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fly me to the moon 第3回



僕達はそのまま10時くらいまで、ベッドに並んで腰掛けて、『僕』のことをいろいろと教えてもらった。ずいぶんと今の僕とこっちの『僕』の生活ぶりは違うものだった。まあ、当たり前といえば当たり前。



「じゃあ、『僕』は高校に入学するまでアメリカに住んでたんですか。そこは一緒ですね」
「そうなの?あなたもアメリカに住んでたの?」
「ええ、でも僕の方はちょっと訳ありで、楽しい学生生活ではありませんでした。むしろ楽しくなかった」
「そうなんだ」

彼女はぬるくなったウーロン茶をすすると、僕の方を見た。
ああ、やっぱりすごく似ている。いや、本人なのかな。あっちで毎日見ていた彼女はもう少しぼんやりした印象だったけど、案外友達同士だとこういう感じなのかも知れない。僕はどっちかっていうと今の同級生の彼女の方がいいかな、まっすぐで、ちょっとやそっとじゃ驚かなくて、それでいてちゃんと優しい。
こんな同級生だったらきっとモテルだろうな、と思う。実際あっちの彼女もモテてたような気がする。


「もし、明日目が覚めてもまだこっちにいたら、いっそのこと高校生活を楽しめば?」
「えっ?」
「帰れるまで、普通の高校生をすればいいじゃない。貴文くんはちょっとできがよかったけど、普通の高校生だったと思うし。わたしもボロを出さないようにサポートするし」
「いい……んですか?」
「いいも何も仕方がないでしょ」
「まあ、それはそうなんですけど」
「そうとなったら、まずはそのバカ丁寧なしゃべり方を改めなくちゃね。と、言っても割と貴文くんも丁寧な方だったけど、あなたほどじゃない」
「善処します」
「うん、がんばって」



彼女は立ち上がると、すっと右手を差し出した。
これは……えっと、どうしたら……?

戸惑う僕をよそに彼女は僕の右手をさっと握り締めた。ああ、シェイクハンド、か。

「じゃあ、また明日」
「うん、今日はありがとう」
「ちゃんと用意するのよ。朝は7時に起きるように。貴文くんは起きてもしばらくぼんやりしてるんだから」
「はい」



送っていくという僕をさえぎって、彼女はさっさと玄関から出て行ってしまった。まあ、確かに送っていったところで、僕はこの辺がよくわかっていないから、迷子になるのがオチだろう。




誰もいなくなった『僕』の部屋で、制服を脱いで、カーテンレールに無造作に引っ掛けてあったハンガーに掛ける。それからさっき慌てて布団の下に押し込んだTシャツと短パンに着替える。

半分も飲まなかったウーロン茶を一息に飲み干すと、ようやく今の状況を受け入れてみようという気になった。
ゆっくりと『僕』の部屋を見渡すと、思いの外、本が多かった。それもどちらかというとSFとか推理小説とかの類だ。そういえば、研究所時代も古典的な推理小説を時々読んだことがあったっけかな。


高校生を楽しむ……か。


もっとも、明日の朝、目が覚めて、まだここに存在していればだけど。


ベッドに仰向けに寝転んで、未知の世界である普通の高校生というものについて想像してみる。
高校の教師をしていたけれど、それはそのまま高校生活には繋がらない。むしろ、僕が失ったものを羨みながら仲間外れのままで、絶対にその輪の中には入れない。

そういえば、普通ってどういうものなのかな。僕はずっと普通じゃないと言われ、他とは違うものとして扱われてきた。だから、今日のさんとの会話はとても楽しくて、とてもうきうきした。


普通ってどんな状態なんだろうと、天井を眺めながら考えていたら、かばんの中から軽快な音が聞こえてきた。

えっと、これは……あ、携帯電話か。


慌ててかばんをごそごそして、ようやく取り出した携帯の着信画面を見ると、それはさんだった。
ああ、よかった。もしも、『僕』の両親だったり、男友達だったりしたら、どういう風に話せばいいかわからないから。


「もしもし?」
「あ、わたし。明日の準備した?」
「あ!」
「やっぱり。とりあえず、下着と洗面道具とガイドブック、それから……」

彼女に言われるままにベッドの上に物を並べていく。案外荷物ってあるもんだ。これを入れるかばんは……と。ああ、ここにある。これに入れていけばいいんだよね。

「終わりました」
「じゃあ、目覚ましを7時にセット。明日8時に迎えに行くから待ってて。その時何か食べるものも一緒に持ってくから」
「ありがとう」
「どういたしまして、若王子先生」

おどけて僕を呼ぶさんの声に、少しだけメランコリックな気分になった。

言われたとおり、僕は目覚ましを7時にセットした。
そして、顔を洗って目を閉じた。


明日の僕はどうなってるんだろう。こっちでしばらく普通の高校生になってみるのも悪くない。
彼女が一緒にいてくれるならね。



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