第7日目:11月6日木曜日 誕生日当日!
11月6日です。いよいよです。
かばんの中にいても桃花さんのどきどきが伝わってきます。ぼくもどきどきしてきました。
よしぼくも付いて行こう。そう決意を固めたのに簡単に見つかってしまいました。
残念です。
桃花さんはぼくの頭を優しく撫でながら、おうちで待っててね、と言いました。
だからぼくは約束を守ることにしました。
そっけない茶色のがさがさした大きな封筒を桃花さんは大事そうにかばんに入れました。
きっとあれがそうなんでしょう、あれがろんぶんというものなんでしょう。
がんばれ、桃花さん。
今日はきっといい1日になりますよ、ぼくがうけおいましょう。
お天気もいいし、また帰りにあっちのれいいちさんと一緒に帰ってきてください。
とびきりの笑顔も一緒にね。
がんばれ、わたし。今日は先生の誕生日。朝からご飯の味もわからないくらい、どきどきしてる。
ホームルームも頭に入らない。だって先生にプレゼントを渡すことしか考えていないから。
いつもは先生の言葉を聞き逃さないように体中が耳になったみたいに、一生懸命聞いているのに、今朝は頭の上を通り過ぎるだけ。そう、わたしは朝からまったくの上の空だった。
あー、やだ、緊張してきた。いつ渡そうか。廊下でさりげなく宿題みたいに渡そうか。でもお誕生日おめでとうございますって言いたいし、言っちゃうとまた去年みたいに受けとってもらえそうもないし……。どうしよう。
「桃花ちゃん!どないしたん?さっきからため息ばっかりやで」
「何でもないよ、姫条くん」
「そおかー?おにーさんに相談してみいへん?ずばっと解決すんでー」
「いい、ごめん。また今度ね」
「ほんまに大丈夫か?なんや朝からぼーっとしてんで、自分」
「ねえ、氷室先生しらない?」
「さー、職員室ちゃうのん?」
上の空のまま午前中の授業が終わっていた。
いつもなら姫条くんとももうちょっと話すんだけど、今日はそれどころじゃない。
もう後少ししか時間が残ってないじゃない。
でも、午後の授業まで後25分残ってる。
先生を探そう。
そして今、渡そう。
そうしないと、わたしがもたない。
先生の姿を求めて職員室をのぞくと、他の先生から数学準備室じゃないかと言われ、そちらに行くと音楽室ではと言われ、うろうろしている内に時間だけがするすると逃げていく。先生どこにいるんですか?もしわたしに「先生発見器」があったならすぐにわかるのに、誰か発明してくれないかな。ねえ、どこにいるんですか?
音楽室にいなかったら放課後まで待とう、そう決心して特別教室の並ぶ廊下にたどりついた。
ふと聞こえたピアノの音。
この音はたぶん、先生。
こんな優しくて繊細な音は、きっと先生。
廊下は走るなと言われても今日は止まりません、ごめんなさい。
だって先生に早く渡したいんだもの、今日くらいは目をつぶってください、氷室先生。お願いします。
がらり。
大きな音がして顔を上げると…先生が音楽室の入り口に立っていた。
「どうした?何か質問か?」
「先生、中に入ってもいいですか?」
「ああ、入りなさい。だが、あまり時間がないだろう、質問なら放課後ゆっくり聞こう」
そう言いながらまたピアノの前に座った先生は、微かに笑っているように見えた。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
突然のわたしの言葉に一瞬驚いたような顔をしたけど、今度はちゃんと微笑んでくれた。
怒ってません?
去年みたいにつき返したりしません?
今年は受けとってくれますか?
「そう、だったな。……まったく、君はいつもいつも」
「あの……去年みたいにつき返したりします?」
「いや……、コホン、ありがとう、北川。今回は特別に受けとっておこう」
嬉しくて、とっても嬉しいのに、なぜかわたしは泣いてしまった。
「なぜ泣く……」と、つぶやいてわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた先生は静かにピアノに向かうと、この間ドライブした時に言っていたムーンリバーを弾いてくれた。その音色を聞いているうちにわたしの涙は、自然に止まっていた。だってあんまりにも優しくて、優しくて、先生が大好きだって気持ちが溢れて零れてきちゃったんだもん。
「ところで、11月16日は空いているか?君に……礼を、したいと思う」
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氷室先生お誕生日おめでとうございます。
先生はあまり喜ばれないかもしれませんが、 わたし絶対にお祝いしたかったんです。
もしご迷惑でなかったらお菓子も食べてみてください。あまり甘くないと思います。
それから、また社会見学につれて行ってください。
楽しみにしています。
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北川桃花 |
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