K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)


著者:近藤純正
高知県の江川崎アメダスの周辺で気温の長期観測を開始した。本章は2014年4月8日から5月16日までの まとめである。アメダス気温計の隣に高精度の通風式気温計を設置し、3日間にわたり比較検定を 行なったところ、アメダス気温計は放射影響により日中は0.3~0.4℃高め、夜間は0.1℃低め、3日間 平均気温は0.08℃低めに記録されることがわかった。

アメダスは南北の谷筋の川下に向かって”左岸”に設置されており、夕方は川下に向かって”右岸”が 日陰になることで左岸・右岸間の気温差が発生する。この傾向は西寄りの風のとき顕著に現れ、 気温差は2~3℃ほどになる。この気温差により局所的な循環が生じていると考えられる。

36日間の平均気温について、アメダスを基準にすると、カヌー館イベント広場は-0.06℃、宮地東北端 は+0.21℃、長生は-0.22℃であり(ただし、長生のみ5月13日~16日の3日間)、アメダスの平均気温 は地域の平均気温を代表していると見なされる。 (完成:2014年5月23日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2014年5月22日:素案の作成
2014年5月23日:備考3の追加、ほか各所に追記


  目次
        88.1 はしがき
    88.2 観測の方法
        88.3 アメダスの代表性
          アメダス気温計の比較検定
          アメダス・宮地・長生の気温差
        88.4 夕刻の右岸・左岸の気温差
    まとめ
        参考文献


研究協力者:
大高 達人(西土佐ふるさと市組合)
斎藤 誠、楠田和博、中塚賢治、東 克彦(高知地方気象台)

観測協力者・機関(敬称略):
笹岡豊生(西土佐宮地)
小林幸美(西土佐長生)
川村茂(西土佐長生)
森 牧人(高知大学農学部)
北幡モータース(代表:芝 正弘)
カヌー館(四万十・川の駅、館長:田辺篤史)
JR須崎駅(江川崎駅の管理者、須崎駅長:太田正)
四万十市教育委員会西土佐分室(分室長:川井委水)
四万十市立西土佐中学校(校長:千谷純一)


88.1 はしがき

前報「K87.江川崎の最高気温41℃は本物か?」では、2014年4月2日~7日 までの6日間の予備観測によって、江川崎アメダスは±0.5℃以内の精度で地域を代表する平均気温を 観測していることがわかった。

備考1:右岸、左岸
一般に、川の下流に向かって右手の岸を”右岸(the right bank)”、左手の岸を”左岸(the left bank)” と呼ぶ(辞典による)。

前報では、2つの疑問点があった。

その1:アメダス気温計に及ぼす放射影響による誤差
江川崎は四万十川の中流域にあり、窪川方面から流下する本流と、西からの支流・広見川の合流地点 で複雑な地形にある。各地点間の気温差の日変化パターンから、数km程度の局地循環によると 考えられる特徴がみられたが、このパターンに交じってアメダス気温計に及ぼす放射影響 (日中は高めに、夜間は低めに表示される気温)による気温の見かけ上の日変化が重なっている 可能性も見られた。それゆえ、アメダス気温計に及ぼす放射影響を明らかにしておかなければ ならない。

その2:右岸の宮地における平均気温の高めの傾向
アメダスの対岸の宮地東北端(西側に山:四万十川の右岸)の気温が平均的に高めであったのは、 地形に影響されて風速が弱めであると見なされた。後述のように、4月8日~5月13日(36日間)の 平均値は、

(宮地の平均気温)-(アメダスの平均気温)=+0.21℃・・・・・(1)

そこで今回は、その地形の影響が少ない左岸の風通しの良い場所の長生(ながおい)に移動用気温計 を設置して気温観測を行ない、疑問点の解決を図ることにした。

今回の観測で新しく分かったことは、晴天の西寄りの風とき日没前にアメダス気温が他の地点に 比べて2~3℃も高温になることである。


88.2 観測の方法

気温観測は「K70.気温観測用の電池式通風筒」で説明した気温計をさらに 改良した装置2台(移動用気温計:K1、K2)、及び「K81.市販品を改造した 高精度の通風式温度計」(ヤング社製通風装置が含む放射影響を微少になるよう改良した温度計) で示した3台(長期観測用気温計:K5、K6、K8)の合計5台を用いた。

