K109.新宿御苑の気温水平分布
著者:近藤純正・内藤玄一・近藤昌子・長原峻一郎
東京の新宿御苑で晴天日中の平均気温の分布を観測した。広い芝地の気温を基準とする
気温差は、日射量が十分に入る芝地と木漏れ日率が20%以下の林内に大別されるが、
最高温地点と最低温地点の気温差の幅は1.3℃であり、公園内気温はどこでも近似的に
等温とみなすことができるほど小さい。(完成:2015年7月18日)
本ホームページに掲載の内容は著作物である。
内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用
に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。
更新の記録
2015年7月13日:素案の作成
2015年7月14日:表109.2を追加、「はしがき」を整理
目次
109.1 はしがき
109.2 観測方法
109.3 気温差の水平分布・風下距離との関係
109.4 まとめ
引用文献
観測協力者・機関(敬称略):
首都大学東京地理学教室:松山 洋・泉 岳樹・酒井健吾・中島 虹・山本遼介・齋藤有希
環境省自然環境局新宿御苑
109.1 はしがき
従来の認識
従来の研究によれば、都市内の緑地・森林公園の気温は周辺市街地に比べて数℃も低い、
いわゆるクールアイランドが報告されている。
クールアイランドはヒートアイランドと対になる用語である。ヒートアイランドは都市中
心部が郊外に比べて高温のことで、等温線は、島の等高線の分布に似た同心円型の分布に
なる。
ヒートアイランドとは逆に、都市内の緑地・森林公園の気温はクールアイランドとなり、
中心部ほど低温の分布である(図109.1)。
図109.1は神田ら(1997)による明治神宮・代々木公園で行なわれた観測を基に、
模式化したものである。
こうしたクールアイランドは真実だろうか?

図109.1 都市内の緑地・森林公園の気温分布、従来知識の模式図。
上:水平分布
下:気温と風下距離の関係
新しい考え方
実際には、高精度気温計を用いた筆者らのこれまでの研究によれば、気温分布は
水平スケール30m~100m程度の局所的空間ごとの風通し及び地表面がアスファルト舗装か
芝地などの種類によって大きく異なる。それゆえ、都市のヒートアイランドや森林の
クールアイランドについて、従来の同心円型の等温線を描く表現から、新しい表現方法
へと進化していくべきだろう。
すでに別章で示したように、樹木・建物など障害物近くの風速(風通し)は空間広さの
関数で近似的に表される。空間広さとは、観測点から風上を見たとき、樹木・建築物まで
の距離を X、樹木・建築物の高さを h、その仰角をαとしたとき、次式で表される。
空間広さ:X/h=1/tanα
現実の風向は時間変動するので、主風向の方位の±20°範囲で平均した空間広さを
用いる。長時間では、風向が大きく変動する場合は方位360°について平均した
空間広さを用いる。
空間広さについての詳細は、
「K57. 森林内の開放空間の風速」、
「K63. 露場風速の解析ー北の丸と大手町」、
「K64. 観測露場内の地物の仰角測量」、
「K75. 日だまりの気温―各地の観測結果」
などが参考になる。
空間広さ=1は、α=45°である。森林内では空間広さは 1 以下に相当し、空間広さ
を用いるのは適当でなくなる。それゆえ、森林内では見通しが良好か不良のパラメータを
用いる。
一方、林内気温を決める林床の放射環境を表すパラメータとして、「木漏れ日率」を
用いる。
林内外の気温差は林床の放射環境「木漏れ日率」と「見通し」の兼ね合いに依存する。
風通しの良し悪しは、見通しと関係する。
東京都心部には比較的広い森林公園が数か所あり、それぞれの特徴をもつ。明治神宮境内
は大部分が自然に近い森林に覆われているのに対し、それに隣接する代々木公園の草木は、
よく手入れされ、林内は見通し良好で100m以上の遠方まで見える。都民・国民の
リクリェーションの場となっており、森林浴と日光浴、サイクリング、ジョギングなどが
できる。広い芝地の中央広場や噴水池、バラ園、桜の園、梅の園などがある。
新宿御苑の特徴
これらの公園の特徴と異なる新宿御苑がある。
