K238 気温観測用の改良型自然通風シェルター


著者:近藤純正
晴天日中の放射加熱による気温の観測誤差が従来型の自然通風シェルターに比べて 1/3程度になる改良型の自然通風シェルターが製作された。

野外における気温観測では、温度センサは放射除け(シェルター、通風筒) の中に入れて観測する。しかし、晴天日中は放射除けが加熱されて気温は高め (プラス)に、晴天夜間は逆に低め(マイナス)に観測される。 このときの気温の観測値と真値の差を放射影響誤差という。

放射除けとして電源不要の「自然通風シェルター」と、ファンモータを用いて 外気を吸引して観測する「強制通風筒」(略して通風筒)がある。 一般に広く用いられている従来型の自然通風シェルターの放射影響誤差は大きく、 晴天日中は+1~+2℃程度、最大+5℃を越えることがある。また、 晴天夜間は-0.2~-0.6℃である。

改良型の製品について放射影響誤差と風速の関係を調べてみると、 晴天夜間は-0.01℃程度であり高精度の観測ができる。しかし、 太陽直射光の強い晴天日中は、風速0.3~0.5m/sのとき+1.0℃、 1~1.5m/sのとき+0.4℃、2m/sのとき+0.25~+0.3℃、4m/sのとき+0.15℃程度 である。それゆえ、1m/s以上のときは許容誤差0.5℃以内の精度で観測できる。

参考までに、気象庁など各機関で使われている強制通風筒における 晴天日中の放射影響誤差は+0.3~+0.6℃程度である。これらに比べて、 改良型の自然通風シェルターは風速2m/s以上であれば、高精度で観測できる。
(完成:2024年7月31日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2024年7月23日:素原稿
2024年7月27日:一部に加筆
2024年7月29日:注意すべきことを赤文字で表記
2024年7月31日:表238.1の右端列の「誤差の偏差」を「RMSE」に訂正
2024年8月3日:「4.2 晴天日中」の強制通風筒に対する放射影響誤差の風速依存性に加筆


    目次
        238.1 はじめに
      238.2 改良型のシェルターの構造
        238.3 試験の方法
      238.4 放射影響誤差の試験結果
        4.1 晴天夜間
        4.2 晴天日中
        4.3 その他の試験
                (a) 太陽高度が低いときの直射光遮蔽板
           (b) 地面反射光の遮蔽円板
     まとめ
     文献          


謝辞
本稿は東京大学の木村龍治名誉教授、農研機構の桑形恒男博士、および 秋田大学の本谷 研 准教授に査読していただいた。ここに厚く御礼申し上げる。


238.1 はじめに

気温観測用の放射除け
気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響を防ぐために百葉箱が使われてきた。 弱風のときの晴天日中の百葉箱内は1℃ほど高温になることから 1970年半ば以後は強制通風筒が使われるようになった。

しかし、気象庁や農研(農業・食品産業技術総合研究機構:農研機構) で使われている強制通風筒では、晴天日中の放射影響誤差は0.2~0.5℃程度である (近藤、2014「K89.通風筒に及ぼす放射影響―農研用」 ;近藤、2014 「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響」の表90.1 ;近藤、2015「K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型)」 ;近藤、2015「K100.気温観測用の次世代通風筒」を参照)。

また、国立環境研究所の地球環境センターで使われている通風筒(PVC-2型) の放射影響誤差は0.5~0.6℃である(近藤、2020 「K201.気温観測用通風筒PVC-2改良品の試作」)。

それらの強制通風筒に対して、自然通風シェルターは電源が不要で 一般に広く使われているが、晴天日中の放射影響誤差は1~2℃程度、 最大5℃を超えることもある(近藤、2014 「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響誤差」)。

シェルターと温度センサと気温計
放射除けとして「自然通風シェルター」(略してシェルター)と 「強制通風筒」(略して通風筒)がある。それらの中に温度センサを入れて気温を測る。 シェルターまたは通風筒と温度センサおよびデータロガー(デジタルの記録装置) を含めて「自然通風式気温計」または「強制通風式気温計」(略して「通風気温計」) と呼ぶ。

