K170. 里地里山の気温分布(完結報)


著者:近藤純正・野口賢次
神奈川県秦野市千村の谷間「谷戸」は日照が少ない湿地ぎみ、複雑な地形・土地 利用形態にある。周囲に高精度気温計を配置して、気温の特徴を調べた。

年平均気温について、谷戸は基準点・丘に比べて0.6℃前後の低温、日中 (最高気温の起きる時間帯11~14時)は1℃前後の低温である。風の弱い谷戸の 夜間は放射冷却により低温となるが、森林に近い地点では天空率が小さく放射 冷却が弱いことと、林内からの移流の影響を受けて相対的に高温である。

晴天日の谷戸はこうした傾向が顕著となる。晴天日の気温季節変化をみると、 林内では相対的に日中は低温、夜間は高温である。日照が少なく湿地ぎみの 谷戸は低温、とくに10月~12月は2~3℃の低温となる。

湧水のある林内の谷間・窪地の湿地は林床下の熱慣性が大きく(貯熱効果により)、 晴天日中の気温上昇は抑制され、基準点・丘に比べて5月~7月は1~2℃前後の 低温、10月~12月は3~4℃の低温となる。これは、大雨後の7月の晴天日中に 明治神宮林内で観測した2℃前後の低温と同じ傾向である。 (完成:2018年8月22日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年8月12日:素案の作成
2018年8月18日:170.2節に説明加筆、170.2節の一部訂正

    目次
        170.1 はじめに
        170.2 観測      
        170.3 地域代表気温の基準点・丘の気温
        170.4 年平均気温の分布(日平均・早朝・日中)
        170.5 晴天日の気温差
            (a) 年平均気温の分布(日平均・早朝・日中)
            (b) 季節変化(日平均・早朝・日中)
        170.6 晴天日の気温日変化
            (c) 1月の晴天日平均
            (d) 7月の晴天日平均
        まとめ
        参考文献                  


研究協力者(敬称略)
内藤玄一
山崎慶太
尾崎文隆・大森哲男
伊丹厚紀

170.1 はじめに

里山は農林業と暮らしの場であり、そこには森林、農地、湧水、ため池、水路 などさまざまな土地利用形態がある。

神奈川県秦野市千村には日立ITエコ実験村がある。ここは森林が近接する谷間 で湧水のある湿地状態、関東地方では「谷戸」と呼ばれ、台地が浸食されて 形成された谷状地形である。この実験村は、人間の暮らしを支えている里山の 自然をITと人のちからで再生・保全することを目指して2011年4月に開設され、 土・水・大気環境と生き物に関する調査が行われている。

備考1:谷間・湿地は武蔵~相模では「谷戸」と呼ばれ、東北地方では 「谷地」などと呼ばれている。

湧水温度の研究として谷戸中央部(標高=187m:後掲の図170.2のV2地点) で2016年7月から1年間にわたり気温の連続観測を行い小田原アメダス (標高=14m)と比較すると、年平均気温の差は-1.80℃で、孤立峰などで 成立する気温の高度減率(-0.0065℃/m)を仮定したときの気温の差-1.12℃ よりも年平均値で0.68℃(=1.80-1.12℃)も低温であった (近藤・内藤、2017;「K151.神奈川県秦野盆地の気温 (年変化)」

千村の気温が標高の割に低温であるのは、北向き谷地形にあり日照時間が短いこと、 湿地ぎみであること、周囲の森林の影響を受けることが考えられる。

「水環境の気象学」(近藤、1994)の6.5節~6.7節に説明されているように、 湿地であることは、地表面温度が1日を通じて平均的に低温になる。 さらに、日照時間が短いことは地表面に入射する太陽光エネルギーが少なく、 地表面温度は同様に低温になり、その直上の気温も低温となる。

盆地・谷地形では夜間に冷気が溜まる冷気湖が形成される。これまで冷気湖の 形成過程や平坦地の林内の気温の特徴についての研究が行われてきた。 盆地・谷地形については近藤(2000)に、林内気温の特徴は近藤・菅原・内藤 (2017)にまとめられている。