これら5台は4重の通風筒構造であり、センサーはPt1000オーム、直径は2.3mmである。内1台は 江川崎駅のプラットホーム西端に5月13日に新たに設置し9月まで観測を続ける。

K5は宮地東北端(略して、宮地)に、K6はカヌー館イベント広場(略してカヌー館)に、K8は 江川崎駅に設置してある。移動用気温計K1はアメダスのフェンス脇に設置し、アメダス気温計の 比較検定を行なった。K2は風通しのよい長生に設置した。

なお、江川崎アメダスで用いられている気温センサーの直径は6mmである。

長期用気温計の観測は10分ごと、移動用気温計の観測は20秒ごとに記録した。アメダスデータは 高知地方気象台から1分ごと瞬間気温を提供してもらった。これらデータから1時間ごと平均気温を 計算し解析に用いた。

図88.1は気温計の配地図、図88.2~88.5は気温の観測地点の写真である。

観測配地図
図88.1 観測の配地図、国土地理院電子国土Webに加筆。
A :アメダス、N:長生(ながおい)、E:江川崎駅プラットホーム(略して江川崎駅)、 M:宮地北東端(略して宮地)、K:カヌー館のイベント広場(略してカヌー館)

江川崎駅k8
図88.2 JR予土線の江川崎駅のプラットホームに設置した気温計(K8)。
左:電柱の右側に気温計、西方を撮影(遠方は宇和島方面)。右方の深い位置に支流の広見川がある。
右:気温計の近接写真、ヤング社製通風筒を改良し4重の通風筒とし、中間の白色平板は排気の下降流 と通風筒への直射光を防ぐ効果を兼ねている。

長生5月13日
図88.3 長生に設置した移動用気温計(K2)、5月13日。
左:南東方からの遠景(赤丸印は気温計)、
右:南から北方を撮影(遠方は窪川方面、左手に四万十川がある)。

長生5月15日
図88.4 長生の畑地に移転した気温計、5月15日12:20~12:25の間に場所を北側の畑に移転。
左:南から北方向を撮影、
右:北から南方向を撮影。
この畑地は、前図88.3に示した位置から北方向に約100mの距離にあり、「空間広さ」は両地点ともに 十分に広く、気温差は微少と見なされ、以下の解析では、両地点での観測データは同等に扱う。

アメダスフェンス脇
図88.5 江川崎アメダスのフェンス南東隅の外側に移動用気温計(K1)を設置して、 アメダス気温計の比較検定を行なう。左方の奥に西土佐小学校、中央やや右寄り奥の平屋建ては 西土佐学童保育施設。

なお、宮地とカヌー館に設置した気温計の写真は前報の 「K87. 江川崎の最高気温41℃は本物か?」に掲載してある。


88.3 アメダスの代表性

アメダス気温計の比較検定
アメダスのフェンス脇に移動用気温計K1を設置し、アメダス気温計の比較検定を行なった。K1と アメダス気温計は2mほど離れ、地面が一様でないので、厳密な比較検定ではない。

図88.6は5月13日12時から16日15時までの気温差の時間変化である。気温差の3日間平均値は、

(アメダス気温平均値)-(K1平均値)=-0.08℃・・・・・(2)

であり、アメダスの平均値は低温である。

K1を基準にすると、アメダス気温計は赤破線で示すように、0.1~0.2℃程度低いほうにずれている ように思われる。

気象庁検定機関によれば、Ptセンサーの検定は±0.3℃以内の差ならば合格であるので、この違いは 許容誤差の範囲内である。

備考2:気象庁における気温観測の誤差の許容範囲
気象官署(地方気象台や旧測候所:特別地域気象観測所)のセンサーは、温度の変換回路の誤差を 含めた許容範囲は±0.3℃とされている。
同様に、一般のアメダス(地域気象観測所)についての許容範囲は±0.5℃であり、 現場の点検時に行なうアスマン通風温度計によるチェックでは、時間的に乱流的気温変動を ともなう瞬間的比較であるので、±1℃以内ならば、よいとされている。