気温観測に必要な精度
天気予報など通常の暮らし、例えば熱中症対策に使われる暑さ指数で用いる温度の精度は 0.5~1℃でよいだろう。また、農作物の凍霜害対策などでは気温の観測精度は 0.5℃でよいだろう。しかし、ある地域内において地形や地被状態による地上気温の 違いは±1℃以内であり(近藤・野口、2018 「K170.里地里山の気温分布(完結報)」)、その違いを調べる研究では 精度0.1~0.2℃の高精度観測が必要である。

地球温暖化量は100年につき0.7℃程度の上昇率であり(近藤、2020 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)、 気温の観測精度は0.1℃の精度が必要である。その他の研究観測でも 0.1℃の精度であることが望ましい。

そのほかの特殊な現象、例えば山腹に掘られた横穴の地震観測壕内の 気圧変動にともなう気温変動についての観測では0.01℃以下の周期的な時間変化を 見いだすことができた(近藤、2019 「K194.観測壕内の気圧日変化と壕内温度の日変化」)。
この発見を契機として模型実験と理論計算を行なった結果、 大スケールの地球の気候は放射の働きによって大勢が決まるこを再認識した。 何事も、正確に測ってみると新しい発見がある。 これが科学する喜びである (近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の12章を参照)。


近藤式精密通風気温計
放射影響誤差0.01℃の高精度で観測できる強制通風筒が開発され(近藤、2020 「K198.近藤式高精度通風筒の放射影響誤差」)、 市販化されている(近藤、2016 「K126.高精度通風式気温計の市販化」)(プリード社製、標準価格は95,000円: 気温センサは含まない)。これに用いるファンモータはDC12V, 0.125A(1.5ワット) である。なお、AC100V電源でも可である。

積雪の多い地域では通風筒の排気が着雪によって不十分にならない構造にした 「傾斜形通風筒」を使用する(近藤、2020 「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」)。

AC電源のない場所における数日間の観測では1.5V単一乾電池8個を用いる。また、 1年間以上の長期連続観測であれば、60Wの太陽光パネルと蓄電池を利用する (近藤、2018「K167.通風式気温計用の太陽光パネル」)。

備考:精密通風筒は手製しないで製作会社の製品を薦めたい
近藤式精密通風筒の手製品の作り方の1例として、近藤(2015) 「K100.気温観測用の次世代通風筒」に示してある。 これを真似て数人が通風筒を作ったが、すべて各自の判断で 微妙な構造を勝手に変えた結果、放射影響誤差の大きな通風筒となった。 この件を契機に、筆者は一定の設計図をもとに作る製品を製作会社に 依頼することにした。 精密通風筒は物理学(流体力学、伝熱学、放射学)の基礎・応用を十分に 理解していなければ作れない。


本稿の目的
改良型の自然通風シェルター(略して、改良型シェルター)について、 「基準の精密通風筒」と比較し、放射影響誤差と風速の関係を明らかにする。 放射影響誤差は晴天日中に大きく(プラス)、晴天夜間にマイナスで大きくなる。 曇天・雨天時には小さくなる。それゆえ、 本稿では晴天日中の太陽直射光が強いときに試験する。なお風速とは、 シェルターの地上高度における風速のことである。


238.2 改良型のシェルターの構造

放射影響誤差が生じる理由:一般に広く使われている自然通風シェルター に用いられている複数個の皿(スリット状の覆いを構成する皿: 後掲の図238.3を参照)に注目すると、 日中は太陽直射光と天空の散乱光および地面反射光を受けて高温になる。 それゆえ、その中に取り付けられた気温センサの受感部は皿群の内壁面からの 長波放射を受ける。また、皿と皿の隙間を通って中に入る空気流は高温の皿から 顕熱を受ける。これら長波放射と顕熱によって気温センサの受感部は 真の気温よりも高温になる。夜間は天空からの長波放射量L↓は地上気温 T に対する 黒体放射量σT4に比べて小さいために日中とは逆に真の気温よりも 低温になる。こうしたときの気温観測値(受感部の温度)と気温真値の差を 放射影響誤差という。ここで、σはステファン・ボルツマン定数、 Tは絶対温度(K)で表わした気温である。