林内の林床では、下向き大気放射量に相当する放射は樹木の枝・葉の温度が 放つ黒体放射量に近く、林床の放射冷却は緩和される。

植生密度が密な平坦地の森林内における気温は、昼夜ともに下層ほど低温である。 また高度1.5mの林内気温は林外に比べて昼夜ともに1℃程度の低温である (近藤ほか、2017;「K141.自然教育園の林内気温の特徴」 )。

傾斜地の森林内では冷気に働く重力により、冷気は標高の低い谷間へ流れ出る ことになる。この効果が谷戸の気温にどのように影響するか確認したい。

東京都内の森林公園で観測した結果によれば、大雨後の晴天日の林内気温は 他の晴天日に比べて1~2℃ほども低温になる( 「K110.明治神宮・代々木公園の日中の気温分布(2)」の2015年7月19日の 観測;「K141.自然教育園の林内気温の特徴」の図1)。

これは、大雨後の林床土壌層が水分を多く含み、熱慣性が大きいことによる。

谷戸の林内窪地には湧水があり、林床土壌層は水分を多く含む。 それゆえ、湧水域の気温が大雨後の森林公園内で観測された異常低温に相当 することを確認したい。

準備研究の結果
準備研究(2017年7月11日~18日)によって、次のことがわかっている (近藤・野口・山崎、2017;「K154.谷地形の冷気流に 関連する気温分布、準備研究」)。

(1)谷間では、周辺の森林からの冷気流と、日中の川下から吹き上げてくる 暖気流が影響し、丘(H1)に比べて谷間の高度2m以下では昼夜にかかわらず 低温である。

(2)谷間の中央部(V2)では、晴天日中は高度とともに気温が低くなる、 いわゆる「大気不安定時の気温鉛直分布」は高度2~3m付近までの範囲である。

(3)水田に隣接する林内斜面に日差しが当たる時間帯(東側斜面では正午過ぎ、 西側斜面では正午前)の林内斜面は下層ほど高温で斜面上昇流が、夕刻から朝 にかけての時間帯は、逆に、下層ほど低温で斜面下降風が生じていることになる。

斜面上昇・下降風が生じるのは水田に隣接するごく狭い範囲であると考えられる。 谷戸周辺は密な森林からなり風通りは悪く、林の奥での気温鉛直分布は下層ほど 低温、したがって林内では微弱な斜面下降風が起きやすい状態にあると考えられる。

(4)平坦地と比べて日照時間が短い谷間では、日の出後の気温上昇が遅れ、 その結果、丘に比べて低温となる。


170.2 観測

図170.1は谷戸の周辺をドローンで撮影した写真である。赤矢印と記号は気温計 の設置場所を示す。上図は下図のV5付近の上空から撮影した対象地域の南半分、 下図はその北側の写真である。方位の北は通常の地図の表し方と逆で、上が 南南東の方向である。

ドローンの写真
図170.1 秦野市千村の観測点周辺のドローンによる写真(撮影:2017年9月9日、 ネイチャーシネプロ代表・吉田嗣郎)。赤矢印と記号は気温計の位置を示す。
上:日立ITエコ実験村の写真。若竹の泉(V5)付近から南南東方向を撮影、日立エコ 実験村は南南西方向に見える。V2はエコ実験村中央の百葉箱脇である。
下:上図の北側の写真、上図の西南西に位置するエリア(V3)を含む。


気温計
一般に用いられている気温計の精度は悪く、自然通風式(非通風式)気温計に 及ぼす放射影響は大きく日中は最大5℃ほどの誤差があり、気象庁や農業環境 技術研究所などで公式観測されている通風式気温計(強制通風式気温計)でも 日中は0.3~0.4℃ほどの放射影響の誤差を含む(近藤、2015; 「K99.通風筒」の放射影響(気象庁95型、農環研09S型」)。

通常の小地域内の平均気温の差は1℃前後またはそれ以下である。その違いを 見出すために、本研究では放射影響の誤差を含む総合的な精度として±0.02℃ の近藤式精密通風式気温計(高精度検定済み)を用いる(近藤、2016; 「K126.高精度通風式気温計の市販化」)。

