M64.多治見のヒートアイランド:準備観測

著者:近藤純正、吉田信夫、大竹正道、多々良秀世、和田洋輔、杉山幸平

岐阜県多治見アメダスでは、2007年8月16日、観測史上日本最高気温の40.9℃を記録し た。実際の多治見市内の気温分布はどのようになっているだろうか。
いろいろな都市で気温の観測が行われているが、それらは精密ではなく、定性的な ものが多い。本章は、多治見市内の日中の気温分布を従来よりも正確に測るための 準備観測であり、本観測のための指針を学ぶものである。
気温の平均化時間は2時間程度、温度計は放射影響を小さくするために通風式温度計 を用いなければ1~3℃ほどの誤差が生じることを実例で示した。
本章の前半は市民講座(近藤純正:多治見はなぜ暑い?)の一部であり、後半は準備 観測の結果である。 (完成:2013年4月20日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法など)の参考・利用に際しては ”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。


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更新記録
2013年4月18日:概要の完成




   目次
          64.1 はしがき
          64.2 観測の基礎知識
             2-1 多治見はなぜ暑いか
             2-2 地表面の状態と地温の日変化
             2-3 風速の気温への影響(日だまり効果)
             2-4 観測計画上の注目点
          64.3 観測の方法と場所
          64.4 準備観測
             4-1 気温の時間的な変動―観測時間をいくらにすべきか
             4-2 気温の地域差と日照―天気(日照)による気温分布の差異
             4-3 気温観測の誤差―通風式温度計を使用すべき
          69.5 まとめ
          参考文献


64.1 はしがき

岐阜県多治見では、2007年8月16日、観測史上日本最高気温の40.9℃を記録した。 この値は多治見アメダスにおける観測値である。

多治見市内では、2002年ころから市民グループ「多治見の気温をはかる会」(代表: 吉田信夫)によって夏の日中の気温分布の観測が行われてきた。同じ市内でも気温が アメダスより高温な所や低温な所がある。

筆者のひとり・近藤純正は、吉田信夫から「より正しく気温分布を測りたい」ことに ついて相談を受け、2012年9月1~2日と9日に多治見市内で準備観測を行った。 本章では、その結果から今後の本観測のための指針を示すものである。

実験や観測は目的をもち、周到な計画のもとに進めなければならない。多治見では なぜ夏の晴天日に高温になるか、場所による気温の違いはなぜ起きるのか、などの 基礎的なことがらについて、あらかじめ考察し、それに基づいた観測計画を立て なければならない。

観測においては、何に注意すべきか、考えながら行うことが望ましい。すなわち、 観測中の気温の上昇・下降はどうして起きたか―風向・風速の変化によるものなのか、 日照の変化によるものか等々、原因を考え現場で記録を確かめながら観測を進めよう。

次の第2節では基礎的なことがらを学び、第3節では観測の方法について、第4節では準 備観測から本観測で注意すべきことがらについて学ぶ。

64.2 観測の基礎知識

2-1 多治見はなぜ暑いか
次の3つの要因が考えられる。

要因1:盆地
多治見は盆地である。そのため周辺は山で囲まれ、風が弱い。風が弱いほど気温 日較差(=最高気温-最低気温)が大きく、日中の最高気温が高く、夜間の最低気温 が低くなる。

図64.1は気温日較差と日平均風速との関係である。風速が弱いほど気温日較差が大きく なる。

気温日較差と日平均風速の関係
図64.1 気温日較差の日平均風速との関係、横軸は前橋の測風塔の風速。
プロット:前橋の晴天日における気温日較差
赤破線:理論式の近似式から推定される関数形、横軸の2m/sはChU=0.002m/sに、8m/sは ChU=0.008m/sに対応づけてある(「研究の指針」の 「K54.日だまりの効果と気温:東京新露場」の図54.3に同じ)。

人口と熱汚染量
図64.2 都市人口(1995年)と熱汚染量(1990年)の関係。破線:弱風速、 実線:強風速の都市(「M59.都市気候」の図59.2に 同じ)。

