和歌入門附録　和歌のための文語文法

助動詞一覧表

過去・完了　推量　打消　自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬　その他（指定・比況・希求）

指定　なり　たり　比況　ごとし　希求　まほし　たし

指定（断定）

なり

	未然形	連用形	終止形	連体形	已然形	命令形	上にくる語の活用形
なり	なら	なり (に)	なり	なる	なれ	なれ	連体形・体言

【接続】

• 体言、または活用語の連体形に付く。
  

  花なり　過ぐるなり　美しきなり　散りぬるなり

• いわゆる形容動詞の語尾の「なり」を指定の助動詞と見る説もある。
  

  静かなり　明らかなり

• 動詞と接続する場合、伝聞推定の助動詞「なり」と紛らわしいが、伝聞推定の「なり」は終止形接続、指定の「なり」は連体形接続である。
  

  鳥過ぐなり　伝聞推定。「鳥の過ぎるのが聞こえる」「鳥が過ぎるらしい」意。
  鳥過ぐるなり　指定。「鳥が過ぎるのである」意。

【機能】

• 何々は何々であると物事を指定・断定する意をあらわす。「〜だ」「〜である」。
  

  あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり（万葉集、小野老）
  古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむたわらはのごと（万葉集、石川女郎）
  秋霧のたつ旅ごろも置きて見よ露ばかりなる形見なりとも（新古今集、大中臣能宣）
  日ぐらしの鳴く夕暮ぞうかりけるいつもつきせぬ思ひなれども（新古今集、藤原長能）

【来歴】

助詞「に」と動詞「あり」が結合して出来た。古くは漢字で「也」と書かれることが多かった。

【助動詞との結合例】

• なるらし／ならし　連体形「なる」＋推量の助動詞「らし」。「〜であるらしい」。
  

  住む人もあるかなきかの宿ならし葦間の月のもるにまかせて（新古今集、源経信）
  しぐるるはみぞれなるらし此の夕べ松の葉白くなりにけるかな（桂園一枝、香川景樹）

• なりけり　連用形「なり」＋過去の助動詞「けり」。「〜であったよ」「〜なのだなあ」などの意。詠嘆を籠める場合が多い。
  

  命にもまさりて惜しくある物は見果てぬ夢のさむるなりけり（古今集、壬生忠岑）
  ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり（続後撰集、順徳院）

【補足】

• 存在する場所を示すのに用いられる「なり」（「〜にある」の意）も助動詞として扱われることがあるが、指定の助動詞「なり」とは別の語である。
  

  山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ（万葉集、軍王）
  吉野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして（万葉集、湯原王）

たり

	未然形	連用形	終止形	連体形	已然形	命令形	上にくる語の活用形
たり	たら	たり (と)	たり	たる	たれ	たれ	体言

【接続】

• 体言に付く。
  

  人たり　人たる者　人たれ

• いわゆる形容動詞の語尾「たり」を指定の助動詞と見る説もある。
  

  悠々たり　泰然たり

【機能】

• 何々は何々であると物事を指定する意をあらわす。「〜だ」「〜である」。
  

  よしやふれ花の父母ふぼたる雨ならば枝に恵の色ぞひらけん（松下集、正広）

【来歴】

格助詞「と」と動詞「あり」からなる「とあり」の約。漢文訓読文などに見られ、和歌にはほとんど用いられなかった。

比況

ごとし

	未然形	連用形	終止形	連体形	已然形	命令形	上にくる語の活用形
ごとし	―	ごとく	ごとし	ごとき	―	―	連体形・助詞「が」「の」

【接続】

• 活用語の連体形、助詞「が」「の」に付く。
  

  見るごとし　流るるごとし　美しきごとし　夢のごとし　靡くがごとし

• 古くは「ごと」だけで用いられた。接続の仕方は同じ。
  

  いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が思へるごと（万葉集、額田王）

• 指定の助動詞「なり」には「ごとき」の他に「ごとく」「ごとし」からも続く。
  

  ごときなり　ごとくなり　ごとしなり

【機能】

• 他のものごとと同一であることを示す。「〜と同じだ」。「〜の通りだ」。
  

  湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く（万葉集、大伴旅人）
  わがごとく物やかなしきほととぎす時ぞともなく夜ただ鳴くらん（古今集、藤原敏行）