ただし、日射量が微弱な林内4か所の観測点(F1,・・・・F4)では自然通風式 (非通風式)気温計を設置し、木漏れ日を防ぐために支柱に日傘を取り付けて 観測する。

自然通風式(非通風式)気温計の放射影響の誤差は、林外広場で日傘を取り 付けない場合、日中の風があるとき1℃程度高温に観測され、夜間は0.2℃程度 低温に観測される(「K154.谷地形の冷気流と関連する 気温分布、準備研究」の図154.11)。

林内の「動物観察エリア」(F4)の気温を解析したところ、大雨時や夜間など 相対湿度が100%近くなったとき、気温指示値が異常に低い値(誤差1℃~10℃) を示すことがわかった。

サーミスタの電気抵抗は、低温のとき大きく、高温になるほど小さくなる。 相対湿度が高くなったとき絶縁不良で短絡ぎみになれば(リークすれば) 高温に指示されるはずだが、それと逆である。それゆえ、指示値が低温に なる原因は不明である。

それゆえ、本論ではF4データは晴天日の正午前後のみ 使用し、他の時間帯は信頼度が低いので用いない。

東斜面の樹木のない観測点(H4:三本杉)には自然通風式気温計を設置した。 上述の通り、この気温計は晴天日の放射影響の誤差が大きいので、気温の 日変化データとしては用いず、月平均気温のデータのみ利用する。

雨天・曇天を含む月平均気温及び年平均気温の場合でも、放射影響の誤差 は残り、0.1~0.2℃程度高めに出る。後掲の図・表の「H4:三本杉」の気温 は高めに表示されていることに注意のこと。

自然通風式気温計の気温センサは高精度通風式気温計を基準とした比較検定に 基づいて気温の指示値を校正する。

記録の時間間隔
気温の記録は10分間隔である。

観測点の配置
図170.2は観測点の配置図で、通常と同じく北方向を上に示してある。 等高線が密な部分は大部分が森林であり、等高線は内挿で描かれており、 正確でないことに注意のこと。

気温計配置図
図170.2 気温観測点の配置図(秦野市役所提供の白地図に加筆)。
H:丘など冷気の溜まりにくい観測点、H1は気温の基準点(丘)
V:谷沿いの観測点、V5は広い平坦地(若竹の泉北)
F:林内の観測点


各観測点の詳細は次の通りであり、谷間の中央(V2:百葉箱脇)との標高差を カッコ内に示す。

丘の観測点
(H1)丘(基準点)・・標高=189.8m(+2.8m)、V2の北東170m
(H2)道路脇・・・・・標高=187.8m(+0.8m)、V2の北44m
(H3)高台・・・・・・標高=201.0m(+14.0m)、V2の西52m

谷沿いの観測点
(V1)水田上端・・・標高=190.0m( +3.0m)、V2の南南西70m
(V2)百葉箱脇・・・標高=187.0m( ±0.0m)(位置・標高の基準)
(V3)水田下端・・・標高=184.4m( -2.6m)、V2の北東45m
(V4)下段水田・・・標高=181.4m( -5.6m)、V2の北北東100m
(V5)若竹泉北・・・標高=180.0m( -7.0m)、V2の北270m

林内の観測点(自然通風式気温計)
(F1)林内高台・・・標高=207.0m(+20.0m)、V2の南東76m
(F2)林内水源・・・標高=198.0m(+11.0m)、V2の南南西100m
(F3)林内中腹・・・標高=193.6m(+6.6m)、V2の南東40m
(F4)動物観察エリア・・標高=182.2m(-4.8m)、V2の北100m

東斜面の観測点(自然通風式気温計)(月平均気温のみ利用)
(H4)三本杉・・・・標高=190.0m(3.0+m)、V2の東北東30m


170.3 地域代表気温の基準点・丘の気温

小田原アメダス(標高=14m)は酒匂川流域下水道右岸処理場の平坦地に設置 されており、観測環境はアメダスとしては良いほうで地域をほぼ代表する観測点 とみなされる。小田原アメダスと千村の間には標高200~300mの丘陵地があり、 両地点は約10km離れている。千村の丘(H1:標高=189.8m)は、本研究で 対象としている千村を代表する気温の基準点とみなされる。そこで最初に、 丘の気温と小田原アメダスの気温との関係を調べておこう。