図64.2は日本の都市人口と熱汚染量(都市化による年平均気温の上昇量、1940年以前 の気温からの上昇量)の関係、赤丸印は風が弱い都市(甲府、岐阜、京都など)、 緑四角印は風が強い都市(網走、浜松、神戸など)である。日本の92都市の都市化に よる気温上昇量の詳細な資料は近藤(2012)に掲載されている。

同じ規模の都市を比べると、風が弱い都市は都市化による気温上昇(熱汚染量)が 大きくなっている。気温は地球温暖化と都市化によって上昇するのだが、そのうちの 都市化による気温上昇は、地球温暖化によるぶんを除いた気温上昇量である。これら 2つの分離については近藤(2012)に示されている。

多治見は盆地で風が弱く、他の都市に比べて気温上昇量も最高気温も高くなるので ある。

要因2:急激な都市化
多治見は大都市・名古屋に近く、最近の都市化は激しく田畑は市街化されている。 都市化の急激な変化による気温上昇の例を図64.3と64.4に示した。

高知と室戸岬の最低気温の差
図64.3 JR高知駅北側周辺の都市再開発による最近の急上昇。縦軸は高知と 室戸岬の毎日の最低気温の差の年平均値。

高松と他都市の熱汚染量
図64.4 高松(赤)と他の県庁所在34都市平均(黒)の都市化による年平均気温の 上昇量の経年変化、近藤(2012)の資料に基づく。

図64.3は高知の最低気温が都市再開発によって急激に上昇した例である。多治見では、 いま駅周辺地区の再開発が進んでおり、その影響が現れるはずである。

図64.4は都市化による気温上昇について、高松とほかの同規模都市の比較である。 日本のほとんどの都市では、舗装化され緑地の減少、ビルの高層化、人工排熱の増加 などにより都市域の平均気温が上昇している。多治見は大都市名古屋に近いことも って、近年急速に都市化が進んでいる。これが多治見で高温が現れる要因の一つで ある。

要因3:内陸
内陸の夏の日中は暑くなることを図64.5に模式的に示した。通常、大気は安定な 初期条件①の気温鉛直分布にある。この安定な気温分布が鉛直混合によって分布②と なる。それに地表面から加熱があると分布③となり地上気温は高温化する。実際には、 ②と③は同時に起きて高温化の現象が起きる。基本的なことについては近藤(1982) 「大気境界層の科学」の第5章を参照のこと。

気温鉛直分布模式図
図64.5 大気が加熱された陸面上を吹いてくるときの気温鉛直分布模式図。 左図:横軸は気温、右図:横軸は温位。

多治見は内陸にあり、多治見までの風は加熱された陸面上を吹いてくることになり、 日中の地面付近の気温は高温化される。そのため、沿岸域の都市に比べて平均気温や 日中の最高気温が高くなる。

2-2 地表面の状態と地温の日変化
地表面に近い高度1~2mの気温(地上気温)はその周辺20m~数100mの範囲の 地表面状態に依存する。つまり舗装地面か緑地か(蒸発散の有無)、白っぽい コンクリートか黒いアスファルト道路か(太陽光に対するアルベド)に大きく 依存する。その他、地中の熱的性質(熱伝導係数、比熱、温度拡散係数)などにも 依存する。土壌なら含水率、つまり降雨日からの日数に依存することになる (詳細は近藤、2000、4章を参照)。

地表面温度は、地表面におけるエネルギー収支つまり地表面に入る太陽光エネルギー のうち、どの割合が地表面温度の上昇に費やされるかによって決まり、その上の大気 温度が決まる。その際のエネルギー収支は風速にも大きく依存する。風速との関係 については次項の「日だまり効果」で説明する。

図64.6は夏の晴天日を想定したとき、地表面温度の日変化が蒸発散量の有無と アルベドによってどのように違うかを示したものである。

地表面温度日変化
図64.6 各種地表面の温度の日変化(近藤、2000、図5.8より転載) (「研究の指針」の
「基礎3:地表面の熱収支と気象」 の図3.18に同じ)。