アメダス放射誤差
図88.6 アメダス気温計の比較検定。縦軸はアメダス気温計と気温計K1の気温差。水平の赤破線は、 アメダス気温計のずれと見なされる気温差ゼロの位置(アメダスが0.16℃程度低めにずれていると 見なされる)。

赤破線を基準にすると、晴天時の日中(横軸=12~16時、・・・・、84時前後)は放射影響により0.3~ 0.4℃ほど高め、夜間は0.05℃ほど低めに記録されることがわかる。

江川崎は盆地状の地形であり、夜間には薄い霧がかかった。そのため、夜間の気温計に及ぼす 放射影響は霧が出ない夜より小さく現れていると考えられ、もし乾燥して霧が出ない夜の放射影響は 0.1℃ほど低めになると思われる。

アメダス・宮地・長生の気温差
「はしがき」の疑問点のその2で述べたように、右岸の風の弱い宮地東北端では、アメダスを基準に すると平均気温が高めであった。そこで、左岸の風通しの良い場所の長生に移動用気温計K2を設置し、 5月13日~16日まで観測した。ここは開けた場所で風通しがよいので、平均気温は宮地とは逆に低温で あれば納得できる。それを確かめることにした。

図88.7に示すように、長生(K2)を基準にすると、アメダス脇(K1)では日没前に(17時前後、 65時前後)気温差が1~3℃となる。この問題はあとの88.4節で取り上げることとして、気温差の3日間 平均値は、

(K1平均値)-(長生の気温平均値)=+0.30℃・・・・・(3)

つまり周囲に障害物が少なくて風通しのよい長生はアメダス脇(K1)に比べて0.30℃低温である。

アメダス脇と長生の気温差
図88.7 アメダス脇(K1)と長生(K2)の気温差の時間変化。


図88.6で説明した式(2)と、式(3)より、

(アメダス気温平均値)-(長生の気温平均値)
=[(アメダス気温平均値)-(K1平均値)]+[(K1平均値)-(長生の気温平均値)]
=-0.08℃+0.30℃
=+0.22℃

つまり、長生(左岸)はアメダスに比べて平均気温は0.22℃低温である(13日~16日の3日間)。 一方、宮地(右岸)の平均気温はアメダスに比べて0.21℃高温であり、カヌー館イベント広場(左岸) の平均気温はアメダスに比べて0.06℃低温である(4月8日~5月13日の36日間)。

参考:式(2)で示した、アメダスの平均気温はアメダス脇(K1)より0.08℃低いことを考慮 すると、長生はアメダス脇(K1)に比べて平均気温は0.30℃低く、宮地はアメダス脇(K1)に比べて 0.18℃高く、カヌー館はアメダス脇(K1)より0.14℃低い。

以上の比較により、アメダス、アメダス脇(K1)、長生、宮地、カヌー館の平均気温は±0.3℃以内 で一致し、アメダスの平均気温は地域を代表していると見なしてよい。

備考3:長生の場所の移転
長生の田んぼ(田植え前の裸地)の端に5月13日に設置した気温計(K2)は、2日後の15日の12時20分~ 25分に、約100m北の畑に移転した。この畑では、AC100ボルト電源が引ける場所であり、今後長期間の 観測を行なう候補地と考えたからである。
移転前後における「空間広さ」はともに十分広く、観測結果を見る限る、両地点の気温差は見いだせ ないほどの僅かであった。

備考4:気温観測値の地域代表性:
これまでの全国各地における調査から、気象観測所における気温観測値は、周辺100m程度の範囲内の 環境に大きく依存し、平均気温(数時間以上の平均気温)の差が±0.5℃以内ならば地域をほぼ 代表していると見なすことにしている。なお、地球温暖化など長期的な気候変動を論じる場合は、 0.1℃の精度が必要である。