改良型シェルターの価格と構造:図238.1と238.2は製品化された改良型シェルターの 写真である。シェルター本体(4枚の皿)の上に直径440mmの水平円板が 2枚取り付けられている。水平円板は断熱性のよい低発泡塩ビ板 (厚さ=5mm、比重=0.63)である。2枚の水平円板の下面はともに黒塗装されている (プリード社製:センサを含まない価格は8万円)。 参考までに、晴天日中の太陽直射光が強いときのみシェルター内部の 換気がよくなるように、シェルター上部に小型の太陽光パネルとファンを付けた BARANI DESINE Technologies社製のHelical太陽電池式強制通風シェルターの センサを含まない価格は12万8千円である。

改良型シェルターは単管パイプ(直径=48.6mm)に取り付ける。 単管パイプの上端には風速計などを取り付けることができる。

改良型シェルターに付けた直径440mmの水平円板は太陽直射光と天空の散乱光を 遮蔽するが、同時に高温になり長波放射を出す。円板からの熱の伝導と長波放射が 下の皿に伝わらないように、間隔20mm開けて2枚の2重構造とした (近藤、1982「大気境界層の科学」の3章のp.75-p.76を参照)。 円板の直径が大きいほど遮蔽効果が大きくなるが、 風速が強いとき壊れる可能性が大きくなる。丈夫に作ると高額になる。 素材となる低発泡塩ビ板の市販品は幅900mmであり、直径を440mmとすれば2枚作れる。 形状を平板とせずに上に凸の日傘状とすれば工作費が高額になる。 製品価格を抑えることから、この寸法・形状とした。


注意:後で示すように放射影響誤差はシェルター周辺の風速に 大きく依存するので、シェルター本体(複数個の皿)の周辺には 風を遮る他の測器などは置かない。最近、気温計・気圧計・雨量計などが 一体化された簡易型の気象観測装置が使われるようになってきている。 そのような装置ではシェルターの風通しが不良となり、放射影響誤差(観測誤差) がより大きくなることに注意のこと。



図238.1 改良型シェルターを斜め上方から見た写真(プリード社提供)。 シェルターの皿群の中には気温センサが入っており、そのケーブルが中央下方に 黒く見える。


図238.2 改良型シェルターを横のやや下方から見た写真(プリード社提供)。

図238.3はシェルターの皿の形状を示す写真である。これはヤング社製のシェルターに 用いられている皿の材質と形状は同じである。皿の材質として (1)外壁の高温(日中)または低温(夜間)が内壁に伝わらないように 熱伝導が悪いこと、(2)気温センサ受感部の追従性をよくするために、 皿群全体の熱容量が小さいことが重要である。また(3)形状も重要である。 皿の形状は図238.3の右図からわかるように、皿の中央が盛り上がった形である。 そのため左図で見ると、中央の穴の中にある気温センサ受感部に対して 日中の高温になった皿の外壁面からの長波放射が遮蔽されることになる。

別の材質・形状を用いると放射影響誤差が大きくなる。すなわち、近藤(2014) 「K98.自然通風シェルターに及ぼす放射影響の誤差」 に示したように、重田式や酒井式のシェルターはヤング社製のシェルターに比べて 放射影響誤差が大きい。


図238.3 シェルター本体の皿の写真(プリード社提供)。 左:上側、右:下側改良型シェルターを横のやや下方から見た写真。


238.3 試験の方法

気温は10秒ごとに記録し、30分間の平均値を求める。風速は15分間ごとに 15分間平均風速を記録し、30分間の平均値を求める。

基準の精密通風筒
本試験では「基準の精密通風筒」として、近藤式精密通風気温計(プリード社製) の原型となる手製の通風筒を用いた(2重通風筒、KONDO-15S型、ただしガイド無し) (近藤、2015「K100.気温観測用の次世代通風筒」 の図100.5参照)。この通風筒のファンモータのワット数は標準品(DC12V、0.125A) の約2倍の3.1W(DC12V、0.26A)である。AC電源が利用できる所では 出力12VのACアダプターを用い、AC電源の使えない所では1.5Vの単一乾電池8個を用いた。

風速計
微風も測れる熱線風速計(DT-8880)を用いた。この風速計は瞬間風速と、 ある時間の平均風速を測ることができる。しかし、風向の決まった室内の換気装置などの 風を測る目的に作られたもので指向性がある。それゆえ、 風向が変化する野外でも観測できるように改造し、指向性を小さくした。 野外では、太陽直射光の影響も含めた観測の誤差は10%程度である(近藤、2012 「K58.熱線風速計の検定と指向性」)。