蒸発散の有無の効果は草地(実線:蒸発効率=0.4)とアスファルト面(破線: 蒸発効率=0)を比べればよく、蒸発散があると日中は約15℃も低温になる。

アルベドの効果はアスファルト面(破線:アルベド=0.1)と新しい白いコンクリート 面(一点鎖線:アルベド=0.5)を比べればよい。アスファルト面は白いコンクリート 面に比べて、日中の最高地表面温度は約15℃も高い。

2-3 風速の気温への影響(日だまり効果)
前項で述べたように、地上気温は近傍の地表面温度に大きく依存する。地表面温度は 地表面の熱収支によるのだが、熱収支は地上風速にも依存する。日中の風が強いと、 日射により与えられた熱エネルギーは地表面から風に奪われて上空へ拡散されやすく なるため、地表面温度と地上気温は高くならない。

風が弱い「日だまり」では、日中の気温は上昇し、日平均気温も高くなる。 この現象は太古の昔から知られており、冬の「日向ぼっこ」が人々の知恵として 体験されてきた。「日だまり」が気温観測に大きな影響を与えることから、 これを近藤純正は「日だまり効果」による気温上昇と名付けた。地球温暖化など 0.1℃単位で正確な気温を解析する場合、「日だまり効果」は無視できない重要な 課題となってきた。

日中の「日だまり効果」の典型的な例は森林内の開けた場所(開放空間)で生じる。 森林内は樹木によって地上風速が弱められるので、「日だまり」ができる。

一般に「森林は涼しい」は常識のように言われているが、それは日陰での体感温度の ことであり、 森林内でも日射が注がれる開けた空間では、日中の気温は市街地よりも1℃程度高温に なり、さらに体感温度は風が弱いことから数℃も高くなる。

東京の北の丸公園に開設された気象庁の北の丸露場では、市街地のビルで囲まれた 大手町露場に比べて、晴天日の最高気温は約1℃も高くなる。同様に、JR目黒駅の 東にある森林公園(自然教育園)でも旧事務棟のあった開放空間(半径18m)でも、 日中の最高気温は大手町よりも1℃も高温となる(「研究の指針」の「K60. 森林の 開放空間“日だまり”の気温」を参照)。

気温差4月8日
図64.7 森林内の開放空間「日だまり」と林内の気温差の時間変化(近藤、2012b、 第3図より転載)。「研究の指針」の
「K60.森林の 開放空間”日だまり”の気温」の図60.5に同じ。

2-4 観測計画上の注目点
上記の基礎知識のもとに観測を実施する。多治見観測で特に注目したいのは多くの 研究者がこれまで意識してこなかった「日だまり効果」による日中の気温上昇である。 そのために、観測点の配置は広い空間(風通りのよい場所)と狭い空間(風通しが悪く 気温上昇が大きい)、つまり周辺空間の広さを考慮する。

道路沿いの舗装地(裸地)の広い空間と狭い空間、あるいは公園内であれば、 芝地の広い場所と狭い場所について気温を観測する。

(1)従来の多くの研究では、都市内のヒ―とイランドの観測では移動観測を含む 短時間のものが多い。数秒間ないし1分間程度の短時間で観測された気温に 代表性があるのだろうか?

(2)晴天日のヒートアイランド観測が行われた場合、高温域と低温域は必ず見つか るのだが、それら高温・低温域は観測時に日射の有無による偶然的に生じたものでは ないか?

(3)ヒ―とイランドの観測では、多くの場合、気温計は直射のみ防ぐ観測装置、 あるいは自然通風式の(強制通風式でない)観測装置が用いられている。このような 装置でヒートアイランドが観測されても、それは正しい気温なのか?