丘(H1)と小田原アメダスの標高差=175.8mであり、気温の高度減率 (-0.0065℃/m)を仮定したときの気温差は-1.14℃となる。

表170.1に月ごとの気温と気温差を示した。気温差の絶対値は0.86~1.58℃ (年平均=1.25℃)であり、3月~7月に小さく、8月~2月に大きいが、年平均 の気温差1.25℃は標高差で説明できる。

若竹の泉北(V5)はほぼ平坦で周辺が開けた風通しと日当たりの良い場所である。 後掲の表170.2に示す若竹の泉北と丘の気温差は昼夜ともに±0.2℃以内である。

これらの比較から、丘(H1)の気温は千村を代表しているとみなすことができる。


表170.1 小田原アメダスと丘の月平均気温と気温差。
小田原アメダスとの比較表


備考2:気象庁気温計の放射影響誤差による年平均気温の誤差
前述のように、気象庁が用いている通風式気温計の放射影響誤差は、 晴天日中に最大0.4℃ほど高めに記録される。この誤差のため、 曇天・降雨日も含む年平均気温は約0.04℃ほど高めとなる。 0.04℃を補正すると、丘と小田原アメダスの気温差=ー1.25℃は 補正気温差=ー1.21℃となる。これを標高差で割り算すれば、 気温の高度減率(年平均)=-0.0069℃/mに相当する。
参考までに示しておく。


170.4 年平均気温の分布(日平均・早朝・日中)

前節で示したように、丘は地域代表の気温を表すので、以下では各観測点と丘の 気温差を図・表に示す。気温差がプラスは丘より高温、マイナスは丘より低温 である。

この節では、年平均気温についてみておこう。

前述のように、林内の「動物観察エリア」(F4)の気温は、大雨時や夜間など 相対湿度が100%近くなったとき、異常に低い値(誤差1℃~10℃)を示すことが わかった。それゆえ、本論ではF4データは「晴天日の正午前後」(11時~14時) のみ使用し、他の時間帯は無表示とする。

図170.3は年平均の気温差の分布図、表170.2と表170.3は月ごとの気温と気温差 の一覧表である。

年平均気温差
図170.3 年平均の気温差の分布図。赤数値はプラス、青数値はマイナスの気温差。


図170.3によれば、気温差は高台(H3:+0.09℃)のみわずかに高温であるのに 対し、他の地点はマイナスである。道路脇(H2:-0.23℃)と三本杉 (H4:-0.12℃)と林内高台(F1:-0.02℃)はわずかに低温であるのに対し、 谷筋に沿って林内水源(F2:-0.66℃)から水田上端(V1:-0.54℃)、 百葉箱脇(V2:-0.66℃)、水田下端(V3:-0.63℃)は低温である。

これら0.6℃前後の低温の生じる理由は、①冷気が溜まりやすい谷筋、②昼夜低温 の林内の影響、③湿地ぎみ、④平坦地に比べて日照時間が短いことによる。 詳しくは後の節でも示される。

表170.2 月ごとの丘の平均気温と平均気温差一覧表。気温差プラスは 丘より高温、マイナスは丘より低温であることを意味する。
月ごと気温差

表170.3 月ごとの早朝・日中の丘の平均気温と平均気温差一覧表。 上段:早朝2時~5時平均、下段:正午前後11時~14時平均
月ごと気温差、昼夜


170.5 晴天日の気温差

気温分布の特徴は晴天日に顕著になるので、この節では晴天日について示す。 なお、晴天日とは、小田原アメダスにおける日照時間が8時間以上の日とする。

(a) 年平均気温の分布(日平均・早朝・日中)
図170.4は日平均気温の年平均値の分布図である。前掲の図170.3で示した気温差 の幅を大きくしたような分布になっている。谷筋に沿って林内水源(F2:-0.88℃) から水田上端(V1:-0.66℃)、百葉箱脇(V2:-0.86℃)、 水田下端(V3:-0.91℃)まで低温である。

晴天日年平均気温差
図170.4 晴天日の日平均気温差の分布図(年平均値)。赤数値はプラス、 青数値はマイナスの気温差。


次の図170.5は最低気温の生じる時間帯の2時~5時平均の気温差の分布図である。 高台(H3:+0.60℃)が高温であるのは、崖上の高台は冷気が溜まらないので 他に比べて夜間の放射冷却が弱いことによる。

