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Like Someone In Love 第5回



あっと言う間の2週間が過ぎ、は俺の部屋に引っ越してきた。
その前に、部屋を念入りに掃除し彼女とその弟のための部屋を作った。もちろん互いの部屋には厳重な鍵を設置した。俺の方に他意はなくとも、全ての可能性は徹底的に排除するべきだと判断したからだ。

担任教師とその教え子が一つ屋根の下で生活するというそれだけでも十分他人のあらぬ想像力を掻き立てるというのに、よりによって婚約者だとも言う。彼女、は俺とのいきさつに何の疑問も感じていない様子だから、尚のことまずい。

実家の所有物で比較的大きなマンションではあるが、大人と高校生、そして小学生が3人同居するとなると、やはり少々手狭であることは否めない。
が、しかし、だからと言って3人が同じ部屋に住むわけにもいかず、にはゲストルームを、その弟には書斎として使っていた部屋を明渡すことになる。


「零一さんってすごいとこに住んでるんですね」
「何がすごいんだ」
「お兄さん、ここって家賃いくら?高いでしょ、その上あのすっごい外車乗ってるし。実は借金大魔王だとか?」
「コホン、ここは実家の所有物であるから家賃は不要。あの車はローンだが、それ以外には借金をしていない。あー、それよりも尽くん、一つ断っておく。私は君の兄弟ではない」
「えー、でも姉ちゃんと結婚したらお兄さんじゃん。今から呼ばれ慣れとけば」
「断る」

そうだ、断固断る。
とりあえず、路頭に迷うと言われたから君達を一時的に預かっただけだ。そしてを葉月や姫条のような奴らの毒牙にかける訳にもいかない。したがって俺が一時的にせよ預かる以外に最適な方法がなかっただけだ。
そうだ、あくまでそれだけのことだ。

「あのー、零一さん」
、そう言う呼び方は今後一切止めてもらう」
「ダメ……ですか?」
「ダメだ。で、何の用だ?」
「とりあえず今日の夕飯は何にします?」
「あ、オレそば食べたい。やっぱ引越しそばだよねー、お兄さん」
「尽くん、君は私の言ったことを聞いていたのか?」
「はいはーい、聞いてますよ。一歩外に出たらぜーったいに呼びませんよ。で、さ、お兄さん。出前がいい?それとも食べに行く?」
「…………」
「出前にしましょうか、今日のところは。どこがいいのかわからないので頼んでもらえますか?」
「…………わかった。しかし……」
「「わかってますって!」」

返事だけは良い。
この二人笑顔だけは良い。

本当にわかっているのだろうな。
ちゃんと互いの立場を理解しているのだろうな。
先が思いやられる。



出前のそばを食した後、3人でルールを決めることにした。
自室の鍵は必ず掛けること。
食事は各自で用意し、各自で食し、各自で片付けること。
洗濯然り、掃除然り、もちろん学生の本分である自宅学習も然り。
全て各々が責任を持ってやり遂げること。

そしてこれが最も重要なことであるが、互いに無用な干渉はしないこと。

二人は一応神妙な顔付きで俺の言うことを聞いていたが、大丈夫なのだろうか。
その……あれだ、外に出たらちゃんと他人になれるのだろうか。

「あの……先生。一つよろしいですか?」
「なんだ、
「食事は3人で食べた方がおいしいと思います」
「はぁ?」
「いや、だからお兄さん。せっかく一つ屋根の下なんだからさ、楽しくみんなで食事しようよ。そんなによそよそしくしなくたっていいんじゃない?」
「よそよそしいとかそう言った次元の問題ではない。仮にも教師と生徒が同居しているだけでも十分問題なのだ。馴れ合ってどうする。私には構わなくともよろしい」
「でもさ……」
「いいのよ、尽。わかりました、先生。それではお風呂なんかはどうしましょう」
「風呂は……入ったらその都度湯を替えなさい。それでいい」
「はい」
「わかったよ」
「わかればよろしい」
「先生、本当にごめんなさい。こんなことになっちゃって」
「姉ちゃん?」
「ご迷惑でしょうがバイト先が決まるまでのしばらくの間だけお世話になります。さ、尽、お風呂借りてらっしゃい」
「何言ってんだよ、姉ちゃん」
「いいから早くなさい。先生にご迷惑でしょ」

まさか…………出ていくつもりか?
高校生のバイト代などタカがしれている。そんな少ない稼ぎで生活できるわけがない。いや、それは恐らくの俺に対する方便だろう。



だから、与えられた部屋へと引き取りかけたに思わず声を掛けてしまった。
その背中が些か淋しげに見えたから…………つい。

、出て行こうなどと考えなくてもよろしい」
「はい?」
「出て行く必要はない。だが、一つ条件がある」
「条件…………ですか?」
「ああ。君が我がクラスの名実ともにエースになると言うのなら、私には見守る用意がある」
「エース…………ですか」
「そうだ。できそうか」
「それは卒業までのことでしょうか」
「そうだ」
「わかりました」
「がんばりなさい」
「はい。でも先生」
「何だ?」
「がんばったらご褒美くださいね」
「ああ、考えておこう」
「期待してます」



本気でそんなことは望んではいない。
今の彼女の成績などを鑑みれば、試験で学年トップを狙うのは少々難しい。
学力だけではない、容姿も体育の成績も全てにおいて標準より少し良いだけだ。性格はのんびりしすぎているきらいはあるが、比較的円満な方であり、むしろ向上心があるのかないのか不明であった。

だから、この時の発言を俺自身はしばらくの間忘れていたくらいだ。
それほどこの言葉に重みを見出さなかったのだ。

だが君が無理に笑って出て行こうとする姿に、少しだけ良心に呵責を覚えたのは確かだ。
何かがちくりと胸を刺すような、一瞬そんな感覚を覚えた。



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