後で示すように、放射影響誤差と風速の関係は両対数方眼紙に描けば 直線に近い曲線になるため、風速の誤差10%程度は問題にしなくてもよい。

試験に用いる気温センサと記録計
試験は特別に高精度で行なうために、一般の観測で用いるセンサではなく、 4線式Pt100センサ(受感部の直径は2.3mm)(立山科学製:2万7千円)を用いる。 また、記録計は分解能・精度0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」 (立山科学製:12万5千円)を用いる。この気温センサは検定済みであり (4温度の校正費:3万6千円)、さらに高精度の比較検定により相互の相対的誤差は 0.003℃である(近藤、2017 「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」の145.3節の (4)校正付き高精度Pt温度計による方法)。

気温の記録と時間間隔
気温の記録の時間間隔は10秒ごととした。30分間のサンプリング数は180である。

放射影響誤差の定義
基準に用いる精密通風筒に取り付けられた気温センサは放射による影響が 無視できるので、次式によって定義する。

   放射影響誤差=TB-TA ・・・・・・・・・・(1)

ここに、TBはシェルター内気温センサの温度、TA は精密通風筒内気温センサの温度、いずれも器差補正済みの温度である。 参考までに、本稿で用いた温度計・記録計による気温(真値)は次式で求めた。

   TA真値=0.9976×TA指示値+0.0726(℃) ・・・・(2)
   TB真値=0.9975×TB指示値+0.0371(℃) ・・・・(3)

比較試験の実施場所
比較試験は晴天夜間と、太陽直射光の強い晴天時に行なった。放射影響誤差は 風速が弱いときほど大きくなるので微風から5m/sの範囲について調べた。

その1(庭):筆者の住居の庭で日中に試験した。周辺は2階建ての住宅地であり、 庭の南側には幅員4~6mの道路が東西に走っている(東側は幅員6m)。 試験中の風速(シェルターの高度の風速)は0.3~2m/sである。 シェルターの設置高度は庭の地面から2.1mである。 シェルターと基準の精密通風筒の水平距離は0.8mである。

その2(公園):広い桜が丘公園において晴天夜間に試験した。 この公園は野球やサッカーもできる広さがある。試験中の夜間の風速は1~1.8m/sである。 基準の精密通風筒とシェルターを水平距離0.4mほど離して設置した。 シェルターの設置高度は1.7mである。

その3(橋上):長さ約110mの高麗大橋の中ほどに外側に向かって約2m、 幅5mの広さの踊り場がある。この踊り場で風速2~5m/sのとき試験した。 晴天日中に風上側の欄干の上方に、基準の精密通風筒とシェルターを 水平距離0.4mほど離して設置した。シェルターの設置高度は橋の歩道面から 1.7mである。試験した晴天日中は海風が川の流れに平行(橋に垂直) に吹くときであった。シェルターは川の上空を吹く風にさらされ、 風速・風向の時間変動(乱流)は小さい。

図238.4と図238.5はそれぞれ桜が丘公園と高麗大橋の踊り場における 比較試験中の写真である。


図238.4 比較試験(その2)の写真、桜が丘公園にて風上の北側から南方向を撮影 (2024年7月4日5時50分撮影)。改良型の自然通風シェルター(左側)と 基準の精密通風筒(右側)、それらの中ほどに見える細棒の先端に熱線風速計の受感部 (小さくて写真では見えない)がある。試験中は自転車が転倒しないように、 荷台の左右から2本の杖が地面に向かって伸びている。


図238.5 比較試験(その3)の写真、高麗大橋にて風下の北側の歩道から南を撮影 (2024年7月13日13時10分撮影)。改良型の自然通風シェルター(右側)と 基準の精密通風筒(左側)、それらの中ほどに熱線風速計がある。


238.4 放射影響誤差の試験結果

試験は2024年6月22日~7月10日の期間における晴天夜間と、太陽直射光の強い晴天日中に 行った。前記のとおり、この試験は特別に高精度で行なうために、 通常の観測で用いるセンサではなく、高精度の温度センサと高精度温度ロガーを用いた。