図109.2は新宿御苑の航空写真である。
この写真では北は上である。ほぼ北西から南東に細長く延びる範囲はよく手入れされた
大規模芝地である。中規模芝地のほか、写真では探すのが少し難しいが小規模の草・芝地
も多い。
面積58ha(=58万m2)の新宿御苑は、小規模林と小規模芝地が混在し、
日本庭園、西洋庭園、桜園地、ツツジ山、モミジ山、池(上の池、中の池、下の池、
玉藻池)がある。大規模芝地・小規模芝地は日当たりが良いのに対し、
夏期の十分着葉した林内は木漏れ日率が低く20%未満が多い。

図109.2 新宿御苑の航空写真(カシミール、電子国土空中写真より)。
本章の目的
こうした特徴をもつ新宿御苑について気温水平分布の特徴を明らかにすることである。
これまでの本シリーズ研究によれば、森林内の気温差は±1℃程度であり、多用されている
非通風式気温計や精度の低い強制通風式気温計では観測誤差に匹敵する。そこで本研究
では高精度気温計によって観測を行なう。
解説:林床の「木漏れ日率」、林内の「見通し」
(1)林床の木漏れ日率
(1.1)木漏れ日率の定義
林床の日射量が林外の何%であるかの測定は非常に難しい。木漏れ日率として、観測点の
周囲約20m範囲内を目視する。林内には、一般に低木などが生えているので、林床面上
の高度1m以下の範囲を見たとき「強い直射光」が当たっている面積の割合(%)
を「木漏れ日率」と定義する。
ただし、林内の見通しが非常に悪い場合、見通しのできる範囲内、たとえば10m以内の
木漏れ日率とする。この定義による木漏れ日率は雲量の測定に似ている。山で囲まれた
山峡では天空の見える範囲は狭く、その見える範囲内に占める雲の割合を雲量とする。
(1.2)木漏れ日率の測定方法
具体的な測定方法として2つがある。
直接測定・・・・高度1m以下の高さの草・低木の水平面および林床に「強い直射光」が
当たっている個々の明るい範囲を正方形または円に換算した面積を測り、それらの
合計面積をもとめる。その合計面積の半径20mの面積(=1256m2)に
対する比(%)が木漏れ日率である。
目視測定・・・・少し慣れてくると、目視によって木漏れ日率をもとめることができる。
試してみると、個人差は許容誤差の範囲内である。許容誤差は、木漏れ日率=40~100%
範囲で10%程度、木漏れ日率=0~10%範囲で3%程度あってもよい。
雲量の測定に慣れるまでには数か月程度かかるが、木漏れ日率の目視は1日の練習でほぼ
習得できる。
(1.3)木漏れ日率と天空率の関係
木漏れ日率と現在多用されている天空率の関係を明らかにする必要がある。
物理的な意味では、林床に到達する放射量が林内気温を決める主な要素であり、
天空率は木漏れ日率と強い相関関係があるものの、林内気温を決めるパラメータとしては
精度に劣る性質を持つ。
それゆえ、木漏れ日率と天空率の関係をもとめる作業を行なうよりは、木漏れ日率と林床の
放射量の関係を明確にすることが重要である。
(2)林内の見通し
(2.1)見通しの定義
目の高さ≒気温観測用の通風筒吸気口の地上高=1.5mで林内を水平に見たときの見通し
の良し悪しによって、「見通し良好」と「見通し不良」の2つに大別する。
方位の50%以上の範囲の見通しが、おおむね30~50m以下の場合を「見通し不良」、
おおよそ50m以上まで見える場合を「見通し良好」とする。
「見通し良好」では、根元から高さ2~3m程度までは視界を遮る枝はなく、目の高さには
太い幹のみがあり、50m以上あるいは100mの遠方まで見通しがきく。
「見通し不良」では、高木の中に低木があり、高度2~3m以下に下枝・背丈の高い下草も
ある。
また、全体の樹高が低く、例えば3~5m程度の低木が多ければ、気温計の高度1.5mは
樹冠層(葉面層)内であり、葉面・小枝が太陽光で熱せられて気温は高くなっている
(「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」)。
(2.2)見通しと林内風速(風通し)の関係
見通しは、林内の風通しを表す簡易パラメータであり、現在まだ見通しと風通し間の明確な
関係は付けていない。しかし概略であるが、樹木の影響のない風上の風速に対する林内
