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Like Someone In Love 第12回



3学期早々あんなことがあったからか、零一さんは前よりもずっとわたし達に対して神経質になった。とは言え実際に一緒に住んでいるのは嘘じゃないし、わたしも尽も一歩も家を出ないで生活できるわけもない。だけど、前よりも厳重に出かける時間や帰宅する時間をきっちりと分けるようになった。特にわたしと零一さんの二人は。

理事長がきちんと抑えて下さったのか、あれ以来興味本位でも零一さんとわたしのことを聞いてくる人間はいない。もちろん、そんなことをわたしに振ろうものなら、零一さんが黙っていない。
あの目でぎろりと睨むのだ。そりゃー怖いでしょ。氷点下だもの、あの目は。


「ねえ、バレンタインどうする?」
「あ、ああ。もうそんな季節か〜」
「あんたはやっぱ葉月王子?それともまんべんなくギリチョコ配るの?」
「うーん、まだわかんない」
「王子、期待してんじゃない?」
「えーっ!そりゃないでしょっ!」
「そっかなー。あ、ごめん、バイト。じゃーねー」
「うん、バイバイ」

本当に一番チョコレートを上げたい人はたった一人。零一さん。もしもわたしがずーっと同級生だったら、毎年毎年凝りもせずにチョコを渡しにいっただろうーなーと思う。だけど、現実のわたしは11も年下で、その上この間ウチの両親が言うまですっかりわたしのことを忘れてたわけだし。その間わたしはずーっと零一さんのことしか考えてなかったのに、あっさりそれも否定しちゃうし。

去年も本当は用意はしていた。
だけど、上げられなかった。というか、実際は渡しに行ったけれど他の子達と同じように『チョコ受付箱』に入れるようにと言われただけだった。当然お返しだってクッキーの小さな包み一つだけだった。

どうしようかな、今年。



、どうした?」
「えっ?あ、ああ、葉月くん」
「……腹……減ってる、のか?」
「違う違う。そんなんじゃないわよ。そういえば葉月くんってチョコレート一杯もらうよね。嬉しい?」
「好き……な奴から以外は別に……」
「そっか、そうだよね。ごめん、バイバイ」
「あ、ああ。バイバイ」

だよね……、普通そうだよね。

零一さんはわたしのことどう思ってるんだろう。やっぱりまだ迷惑としか思ってないんだろうか。それとも少しは考えてくれたりするんだろうか。


バレンタインデーまで後2日。街には楽しそうな音楽が溢れていて、歩いている人がみんな幸せそうに見える。どうしようかと悩むくらいなら、やっちゃえばいい。ふとわたしはそう思ってデパートのチョコレート売り場に飛び込んだ。
チョコの理由なんてどうとでも付けられる。例えまたつっぱねられても、義理ですって自分を言いくるめたらそれで済む。買うだけ買っちゃおう。そして渡すだけ渡そう。






。どうした?」

わたしは14日の夜、控えめに零一さんの部屋のドアをノックした。さすがにあんなものを張り出された後に、学校でチョコレートを渡すわけにはいかない。だから、いつもはしないことをしたのだった。

零一さんはドアを大きく開けて戸口に立ったまま絶対に中にへ入れてくれない。そっと覗き込んだデスクの上のパソコンにはまだ電源が入ったまま。


「あの、これ。感謝の気持ちです」
「私は君に感謝される謂れはないが」
「バレンタインデーのチョコレートです。受け取っては頂けませんか?」
「個人的な贈答品は受け取れない」
「どうして?」
「なぜなら君は私の生徒で、私は君の担任教師だからだ」
「でも、今はプライベートですよ」
「だが、だめだ」
「わたしは零一さんが好きです。好きだからチョコレートに託して気持ちを伝えてるんです」
「なら尚の事、君のその気持ちは受け取れない」
「……そんなに……嫌……ですか?」
……?」
「そんなに、そんなに、わたしのことが重いですか?」

いつの間にかわたしの頬は涙で濡れていた。どんどん感情が昂ぶってくるわたしを見つめる零一さんは、恐ろしく冷静な顔を1ミリも崩そうとしない。
ああ、やっぱりこの人はわたしなんか眼中にないんだ。
瞬間そう悟った。



と、その時だった。



「ああ、重い。俺は君の理想にはなれない。俺は君の夢物語の中に出てくる、王子でもなければ魔法使いでもない」
そう言って、なぜかわたしの頭を撫で始めたのだ。

「だからもう泣くのは止めなさい。とりあえず、そのチョコレートは頂こう。しかし、君の気持ちはまだ今は受け取れない」
「ま……だ……?」
「コホン、何でもない。明日も早い。早く寝なさい」

聞き返したわたしを強引に締め出して、零一さんはまた固いドアの向こうに消えてしまった。
零一さんがわたしにはわからない。大人過ぎて、子供のわたしにはわからないことが多すぎる。子供のわたしはいつもいつも彼にまっすぐなボールを投げてばかり。だけど、大人なあの人は決してまっすぐなボールを受け止めることもなく、投げ返すこともしない。

わたしの気持ちが重い。
そうあの人は言った。

確かにわたしは10年前のあの人を、そのまま思い続けて大きくなった。だからどうしても零一さんを理想の男性として見てしまう。王子でも魔法使いでもないと言われたけれど、わたしは運命の王子様だと思っていた。眠り姫とかシンデレラに出てくるみたいな、王子様だって。

だけど、実際は王子様なんていないんだよね。



なんだかすっきりしないまま、わたしはまたいつもの日常に戻るしかなかった。



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