以下に示す放射影響誤差は改良型シェルター(従来型の小さいシェルターの上に、 大きな2枚の円板を加える)についての高精度試験の結果である。 なお一般に行なわれている多くの観測では、各観測者が用いるセンサには 検定誤差がある。それらについては、最後の節「まとめ」の備考で説明する。

4.1 晴天夜間
表238.1は晴天夜間の試験結果である。7月3日の試験では、放射影響誤差(表では誤差) はいずれもプラスになっている。これは気温が下降する時間帯であり、近藤(2024) 「自然通風シェルター内温度の応答時間」で示したように、 シェルター本体内の気温センサの応答時間は長く、強制通風筒(基準の精密通風筒) で測った気温よりも遅れて表示される。その遅れによって誤差はプラスになる。 表に示された気温(基準の精密通風筒で測った気温)によれば、 この時間帯の気温下降率=0.53℃/hr=0.01℃/min=0.03℃/3min, したがって、 シェルター本体内の気温は約3分前の気温を示していることになる (風速≒1.6m/sのとき)。

こうしたことを考慮に入れなくても、誤差は+0.02~+0.04℃で非常に小さい。

翌朝の7月4日の日の出前の気温の時間変化が小さい時間帯における誤差は ±0.01℃で非常に小さい。

表238.1 晴天夜間の放射影響誤差の試験結果。
緑文字は夜間の条件、黒文字は太陽の直射光・反射光が存在する日中の条件。 右端の列に示した数値は、TAを真値としたシェルター内気温センサの温度 TBのRMSE(二乗平均平方根偏差)で、30分間(180個)の TBとTAの計測データより算出した。



以上の結果、晴天夜間(太陽直射光ゼロの時間帯)について次のように要約できる。

要約1:放射影響誤差は従来型の-0.2~-0.6℃に対して改良型は微小となり ゼロとみなしてよい。したがって、改良型自然通風シェルターを利用すれば、 夜間には高精度の観測ができる。

要約2:太陽光の光路長が長い日の出直後と日没直前の時間帯でも、 放射影響誤差はほぼゼロに近く、高精度の観測ができる。

4.2 晴天日中
気象庁や農研(農業・食品産業技術総合研究機構:農研機構)で使われている 強制通風筒では、晴天日中の放射影響誤差は0.2~0.5℃程度である(近藤、2014 「K89.通風筒に及ぼす放射影響―農研用」; 近藤、2014「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響」 の表90.1;近藤、2015「K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型)」;近藤、2015「K100.気温観測用の 次世代通風筒」を参照)。

また、国立環境研究所の地球環境センターで使われているPVC-2型 (吸気部が2重のステンレス円筒の強制通風筒)では、放射影響誤差は風速1~2m/s のとき0.5~0.6℃、ただしセンサの受感部の直径が2.3mmの場合である(近藤、2020 「K201.気温観測用通風筒PVC-2改良品の試作」)。

これらと比べながら、改良型の自然通風シェルターの放射影響誤差を見てみよう。

図238.6は晴天日中の太陽直射光が強いときの放射影響誤差と風速の関係で、 両対数方眼紙に表わしてある。プロットは改良型の自然通風シェルターについての 試験結果であり、放射影響誤差は風速に大きく依存する。破線の曲線①は 従来型の自然通風シェルター(重田式、酒井式、ヤング社製) の平均的な関係を示している(近藤、2014 「K98.自然通風シェルターに及ぼす放射影響の誤差」の図98.6を参照)。

参考までに、各機関で使われている強制通風筒の放射影響誤差は横線の②と③で、 近藤式精密通風筒は横線④で示した。これら強制通風筒の放射影響誤差は 通常の風速範囲(0~5m/s)では自然通風シェルターのように 風速依存性が強くないので、誤差を一定値の横線で表し、誤差の実測値 (プロットしていない)は横線の上下に分布する。

試験地が「庭」を表わす四角印プロットの赤塗りは、 比較試験その1で日の出後の太陽直射光が東方向からシェルター本体に 当たっているときの値であり、当たっていないときと比べて大きな違いはない。 庭の南側には幅員4~6mの道路が東西に走っているため、 夏の庭には日の出直後から太陽直射光が当たる。