• 他のものごとに類似していることを示す。「〜に似ている」。「〜のようだ」。
  

  相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼のしりへに額づくごとし（万葉集、笠女郎）
  世の中を何に譬へむ朝びらき漕ぎ去にし船の跡なきごとし（万葉集、沙弥満誓）

【来歴】

同一を意味する体言「こと」が濁音化した「ごと」に、形容詞化する接尾辞「し」が付いて出来たものと言う。平安時代には主に漢文訓読文に用いられ、和歌での用例は余り多くない。

【助詞との結合例】

• ごとくに　意味は「ごとく」と同じ。
  

  せめてなほ心ぼそきは年月のいるがごとくに有明の空（式子内親王集、式子内親王）

希求（希望）

まほし

	未然形	連用形	終止形	連体形	已然形	命令形	上にくる語の活用形
まほし	○ まほしから	まほしく まほしかり	まほし	まほしき まほしかる	まほしけれ	―	未然形

【接続】

• 動詞・助動詞の未然形に付く。
  

  知らまほし　見まほし　見られまほし　行かせまほし

【機能】

• 話し手の「〜したい」という願望をあらわす。
  

  散り散らず聞かまほしきを故郷の花見て帰る人も逢はなむ（拾遺集、伊勢）
  手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ（桐の花、北原白秋）

【来歴】

奈良時代に「見まくほしき」などと言っていた「まくほし」から転じた語。平安時代に現れ、和歌にも盛んに用いられた。鎌倉時代になると次第に「たし」に取って代わられるが、和歌では「まほし」を使い続け、近代に至る。

【特殊な用法】

• まほしさに　状態・程度をあらわす接尾語「さ」、助詞「に」が付いて、「あまり〜したいので」の意味。
  

  ゆきやらで山路暮らしつほととぎす今ひと声の聞かまほしさに（拾遺集、源公忠）

【補足】

• まうし　「まほし」を「ま欲し」と見なし、その対義語として「ま憂し」という語が出来たらしい（一説に推量の助動詞「む」のク語法「まく」に「憂し」の付いた「まく憂し」からの転訛という）。未然形に接続し、形容詞ク活用型に活用する。「〜するのはいやだ」「〜したくない」「〜だろうと思うだけでいやになる」などの意。
  

  もろともに折りし春のみ恋しくてひとり見まうき花ざかりかな（拾遺集、読人不知）
  なさけありし昔のみなほ偲ばれて永らへまうき世にもふるかな（新古今集、西行）

たし

	未然形	連用形	終止形	連体形	已然形	命令形	上にくる語の活用形
たし	―	たく たかり	たし	たき	たけれ	―	連用形

【接続】

• 動詞・助動詞の連用形に付く。
  

  知りたし　見たし　食べたし　来られたし　行かしめたし

【機能】

• 「〜したい」という願望をあらわす。
  

  おほならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍びてあるかも（万葉集、筑紫娘子）
  いさいかに深山の奧にしほれても心知りたき秋の夜の月（千五百番歌合、藤原季能）
  隣室に書(ふみ)よむ子らの声聞けば心に沁みて生きたかりけり（柹蔭集、島木赤彦）

【来歴】

上記のように万葉集にもそれらしき用例はあるが、孤立例である。文献にしばしば現れるのは平安時代後期から。次第に「まほし」に取って代わるが、歌人たちは俗語と見なしていたらしく、和歌に用いることを嫌う傾向があった。現代口語の願望の助動詞「たい」に繋がっている。

助動詞一覧表

過去・完了　推量　打消　自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬　その他（指定・比況・希求）