88.4 夕刻の右岸・左岸の気温差

今回の移動観測の初日(2014年5月13日)に興味ある現象が見られた。13日の正午過ぎまでに、 江川崎駅に新しい気温計(K8)を、長生にK2を、アメダス脇にK1を設置し、記録を開始した。 なお、宮地(K5)とカヌー館(K6)では4月8日から連続記録中である。

図88.8はそれぞれ江川崎駅、カヌー館、宮地を基準としたアメダスとの気温差の日変化である。 日没前にアメダスのみ2~3℃も高温となっている。このような大きな気温差は前報の予備観測 (4月2日~6日)では経験できなかった。

5月13日気温差
図88.8 各地点(江川崎駅、カヌー館、宮地)を基準としたアメダスとの気温差の日変化、 2014年5月13日。(江川崎駅での観測開始は13日の14時であるので、この図では14時以後のプロットで ある。午前午後の江川崎駅を含まない地点間の気温差は後掲の図88.15に示してある。)

2014年5月13日は快晴、西~北西の風であった(風向はアメダスにおける観測値で表す)。快晴で 西~北西の風は前年の2013年8月12日13時42分に最高気温41℃の記録を観測した時と同じ条件である。

日没前に気温差が2~3℃になるのは最高気温の記録時刻の後に起きる現象であるが、日没前にどの ような特殊現象が起きるか? 今回、アメダス周辺で記録中の4月8日~5月13日(36日間)の気温 データから解析してみよう。

気温差に見られる特殊現象は15~21時に起きるので、毎日の15~21時の平均気温についてアメダス 気温が他地点に比べていくら高温になるかを図88.9に示した。図中の緑塗つぶし印は気温差の大きい 日を示す(アメダス気温が特に高い日:4月14日、5月2日、5月13日)。

15~21時の気温差
図88.9 アメダスとカヌー館、およびアメダスと宮地の15~21時の気温差、4月8日~5月13日。 大きな緑塗つぶし印は気温差が特に大きい4月14日、5月2日、5月13日を表す。


アメダスの気温が他所に比べて特に大きくなる日の気温差の日変化を図88.10(4月14日)と 図88.11(5月2日)に示した。いずれの日も日没前のアメダスと対岸の宮地の気温差が3℃ほどに 達している。同じ左岸のアメダスとカヌー館の気温差は1℃前後である。

4月14日の気温差
図88.10 西~北西の風のときの気温差の日変化、4月14日。

5月2日の気温差
図88.11 西~北西の風のときの気温差の日変化、5月2日。

右岸の宮地では、夕方になると早くから日陰となるのに対し、左岸のアメダスやカヌー館では日射しが 続いており、左岸・右岸間の気温差ができて、右岸から左岸へさらに左岸斜面を上昇する局所循環が 形成されると考えられる。江川崎一帯が西~北西の風のとき、下層の四万十川に沿う主風向は北風 であり、これに局所循環が重なってくると見なされる。

こうした風の微細構造は観測することが難しいので、気温差の分布から類推することになる。

次に、同じ晴天日でも南寄りの風のときの気温差はどうなるか?
2014年5月4日と7日について図88.12と図88.13に示した。南寄りの風の日の気温差は西寄りの風の ときほど大きくならず、1~2℃であることがわかる。

5月4日の気温差
図88.12 南寄りの風のときの気温差の日変化、5月4日。

5月7日の気温差
図88.13 南寄りの風のときの気温差の日変化、5月7日。

次に、いろいろな風向と天気の条件を含む、4月8日~5月13日(36日間)の気温差平均値の日変化を 図88.14に示した。

上図によれば、約300mしか離れていないアメダスとカヌー館でも、気温差の日変化が生じている。 アメダス気温計に及ぼす放射影響(日中高め、夜間低め)を除いて考慮しても、日没前後にアメダス のみ高温になっている。朝の6~8時を基準にすると、アメダスはカヌー館より0.4℃ほど高温に、 宮地より1.0℃ほど高温になっている。

