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Like Someone In Love 第10回



騒々しかった学園祭も無事終了し、期末テストもその後の補習も終了した。 は1学期に比べると大いに試験の順位を上げ、学年で上から10番以内に入っていた。
互いのプライベートに干渉しないことを条件に同居を始めたが、は部活動こそしていなかったが週2回の喫茶店でのアルバイトをこなし、自宅学習をし尽くんの世話まで焼いている。正直、高校生にしてはよくやっているとは思うが、少し無理をしているようにも見える。


終業式の後は、どこをどう考えてもあの理事長の趣味としか思えないクリスマスパーティがある。俺が在学中にはこのような行事はなかったように記憶しているが、今の理事長が後を継いでからすっかり年中行事になってしまったと赴任当初聞かされた。
当然よほどの事が無い限り職員は出席の義務がある。
とは言え若い教員や事務員の中には、うまく理由をつけて早々に退席する者や、欠席する者すらいる。俺も毎年欠席や中座の理由をこじつけようとはするものの、結局毎年律儀に出席している。

まったく、我ながらご苦労なことだ。




、君は行かないのか?」
「クリスマスパーティですか?」
「ああそうだ」
「今年は欠席します。ちょっと風邪気味ですし、尽を一人にしておくと何をやらかすかわかったものじゃないですから。あ、先生は出席なさるんですよね」
「そうだな、半ば義務のようなものだからな」
「行ってらっしゃい、先生」
「ああ、風邪気味なら大人しく薬でも飲んで寝ていなさい。尽くんも大人しくしているんだぞ」
「「はーい」」
「では、行ってくる」



半ば義務のようなもの……、か。
確かにそのようなものだ。
昨年は彼女も出席しており、その際にプレゼントが回ってきた。確かガラス製品であったように記憶しているが、中々に趣味のいいものであった。そして代わりに彼女の手の中にあるなんともそっけない参考書に、いささか居心地の悪い気分を覚えたことだけを鮮明に覚えている。


あれからもう1年。
その間に彼女と弟が転がりこんでくるわ、突然婚約者だと言われるわ、どたばたした1年だった。
面倒なことに巻き込まれたと思うものの、その一方でそう居心地が悪いとも思わなくなってきている。これでは、いけないと思っているくせに。




いつものようにパーティ会場に到着すると、もう学生であふれかえり人いきれで暑いくらいだった。入り口でコートと交換用のプレゼントを渡し、中に入る。
適当に場内を1周したら帰ろう。帰りに益田の店で1杯だけ飲んだら、遅くまで開いているスーパーで果物でも購入して帰ろう。


「先生、は欠席ですか?見当たらない」
「さあ、別に出席しなくてはいけないというものではないからな」
「そうか、じゃあ誘えばよかった……」
「誘う、とは?」
「クリスマスだから……。じゃあ俺帰ります」
「気をつけて帰りなさい、葉月」


クリスマス……だから、か。
なるほど、そういわれてみればそうだな。俺も彼女がいた頃は30分くらいで早々に引き上げたものだった。もっとも、あれ以来そんなこともせず、帰りに1杯飲んで帰るだけになってしまったが。




先生方と中身のない談笑をしながらも、なぜか心の中ではのことを考えていた。
そして、先ほどの葉月の言葉にひっかかりも感じていた。年相応の恋愛をしろとか、同級生と付き合えとか言っているくせにいざそういう場面に出くわすと、どういうわけか胸の奥にかすかな痛みを感じる。

なぜだろうか。

彼女はただ俺の生徒にしか過ぎず、当然恋愛対象になどなり得ない。生徒をそのような目で見ること自体どうかしていると思うし、実際高校卒業と同時に女生徒と結婚した教師にはかなり違和感を覚えた。10代の少女と付き合って何が楽しいのかと思ったからだ。





7時から始まったパーティはそろそろ中盤に差し掛かり、三々五々帰宅する人も増えてきた。今夜は早々に引き上げることにしよう。元々パーティなんてものは性に合わないのだ。
今日は無礼講ということなので、そっと理事長の屋敷を抜け出し益田の店に向かって歩き出したその時、マナーモードにしてある携帯が上着のポケットの中で震えるのを感じた。



「はい、氷室ですが」
「あー、先生。大変なんだよ、姉ちゃんが熱出しちゃったから医者に行きたいんだけど」
「何?何度くらいあるんだ?」
「わかんないよ。でも真っ赤な顔して苦しそうなんだよ。先生今どこ?タクシーは下で拾える?」
「20分、いや15分だ。保険証を用意して待っていなさい。すぐ帰る。熱を測っておきなさい。わかったな。二人だけで下に下りることは厳禁だ。いいな」
「う、うん」
「よろしい」

状態はよくわからないが、それでもあの大人びてしっかりした尽くんが動転しているのだ。保護者としては帰らざるを得まい。大通りに出て盛大に手を振ってタクシーを拾い自宅へと向かう。
15分だと彼に言ったものの17分もかかってしまった。

タクシーを飛び降りるとそのまま階段を駆け上がった。正直明日か明後日には足が痛むだろう、これほどに体を動かしたのは久しぶりだったから。


「尽くん。はっ!」
「あ、先生お帰り」
「だから、彼女は?大丈夫か?動けないようなら……、一体何をしている?」
「あれ、先生。どうかしたんですか?」

息を切らせて帰宅してリビングに駆け込んだところで目に入ったのは、確かにパジャマの上にカーディガンを羽織ったの姿だった。だが、彼女はティッシュペーパーの箱を抱えてはいたものの、特別熱があるようにも見えない。

「君は……君が高熱を出したというから……だな、だから、その……」
「熱……ですか?」
「ああ、尽くんが電話をかけてきた」
「それでそんな汗びっしょりで息上がってるんですか?」
「そうだ、悪いか」
「悪くないですけど……」
「いや〜、さっき電話した時は確かに苦しそうだったんだよ、ホントだよ。うそじゃないって」
「わかった、もういい。着替えてくる」


疲れた。
非常に疲れた。
このまま倒れこみたいくらいだ。




「先生」
「何か用か?」
「なんでもありません。尽にはよーく言って聞かせておきます。ごめんなさい」
「いや、いい。しかし、本当に大丈夫なのか?」
「ええ……」

咄嗟に俺はうつむく彼女の額に手を伸ばした。なんとなく、嫌な予感がしたからだ。ひょっとすると俺の前で無理をしているのではないかと思ったからだ。

案の定、彼女の額は燃えるように熱かった。
着替えようとして緩めたネクタイを再度締めなおし、コートのポケットの中にある車のキーを手探りで確かめると、そのまま彼女を抱き上げていた。

そして信じられないことに俺は彼女を抱き上げたまま、エレベーターで車まで運び医者まで連れていったのだ。目を丸くして驚いている尽くんに、保険証とブランケットを握らせて。







四の五の言っている場合ではないのだ。
今は緊急事態なのだ。


自分で自分に言い訳をしながら、抱き上げた は思いの外軽かった。
そして、なぜだか心臓の鼓動がいつになく早くなっていることに気付いた。



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