林内(F1:+1.18℃、F2:+0.71℃、F3:+0.64℃)が高温であるのは、 夜間の樹冠上部で冷却された冷気は斜面下降風によって流出するのと同時に、 樹冠が林床の放射冷却を防ぎ、林内気温が高温に保たれるからである。

百葉箱脇(V2:-0.40℃)と水田下端(V3:-0.72℃)のマイナス(低温)に対し、 水田上端(V1:+0.30℃)がプラスであるのは、近くに樹木があり天空率が 小さく放射冷却が弱く、さらに、林内のプラス(高温)の影響によるものである。

近藤(1982)によれば、一夜の放射冷却量は天空率(=1-天空遮蔽率)に 比例する。すなわち、天空遮蔽率が0.2以上になるとき、すなわち樹木や地形の 遮蔽物の全方位平均の水平面からの角度>31°のとき (峡谷や都市キャノピーなど)、 一夜の放射冷却量は20%以上小さくなる。

なお、本研究で用いる「天空率」は単に空の見える割合ではなく、大気放射量 の天頂角分布を考慮して定義されており、詳細な数値は最終節「まとめ」の 備考3に説明してある。

晴天夜間気温差
図170.5 晴天日の2時~5時平均気温差の分布図(年平均値)。赤数値はプラス、 青数値はマイナスの気温差。


図170.6は最高気温の生じる時間帯の11時~14時平均の気温差の分布図である。 林内が低温(F1:-1.41℃、F2:-2.78℃、F3:-1.45℃、F4:-1.82℃) であるのは、日陰で日中の気温上昇が抑制されることによる。特に谷・窪地が 強い低温(F2:-2.78℃、F4:-1.82℃)である理由は近くに湧水のある 湿った林床によるものである。

水田上端(V1:-1.59℃)から百葉箱脇(V2:-1.11℃)、水田下端 (V3:-0.70℃)の順に谷筋に沿って気温差のマイナス値は少しずつ小さく (気温は高く)なっている。下流ほど日中の日陰の時間が少なく日照時間が 長くなることと、林内(低温)の影響が下流ほど小さくなることによる。

昼夜ともに、谷沿いの低地(V1,V2,V3)が低温であるのは、基本的に湿地ぎみ であることと、日照時間が短いことによる。

晴天日中気温差
図170.6 晴天日の11時~14時平均気温差の分布図(年平均値)。赤数値はプラス、 青数値はマイナスの気温差。


(b) 季節変化(日平均・早朝・日中)
上では晴天日の年平均気温について調べた。次に晴天日の月ごと気温の季節変化 について調べてみよう。

図170.7は晴天日の平均気温差の季節変化である。上図によれば、林内高台(F1) は寒候期11月~3月のみプラス(高温)であり、その他の林内水源(F2)、 林内中腹(F3)ともにマイナス(低温)である。

下図によれば、谷沿いも林内に少し似ており、高台(H3)のプラス傾向を除けば、 水田上端(V1)、百葉箱脇(V2)、水田下端(V3)、道路脇(H2)は年間を 通してマイナス(低温)である。

谷沿いの平均気温が低温となる特徴は、前記したように、①冷気が溜まりやすい、 ②昼夜低温の林内からの影響、③湿地ぎみ、④平坦地に比べて日照時間が短い ことによる。

晴天日季節変化、平均
図170.7 晴天日における日平均気温差の季節変化。上図は林内、下図は谷筋と その脇の高台と道路脇。


次の図170.8は晴天日の早朝2時~5時平均の気温差の季節変化である。 上図によれば、林内(F1、F2、F3)は年間を通してプラス(高温)である。 つまり、年間を通して林内は放射冷却が弱い。

下図によれば、谷筋に沿って高台(H3)は夜間の放射冷却が弱くプラス(高温)、 水田上端(V1)は天空率が小さく年間を通してプラス(高温)傾向である。 道路脇(H2)は±0.2℃以内であり、水田下端(V3)は年間を通して -0.5℃~-1.0℃の低温である。水田下端(V3)は冷気が溜まりやすく、 天空率が大きいので年間を通じて放射冷却が大きく低温となる。