晴天日中について、次のように要約できる。
要約3:放射影響誤差は従来型の約1/3となり、風速0.3~0.5m/sのとき +1.0℃、1~1.5m/sのとき+0.4℃、4m/sのとき+0.15℃程度である。

要約4:風速0.8~2m/sの範囲での放射影響誤差は、②環境研や ③気象庁・農研とほぼ同等であり、風速2~3m/s以上であれば、 それらよりも高精度で観測できる。

要約5:風速が約1m/s以上の条件では許容誤差0.5℃以下の精度で観測できる。


図238.6 晴天日中の太陽直射光が強いときの放射影響誤差(縦軸) と気温計設置高度の風速(横軸)との関係。
①一般の自然通風式:重田式、酒井式、ヤング社製の自然通風シェルターの平均的な関係
②環境研通風筒:PVC-2型の強制通風筒
③気象庁・農研通風筒:気象庁95型の強制通風筒、農環研09S型強制通風筒
④近藤式精密通風筒:近藤式精密強制通風筒
□ △:改良型の自然通風シェルター



表238.2は、晴天日中の太陽直射光の強いときに行なった試験のまとめである。

表238.2 改良型の自然通風シェルターの晴天日中における放射影響誤差の試験の まとめ。赤文字は日の出後の太陽高度が低い時間帯で、 直射光がシェルター本体(皿群)に当たっているとき。



238.5 その他の試験

(a) 太陽高度が低いときの直射光遮蔽板
改良型シェルターでは、シェルター本体(4枚の皿)の上に2重の水平円板を付けてある。 それは日中には天空の日射量の影響を、夜間にはマイナス値となる有効入力放射量 (=L↓-σT4)の影響を小さくするためである。 ここに、L↓は下向きの大気放射量(長波放射量)、σT4は地上気温 T に対する黒体放射量σT4、σはステファン・ボルツマン定数、 Tは気温(絶対温度表示)である。

この構造では、日の出後と日没前の太陽高度が低いとき、 太陽直射光がシェルター本体に横方向から直接当たる。これを防ぐために、 図238.7に示す直射光除けを付けた試験を行なった。同図に示す写真の右端の短い円管 (内径=36mm、外径=46mm、長さ=30mm)をシェルターの下部にある 「気温センサ取り付け部」に差し込み、方位はビスで固定する。写真の左端の矩形板 (幅=170mm、高さ=120mm)は直射光除け板である。 直射光除けの方位は自由に変更できる。なお、「気温センサ取り付け部」は 図238.2に示すシェルター本体(4枚皿)の下方にある白色(金属製) に見える鉛直の円管である。


図238.7 日の出後(または日没前)の直射光除けを上から見た写真。 写真の右端の短い円管をシェルターの下方にある「気温センサ取り付け部」 に差し込み、ビスで固定する。この円管の中心と左端の直射光除け板(白色) との距離は250mmである。


直射光がシェルター本体に横から直接当たる日の出後の時間帯について、 直射光除け板を取り付けたときと、外したときの放射影響誤差を比較 (ロガーの数値を繰り返し目視して比較)してみると、大きな変化は見られなかった。 その理由として考えられるのは、
(1) 太陽高度が高いときに比べて低いときは 「直射光の強さ」/「散乱光+地面反射光」が小さいため、 放射影響誤差は僅かしか小さくならない。
(2) 直射光除け矩形板はシェルター本体に当たる風速を弱め、 放射影響誤差を逆に大きくする。

1日中この直射光除け矩形板を付けておくと、風速を弱めることになる。 それゆえ、この矩形の直射光除けは付けない。もし、付けたければ、 シェルターから数m離れた位置に設置すること。

(b) 地面反射光の遮蔽円板
地面反射光を防ぐために、直径280mmの水平円板(下面は白色、上面は黒塗装) をシェルター本体(4枚の皿群)のすぐ下に取り付けて試験した。 この場合も上記(a)で示したのと同様に放射影響誤差に大きな変化は 見られなかった(ロガーの数値を目視にて比較)。
その理由も上記と同じである。すなわち、この円板によって地面反射光の一部は 遮蔽されて放射影響誤差はわずかに小さくなるが、シェルター本体に当たる風 (風のx成分、y成分、z成分)を弱める効果と円板の高温化の効果によって 放射影響誤差を逆に大きくすると考えられる。

