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第7日目:11月6日木曜日 誕生日当日!(氷室SIDE)



なんかさ、久しぶりだな、お前のその顔。
いいことあっただろ?にやけてるぞ。
なぁ、オレにもその幸せ分けてくんない?
まあ、どうせ例のあの子と何かあったんだろうけどさ。
お、ピアノ弾いてくのか?おやー、珍しいねMoon Riverなんてさ。
今度また彼女連れて来いよ、そんで今度こそ「俺の彼女だ」って紹介してくれよ。
今夜は珍しく笑ってるお前を見られたから、オレのおごりにしといてやる。だからもう1曲弾いてけ。
何でもいいからラブソングでもさ。
ま、何はともあれ28回目の誕生日おめでとう。こうやってオレ達も年食ってくんだなー。




朝から、女子生徒が入れ替わり立ち代り俺の回りに出没する。そして例年の俺の対応を知ってか知らずか、誕生日プレゼントだと言って押付けようとする。まったく、毎年毎年、君達はどうしてこうもくだらないことに情熱を注ごうとするのだ、俺が決して受け取らないことは知っているだろうに。このような無駄な努力はやめてもっと有意義に時間と金銭を使うようにしなさい。俺などに期待しても何もでないのだ。何も変わらないのだ。

朝のホームルームから北川はぼんやりしていた。
さすがにこの間のように授業中に寝るような失態は見せなかったが、少々いつもより覇気がないように見受けられる。だが、今年も君が俺に何か持ってきたならば、受け取ってもよいと思う。なぜならば、昨年非常に後味の悪い気分になったからだ。こんなことは初めてだ。今だかつてなかったことだ。そして本当はこの後味の悪さを感じさせるものの正体を、実は判っている。認められないだけで判っているんだ。

午前の授業が終わり、女生徒の集団から半ば逃げるようにして音楽室に向かった。何をしようという訳でもない、別段ピアノが弾きたかった訳でもない。ただ、もし北川が来るのなら人目の少ないところの方がよいのではないか、そう思ったからに過ぎない。

---一体、俺は何を期待しているのか。

昼休みも後30分もしたら終了する。ふとピアノの鍵盤の上に指を乗せ、頭に浮かんだ曲を適当に弾いていく。リスト、ショパン、ドビュッシー……、そしてまたリスト。考えていることは……北川のこと。何をしているのだろう、俺は。

その時、静かな廊下をぱたぱたと走ってくる足音が聞こえた。
誰だ。廊下は走るなとあれほど注意しているにも関わらず、走るような不届き者は。
やはり一言注意するべきだろう。


がらり。


扉を開けると、少し息を弾ませ北川桃花が立っていた。
驚いたようなそれでいて少し嬉しそうな不思議な表情を浮かべて…。

「どうした?何か質問か?」
「先生、中に入ってもいいですか?」
「ああ、入りなさい。だが、あまり時間がないだろう、質問なら放課後ゆっくり聞こう」

何を言っているんだ、俺は。この期に及んでまだ教師らしく振舞おうとしている。彼女は必死で俺の方に向き合おうとしてくれているというのに。まったく、俺という男はどうしようもない、馬鹿者だ。

気持ちを落ち着けるために再びピアノの前に座り、そして廊下を駈けて来た北川を叱る気が最初からないことに気付き、そんな自分自身に少しだけ笑ってしまった。なんてことだ、俺としたことがもう彼女のペースにハマっている。

彼女が叱られるのを判っていながら走ってここまできたのは何のためか。
一瞬後ろに隠したが恐らくは君は俺に渡したいのだろう、その封筒に入ったものを。
そしてそれを期待している自分。
認めざるをえないだろうな。
こうなったら、仕方がない。
少しだけ素直になってみることにしよう、せっかく今日は誕生日なのだから。


「先生、お誕生日おめでとうございます」


この言葉を期待していたというのに、改めて君の口から発せられると新鮮だな。
そして誰に言われるのでもなく、君に言われるとなんとこの言葉に温かみが加わるのだろう。
素直に嬉しいと思ってもよいだろう。そう思ったら自然に顔が笑っていた。

北川は俺の反応が気になるのか、じっと見つめたまま微動だにしない。そんなに見つめなくとも今年の俺は君の気持ち毎受け取るつもりだったのだから。さあ、その封筒を渡しなさい。もう二度と突き返すようなことはしないから、安心してその手を離しなさい。

「そう、だったな。……まったく、君はいつもいつも」
「あの……去年みたいにつき返したりします?」
「いや……、コホン、ありがとう北川。今回は特別に受けとっておこう」

また君を泣かせてしまった。
どうして泣くのだ?
俺が何かしたのか?
受け取ったのだが、君からのプレゼントを……。

まぁ、このくらいは許されるだろう……。
向かい合ったままの北川の髪に恐る恐る手を伸ばした。小さくしゃくりあげる君の頭をそっと撫でるだけ、今の俺にはそのくらいが精一杯だ。教師と生徒の壁をまだ完全に崩してしまうわけにはいかないから、これくらいしか君の涙を止める術が見つからない。

君が泣き止むまでいくらでもピアノを弾くことにしよう、だから笑顔を見せてくれ。
君の笑顔を見ていたい、そう俺の今望むことはそれだ。
抱きしめるわけにもいかない、ましてや口付けるわけにもいかない、だがピアノを弾いて聴かせることくらいはできる。
今は、こんなことしかできないが……。


「ところで、11月16日は空いているか?君に……礼を、したいと思う」



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