晴天日季節変化、早朝
図170.8 晴天日における2時~5時平均気温差の季節変化。上図は林内、 下図は谷筋とその脇の高台と道路脇。


図170.9は晴天日の最高気温の時間帯11時~14時平均の気温差の季節変化である。 上図に示すように、林内(F1、F2、F3、F4)は年間を通してマイナス(低温) である。特に10月~12月は-3℃~-4℃で強い低温である。林内は日射 エネルギーがほとんど入らず、日中の気温上昇が抑制されるからである。

下図に示すように、谷筋の水田上端、百葉箱脇、水田下端(V1、V2、V3)は 年間を通してマイナス(低温)である。林内と同様に特に10月~12月は -2℃~-3℃で強い低温である。谷筋の2月~7月の気温差は小さく0~-1℃の 範囲にある。

林内と谷筋で晩秋から初冬(10月~12月)に晴天日中の低温が顕著になるのは、 日中の気温上昇が丘に比べて小さいことを意味している。

なお、図170.9を全体としてみると、2017年8月の気温差のマイナス値が大きめ である。その理由は、この8月は晴天日が少ない異常な夏であったからである。

晴天日季節変化、日中
図170.9 晴天日における11時~14時平均気温差の季節変化。上図は林内、 下図は谷筋とその脇の高台と道路脇。


表170.4は晴天日について丘の平均気温と各観測点の気温差の一覧表である。
表170.5は同様に2時~5時平均と11時~14時平均の一覧表である。動物観察エリア (F4)については、前記したように相対湿度が高いときの気温観測値に信頼性が 低いので、晴天日の11時~14時の値のみを示した。

表170.4 晴天日における月ごとの日平均気温差一覧表。
晴天日月ごと気温差、日平均


表170.5 晴天日における月ごとの早朝・日中平均気温差一覧表。
上段:早朝2時~5時平均、下段:正午前後11時~14時平均
晴天日月ごと気温差、昼夜


170.6 晴天日の気温日変化

気温差の分布をよりよく理解するために、晴天日の気温日変化をみてみよう。
図170.10は3月の晴天日について、丘(基準点:H1)と水田上端(V1)と 高台(H3)における気温日変化の比較である。

丘(黒線、H1)を基準にすると、高台(赤丸印、H3)は2時~6時に0.5~1℃ほど 高温であるのは崖上の高台のため夜間の放射冷却が弱いことによる。

一方、水田上端(緑破線、V1)は山が迫り近くに樹木もあり、日の出後も近傍 の地面は日陰で気温上昇が遅れ、9時ころに気温差は-2℃ほどとなり、 正午過ぎになって丘の気温(黒線)にほぼ等しくなる。しかし、すぐ日陰になって、 気温は下降しはじめる。その結果、15時~17時の気温差は-2℃ほどになる。 これを気温差のグラフに表せば、日中の大きなマイナス値が正午ころプラス 方向に小さくなる。

3月の日変化、晴天日
図170.10 晴天日3月平均の気温日変化、丘と水田上端(V1)と高台(H3)の比較。


以下では、気温日変化の特徴を詳しくみるために、丘(H1)の気温を基準とした 気温差の日変化をグラフに表すことにする。

1月と7月についてみてみよう。通常の7月は梅雨の季節であるが、2018年は 梅雨明けが早く晴天日が多く夏の特徴を見るのに適している。


(c) 1月晴天日平均
図170.11(上図)は丘と小田原アメダスの気温差の時間変化、1月の31日間を 示している。前後1時間(合計2時間)の移動平均値をプロットしてある。 下図は小田原アメダスの日照時間と風速の時間変化である。赤線(日照時間) の縦軸は10分ごと日照時間の単位(分)で表してあり、晴天日が多いことがわかる。

上図に示す気温差(黒線)の月平均値=-1.58℃であるが、時間ごとの気温差 は-6℃~+3℃の範囲(最大幅9℃)で変動している。丘とアメダス間の距離 約10kmの違いで、この最大幅で気温差は変動している。10kmも離れると、 雲と風の時間変化が異なり、それにともない気温の時間変化がずれて (位相差が生じ)、大きな気温差が生まれる。

