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fly me to the moon 第7回



待ち合わせは円山公園の入り口で11時。





お互いにうまく周りを撒いて、できるだけ時間を作って一緒に観光して帰りはまたはぐれた振りをして別々にホテルへ帰る。人気者っていうのは中々に大変なものだ。佐伯くんなんて結構いつも女の子に囲まれてたけど、やっぱり本当に好きな女の子と一緒に過ごすのは大変だったんだろうなと思う。

ホテルのロビーで先生方から自由行動の注意を聞いて、三々五々生徒達が散っていく。僕と彼女も人の波に紛れながら何とか街へと一歩を踏み出した。出かける時、佐伯君が僕をちょっと引っ張って「お前らも大変だな。ま、がんばれ」、なんて無責任なことを言った。まあね、君も中々に大変な高校生活だったよね、今更ながら同情するよ。

山口さんは女の子達と何か楽し気にしゃべりながらガイドブック片手に街へと出て行く。ちらっとでもこっちを向いて欲しかったけど、それはきっと無理な願い。僕自身もクラスの男子達に混じってバスに乗ろうとちゃちな地図片手にバス亭へ歩く。


「なあ、若王子」
「ん?」
「お前さぁ、付き合ってる奴とかいないの?」
「えっ?そっちこそ男ばっかで出かけるより誘いたい子がいたんじゃないの?」
「うーん、そりゃ無理無理。かなりハードル高いよ、こいつの好きな奴は」
「えー、誰?」
「E組の
「はぁ?」
「あいつ人気あるからなぁ、そうだ、若王子、クラス委員同士繋がりねぇの?」

…………やっぱり。
人気あるんだろうなぁとは思ってた。でもね、僕が一応「彼氏」なんだけどな。気付いてないんだ、みんな。若王子貴文、我ながらうまく隠してるんだ、感心感心。って感心してる場合じゃない。

「ないよ。月一で顔は合わすけど個人的には何もしゃべらないし」、とか言いながら実は付き合ってるだなんて言ったらどうなるんだろう。

「そっか……やっぱりあの人はみんなのものなんだなぁ」
「それより俺お前を紹介しろってしょっちゅう言われるんだけど、1回くらいWデートしねぇ?」
「え、いや、僕はいいよ」
「まさか……女嫌い?」
「あのね」
嫌いじゃない、むしろ好きだと思う。思うけど、今はさんが一番好きなだけだ。他の子と遊びでもデートなんてする気はない。あー、でもはっきり言いたいなぁ、僕は君達のアイドル:さんと付き合ってるんだって。

こういう男同士でぐだぐだ言い合ってるのも、そんな時代のなかった僕には中々新鮮で。ちょっとエッチで下世話でそれでいて純情な高校生男子の会話ってのもおもしろいもんだね。大丈夫かな、僕のしゃべり方。変じゃないかな。こないだ注意されたからなるべく変な言葉を使わないように気を付けてるけど、ボロが出てないかな。

「若王子、お前もさ、もうちょっと遊んだ方がいいぞ」
「何それ、普通なんじゃないの?」
「これで遊び人だったら俺ら困るって。でもなんだって女子はこの天然男を王子だなんて言ってアイドル視してるんだかな」
「うんうん、それだけは7不思議みたいなもんだ」
「ご当人はどうなの?」
「えっ?僕?どうだろう、あんまり何も考えてない」
「そら見ろ、若王子はそういう奴だ。こいつ前面に出してナンパでもしちゃう?」
「ノった!」
「えーっ!!」

おもしろすぎるぞ、高校生男子。というか若王子貴文くんのクラスメイト。
あ、でもこのままじゃマジでナンパツアーに連れて行かれるかも。それはまずい。どこかで逃げなきゃ。
焦って腕時計を確認するともう10時半を回ったところ。場所は……場所はえっとここ何処だ?