こうした疑問にこたえるために、準備観測によって実際にデータをとってみる。 その結果から、本観測の指針を立てることとする。

64.3 観測の方法と場所

上記の目的のために、基準となる温度計(アスマン通風式温度計、2台、検定済み)と、 多治見の市民グループ「多治見の気温をはかる会」が用いてきた電気抵抗温度計 (サーミスター式)のセンサーに直射除けのみを付けた自記記録装置を用い、両者で 観測された気温値を比較する。

アスマン通風温度計の乾球・湿球とも乾球として、2本の水銀温度を同時に読み取り 平均して精度を上げる。読み取り間隔は1分ごと、連続2時間を基本とする。

通風筒・温度計は吸引口を主風向に向け、水平に近い斜めにして、水銀球部が少し 下になり水銀糸が切れないようにセットする。吸引口の地表面からの高さは1.1mと した。

観測地区は次の4か所を選んだ。
A.北消防署(アメダス設置点):アメダス脇と消防署東隣の駐車場
B.文化会館:南側の駐車場と北側の道路沿い
C.太平公園:狭い広場と広い広場
D.坂上湧水公園:狭い広場と広い広場

AとBは周辺一帯がアスファルト舗装、CとDは芝地である。「広い」または 「狭い」の定義は周辺の方位360の建物・樹木等の仰角の平均値が大きいか小さいか による。正しくは各方位の仰角をα、その方位の樹高・建物の高さを h、そこまでの 水平距離を X とすれば、

h/X=tanα

である。h/Xは観測露場の広さ(空間の広さ:無次元)である。全方位の平均を <>で表わすとき、<1/tanα>=<X/h>を「露場広さ2」と定義する。 「露場広さ2」は各方位の無次元広さ X/h の全方位平均値のことである。

詳細は「研究の指針」の「K59.露場の風速と周辺 環境の管理―指針」を参照のこと。

2つの観測地点において、仰角の平均値が仮に同じであっても、風みちがあれば 「露場広さ2」は大きくなり、風通しが良い地点と見なすことができる。

64.4 準備観測

4-1 気温の時間的な変動―観測時間をいくらにすべきか
図64.8はアスマン通風式温度計による気温の時間変化の例である。プロットは1分間 ごとの気温であり、±0.5℃程度(振れ幅1℃程度)で変動している。この図によれば、 1回の瞬間的な観測では、誤差(代表性の誤差)は0.5℃程度であり、地区による気温差 と同程度であるので、瞬間的な観測ではほとんど意味がないことがわかる。

気温時間変化例
図64.8 アスマン通風温度計による気温の観測。2012年9月9日10時から12時過ぎまで、 横軸の時間=0は10時を意味する。

統計学によれば、気温の観測精度(代表性)を⊿で測りたい場合、気温変動の標準偏差 をσとし、変動が仮にランダムとすれば、必要な読み取り回数Nは次式で与えられる (近藤、2000、式1.26)。

⊿=σ/(N)1/2

⊿<0.1℃で観測したい。最大値のσ=0.7℃(図64.9)であるので、N>49となる。 すなわち1分間ごとの観測では、49分間以上が必要となる。気温センサーの時定数にも よるが、通常(センサーの直径=2~5mm、地上風速=2~3m/s)の場合、1分程度の 間隔で読み取る場合、観測時間は2時間程度が望ましい。

備考1:気温変動はランダムではない
現実の気温などの時間変動はランダムではなく、ある時間差の気温の相関関係は 短時間で大きく、時間経過とともに小さくなっていく。図64.8を参照すると、 時間差が2~3分以上では相関関係は小さく、ランダムに近いと見なしてよい。

気温変動偏差
図64.9 気温変動の標準偏差と日照率の関係。補助線(褐色破線、緑破線)は、 それぞれ舗装地区と芝生地区を表す。

図64.9は気温の時間変動の標準偏差と日照率の関係である。仮に描いた褐色破線は 舗装地区、緑破線は芝生地の公園での観測値を表している。日照率の増加にしたがって 気温変動が大きくなるのは、日射量が地表面温度を上昇させ、地区や風速など様々な 条件で地温・気温が非均質な分布となり、その気温が風で流されて観測地点にくる わけである。