小田原アメダスと比較、1月
図170.11 丘と小田原アメダスの比較(1月)。毎日の0時は横軸の目盛りの 位置である。
上段:丘と小田原アメダスの気温差(前後各1時間の移動平均値)
下段:小田原アメダスにおける風速と日照時間(前後1時間の移動平均値)


図170.12は晴天日平均の気温日変化である。上図に示す林内の気温差の日変化は、 概略9時~16時にマイナスであり、他の時間帯はプラス(丘に比べて高温)に 保たれている。平均すると、短時間の日中のマイナスの値が大きいので、 林内水源(F2:-0.38℃)は小さいマイナス、林内中腹(F3:0.0℃)はゼロ、 林内高台(F1:+0.68℃)でプラスである(表170.4)。この傾向は 冬期における林内気温の特徴である。

中図は谷沿い地点の気温差の日変化であり、日変化幅は林内に比べて小さい。 特徴は日中に気温差のマイナス値が9時前後と15時前後にマイナス方向に大きく なることである。これは前掲の図170.10で説明したように、日の出後と日没前 の日陰による効果である。

日変化、1月
図170.12 晴天日における月平均の気温日変化(1月)。
上:丘(H1)を基準とした林内(F1,F2,F3)の気温差
中:丘(H1)を基準とした谷沿いとその周辺(V1,V2、V3、H2,H3)の気温差
下:丘(H1)の気温日変化


(d) 7月晴天日平均
図170.13(上図)は丘と小田原アメダスの気温差の時間変化、7月の31日間を 示している。下図は小田原アメダスの日照時間と風速の時間変化である。 2018年は梅雨明けが早く7月は晴天日が多い。それゆえ、夏の特徴をみることが できる。

丘とアメダスの気温差は-3.5℃~+1.5℃の範囲(最大幅5℃)で変動している。 1月の最大幅9℃に比べて7月は5℃と小さい(56%)。丘の気温日較差が1月は10℃、 7月は7℃と小さい(70%)、つまり7月の気温の時間変化が小さいことが地点間の 気温差が小さくなる理由であると考えられる。

小田原との比較、7月
図170.13 丘と小田原アメダスの比較(7月)。
上段:丘と小田原アメダスの気温差(前後各1時間の移動平均値)
下段:小田原アメダスにおける風速と日照時間(前後1時間の移動平均値)


日変化、7月
図170.14 晴天日における月平均の気温日変化(7月)。
上:丘(H1)を基準とした林内(F1,F2,F3)の気温差
中:丘(H1)を基準とした谷沿いとその周辺(V1,V2、V3、H2,H3)の気温差
下:丘(H1)の気温日変化


図170.14は晴天日平均の気温日変化である。上図に示す林内の気温差の日変化は、 早朝を除けばほとんどの時間帯でマイナス(丘に比べて低温)に保たれている。 それゆえ、日平均値は林内高台(F1:-0.55℃)、林内水源(F2:-1.38℃)、 林内中腹(F3:―0.55℃)ともにマイナス(低温)である。この傾向は春~中秋 の林内気温の特徴である(表170.4の7月の列)。

中図は谷沿いの気温差の日変化であり、変化幅は林内に比べて小さい。 特徴は日中に気温差のマイナス値が9時前後と15時前後にマイナス方向に 大きくなることは1月と同じ傾向である。

この傾向は谷筋における日の出後と日没前の日陰による効果であり、図示しないが 年間を通じて同じ傾向である。


まとめ

神奈川県秦野市千村の「谷戸」は100m~200m平方ほどの狭い谷間で複雑な 地形・土地利用形態にある。周囲に配置した高精度気温計によって気温の特徴 を調べた。

丘の観測点(H1)は地域を代表するので、気温は丘との気温差で表す。 気温差がプラスは丘より高温、マイナスは丘より低温であることを意味する。

本研究では、小田原アメダスにおける日照時間が8時間以上の日を「晴天日」 とした。

(1)総合的な傾向
北向き斜面の谷戸には水田があり、周囲の林内には湧水がある。つまり谷戸は、 ①冷気が溜まりやすい谷筋、②周辺林内の昼夜低温の影響、③湿地、④日照時間 が短いことによって、低温傾向になる。