朝の6~8時を基準とした、日没前のアメダスとカヌー館の気温差0.4℃は、アメダス気温計に及ぼす 放射影響がほぼ同じ時間帯の気温差である。すなわち、日没前の気温差0.4℃は、放射影響を含まない 気温差の真値と見なされ、アメダス地点の気温は他所のどこよりも高温になることを意味している。

36日間の気温差
図88.14 気温差の日変化、2014年4月8日~5月13日(36日間)の平均。
上:アメダスとカヌー館の気温差と、アメダスと宮地の気温差
下:宮地(右岸)とカヌー館(左岸)の気温差

下図は宮地(右岸)とカヌー館(左岸)の気温差の日変化である。36日間平均の気温差は、

平均気温差(宮地-カヌー館)=+0.27℃

この+0.27℃の気温差は、宮地が風通りの悪い地点にあることと、設置場所の東側に広い南北の舗装 道路があることが原因と考えられる。

図88.14の下図において、正午ころと21時ころの+0.4℃を基準にするならば、日没前の宮地はカヌー館 に比べて0.8℃も低温になっている。0.8℃は気温計に及ぼす放射影響を含んでいない気温差であり、 日没前の左岸・右岸間の36日間平均の気温差である。

備考5:宮地とカヌー館に設置した気温計 K5 と K6
宮地の気温計K5と、カヌー館の気温計K6は同形式であり、ヤング社製の通風筒を改良した 4重の通風筒とし、排気の下降流を防ぐ水平板を取り付けてある(図88.2の右)。

ここまでは気温差の日変化を示してきたが、図88.15は気温そのものの日変化である。上図は快晴で W~NWの風のとき、下図は快晴でS~SSEの風のときである。10分ごとデータについて 前後30分間を移動平均してある(例えば、12時の値は11時30、40、50、12時00、10、20、30分の平均値)。

快晴日WとS風の気温差
図88.15 快晴日の気温の日変化、各2日間の平均、前後30分間の移動平均値。
上:W~NW風の日(2014年5月2日と5月13日の平均)
下:S~SSE風の日(2014年5月4日と5月7日の平均)

アメダスの風向・風速計が西寄りの風のときと南寄りの風のときの大きな違いは、前者では日没前に 右岸(宮地)と左岸(アメダス、カヌー館)で大きな気温差ができることである。これが気温の日変化 の図88.15からも再確認できた。

現地における観察によれば、江川崎の上空で西~北西の風が吹くとき、北から南に流れる四万十川沿い の谷会い(アメダス地点より標高の低い谷会い)、及び東西から山が迫った谷筋では北風が吹いており、 日没前の局所循環が重なった場合について、簡単化した模式図を図88.16に示した。

循環流模式図
図88.16 西~北西の風のときの北から南に流れる四万十川の谷間の日没前における風の模式図。
緑矢印は谷に沿って流れる下層の主風、青破線+赤破線は夕方の日没前に発達する局所循環流を表す。 上流からみた右岸(図の左側斜面)は日陰となっているが、左岸(アメダス、カヌー館、長生)では 日射しが続いている。

日没前の左岸・右岸の気温差のほかに、図88.15の上図と下図における大きな差は、下図(南寄りの風) では日の出後の気温上昇が急激なこと、早朝と夜半の気温が大きくずれて5℃程度違うことである。 この傾向は、日ごとに平均気温が上昇していくときの傾向を表しているが、わずか2日間の平均値で あるので、今後の多数日の統計をしてみなければならない。

斜面風についての詳細は近藤(2000)の6章「斜面風と局地気象」に掲載されている。

まとめ

高知県四万十市の江川崎アメダスの周辺で気温の長期観測を開始している。本論は2014年4月8日から 5月16日までのまとめである。

(1)アメダス気温計の隣に高精度の通風式気温計を設置し、3日間にわたり比較検定をおこなった ところ、アメダス気温計は放射影響により日中は0.3~0.4℃高め、夜間は0.1℃低め、3日間平均気温 は0.08℃低めに記録されることがわかった。