日照率がゼロの曇った場合でも、地区による気温のむらは小さいながらも存在する ことを意味している。

同じ日照率でも、舗装地に比べて芝生地における気温変動が小さいのは、同じ日射量 が注がれたとしても芝生地では日射エネルギーの一部が蒸散に費やされ、そのぶん 地温上昇のためのエネルギーが少なくなり温度・気温のむらが小さくなることを 意味している。

4-2 気温の地域差と日照―天気(日照)による気温分布の差異
日照率との関係について別の角度からも検討してみよう。図64.10は観測地点の気温 とアメダスの気温(気象庁資料)の気温差と日照率との関係である。日照率=0%は 曇ったとき、日照率=100%は快晴に近い天気状態を意味する。気温差(絶対値)は 日照率とともに大きくなる。

つまり、曇天日の市内における気温分布は小さいが、晴天日になると日射によって 各地点の地温・気温の上昇の仕方が異なり、気温差が生じる。気温差は放射量 (夜間は大気放射量)の大きさによって生じていると考えることができる。

アメダスとの気温差
図64.10 アメダスとの気温差と日照率の関係。舗装地区と芝生地区のそれぞれ について補助線(黒破線、緑破線)を描いてある。

本観測は終わっていないので、現段階における仮の線として描いた黒破線は舗装地表面 の地区、緑破線は芝生の生えた公園を表している。 前述したように、芝生地は日射エネルギーの一部が蒸散エネルギーとなり、 そのぶん地温上昇のためのエネルギーが少なくなるので、地区による気温差は舗装 地区に比べて小さくなるわけだ。

以上の結果から、各地点の気温は日照率(天気)に大きく依存することがわかった。 したがって、短時間の観測ではその地点の上空を雲片が通過すると、気温上昇は小さ くなるので、市内の気温分布は短時間観測では正しい比較ができないことがわかる。

気温観測に際して、雲片の通過や風向・風速の変化など諸々の現象を同時に観察し メモしておく。これらを参考にして解析すべきである。つまり、気温の自記記録を行 う場合、器械任せにしないで、その他の諸現象は観測者の目視によって把握して おかねばならない。

4-3 気温観測の誤差―通風式温度計を使用すべき
多くのヒートアイランド観測では、非通風式温度計、すなわち直射除けのみをつけた 温度計が用いられている。これまででの「多治見の気温を測る会」でもこの装置が用いら れてきた。直射除けのみ使った場合、センサーには直射は入らないが、直射除けの 温度は上昇し、その直射除けからの赤外放射量がセンサーに入るので直射の間接的な 影響は除くことができない。

この装置では、正確な観測ができないことを以下の実例で示すことにしよう。

観測誤差=非通風式温度計による気温-アスマン通風温度計による気温

によって観測誤差を定義する。

図64.11は観測誤差と日照率の関係であり、日照率とともに誤差が大きくなることが わかる。温度計を木陰(緑破線)に設置した場合、誤差が小さくなるのは、地面からの 反射光が小さくなるほか、直射除けに当たる日射量も小さくなり直射除けの温度上昇 が小さくなり、直射除けからの赤外放射量も小さくなるからである。木陰で測っても 1℃ほどの誤差を含む。

自記記録計の誤差
図64.11 放射影響による非通風式温度計(直射除けのみ取り付けた装置)の 観測誤差と日照率の関係、補助線(赤破線、緑破線)は温度計をそれぞれ「日向」と 「日陰」(木陰)に設置した場合。

図64.11によれば、日照率=100%の快晴時には、気温の誤差は1~3℃に達すること がわかる。この観測で用いた非通風式温度計のセンサーの直径は4mmである。 この誤差を理論式と比較してみよう。

放射の誤差
図64.12 直射光を防いだときの放射影響と風速の関係(近藤、1982、図3.4より転載) (「研究の指針」の「K16.気温の観測方法」の 図16.3に同じ)。

