち、神前で楽人が舞う際に手に持つ「採り物」についての歌。掲出歌では「まさきのかづら」が「採り物」にあたる。

【関連歌】上0961

 

●古今集・神遊歌・一〇七八 とりものの歌

みちのくの安達のまゆみわがひかば末さへ寄り()しのびしのびに

【通釈】陸奥国の安達の(まゆみ)で作った弓を引くと本も末も寄って来るように、私が誘ったら、末々まで寄っておいで。人目を避けて。

【参考】「さ桧隈(ひのくま)桧隈川に馬とどめ馬に水かへ我よそに見む」(万葉集、作者未詳)

【付記】『大嘗会悠紀主基和歌』によれば、仁明天皇の大嘗会における主基(備中国)風俗歌。

【関連歌】上0324、上1094、中1838

 

●古今集・巻二十・一〇八〇 ひるめの歌

ささのくまひのくま河に駒とめてしばし水かへ影をだに見む

【付記】古今集巻二十「神あそびの歌」のうち、神前で楽人が舞う際に手に持つ「採り物」についての歌。掲出歌では「山かづら」が「採り物」にあたる。

【関連歌】下2114、員外2877

 

●古今集・神遊歌・一〇八一 返し物の歌

青柳を片糸によりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ

【通釈】陽の(くま)の名に因む檜前(ひのくま)川のほとりに馬を駐めて、しばらく水を与えよ。その間に、水に映った日の光を、ひるめの神のお姿として拝もう。

【語釈】◇ひるめ 日の女神。天照大神の別称。◇ささのくま 万葉集に見える檜前河の枕詞「さひのくま」の転。◇ひのくま河 大和国飛鳥の檜前(ひのくま)を流れる小川。「陽の隈(日光のあたる隅)」の意を掛ける。◇水かへ 水を飲ませよ。「かへ」は「飼ふ(食い物や水をやる意)」の命令形。

【付記】「返し物」とは、呂から律へ旋法を転じたり、転調すること。催馬楽としては「青柳」と題され、「青柳を片糸に縒りてや おけや 鶯の おけや 鶯の縫ふと言ふ笠は おけや 梅の花笠や」と歌われる。

【関連歌】員外3047

 

●古今集・神遊歌・一〇八四 

美濃の国関の藤河たえずして君につかへむよろづよまでに

    これは、元慶の御嘗(おほむべ)の、美濃の歌

【通釈】美濃の国の関の藤川が絶えず流れてやまないように、あなた様にお仕えしましょう。限りなく続く代々まで。

【付記】陽成天皇の大嘗祭において悠紀方となった美濃国の歌。

【関連歌】上1185、員外3562

 

●古今集・東歌・一〇八七 陸奥歌(みちのくうた)


あぶくまに霧立ちくもり明けぬとも君をばやらじ待てばすべなし

【通釈】仰ぐ間に阿武隈川に朝霧が立ち込め、夜が明けてしまっても、あなたを帰すまい。再び夜になるまで家で待っているのは耐えられない。

【語釈】◇あぶくま 阿武隈川。「(あふ)ぐ間」と掛詞。◇君をばやらじ あなたを行かせまい。◇待てばすべなし 待つとしたら、どうしようもなくて困る。

【付記】東歌。夜が明けて帰る男を引き留めようとする女の歌。

【関連歌】上1250

 

●古今集・東歌・一〇八八 題不知 読人不知

みちのくはいづくはあれど塩竈の浦こぐ舟の綱手かなしも

【通釈】陸奥は、どこかほかにも良い風景はあるが、塩竈の浦を漕ぐ舟の綱手が心にしみて面白い。

【語釈】◇塩竈の浦 宮城県の塩竈湾。多賀城の外港として古くから栄えた。松島が近く、風光の美に恵まれている。◇綱手 舟を陸上から引く綱。またその綱で舟を引くのを業とする者。◇かなしも この「かなし」は「(かな)し」で、強く興味を惹かれるさま。

【関連歌】中1863、下2193

 

●古今集・東歌・一〇九一 題不知 読人不知

みさぶらひ御笠(みかさ)と申せ宮木野の()の下露は雨にまされり

【通釈】お供の人よ、「御笠をどうぞ」とご主人に申し上げなさい。ここ宮木野は宮木と言いながら下露が漏れ、雨にも増さるほどです。

【付記】宮城野を旅する貴人の一行。木の下露のひどさに、土地の者が御供の者に向かって声を掛ける。「お侍さん、御笠をどうぞとご主人に申し上げなさい」。上句のミ音の繰り返しがリズミカルで愛誦性に富む。

【関連歌】上1234、中1964、下2212、員外3549、員外3605

 