(2)年平均気温
谷戸は基準点・丘に比べて0.6℃前後の低温(図170.3)、日中の最高気温の 起きる時間帯11~14時は1℃前後の低温である(表170.3下段)。風の弱い谷戸 の夜間は放射冷却により低温となる。晴天日の谷戸はこうした傾向が顕著となる (図170.4~図170.6)。

(3)季節変化
林内では相対的に夜間は高温である(図170.8上図)。日中は低温で、 とくに10月~12月は2~4℃の低温ある(図170.9上図)。

谷筋では晴天日中は低温、とくに10月~12月は2~3℃の低温となる(図170.9下図)。

地点間の気温差は夏期に小さいが冬期は大きくなる(表170.2)。特に冬の早朝 に大きくなる(表170.3上段)。

(4)湧水の効果
湧水のある林内(林内水源:F2、動物観察エリア:F4)の林床土壌層は水分を 多く含み熱慣性が大きく(貯熱効果により)、晴天日中の気温上昇は抑制され、 基準点・丘に比べて5月~7月は1~2℃前後の低温、10月~12月は3~4℃の低温 となる(図170.9上図)。これは、大雨後の7月の晴天日中に明治神宮林内4か所 で観測した2℃前後の低温と同じ傾向である。

(5)気温日変化に及ぼす短い日照時間の影響
谷沿いの気温差日変化: 年間を通して、日中のマイナス値が9時前後と15時前後 にマイナス方向に大きくなる(図170.12中図、図170.14中図)。 これは日の出後も日陰で気温上昇が遅れ、昼過ぎに日陰が早くはじまり午後 の気温下降が早まることを意味する。

(6)天空率の放射冷却に及ぼす影響
一夜の放射冷却量は天空率(=1-天空遮蔽率)に比例する(近藤、1982)。 水田下端(V3)は放射冷却が大きく気温差が(-0.72℃)マイナスであるが、 水田上端(V1)は山が迫り近くに樹木もあって天空率が小さく、放射冷却が 弱く気温差は(+0.30℃)プラスである(図170.5)。

備考3:天空率は、単に空の見える割合ではなくて、快晴夜間の大気 放射量の天頂角分布を考慮して定義されている。地形や樹木など障害物の上端の 全方位平均の高度角α=13°のとき天空率=0.97、α=23°のとき天空率=0.9、 α~31°のとき天空率=0.8、α=48°のとき天空率=0.5、α=73°のとき 天空率=0.1となる(近藤、1982)。

(7)斜面上昇・下降風
準備研究によれば、林内斜面に日差しが当たる時間帯(東斜面では正午過ぎ、 西斜面では正午前)の林内斜面上は下層ほど高温で斜面上昇流が、 夕刻から朝にかけての時間帯は、逆に下層ほど低温で斜面下降風が生じる。

こうした斜面上昇・下降風は水田に隣接するごく狭い範囲の林内で生じると 考えられる。しかし周辺の森林は密で風通りは悪く、林の奥での気温鉛直分布 は下層ほど低温、したがって林床上は昼夜ともに微弱な斜面下降風が起き やすい状態にあると考えられる。


参考文献

近藤純正、1982:複雑地形における夜間冷却―研究の指針―.天気、29(9)、 935-949.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2014:自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke98.html(2018年8月20日閲覧).

近藤純正、2015:通風筒の放射誤差(気象庁型、農環研09S型).
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke99.html(2018年8月20日閲覧).

近藤純正、2016:高精度通風式気温計の市販化.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke126.html(2018年8月20日閲覧).

近藤純正・内藤玄一、2017:神奈川県秦野盆地の気温(年変化).
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke151.html(2018年8月20日閲覧).

近藤純正・内藤玄一・近藤昌子、2015:明治神宮・代々木公園の日中の気温 分布(2).
http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke110.html(2018年9月20日閲覧)

近藤純正・野口賢次・山崎慶太、2017;谷地形の冷気流に関連する気温分布、 準備研究.
http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke154.html(2017年8月20日閲覧).

近藤純正・菅原広史・内藤玄一・萩原信介、2016:自然教育園の林内気温の特徴. 自然教育園報告、第47号、1-22.

近藤純正・菅原広史・内藤玄一、2017:自然教育園の林内気温の特徴. 自然教育園報告、第48号、1-15.

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