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fly me to the moon 第6回



しょんぼりしてる僕を尻目にさんはそれなりに楽しそうだ。

初日は着いたらもうお昼を回っていて、またここから集団でバスに乗って市内を移動、それから団体さんでも入れるレストランで少し遅い食事。団体さんと言ってもはね学は1学年が5クラスしかないからたかだか生徒は200人程だ。

バスでぼんやりしてる内に今回泊まることになっている貸切のホテルに到着した。それで今日は解散。明日は一日バスに乗って団体さんOKの神社仏閣を回って、明後日は自由行動、その次の日はまた団体行動で、最終日は2度目の自由行動で終了、だ。

僕がさんを誘うチャンスは一応2回。今の内に彼女を見つけて約束を取り付けなくちゃいけないと思って、ホテルの中をうろうろしていた。


「あ、若王子くんだ!」
「ヤバッ!」
「どーこ行くのかなー?」
「えっいや、別に……あ、そうだ。先生方はどこかな?ちょっと用事があって」
ばればれな嘘だってことはわかってるさ。だけど、僕はどうしても今から彼女と約束をしておきたいんだ。その口実に先生方を探してるなんて、嘘まで吐いて必死になってる。向こうの僕は経験したこともなかったけれど、高校生なんて大人と子供の境界線をうろうろしてて、都合のいい時だけ生徒になろうとするんだね。今自分が仮初の高校生をやってみて何となく実感してしまった。

「たぶんロビーじゃないの、氷上っちとかサエテルとかだったら見かけたけど」
「そう、ありがとう」
「若王子くんも大変ね〜、でもがんばってね〜!」
「うん、ありがとう」
「明後日、どうするの?」

ドキッ!


「決めてないけど……」
「そうなんだ」
「うん、でも誰か男子と一緒に回るんじゃないかな」
「そっか、そうだよね、女子誘ってたらファンの女の子に怒られちゃう」
「はははっ、ごめんね」




何だ、それ、ファンの女の子って。まるでこれじゃあ、佐伯くん状態じゃないか。ていうか佐伯くんは大変だったんだなーなんて少し同情してしまう。だから、いつも当たり障りのないことを言って、表面的には爽やかな笑顔を振り撒いてたのかも。
あー、こんなことなら昨日メールで聞いとけばよかった、ルームナンバー。でも、知っててもやっぱり行っちゃダメだよね、僕も修学旅行の引率をした時は女子の部屋に入っちゃダメって注意してたし。



「おう、若王子。何キョドってんだ、お前らしくもない」
「佐伯……先生」
なら、ロビーにいたぞ。探してたんだろ?」
「……はい」
「少年、元気だせ、氷上も心配してたぜ、何か元気ないって」
「すみません……」
「ったく、しょーがねーなー、明後日と出かけたいんだろ、なら、早く行けよ」
「はい」

佐伯くん、じゃない、佐伯先生に会ってしまった。高校生の彼はこんな話し方をする子だったかな、いや、もっとよそよそしいというか、優等生っぽいというか、とにかく基本的に大人には丁寧にしゃべる生徒だった。たまに、休み時間や放課後にさんとしゃべってるのなんかは、今のと似てたかもしれない。

まあ、それはともかく今の僕はさんに会いたいんだった。





急いでロビーに向うと、彼女はやっぱり男子生徒に囲まれて笑ってた。
嫌な感じだ。隠してるけど、彼女は僕の恋人じゃないのか。彼女も僕のことが好きなんじゃないのか。なのに、そんなに愛想良くすることないじゃないか。あ、これって焼きもち?うわ、僕もそんな感情を持つことってあるんだ、ちょっとびっくり。



さん!」

思い切って大きな声で名前を呼んだ。周囲にいた男子生徒達が「げっ!」とか「うわっ!」とか「若王子だ!」とか言ってるのが聞こえたけど、今日の僕は気にしない。

「若王子くん、どうしたの?」
「ああ、そうそう、クラス委員は集まってくれって言われたから探してたんだ」
嘘吐け。ほら、彼女は不審そうな顔してる。しばらく僕の顔をじっと見てたかと思うと、「ごめんね、呼び出されちゃった」と言うセリフと満面の笑顔を男子達に向って投げ掛けた。
「さ、行くわよ」
振り返った時にはもう昨日の彼女の顔になっていて、さっさと僕の前を歩き始めた。





ロビーの喧騒を抜けて、僕達はそっとホテルを抜け出した。いいのかな、抜けてきちゃって。自分から声を掛けておきながら、意外な展開に少し引き気味の僕だった。

「あそこにしましょ。っていっても30分以内よ」
「う、うん」


指差した先には、チェーンの安いカフェだった。僕らはそれぞれに飲み物を頼んで、奥の禁煙席へと移動した。その間さんはむっつりと黙ったまま。もしかして、何か怒ってる?

「若王子くん、で、何?」
「明後日とその次の自由行動一緒に回ろーぜー……ってダメ?やっぱり」
ことさらにおどけて見せた僕は彼女冷たい沈黙に耐え切れなくなって、自分がちょっと恥ずかしくなった。

「回りたいわよ、わたしだって」
「じゃあ、いいじゃん、一緒に行こうよ」
「でもね……絶対女子に連れていかれるのがオチよ。なんたって、若王子くんははね学の王子様だもん、みんなのものなんだからね。ま、あなたは無自覚なんだろうけど」
「えー、でも」

大きなため息をついて彼女は目を伏せたまま、温かいココアをすすってる。僕も何となくほろ苦いブラックコーヒーを飲む。

「クラス委員同士なんとかごまかせないかな、半日でもいいから」
「考えておくわ。さ、もうそろそろ帰らなきゃ。あ、別々にね」

別々にと言われて呆然とする僕を残して、彼女はさっさと席を立ってしまった。ぬるくなったコーヒーを飲み干して、ゆっくりと席を立ち僕はしょんぼりとした気分を抱えたままホテルへと戻った。








淋しい気持ちのまま、みんなと一緒に大きな部屋で夕飯を食べて(あんまり味がしなかった)、そのまま大浴場でお風呂に入って、騒ぐ気分になんてなれなくて、一人缶ジュースを飲もうとジャージのポケットに携帯を突っ込んでロビーに下りた。ふいに鳴ったメールの着信音。

-----さっきはごめん m( )m 貴文くんが悪いわけじゃないのにね、わたしったら何冷たい態度取ってるんだろう。明後日、こっそり待ち合わせしようか、どう?


彼女だ。


-----僕の方こそごめん。空気読めなくて。本当にいいの?いじめられない?


-----大丈夫、もう覚悟決めちゃった


-----覚悟って?


-----わたしは貴文くんが好きってこと、きゃー、言っちゃった!


-----僕のことを好き?あ、ごめん、教師の僕じゃなくてほんものの方ってことだよね o( _ _ )o


-----さてと、どこで待ち合わせしよっか



例え、今メールしてる相手が僕の生徒のさんじゃなかったとしても、好きだと言われて嬉しくないはずがない。と、いうかむしろ飛び上がりたいくらい嬉しいんだ。だけど、今彼女が好きと言ったのはこっちの『僕』に対してなんだってこと。忘れそうになるけど、それだけは忘れちゃいけないことなんだよね。だめだめだな、僕は。


よし、ちょっと元気になった。早速出かけるとこ調べとかなくちゃ。



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