図64.12は熱収支の理論的な計算からえられた放射影響と風速の関係であり、直射光 のみ防いだ場合(有効入力放射量:R-σT=70W/m) である。図中の実線は センサーが円柱の場合、破線は球形の場合である。センサーの直径 d=4mm、 風速=0.2~2m/sのときの誤差は1~3℃となっており、上記の実際に観測された 誤差1~3℃と一致している。

理論によれば、誤差は風速が弱いほど大きくなる。図64.13は観測誤差の時間変化を 示すもので、時刻によって誤差が1℃から3℃まで変動している。この変動は風速変動 を表すことになる。

誤差、文化会館
図64.13 非通風式温度計の誤差(縦軸)の時間変化(文化会館南側駐車場にて 記録)。


備考2:熱線風速計の原理と放射計の原理
・ 熱線に一定電流を流し加熱状態にしておく。この熱線に風が当たると熱線からより 多くの熱が奪われ熱線の温度が下がる。この温度変化をはかることによって風速を 知ることができる。

・ 物体(センサー)の温度は放射量の大きさによってきまる。物体(センサー)の温度 に及ぼす風速の影響を小さく工夫すれば、物体(センサー)の温度から放射量を知る ことができる。これが放射計の原理である。

・ つまり、センサーは温度計にも風速計にも放射計にもなるのであり、気温を測って いるつもりでも実際には風速を測っているのかもしれないし、放射量を測っている のかもしれないわけだ。


図64.14は快晴時の気温観測誤差の時間変化を示している。快晴であるので、放射量の 時間変化はほとんどゼロと見なすことができる。したがって、誤差の変動は風速変動 を表している。誤差は2℃前後で推移していたが、時間=40分頃と50分頃に3℃以上に なったのは、この時間帯に風速が弱くなったことを表している。

誤差、湧水公園
図64.14 図64.12に同じ、ただし坂上湧水公園における記録。

要約すると、本人は気温変化を測ったつもりでも実際には風速変化を測ったかも しれないし、日射量の変化を測ったのかもしれない。このような研究報告は最近多く なってきている。

その一つの理由は、便利な気象測器が安価に入手しやすくなり記録 も楽になってきて、器械の原理を理解することなく、多くの人々が気象観測する時代 となったことである。

以上の検討の結果、ヒートアイランドの本観測では、通風式のアスマン乾湿計か、 あるいは通風筒に入れられた電気式温度計の自記記録装置を用いることにしよう。

精度0.03℃の通風式装置が「研究の指針」の 「K69.気温観測用 Pt センサーの安定性と器差」および「K70.気温観測用の電池式通風筒」が参考になる。

この装置はすでにテストを済ませ、実際の観測に利用して、必要な精度と信頼性が あることを確かめてある。

69.5 まとめ

(1)夏の多治見が高温となる3要因として、盆地であること、最近の都市化が急速 に進んでいること、内陸であることである。

(2)地域(多治見市内)の気温分布を正しく測るには、観測時間は2時間程度を 原則とし、通風装置に入れられた温度センサーを用いなければならない。直射除け のみの装置では、観測誤差は1~3°となる。

(3)各地点間の気温差は日射量(日照率)に大きく依存するので、観測中は日射 しの有無、雲の状態に注意する。

(4)地上気温は周辺20m~数100mの範囲の地表面状態(舗装、緑地、反射率など) に依存するほか、観測地点の空間の広さ(周辺の開け具合、天空がどれだけ見えるか) によって気温が1℃、最大2℃程度異なる。狭くて風通しが悪い所ほど「日だまり効果」 によって日中の気温は高くなる。

すなわち、観測地点の風通しの良し悪しが高温域・低温域の局所的な分布を決める。 このことに注目して本観測を行う。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp. 219.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理論と応用―.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正,2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱,Vol.49, No.208,58-67.

近藤純正、2012a:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、 25―56.

近藤純正、2012b:温度と風の関係。天気、第59巻、 9号、861-864.



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