ABOUT

NOVELS1
NOVELS2
NOVELS3

WAREHOUSE

JUNK
BOOKMARKS

WEBCLAP
RESPONSE

Like Someone In Love 第11回



結局の風邪は思いの外長引くこととなり、その年の冬休みは初詣すら出かけることもできず、大人しく暖かい部屋の中で宿題をして過ごすしかなかった。彼女が外出できないのに、俺だけ初詣に出かける気分にもなれず、どこにも行かない正月を久しぶりに過ごすことになった。
もっとも最近はどこも正月から開いているため、特別食べるものに困ることもない代わりに、晴れがましい気分もあまり感じられず日常の続きとしか感じられなくなった。

の両親からは、1本の国際電話と1枚のグリーティングカードが届いただけ。
そして、尽くんは連日友人宅を渡り歩き、いつ宿題をしているのやらわからない。だが、時折質問を持ってくるところをみると、それなりに計画的にやっているようだ。



弟とは違って彼女はどこにも出かけない。俺が止めていることもあるが、友人と少々携帯で話すくらいでひたすら課題をこなすことに専念している。

当然彼女のやっている課題の中には、俺の出したものもあり、『教師』と『生徒』である以上は一つ屋根の下で過ごしていようとも、きちんと一線を画さなければいけない。
クリスマスの夜のあれは緊急事態ゆえのものであって、何ら俺の気持ちに変化はないはずだった。少なくとも3学期の始業式を迎えるまでは……。







ようやく調子の戻ってきたと俺は別々の時間に別々の道を通って学園へ向かった。いつものように始業30分前に出勤すると、珍しいことに校門に小さな人垣ができていた。


だが、そのかたまりも俺の姿を見つけるとさーっと潮が引くように生徒の群れが校門に吸い込まれていく。果たして何かあるのだろうか。訝しみながらふと校門に目をやると、そこには俺とが親密そうに顔を寄せている写真が張り出されてあった。そしてその写真にはなんともくだらないキャプションがつけられていた。

つまり、こうだ。
俺がに『愛している、このまま家に泊まっていきなさい』と言い、彼女が『でも、先生わたしまだ女子高生です。高くつきますよ』と答える。そして俺が『そんなことはどうでもいい。君がほしい』と答える。

一瞬顔が熱くなった。
このようなことを考えたことは一秒たりともない。
女子学生からの贈答品は全て厳しく注意した上で、受け取りを拒否してきた。大体、女子高生と付き合うほど俺は落ちぶれてはいない、はずだ。




誰だ、こんないたずらをするのは。
くだらん。実にくだらん。
想像力が旺盛なのは認めるが、誰が一体いつこんなものを制作し張り出したりしたのだ。



ふつふつと湧き上がる怒りに任せて写真を台紙毎もぎ取ると、ぐしゃぐしゃに丸めて職員室のゴミ箱に捨てた。少なくともに見られなかったのだけは幸いした。このような破廉恥ないたずらは彼女に見せられない。





「氷室先生。始業式の前にちょっと理事長室に来てもらえないかね」
「はい、わかりました」
「うむ、すまないね」


理事長は基本的に職員を自室に呼びつけることはしない。大抵のことは校長が裁定することであるから、理事長はよほど何かなければ出張ってくることはありえない。と、いうことは今朝の1件以外に俺が呼び出される心当たりはないと言える。


「入ります」
「ああ、どうぞ」


にこやかに歩み寄りながら、大きなデスクの手前にある応接セットを指し示す。秘書が運んできた薫り高い紅茶の味など、恐らく今日はわからないだろう。

理事長が一口紅茶を飲んだ時、ドアを軽くノックする音がしてまた誰か入ってきた。校長も一緒に呼び出されたか。と、いうことは何か処分でも言い渡されるのだろうか。いや、その前に少なくともだけは潔癖であることを証明しなくてはいけない。俺はともかく、感受性の強いあの年頃で謂れのない中傷から謹慎など言い渡されては納得もいくまい。


「ああ、君がくんか。まあそこにお掛けなさい」
……?君まで」
「先生……、どうして?」


北川の前に紅茶が出てくると同時に理事長が口を開いた。

「さて、どういう理由でお二方にここに来てもらったかご自身ではおわかりですか」
「今朝の写真でしょうか」
「そうだね。しかし、あれはどこからどうみても合成だとわかりますよ。だから、私はそんなことで優秀な氷室先生を呼び出したりはしません。あんなものは放っておけば、その内忘れられるでしょう」
「それでしたら他に何かあるのでしょうか」
「実は、君たちが一緒に暮らしているという手紙が来ましてね。ご丁寧に『親展』と書かれた封書でね。その後あの写真だ。一応は聞いておくのが上司の務めかと思ったものでこうして来てもらいました」
「理事長、私は……」
「氷室先生、個人としては男女のことにとやかく言う趣味はありません。しかし公人としては聞かざるを得ません。本当のところはどうなんですか?」
「理事長、事実無根です」

俺が言おうとした台詞をが先に口にした。
理事長はしばらく北川を見つめていたが、やがてその眼鏡の奥の目がふっと和らいだ。


「そうですか。わかりました。さん、もう退出しても構いませんよ。後は氷室先生と話すことがありますから」
「理事長先生。わたしが先生にご迷惑をお掛けしました。もう二度と先生につきまといません。だから処分とか何もしないでください。先生は何も悪くありません」
「最初からそんなつもりはありませんよ、お嬢さん」
「えっ?でも?」
「私はね、ただ君の気持ちを知りたかっただけだよ。さあ、始業式に遅れますよ。あ、氷室先生はもう少しお願いできますか」
「はい」



もう、付き纏わない?
だが、一緒に生活している以上完全には無理だ。
では一体どういうことだ?
とりあえずこの場を納めるために言っただけなのか?


俺は些か混乱していた。
優しげな笑顔とは裏腹に、しっかりと意思を持ってを退出させた理事長は改めて俺の方に視線を向ける。


「氷室先生。彼女はああ言っていますが、実のところあなたと彼女は同居しているんでしょう」
「な、何をおっしゃるんですか、理事長。何を根拠にそのような」
「もっとも、あなたのことだから『ただ一緒に住んでいる』だけなのでしょうが。後1年、バレずにうまくやり過ごす自信はおありですか?それともあのくだらない写真を真実にしてしまいますか?」
「そ……れは」
「もしもの時の覚悟がないなら、どんな事情があるにせよすぐにでも彼女をご自宅から帰しなさい。わかりましたね。と、これは公人としての発言です。私人としてはむしろ応援したいのですがね。さあ、氷室先生、紅茶でもお飲みになって始業式へどうぞ。私も後から行きますから」
「はい」


なんてことだ。
なぜ理事長が知っている。




覚悟?
それは一体何に対してだ。
の将来か、俺の未来か。それとも生徒と教師という立場に対してか。



覚悟などとうの昔に……、いや、できるわけがない。
そんなものあるわけがない。




そして、俺は初めて彼女の存在の重さに気が付いた。



back

next

go to top