風速の低減比は0.1前後(見通し不良林)である(「K56. 風の解析
―防風林などの風速低減率」の図56.12)。また、モデル計算によればahc
(=葉面積指数×個葉の抵抗係数)の大きな林では0.2
(ahc=2m2/m3)~小さな林では
0.5(ahc=0.3m2/m3)が目安である(
「K56. 風の解析―防風林などの風速低減率」の図56.13」)。
さらに、水平方向に測った防風林の力学的厚さawc(=水平葉面積指数×個葉の抵抗
係数)を用いれば幅のある森林つまり風の通り抜ける距離が数10m以上
(awc>10m2/m3)の場合、風速の低減率は0.05~0.45の間に入る。
この幅の中で、密林は小さなほうに、疎林は大きなほうに入る(
「K56. 風の解析―防風林などの風速低減率」の図56.21を参照)。
見通しと林内風速(風通し)の間の明確な関係をつけることは今後の課題である。
109.2 観測方法
気温観測は高精度の強制通風式気温計を用いて行なう。この気温計の総合的誤差(通風筒
に及ぼす放射影響を含む)は0.03℃程度である(「K92. 省電力
通風筒」、「K100. 気温観測用の次世代通風筒」)。
観測は原則として快晴日または直射の強い薄曇りの日に行なうこととし、1日の最高気温
が現れやすい時間帯の11時~15時までの4時間を原則とする。ただし、風向や天気などの
条件によって短縮することもある。
気温のサンプリングは20秒ごとに行ない、4時間の平均気温をもとめる。センサーは
Pt1000オーム、受感部の直径は2.3mmを用いている。
通風式気温計は伸縮棒(長さ0.85m~2m)の上端に取り付け、三脚に載せて気温は
自動記録する。通風筒の吸気口の地表面からの高さは1.5mとする。気温計の
うちの1台は広場基準点で、他は中・小規模芝地と林内で観測する。
気温差の定義:
林内と広場基準点の平均気温の差は次式で定義する。
気温差=林内気温-広場基準点の気温
広場基準点の気温とは、周囲が開けて空間広さが広い芝地上の気温である。
気温差がプラスのときは林内が高温、マイナスのときは林内が低温である。
東京都心部の公園(北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園)にある広場基準点の
気温は、ビル群からなる市街域の気温を代表している(
「K108. 東京都心部の代表気温ー大手町露場の代表性」)。
大規模芝地(イギリス風景式庭園)の中央やや北西寄りを広場基準点として選んだ。
観測は2015年7月11日(快晴)と12日(薄雲の晴)に行なった。11日と12日の日中の
芝地広場における風向は南東~南南東であった。参考までに、東京北の丸における日射量
は表109.1に示す通りである。
表109.1 北の丸公園における日射量
時 日射量(MJ m-2)
11日 12日
11 3.15 2.93
12 3.38 3.21
13 3.29 3.19
14 2.95 2.95
15 2.53 2.51
数日前からの都心における天気と降水量(北の丸露場)は次の通りである。
7月 7日:降水量= 0.0mm、曇り一時雨
7月 8日:降水量=11.0mm、雨
7月 9日:降水量=11.0mm、雨
7月10日:降水量= 0.5mm、晴
7月11日:降水量= ― 、快晴・・・・気温観測
7月12日:降水量= ― 、薄雲の晴・・気温観測
109.3 気温差の水平分布・風下距離との関係
広場基準点(イギリス風景式庭園の中央やや風下寄り)の気温は:
7月11日 11:00-15:00、気温=29.67℃
7月12日 11:00-14:00、気温=30.47℃
7月12日の気温の平均化時間を14時までとしたのは、この日は木漏れ日率20%以下の林内
2地点と、木漏れ日率80%以上の草・芝地6地点で観測したが、草・芝地の空間広さが
狭い地点(西休憩所の東:周囲の樹高=25m)では14時を過ぎると直射光の当たる範囲が
急速に減少し、木漏れ日率は14:00に80%、14:40に30%、15:00に10%となったので、
14時までの3時間とした。
広場基準点を基準とする気温差の分布を図109.3に示した。上段は水平分布である。