おー、あれが金閣寺かよ、と言う同級生の声で場所が判った。けど、ここから約束の場所までどう行けばいいんだ?後30分を切っちゃったし。

「ごめん、忘れ物してきたみたいだ」
「何だそれ。無いと困るの?」
「うん、実は携帯」
「まったく天然若王子が出たよ。どうすんだ?」
「僕はまた誰か捕まえるよ、だからごめん、ホテルに戻る」
しゃーねーなーの大合唱の中、僕は見え透いた嘘をついて友達の輪から外れた。

さて、と。
地図を確かめてみたけれど地下鉄もバスもたぶん乗り換えてたら間に合わない。仕方がない、なけなしの小遣いをはたいてタクシーでも拾うしかないだろう。僕は大急ぎでタクシーを拾って円山公園までと告げてシートにへたり込んだ。

彼女はうまく友達を撒いて一人になれたかな。男友達とわいわいがやがや歩くのも楽しいけれど、僕はこの短い同級生としての時間を彼女と一緒に過ごしたい。後何日同じ目線でいられるかわからない。なら余計一緒に過ごす時間は1分でも1秒でも長い方がいい。





だというのに、待ち合わせ場所でさんはなぜか男子に囲まれていた。でも、よくよく見ると制服は制服でも違う制服だ。どこの学校かわからないけど、もしかしてあれって「ナンパ」ってやつかな。

「待たせてごめん」、と言いながら、僕はさりげない顔をして男子生徒の中に割り込んだ。
うっわ、あからさまにこいつ何者って顔された。まあ、そりゃそうだ。かわいい女の子を遊びに誘ってたのに、急にこんなのが割り込んだらいい気はしないだろうし。

「若王子……くん」
「ごめんね、僕達これから食事の約束なんだ。さ、行こうか」
「お前、割り込んどいてそりゃないだろっ!」
「割り込んでるのはそっちじゃないのか」
「何?」
「だから、そっちが割り込んでるって言ってるんだ、聞こえてなかったのか?」
「聞こえてるよ、そっちこそ横取りだろ」

「止めてよ、ね」
彼女は不安そうな顔で僕の制服の袖を引っ張る。だけど、僕は今君の彼氏なんだから、このくらいしなくちゃ。普通の高校生だったらちゃんと彼女をナンパから守ると思うよ。だから、そんな不安そうな顔をしなくていい。

「力に訴えるのはよくない、だから平和的に解決しようとしてるだろ。さ、行こう」
「おい、待てよっ!」
「待たないっ!」
「っくしょっ!」

そっちこそさっさとどこかへ行け。
ああ、これでさんとの貴重なデートの時間が減ってしまったじゃないか。

「ありがとう」
「当たり前のことをしただけですよ、さん。じゃ、なかった、さん。さ、マジでお腹が空きました。ご飯行きましょう」
「ごめんね……若王子、先生」
「ちっちっち。僕は今先生じゃありませんよ。高校生の若王子貴文です、忘れましたか?」
「ううん」

実際先生の方の僕には高校生だった時間がなかった。もちろん、自分でナンパしたことも彼女をナンパから守ったこともない。だから、さっきのもいい経験だったわけだ。もっとも、あれ以上しつこくされたら、手を握って一目散に逃げたと思うけどね。何せ、先生の立場からすると学外での暴力沙汰は問題だし。

「ところで、ずいぶん待たせましたか?」
「それほどでもなかったよ。ほんの10分くらい。来ないのかと思った……から嬉しかった」
「うん、僕も嬉しい。ねえ、手、つながない?」
「ちょっとまずいかもよ」
「やっぱり?」
「でも、この辺なら大丈夫かもね」
そう言うと彼女の方から手のひらを重ねてくれた。

僕がそれなりにお金も知識もある大人で、制服なんて着ていなかったらもっと洒落たところで食事をと言うところだけど、所詮お小遣いに限度のある高校生。結局お昼は手短にファーストフードで済ましてしまうはめになった。
食事の後、ガイドブックを眺めながら次の場所を一緒に考えながら、僕は彼女の楽しそうな横顔を見られて嬉しいと思っていた。現実ではないけれどかと言って完全に非現実ではないこの状況。きっとこれはささくれだっていた僕への神様からのプレゼントかもしれないね。


「若王子先生は楽しいですか?」、と彼女がふいに聞いてきた。「はい、もちろん」、と答えながら隣の様子を伺うと不思議な表情をしていた。

「どうかした?」
「こないだ言ってたでしょ、先生は訳ありで楽しい学生時代じゃなかったって」
「ああ、そんなこと言いましたね」
「…………」
「今の僕は幸か不幸か高校生で、こんなかわいい彼女と手をつないで修学旅行を楽しんでる。今思えば過去の僕が不幸なったかどうかなんてどうでもいいんだ。今があるからね。君が僕の彼女でよかったなぁってマジで思ってるんですよ」
「何それ」
「さあ、何でしょうねぇ?さ、次行きましょう、次」
「うん、そうね」

僕はさっきまで控えめに握っていた彼女の小さな手のひらを握り返した。



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