直径280mmの小面積では地面反射の一部しか遮蔽できない。


まとめ

近年、気温観測用として観測精度が悪くても安価な自然通風シェルターが 多用されるようになってきている。一般の素人のみならず、専門家でも利用している。 観測の誤差が1~2℃以上もあれば、気温は観測せずともアメダス観測網から 推定するほうがよい。

本稿では、一般に使われている自然通風シェルターの上に太陽からの直射光と 天空からの散乱光を遮蔽する2重の円板を付けた改良型シェルターについて 放射影響誤差と風速の関係を求めた。

晴天夜間について:
(1)放射影響誤差は従来型の-0.2~-0.6℃に対して改良型は微小となり ゼロとみなしてよく、夜間には高精度の観測ができる。
(2)太陽光の光路長が長くなる日の出直後と日没直前の時間帯でも、 放射影響誤差はほぼゼロに近く、高精度の観測ができる。

晴天日中について:
(3)改良型シェルターの放射影響誤差は従来型の約1/3となり、 風速0.3~0.5m/sのとき+1.0℃、1~1.5m/sのとき+0.4℃、 4m/sのとき+0.15℃程度である。
(4)風速0.8~2m/sの範囲での放射影響誤差は、環境研のPVC-2型の強制通風筒や 気象庁の95型強制通風筒、あるいは農研の09S型強制通風筒とほぼ同等であり、 風速2~3m/s以上であれば、それらよりも小さくなる。
(5)風速が約1m/s以上の条件では許容誤差0.5℃以下の精度で観測できる。
(6)太陽高度が低いときの直射光遮蔽板(図238.7)は付けなくてよい。

備考1
本稿では、気温観測用の放射除け(シェルター、通風筒)の放射影響誤差について 述べたが、その誤差はセンサ受感部の直径が2.3mmの場合である。 受感部の直径が2.3mmよりも大きい場合は、放射影響誤差は大きくなる (近藤、1982「大気境界層の科学」の図3.4;近藤、2006 「K16.気温の観測方法」の図16.3)。

備考2
気温観測では、放射影響誤差のほかに、検定合格品の 気温センサを用いたとしても器差(誤差)がある。温度0~40℃範囲では、 A級センサで±0.15~±0.23℃、B級センサで±0.3~±0.5℃、 C級センサで±0.6~±1.0℃の誤差がある。

備考3
地区や地域(1km平方~20km平方)を代表する気温を測る場合は、 気温計は風通しのよい観測露場に設置しなければならない。 周辺に樹木・建物などがあって空間広さが極端に狭ければ風通しが悪く、 地区や地域を代表する気温に誤差(代表性の誤差)を含む。 近藤(2023)「身近な気象のふしぎ」の3章を参照すれば、 晴天日中は1~2℃ほど高温に、晴天夜間は0.5℃ほど低温に観測される。 これを「日だまり効果」による地域代表性の観測誤差 という。

「日だまり効果」の例として、森林公園内の開空間に設置されている 東京都心部の観測所「東京」の北の丸露場は空間広さが狭く風通しが悪いために、 晴天日中の最高気温はビル街の大手町に比べて高い。 特に日射量の多い3月~6月には1℃ほど高温になる(近藤・菅原・内藤・萩原(2015) 「K101.森林公園内の気温―北の丸公園と自然教育園」 の図101.3)。

備考4
一般の研究観測や試験観測では高精度の観測が必要である。その場合には 自然通風シェルターやそれに類する誤差の大きな気温観測装置は用いずに、 誤差0.01℃の高精度で観測できる「近藤式精密通風気温計」の利用を薦めたい (近藤、2016「K126.高精度通風気温計の市販化」)。

備考5
本稿では高精度の試験であるため、4線式Pt100(受感部の直径は2.3mm)、 記録計は分解能・精度0.01℃の高精度温度ロガー「プレシィK320」 (立山科学製)を用いたが、筆者は一般の観測では3線式Pt1000のA級センサ、 記録計は安価な「おんどとり」(T&D社製)を利用している。この場合、 3線式Pt1000と「おんどとり」は高精度の4線式Pt100とプレシィK320を基準にして 検定している。


文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学―大気と地表面の対話―.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、2023:身近な気象のふしぎ.東京大学出版会、pp.186.


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