図109.3 新宿御苑の気温差の分布(2015年7月11日11:00-15:00と12日11:00-14:00)。
プラス:基準点より高温(℃)、マイナス:基準点より低温(℃)
上:気温の水平分布、赤丸印は木漏れ日率>80%の芝地、青四角印:木漏れ日率<20%の林内
(方位の北は地図の右下に、1000mのスケールは地図の下にある)
下:気温と風下距離の関係
最高温地点の気温差=+0.59℃
最低温地点の気温差=-0.73℃
気温差の幅=+0.59-(-0.73)=1.32℃
気温差の幅は1.32℃である。高精度気温計を用いたからこそ得られた結果である。
1.32℃は非常に小さく、公園内は近似的にどこも等温に近いと言える。
なお、基準点の気温は東京都心部(ビル群からなる市街域)を代表する気象庁大手町
露場の気温と近似的に等しいことが確かめられている(
「K108. 東京都心部の代表気温―大手町露場の代表性」)。
したがって、縦軸は東京都心部の気温を基準とする気温差に近似的に等しいので、
図109.3に示す気温差がプラス地点は都心部市街域より高温、マイナスは市街域
より低温である。
つまり、森林公園は市街域より低温であるとは必ずしも言えず、公園内でも風の弱い
日だまりでは、気温は高温である。これは新宿御苑だけの現象ではなく、北の丸公園の
気象庁露場でも晴天日中の気温は市街域・大手町より高温である。
図109.3にプロットした気温差などの資料は表109.2にまとめてある。
表109.2 観測地点の風下距離、気温差、木漏れ日率、周辺樹木の平均樹高の表
(2015年7月)
風下距離:図109.3の上図(地図)の下端に示す0mを起点とした風下距離、
ただし7/11,7/12の広場基準点における平均風向は SE~SSEである
気温差:広場基準点の気温を基準とした気温、プラスは基準点より高温
木漏れ日率:観測時間中の平均値
樹高:観測点周辺の平均的な樹高
月/日 気温計 風下距離 気温差 気温差 気温差 木漏れ日率 樹高
番号 日向 林内 % m
m ℃ ℃ ℃
7/12 k8 140 0.24 0.24 83 7
7/11 k8 210 -0.04 -0.04 13 10
7/11 k9 260 -0.46 -0.46 18 14
7/12 k7 355 0.19 0.19 100 21
7/12 k1 360 0.14 0.14 100 10
7/12 k9 375 0.11 96 20
11,12 k2 410 0 0 100 12
7/11 k7 520 -0.68 -0.68 5 20
7/12 k16 610 0.17 0.17 96 4
7/11 k13 680 -0.07 -0.07 6 15
7/11 k16 710 0.59 0.59 98 6
7/11 k15 730 -0.73 -0.73 5 20
7/12 k15 810 -0.27 -0.27 14 20
7/12 k14 830 0.30 0.30 81 25
7/12 k13 850 -0.08 -0.08 8 12
7/11 k14 940 -0.03 -0.03 87 18
109.4 まとめ
新宿御苑で快晴または日射条件として快晴に近い薄雲の晴となった2015年7月11日と12日の
正午前後の気温を観測した。広い芝地の気温を基準として各観測点の気温差をもとめた。
(1)日射の十分当たる芝地(木漏れ日率>80%)の気温差は例外の1地点(-0.03℃)
を除けば他の地点ではプラスであり、林内(木漏れ日率<20%)の気温差はすべてマイナス
である。
(2)最高温地点と最低温地点の気温差の幅は1.32℃で小さい。
気温差の幅が1.32℃で小さいのは、新宿御苑は基準点に選んだ広い芝地を除けば、全体と
して小規模芝地と小規模林の混在する公園の特徴と思われる。
引用文献
神田 学・森脇 亮・高柳百合子・横山 仁・浜田 崇、1997:明治神宮の森の気候緩和機能・
大気浄化機能の評価(1)1996年の夏期集中観測.天気、44、713-722.
備考:1996年は、正しくは1995年に行なった観測である。気温は8月10日13時~
14時に自転車で走りながらの観測である(著者に確認、2015年3月24日)。