作者別花筵百首題 写歌

春     

立春

しがらみとなりし紅葉のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

後夜の雨に花やあへなき老い梅の楚枝(すはえ)にあしたささ芽つのぐむ

椿

花まへの宙に羽振けるひよどりに口吸はれむとす庭椿かな

残雪

岩陰の堅雪けふは融けそめて行潦(にはたづみ)となり山路たばしる

若草

春風に水籠りの蘆つのぐみて水面に出でし(かび)の煌めく

余寒

端座する余寒の茶室にやうやくに松籟ありてこころ弛びぬ

春山

うぐひすの褥ともしも背戸の尾は萌葱浅黄にくれなゐの綾

春野

蒲公英の絮は野風に身をまかせいづち定めむ来る春の宿

春雨

夕雨の桜並木の花明り家路の傘の色の清や清や

遅日

卯の花の白き垂枝に夕風のゆたにたゆたに日は暮れなづむ

春曙

橋立の浦に朝影赤らひてか黒に小さく浅蜊舟みゆ

春鳥

春の空のこる心を薄墨に書きて帰るか雁の玉章

み吉野の尾末(をぬれ)の人影溺るがに峰べに寄する花の八重波

落花

山桜八重に散りしく木のもとは花明りにぞ暮れなづみける

苗代

苗代に広ごる青き水影を風は(そば)ひてささめきにけり

春月

つれなくも君こぬ夜のさむしろは月もおぼろに宿りかねつる

春夢

春の夜の夢の通ひ路まどひきてあしたの野辺にもゆる糸遊

夢のしじま舞ふがに蝶の白き影真昼の庭ゆ消え去りにけり

晩春花

濡れつつぞふさに折りつる藤の花君がこころの深き色かな

残春

去夜の雨に山に笑ひの形見なく翠(した)でて春逝かむとす

春     


公開日:平成22年09月24日
最終更新日:平成22年09月26日

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