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fly me to the moon 第8回



僕らは修学旅行3日目の午後一杯を一緒に過ごした。


どこに行ってもこの時期の京都市内は学生ばかりで、ウチの学生もいろんなところで見かけた。学園のアイドルらしい彼女と無自覚王子の僕が二人きりで歩いているのはまずいような気もした。それでも、何とか人気の少ない場所を選んでは、できるだけさりげない顔をして僕は彼女の手をつないでぶらぶらしていた。現実の僕と彼女が隣同士で歩くことも、ましてや手をつないで歩くなんてまずありえないけれど、同じ学生同士なら大丈夫なのかな。それでも、やっぱり今は一応秘密な関係のようだから、うっかりはね学生の姿でも見かけようものなら彼女の方からすばやく手を離してしまう。それが実を言うとちょっと淋しい。


「ねえ、いつまで付き合ってることを秘密にするつもり?」
「うーん、卒業するまで、かな」
「まだ半分残ってるよ、それでいいの?」
「仕方ないじゃない」
「ふーん。仕方、ないんだ」


仕方ないじゃない、小さな声でそう言う君の横顔は少し疲れた雰囲気で、僕は何か気の利いたことを言えないかなと思っただけで結局何も言えなかった。その代わり僕は周りにはね学生がいないことを確かめてからぎゅっと手を握った。
だけど彼女はその手を振り払う。
僕は手を取る。
彼女は振り払う。
また手を伸ばす。
振り払われる。
それでも手をつかむ。
もう振り払われない。



まるでこれじゃぁいたちごっこだよ、ねえ さん。



「何か怒ってる?」
「怒ってない」
「ホントに?」
「嘘」
「怒ってるんだ」
「ちょっと」

「あそこで座らない?」、僕は強引に さんの手を取ると道端の何でもない公園に入ってベンチに並んで座った。
観光地から少し離れた小さな公園は平日の午後だというのに誰も居ない。学校からも離れているのか子供の姿もないから酷く静かだ。

「秘密にするのはどっちが言い出したこと?僕?それとも君?」
「……わたし」
「どうして?」
「…………怖い……から……」
「怖い?」
「……」

僕も君を好きな気持ちは嘘じゃないけど、それでも公表して堂々と付き合えるなんてさずがに思ったことがない。
むしろ、付き合ってそれがバレた時のことを思うと僕だって怖くなる。もちろん僕自身の立場なんてものはどうなっても構わない。そんな曖昧なものよりも彼女の方が大切だと思えるようになったからだ。
じゃあ何が怖いのか。それはやっぱり大切な彼女が世間の好奇の目に晒されることだ。
だから、きっと同じ状況なら僕の方から秘密にしようって言っただろう。
そう考えていけば彼女の言いたいことは理解できる。でも、それじゃあこっちの僕やあっちの彼女の気持ちはどうなるんだ?


僕は彼女の手を握ったままだったことに今更気が付いたけれど、急に振りほどくのも不自然でそのままにしていた。怖いと呟くように口にした さんはそのまま俯いたきり顔を上げようともしない。ここでそっと肩を抱いて頭を撫でながらキスの一つもしたいけれど、それをするのは僕じゃなくて本来ここに座っているべき高校生の若王子貴文の方だ。僕がすることじゃない。

「えっと、彼は……貴文君はどういう反応だったの?素直にうんって言った?」
「…………言わなかった」
「だろうね。きっとあっちの さんに僕が同じ提案をしても反応は同じだと思う」
「でしょうね。わたしだって同じだもの」
「もしかして……彼が信用できなかった?」

一瞬はっとした表情がひらめいたけれど、それは本当に一瞬のできごとで注意して見ていなければわかならいくらいだった。そんなことはない、そう即座に答えられないところがまだまだ子供なんだな、なんて大人気ない僕がそう思うのは少しおかしいのだけれど、そう感じた。

「君に何かあったら守ると思うよ。どこまで守れるのか自信はなかっただろうけど」
「うん」
「きっといい大人の僕よりも17歳の僕の方が純粋な分、きちんと君を守ると思う。大人は世間体なんてものを気にするから、その分ちょっとずるい」
「うん」
「だからね、二人で手をつないで歩いたらどう?みんなの前でも」
「でも」
「でもは言いっこなし。元通りになったらきっとそうしよう。約束だ」
「はい、先生」
「よろしい」



このまま僕はこの世界で彼女の隣で手をつないで歩いていきたいと、切に願った。もちろんそんな可能性は100%じゃないことくらいよく判ってる。それでも僕はこの手を離したくないとマジで思った。もしも元の世界に戻ったら僕の方から彼女に手を差し伸べてみようか。そうしたら君はどんな顔をするだろう。きっと笑いながら「先生また冗談ばっかり」って言うんだろうな。うん、きっとそうだ、でもそれはそれでいい。僕は君が好きだから。



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