(2)江川崎アメダスは南北の谷筋の左岸に設置されており、夕方は右岸の陰の影響により左岸・右岸 間の気温差が発生する。この傾向は西寄りの風のとき顕著で、気温差は2~3℃ほどになる。 この気温差により局所的な循環が生じていると考えられる。

(3)36日間の平均気温について、アメダスを基準にすると、カヌー館イベント広場は-0.06℃、 宮地は+0.21℃、長生は-0.22℃(ただし長生は5月13日~16日の3日間)であり、アメダスの平均気温 は地域を代表すると見なされる。ただし、最高・最低気温や1~2時間程度の短時間平均気温の地域 代表性は未解決であり、今後の観測から明らかにしたい。

今後の計画
(a)気温観測に及ぼす放射影響を小さくする気象庁の次世代通風筒の構造・設計について、 提案することができる。気象庁の観測所で使っている通風筒と同型の通風筒が入手できたので、 試験を行なう準備を進める(下記の備考を参照)。

(b)四万十川の左岸・右岸の気温差、これにともなう局所循環をより詳細に知るために、新しく気温 の長期観測地点として2か所を追加したい。長生(左岸)と、アメダスの真向かい対岸の「ふる里市」 の南側の開けた場所を候補としたい。長生の畑地は川村茂氏の車庫からAC電源を引くことができる ことを確認してある。

(c)晴天日の西寄りの風の日と、南寄りの風の日の左岸・右岸の気温差の違いについて10日間以上の 事例について統計し、結果を出したい。

(d)アメダスの西側の森の加熱によるアメダス気温の日中の昇温量(0.2~0.5℃程度?)を200m以内 に配置した数個の気温計によって確認したい。樹木の風下における気温の上昇量については、別途、 平塚市内の公園等で観測を行なっている。

(e)江川崎アメダスの周辺は日本の他のアメダスと比べると良い環境にある。しかし、西側には 自然の森のほかに、アメダスに近接した西~北側に桜などの人工的植樹がある。そのため、特に 西寄りの風のとき露場の空間広さが狭くなる。この狭さによる日中の気温上昇(0.3~0.5℃程度?) の見積もりをしなければならない。次回は方位5度間隔で周辺地物の仰角の測定を行う。

備考6:気温計に及ぼす放射影響の歴史:
100年以上前には、百葉箱に入れない棒状温度計(水銀温度計、アルコール温度計)で気温が測られて いたと考えられる。最近でも研究者や気象予報士たちが同様の方法で観測する例も見られる。 直射光のみ防いだ場合、晴天日中の放射影響による誤差は2~3℃にもなる。ある気象予報士たちの 気温観測における放射影響を指摘した例は、「身近な気象」の 「M64. 多治見のヒートアイランド:準備観測」の図64.11、図64.13、図64.14に示してある。

百葉箱内に棒状温度計を入れて観測する時代(明治時代から~1970年代)の放射誤差は、晴天日中 は1℃程度であり、雨天・曇天も含む最高気温の放射影響による誤差の年平均値は0.2℃であった (近藤、2012、の表2.1を参照、あるいは「K23. 観測法変更による気温の不連続」 の表23.4にも示されている)。

1970年~現在(2010年代)までの放射影響による晴天日中の誤差は0.3℃程度と見なされるが、次世代の 気象庁気温計の放射影響による誤差は0.1℃以内にすべきだと筆者は考えており、 その実現は十分に可能である。

現在の気象庁ではPt100オームセンサーが使われており、100オームでは野外観測では誤差は 避けられないことが筆者には数十年前から分かっている。それゆえ、筆者は抵抗値が1桁大きい Pt1000オームを使っている。さらに放射影響を小さくするために直径2.3mmを用いている。

歴史的にみると、気温観測に及ぼす放射による誤差は、3℃から1℃に、現在は0.3℃程度と改善 されてきた。次世代は0.1℃となるのが100年余にわたる時代の流れであろう。

参考文献

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、第224号、23-56.

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