●古今集・東歌・一〇九三 題不知 読人不知

君をおきてあだし心をわがもたば末の松山波も越えなむ

【通釈】あなたを差し措いて、もし浮気心を私が持ったとしたら、末の松山は波も越えるでしょう。(そんなことは決してあり得ません。)

【付記】あり得ない自然現象を引き合いに出して、変わらぬ愛を誓った歌。おそらく当地に津波伝説があって、「大津波も末の松山は越さなかった」というような言い伝えや諺があったものと想像される。

【関連歌】上0078、上0275、中1579、〔下2505〕、下2505、員外2876

 

●古今集・東歌・一〇九五 常陸歌

筑波嶺(つくばね)のこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし

【通釈】筑波嶺のこちらにもあちらにも陰はたくさんあるけれども、あなたの御影にまさる「かげ」はありません。

【語釈】◇このもかのもに こちらにもあちらにも。◇影はあれど 木陰・山陰などの陰はたくさんあるけれども。◇君がみかげ 恋歌と解すれば恋人の面影の意となるが、古今仮名序に「さざれいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ」とあるのに従えば、主君の庇護を意味するのだろう。

【付記】神の山として信仰されていた筑波山に寄せて、主君の恩恵に感謝した歌。

【関連歌】下2121

 

●古今集・東歌・一〇九七 甲斐歌

甲斐(かひ)()をさやにも見しがけけれなく横ほりふせるさやの中山

【通釈】甲斐ヶ嶺をはっきりと見たいのに。心なく横たわる、小夜の中山よ。

【語釈】◇甲斐が嶺 甲斐国の高山。赤石山脈の白根三山かという。また富士山とも。◇さやにも見しが はっきりと見たい。「しが」は願望の助詞。◇けけれなく 心なく。「けけれ」は「こころ」の東国方言。◇よこほりふせる 横たわる。小夜の中山が目の前に横たわって、甲斐が嶺を見ることを邪魔しているのである。◇さやの中山 遠江国の歌枕。静岡県掛川市日坂と金谷町菊川の間、急崚な坂にはさまれた尾根づたいの峠で、街道の難所の一つ。

【付記】遠江を旅する人が、故郷の甲斐の山を見たいと望郷の思いを詠んだ歌であろう。

【関連歌】上1473

 

●古今集・東歌・一〇九八 甲斐歌

甲斐(かひ)()()こし山こし吹く風を人にもがもやことづてやらむ

【通釈】峰を越し山を越して甲斐ヶ嶺を吹く風、この風が人であってほしいよ。故郷の家族に伝言を託そうから。

【語釈】◇嶺こし山こし 嶺を越し山を越し。◇人にもがもや (風が)人であってほしい。

【付記】古今集巻二十、東歌。甲斐が嶺を見つつ旅する人の故郷への思い。

【関連歌】上1154、下2511

 

●古今集・東歌・一〇九九 伊勢歌

おふの浦に片枝(かたえ)さしおほひなる梨のなりもならずも寝て語らはむ

【通釈】おふの浦に片方の枝が覆いかぶさるようにして()る梨の実ではないが、私たちの恋が成るにせよ成らぬにせよ、とりあえず共寝をして語り合おうよ。

【語釈】◇おふの浦 「をふの浦」とも書かれる。万葉集に「乎不乃宇良」「乎布能浦」が見えるが、いずれも越中国の地名。掲出歌では伊勢の地名であるはずだが、どことも知れない。いずれにせよこの歌によって梨の名所とされた。「()ふ」の意が響く。◇片枝さしおほひ 片方の枝だけが覆い被さって。◇なる梨の ()る梨の実ではないが。ここまでは「なり」を言い起こす序詞。「梨」に「無し」の意が掛かるところに面白みがある。◇なりもならずも 恋が成就するにせよしないにせよ。

【付記】日頃目にしていた海岸の風景に寄せて、情事を誘った歌であろう。万葉集の東歌に類想の歌がある。古今集の中では殊に素朴な、古い歌謡の姿をとどめている歌である。

【関連歌】上1293

 

古今集 墨滅歌

●古今集・墨滅歌・一一一一 深養父、恋しとはたが名づけけむことならむ下 貫之

道しらばつみにもゆかむ住の江の岸におふてふ恋忘れ草

【通釈】道を知っていたら、摘みにも行こう。住の江の岸に生えているという、恋を忘れられるという忘れ草を。

【付記】古写本で巻十四の深養父の歌「恋しとは…」の下にあったが、墨で消されていたという歌。

【関連歌】上0224、中1538、中1824、員外3636

 


公開日:2013年01月30日

最終更新日:2013年01月30日